8 / 38
帰還
しおりを挟む「――戻ったぞ!」
夜更けの王宮にその声が響いた瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
拘束された反第一王子派閥の人間が運び込まれ、騎士たちが慌ただしく廊下を行き交う。誰もが口を揃えて言った。
「無事でよかった!」
リズは毛布を肩に掛けられながら、どこか他人事のようにその様子を眺めていた。
(こんなに大事になるとは)
報告はすぐに王族へ上がり済み。
犯人、動機――すべてが明るみに出る。
「今夜はここで休ませよう」
「これ以上外に出すべきではない」
結論は早かった。
今夜は最も安全な王宮で休む。
部屋に案内され、扉が閉まる。
久しぶりに何も考えずに横になる。
(生きてる)
そんな当たり前の事実に、胸の奥が少しだけ緩んだ。
翌朝。
扉を叩く控えめな音。
入ってきたのはセシルだった。
「……リズ」
昨日までのいたずらっぽさは影を潜め、八歳の王子は深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
小さな声だった。
「僕が……目立たせたから」
周りの大人から、リズが誘拐された事情を聞いたのだろう。一瞬、驚いたあと静かに首を振った。
「殿下のせいではありません」
それは本心だった。
「悪いのは、利用しようとした大人たちです」
セシルは唇を噛みしめる。それでも逃げなかった。
「でも、もう二度とこんなことは起こさせない」
その言葉は、子どもの宣言にしては少し重かった。
その日のうちに王宮で協議が行われた。
結論は明確だった。
「王国として、彼女の安全を最優先する」
「反第一王子派閥の動きがある以上、国内は危険だ」
そして――
「同盟国、ヴァイスハイム王国へ」
「第一王子リヒトのもとへ、身を置かせる」
その名を聞いてリズの胸がわずかに波打つ。
(やっぱりそうなるか)
それは避けられない流れだった。
「しばらくの間、正式な保護という形で滞在してもらう。すぐにヴァイスハイム王国へ伝令の騎士を派遣しろ」
王宮の判断は、早くそして重い。
リズは静かに頷いた。
(次は、王宮じゃない戦場、か)
だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ――あの氷の王子の顔が、ふと脳裏をよぎる。
(ちゃんと話を聞いてくれるって感じだったしな)
こうして物語はヴァイスハイムへと動き出す、のだがそれは私の予想を裏切る形となる。
伝令の騎士がヴァイスハイムに到着し承諾を得るまで、何週間かは王宮で静かに過ごすことになるのだと思っていた。
だがその予想は、慌ただしい足音と共に崩れる。
廊下の向こうから聞こえる足音は、どうもこちらに近づいてきており、それは見知った気配のものであった。 その人物は部屋の前で止まると、かちゃり、と扉を開く。
「リズ!」
父、ヴィルヘルム男爵は、珍しく切迫した表情をしていた。
「すぐに広間に来なさい」
理由を聞く必要はなかった。
この顔で呼びに来る時は、決まって想定外の事態だ。
「分かりました」
私は立ち上がり父の後について部屋を出る。
歩くたび、王宮の空気が張りつめていくのがわかった。
広間の扉が開いた、その瞬間。
――すでに来客がいた。
ヴァイスハイム王国第一王子、リヒト殿下。
隣には黒髪の側近――ノア。
そして、最低限の護衛のみ。
「……!」
(こんなに早い到着。まさか転移魔法の許可が下りたの?)
胸が一瞬、強く脈打つ。
けれど、それを表に出すほど未熟ではない。
私は一礼する。
「お久しぶりです、リヒト殿下」
殿下は私を見るなり、視線を細めた。
「久しいな、リズ嬢」
婚約者同士とは思えない緊張感のある挨拶をしてると、ノアが一歩前に出て淡々と説明する。
「急な来訪、失礼いたします。転移魔法の使用許可をいただけましたので、我々から伺いました」
迎えに来た、というより、状況を見極めに来た。そんな印象だった。
「怪我は?」
「ありません」
そう告げると、殿下は短く頷く。
「それは良かった」
視線が外れない。もうすべて把握している目だ。
「誘拐事件の件、報告は受けている」
父が、わずかに息を詰める。
「予定を変更する」
静かな声だったが、広間の空気が一変した。
「国内が不安定だ。君をここに留めておく理由は、今はない」
はっきりした物言いだった。
「ヴァイスハイムへ来てもらう。即時に、だ」
早い。でも予想の範囲内でもあった。
私は一歩前に出る。
「準備の時間はどれほどいただけますか」
「最低限で構わない」
「分かりました。すぐに用意します」
淡々と答えながら、胸の奥が静かに高鳴るのを感じていた。怖さはない。むしろ高揚感すらあった。
(やっぱりこの人の判断は早い)
リヒトの視線がわずかに柔らぐ。
「ずいぶん落ち着いている」
「今は動揺している時間などありませんので」
「君が表情を崩さないのは、想定内だ」
「……そうですね。ですが、内心まで読めると思わないでくださいませ」
そう言うと殿下がほんの少しだけ口元を緩めた、かのように見えた。
氷の王子の錯覚とも思えるその表情にぱちり、と目を
瞬かせる。しかしその瞬き一瞬にすぐに元の表情に戻ってしまった。
「相変わらずだな」
その言葉が、どこか楽しそうに聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
こうして、出発は予定よりずっと早くなったのだった。
6
あなたにおすすめの小説
ベルガー子爵領結婚騒動記
文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。
何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。
ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。
だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。
最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。
慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。
果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。
ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される
古紫汐桜
恋愛
婚約者の裏切りを目撃し、命を落とした“私”が目を覚ましたのは、
見知らぬ貴族令嬢の身体の中だった。
そこは、誰かの悪意によって評判を地に落とした世界。
かつて“あざとさ”で生きていた彼女の代わりに、
私はその人生を引き受けることになる。
もう、首を揺らして媚びる生き方はしない。
そう決めた瞬間から、運命は静かに歪み始めた。
冷酷と噂される若公爵ユリエル。
彼もまた、自らの運命に抗い続けてきた男だった。
そんな彼が、私にだけ見せた執着と溺愛。
選び直した生き方の先で待っていたのは、
溺れるほどの愛だった。
あざとさを捨てた令嬢と、運命に翻弄される若公爵。
これは、“やり直し”では終わらない、致命的な恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる