What goes around,comes around

碧 春海

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十二章

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 愛知県警を出た2人は、地下鉄の入口へと向かった。
「あの、如月さん、これから一緒に行って欲しい所があるのですが、よろしいでしょうか」
 突然立ち止まって朝比奈が尋ねた。
「じ、事件のことについてですよね」
 人の意見を聞くこともなく、饅頭屋や愛知県警まで連れ回しておいて、突然の予告発言に如月は動揺した。
「いえ、事件に関係なく、個人的に知っておきたいことがあってね」
 振り向いて真剣な表情で如月を見詰めた朝比奈は一瞬瞳が逸れた。
「分かりました、お供します」
 視線が逸れたのが気になって慌てて答えた。
「申し訳ないですが、腕を組んでもらってもいいですか」
 左の腕を近づけた。
「あっ、はい」
 如月は戸惑い気にそっと右腕を絡ませた。
「もっと体を寄せてもらってもいいですか」
 腕を引き寄せた。
「あの、何処へ行くんですか」
 突然の変異に驚き、歩くというよりは引きずられる感じで、駅とは反対方向へ向きを変えた。
「いいから黙って」
 一点を見詰め集中していた。そして、しばらく歩くと、名古屋プリンセスホテルへと強引に引きずり入れた。
「えっ、一緒に行くってホテルですか・・・・・・・」
 余にも大胆な行動に抵抗を見せた。
「いいから、いいから」
 それでも引っ張るようにフロアに入り込むと、フロントは寄らずに1階にあるレストランがあるスペースへと向かった。
「朝比奈さん、ここで食事するんですか」
 如月が戸惑っている間に、朝比奈はショルダーバックから小さな機械を取り出し手にすると、若いカップルの後を追うようレストランに入っていった。そして、朝比奈は一番奥の席を希望し、途中で先程のカップルが座る席に近づき、素早くテーブルの裏に手を伸ばした。
「朝比奈さん、大丈夫なんですか」
 周りの雰囲気にそぐわない服装の2人に如月は落ち着かなかった。
「ブッフェ料理にソフトドリンクバーで注文しましたので、それならなんとかなります」
 朝比奈は財布を取り出して確認した。
「あの」
「僕は、如月さんと同じもので構いませんので、お願いできますか」
 ショルダーバックの中から別の機械を取り出して耳の穴に押し込んだ。
「ここが私と一緒に来たかった場所なんですか」
 その言葉には唇に右の人差し指を当てた。
「祐也さん、今日はありがとう。仕事の方は大丈夫だったの」
 ランチのフルコースの注文を伝えたカップルの女性の声が朝比奈の耳に入ってきた
「1課が自殺だと断定したのに、お荷物部署の広域特別捜査班が変な証拠を持ち出して、他殺の可能性も視野に入れるべきなんて、偉そうに言い出すもんだから、捜査は一からやり直しになってしまった。だから、1度は休日返上になりかけたんだけど、親父に頼んでこの事件からは外してもらったんだ。大切な美久さんの婚約指輪を選ぶ日に仕事なんて、考えられないでしょう」
 女性の左指に輝くダイアを指差した。
「でも、この前も話したけど、その広域特別捜査班の大神のことが気になって、愛知県警のデータベースで調べてみたんだけど、現在の部署以前のデータが全くないんだよね」
 オードブルのコンビーフとクリームチーズのディップを前にして首を捻った。
「私も祐也さんから聞いて、大神という人物について元法務大臣の父のコネを使って調べてもらったの」
 カバンから書類を取り出して新垣祐也に差し出した。
「えっ、東大を卒業しているのか。それも、在籍中に司法試験に受かってる、バリバリのエリートなんだ」
 書類に目を移して読み上げた。
「1度法務省に席を置いたようだけど、なぜか直ぐにアメリカのFBIで3年間研修して、今の部署に配属されたみたい」
「法務省からFBIへ研修に出すのも異例だけど、そんなエリートがどうしてあんな部署にいるんだ。ああっ、そんな事情があるから1課の先輩たちは一目置いてるんだろう。でも、名探偵コナンの毛利小五郎でもないんだから、素人を現場に呼び寄せて捜査に協力させるなんて、何考えているんだかな」
 書類を返して答えた。
「えっ、そうだったの。そんなこと現実にあるんだ」
 新垣の言葉に驚きながらも書類をカバンに戻した。
「所轄にいる時は、そんなことは1度もなかったし、ありえないことだった。県警の捜査1課にきて、まだ間がないけどびっくりしたよ」
「本当に名探偵だったりして」
「そんなのは漫画やドラマでのこと、ただ公立がんセンターの医師だったから、確認をさせたかったんじゃないのか。変な推理は余計だったけどね」
 朝比奈のことを思い出して、苦虫を噛み潰した顔になった。
「朝比奈さん、それって盗聴器なんでしょ。いつもそんなものを持ち歩いているのですか」
 料理と飲み物をお盆に乗せて如月が戻ってきた。
「姉の法律事務所の調査を依頼されることもあるので、必需品なんですよ」
 料理と飲み物を受け取って答えた。
「あの人達は、今回の事件に関係しているのですか」
 朝比奈の前に腰を下ろした。
「いいえ、別件で調べたいことがありまして、こんなところで出会えるとは思ってもみませんでした」
 耳からイヤホンを外して食事に集中することにした。
「朝比奈さんが一緒に行って欲しいというところはここではないのですね」
 一応ホテルのレストランなので確認をした。
「ええ、まずはここで腹ごしらえをしてから向かうつもりです。バイキングですので、しっかり元を取れるようにいただきましょう」
 朝比奈は皿を持って立ち上がると、色々な料理が並べられたコーナーへと向かった。暫くして、新垣祐也と大杉美久のカップルが食事を終え、エレベーターへと向かうのを待って、先程仕掛けた盗聴器を回収すると、精算を済ませてホテルを出た。
「朝比奈さん、何処へ行くのですか。事件に関係しているんですよね」
 行先を告げてくれない朝比奈に不安を感じていた。
「事件には関係していないかもしれませんが、如月さんにはどうしても会ってもらいたい人です。あっ、話は変わりますが、如月さんはお父さんのことをどう思っていました。お母さんからは何も聞いていないのですよね」
「最後まで話してはくれませんでした」
「何か手がかりは無かったのですか」
「母の遺品の中には何も残っていませんでした。それに、私に話さなかったというのは、話せない事情があったのだと思い、調べようとも思いませんでした」
 母は父に捨てられたのだと思っていた。
「もし、生きていたとしたら、会いたいとは思いませんか」
「そんな、考えたこともありません。今更会ってどうなる訳ではありませんし、他に家庭を持っているでしょうし」
 何を意図して朝比奈が質問したのか分からないでいた。
「僕は、幼い時に母を亡くし、はっきりとした記憶はなく、写真でしか見ることができません。幸いなことに、姉が母親代わりとなって面倒を見てくれたので、寂しい思いをしなくても済みました。でも、叶うことなら会って話をしてみたいです」
「それは・・・・・・」
 もし、父親が目の前に現れたら、母との関係などを詳しく聞いてみたい、怒りをぶつけてみたいというのが本音だった。
「そうですよね。状況が全く違いますからね」
 そう話している間に『東山病院』の玄関先に着いた。
「えっ、ここですか」
 意外な場所に驚いた。
「まぁまぁ、直ぐに分かりますよ」
 朝比奈は如月と一緒に玄関へと向かった。
「午後の受付は5時からですが、お見舞いの方でしょうか」
 看護師が近づいて声を掛けた。
「いえ、白石先生にお会いしたいのですが、時間を取っていただけないでしょうか」
「どのようなお話でしょうか」
「娘さんが入院されてる病院の関係者とお伝えください」
「わ、分かりました。少々お待ちください」
 看護師は慌てて奥の部屋へ向かった。
「朝比奈さん、患者の家族に合うなんて聞いていませんよ。何、勝手なことするんですか」
 朝比奈の行動の意味が全く理解できず、怒るというより呆れていた。
「如月さんは、白石萌さんのお父さんとの面識はありますか」
 聞こえていないかのようにスルーして尋ね返した。
「あっ、いえ、直接担当していたのは三矢先生で、私は1度もお会いしたことはありません。お父さんは医師だったのですね。でも、私も知らなかったのに、どうして朝比奈さんは知っているのですか」
「実は僕、こう見えても名探偵ですので、これくらいは朝飯前・・・・いえ、昼食後です」
 そう話してる間に背の高い男性が白衣を着て現れた。
「白石です。こちらで伺います」
 待合室のテーブル席に案内した。
「あの、こちらは萌さんの担当医の如月さんで、僕は付き添いの朝比奈と言います」
 紹介してから席に着いた。
「それで、今日はどのようなお話でしょう」
 娘の骨髄移植の延期は既に知らされていて、その理由も調べ上げていて対応も冷ややかだった。
「萌さんの骨髄移植の件に関しては。本当に申し訳ありませんでした」
 如月は立ち上がって頭を下げた。
「それは公立がんセンターの上層部が決めたことで、あなたが謝ることではありません。病院、特に大きな病院ではよくあることですよね。仕方がないと諦めています」
 怒りはあるが、医師個人を責めても仕方がないと冷静に答えた。
「あの、白石先生はこの病院に来られる前は、東名医科大学附属病院にお勤めだったのですね」
 朝比奈が2人の間に入って白石に尋ねた。
「そうですが」
 突然、自分に向けられた問いに驚いていた。
「以前お勤めになっていた杉下先生と親しかったようですが、今もお付き合いはあるのでしょうか」
 ショルダーバックの中からノートとボールペンを取り出した。
「今も時々連絡を取り合って、会って飲むこともあるよ。東名医科大学付属病院に居る時の彼は、国内でも5本の指に入るとても優秀な外科医だったけど、偉ぶることもなくとても気さくな人間で、僕は内科で部署も歳も上だったけど患者を思う気持ちは同じで不思議と話しが合ったからね」
「杉下先生が病院を辞める原因となった、5年程前に起きた妹さんを巻き込んだ交通事故の件も勿論ご存じですよね」
「ああっ、酷い事件だったね。バス停で待っていた妹さんの列に車が突っ込んで、その衝撃の為に重傷となり、1度は東名医科大の病院に搬送の依頼があったんだが、院長がその依頼を受け付けずたらい回しになって亡くなってしまった。もし、依頼を受け入れて搬入されていたら、彼の手術の腕があれば救うことができた」
「でも、杉下先生は病院には居らしたのですよね。予定外の施術をする為に」
「えっ、どうしてそのことを知っているんですか」
 病院内の上層部や杉下しか知らない事実を付きつけられて動揺していた。
「院長が搬送を受け入れなかったのは、杉下先生にある国会議員の極秘手術をさせる為だった。国会議員への忖度によって妹を亡くした杉下先生は病院を辞められた。そして、その話を聞いた白石先生も同じように病院を去ったという訳ですね」
 ノートに書き込みながら尋ねた。
「そんな病院幹部に従うのがバカバカしくなっただけですよ」
 その話を打ち明けられた時の杉下の悲しそうな表情を思い出し溜息を吐いた。
「そして、今度も同じように忖度によって、娘さんの骨髄移植が延期されてしまった」
「法律もルールも名ばかり、今も昔も金と権力があれば、何でもできると思っている奴ばかりなんだよ。そればかりか、杉下君は命まで狙われて、殺されそうにもなったんだ。運良くその場に救急救命士が居て、大事には至らなかったけど、本当に恐ろしい世の中だよ」
「あの、その救命処置を行ったのは僕です。それ以来親しくさせていただき、妹さんの事件も聞いているのです」
 朝比奈は左の親指を立てて自分を指した。
「えっ、君が杉下君を助けた・・・・・・」
 右手を当てて首を捻った。
「一応救急救命士の資格を持ってまして、運良く救うことができました」
「あっ、ちょっと待ってくれよ。そうだ、そうだ、朝比奈君だ。彼から聞いたことあるよ」
 何度も頷いた。
「話は変わりますが、交通事故で奥さんを亡くされ、ご自身も怪我を負われていたんですよね」
「そうです。妻は、殆んど即死状態で病院に搬送中に亡くなり、私は内臓破裂状態の重体だったのですが、杉下君のお蔭でなんとか命を取り留めることができた。それも親しくなったきっかけになったのです」
「娘の萌さんとは、HLAは一致したけれどその時の大量の輸血の為にドナーになれなかったのですね」
「そうなんです。萌には申し訳ないと思っています」
「もらい事故だったのですから、あなたの命が救われただけでも良かったと思います」
「でも、あの子の何の役にも立てないことが歯痒いです。移植が伸びてその間、体的にも精神的にも苦労を掛けると思うと、かわいそうで・・・・・・・」
 娘の表情を思い浮かべて落ち込んだ。
「もう1つ確認したいのですが、白石先生は東名医科大学を卒業されて、ボストン大学へ3年間留学されていますよね」
「よくご存知ですね」
「そして、東名医科大学附属病院に就かれてた。その在院中に、1度骨髄の提供をされていらっしゃいますよね」
「まぁ、病院の関係者は献血もしていますし、不適合者以外は殆んどドナー登録していて、たまたま適合者がいて提供したことはあります」
「実は僕もドナー登録しているんですが、残念ながら萌さんとは適合しませんでした。親族でも確率的には高くありませんから、本当に大変なことだと思います。萌さんは、本当に素直で優しい娘さんですから早く元気になって欲しいですね。専門でない僕がいうのも変ですが、希望を持って頑張ってくださいとお伝えください。先生が言われたように、法律やルールは一部の人間の為に存在するものではありません。ひょっとしたら、良いご報告ができるかもしれません。友達の朝比奈先生がそう言っていたと萌さんにお伝えください。今日は貴重な時間を頂きまして、ありがとうございました。こちらは、萌さんの担当の如月碧先生です」
 朝比奈は立ち上がると、再度如月を紹介した。
「あっ、はい」
 どうしてなのか朝比奈の言葉の意味が分からないでいた。
「それでは失礼します」
 朝比奈と如月は頭を下げて病院を出た。 
「あの」
 玄関を出たところで如月が声を掛けた。
「何ですか」
 朝比奈が振り返った。
「朝比奈さんは、どうして白石先生に私を2度紹介したのですか」
 自分の感じた違和感をぶつけてみた。
「えっ、そうでしたっけ。気が付きませんでした」
 首を捻った。
「それに、先生に希望を与える言葉は良くないと思います」
「ああっ、萌さんの骨髄移植の件ね。何の根拠もなく無責任な発言はしませんよ。ただ、週明けまでに間に合うかどうかは、友人の活躍次第だったものですからね」
 眉を掻いた。
「もう1つ気になったことがあるのですが、県警の広域特別捜査班で話されていたマスクドアセッサーって何のことなんですか」
「三矢医師が残してくれた推理小説のことで、訳すと覆面調査員になるのかな」
「小説ですか・・・・・朝比奈さんはこれからどうされますか」
「今日も夜からゼア・イズでバイトです。奥の部屋に横になるスペースがありますので、少し仮眠してから仕事に就くことにします」
 言葉を発すると急に眠気が襲ってきた。
「すいません、私ちょっと用事を思い出しましたので、ここで失礼します。今日は無理言って付き合わせて申し訳ありませんでした」
 如月は頭を下げてると慌てて駅へと向かった。
「一応期限は今日までですからね」
 そう呟いて後ろ姿を見送った。
「あった、これだったんだ」
 朝比奈と別れた如月は、公立がんセンターへと駆けつけると、自分の部屋の机に仕舞われてあった紙包みから小説を取り出した。
「どうしよう・・・・・」
 壁に掛けられていた時計を見て、小説をカバンに押し込み再び朝比奈に会う為にゼア・イズに向かうことを決めた。
「あっ、如月さん、今日はお休みじゃなかったんですか」
 玄関に向かう途中で高橋医学部長に会うと声を掛けられた。
「ちょっと、用事がありまして、失礼します」
 頭を下げて駆け出して行った。
「何かあったのかな」
 高橋はスマホを取り出した。
「はぁー」
 地下鉄の駅で電車を待つ間も、時の経つのがとても長く感じて、何度も溜息を吐いてしまった。
「うーん、こちらの方が近いわ」
 如月はそう呟くと、少しでも早く朝比奈に会いたくて大通りから少し入り込んだ裏通りを選んだ。すると、後ろから如月を追ってくる人物に気づき、急ぎ足で大通りに出ようと早足になったが、その先には暗がりではっきりとは分からなかったが、仲間と思われる大きな男が現れ立ち塞がった。
「朝比奈さん」
 心の中で叫んだが、これから起こる事態を覚悟した。
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