未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

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ヴァイスハイム王国へ

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出発の準備は、思ったよりも早く整った。

王宮に実家から荷物が届く。
きちんとまとめられた木箱を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。

「ありがとうございます」

侍女たちにそう伝えると、彼女たちは安堵したように笑った。

中身を確認するまでもない。なんていったって、貧乏男爵家だ。持たせられるものは多くない。
私は小さな鞄に、必要最低限のものだけを詰める。
中身は軽い。それでも不安よりも覚悟の方が勝っていた。


荷物を詰め終えた頃には、時刻は間もなく夕刻へと差しかかっていた。窓の外が、ゆっくりと橙色に染まっていく。

その間も、リヒト殿下は部屋の片隅で静かに待っていた。どこから取り出したのか分からない一冊の本を読みながら。声をかけることも、急かすこともない。

(本当に、ずっと待っていたんだ)

私は鞄を肩に掛け、軽く息を整える。

「準備、できました」

声をかけると殿下は本から視線を上げた。

「ああ」

短くそう答えて立ち上がり、自然な動作で私の荷物の方へ向かうそして私が持つには少し大きい鞄を、何の確認もなく手に取った。

「行くぞ」

一瞬、言葉に詰まる。

「あ、ありがとうございます」

子供扱いされることには、正直まだ慣れない。それが善意だとわかっていても、どこかむず痒い。
その様子を見て、リヒト殿下はほんの少し眉をひそめた。

「その顔、無意識か」

「何が、でしょうか」

「守られる側に回るのが、あまりに下手だ」

淡々とした口調なのに、どこか面白がっているのが伝わってくる。なぜだが全てを見透かされているような気がして意心地が悪かった。


そうして転移魔法陣を管理する王宮地下へ向かおうとした、その時。

「リズ!」

背後から少し高い声が響いた。
振り返るまでもなく誰かはわかる。

「セシル殿下」

廊下の先から現れたセシルは息を切らしていた。
殿下、と呼び止められながら来たのだろう。
無理をして抜け出してきたことは、一目で察せられた。

「やっぱり行くんだな」

「はい」

短く答えると、セシルは一瞬言葉を探すように視線を泳がせた。

「……また、戻ってくるよな?」

その問いに、私は少しだけ考える。

「王国の判断次第です。状況が落ち着けば、その可能性もあります」

肯定とも否定ともつかない返答。
それで十分だったのだろう。

セシルは唇を噛みしめ、ぐっと堪えるような表情を浮かべた。

(これで、諦めてくれるといいんだけど)

そう思った、次の瞬間。

「随分と他の男に期待させるような返しをするじゃないか」

低く落ち着いた声が割り込む。

「俺の婚約者様は」

一瞬、理解が追いつかなかった。

「……え?」

思わず目を見開く。

「何をそんなに驚く?」

そう言ってこちらを見るリヒト殿下は、先ほどまでよりもずっと素に近い表情をしていた。

「いえ……その」
私は咳払いを一つしてから、言葉を選ぶ。

「そのように、距離を詰めた話し方をされるとは思っていませんでしたので」

隣で、それを聞いていたノアが吹き出す。

「ははっ。言われてますよ、殿下」

「余計なことを言うな、堅苦しい口調も疲れるんだ」

そう返しながらも、リヒト殿下はどこか楽しそうだった。

主と側近。信頼し合っているのがよく分かる。
私は二人を見ながら、ほんの少しだけ息を吐く。

(本当に、この人たちの国へ行くんだ)

セシル殿下に挨拶を終えると、王宮地下へ続く階段を下りていく。昼間でも薄暗いそこは、石造りの壁が足音を大きく響かせた。

転移魔法陣を管理する区画に入ると、空気がはっきりと変わる。ひんやりと冷たく、張りつめているのが分かった。

床一面に刻まれた巨大な魔法陣。
幾重にも重なる紋様が、淡く光を宿していた。

(これで、本当に行くんだ)

私は足を止める。

「怖いか」

隣から、低い声が落ちてくる。

「いいえ。怖くはありません」

嘘ではない。
でも、平然としていられるほどでもない。

殿下はそれ以上、何も言わなかった。
ただ一歩、前に出る。

「陣に入れ」

促され、魔法陣の中央へ進む。
足元の紋様がじわりと光を強めた。

詠唱はない。指示もない。
ヴァイスハイム式の転移は、効率と制御を極限まで突き詰めたものらしい。

殿下が一歩、こちらに近づく。

「目を閉じろ」
「はい」

従った瞬間、空気が反転する感覚が走った。
重力がひっくり返る。音が消え、体の輪郭が曖昧になる。意識だけが強く引かれる。

一瞬――
本当に一瞬だった。

転移が終わった直後、足裏に床の感触が戻る。
遅れて、重さが来た。

(っ……)

一歩、踏み出そうとして視界が揺れる。
咄嗟に踏ん張った。膝に力を入れ何とか立ち直ろうとする。けれど、だめだった。

体がわずかに後ろへ傾いたその瞬間。背中に確かな支えが触れる。
迷いのない動きで、背中を押さえ体勢が崩れきる前に引き留められる。

「無理をするな」

低い声が、すぐ耳元で落ちた。
次の瞬間支えていたその手が動きを変える。
背中から、腕へ。視界がふっと浮き上がる。

「っ……!」

抱き上げられたのだと理解した時にはもう遅かった。

「俺の婚約者殿は、本当に素直じゃないな」

淡々とした声。
責めるでもなく、からかうでもない。

(また抱き上げられている……)

夜会で助けを求めた時と同じように。

「あ、あの、殿下――!」

慌てて声を上げると、

「黙っておけ」

即座に返される。

「落とされたいか?」

反論は、喉で止まった。
私は言われるまま腕の中で静かになる。

殿下はそのまま数歩進み足を止めた。

「ようこそ」

低く、はっきりと。

「ヴァイスハイムへ」

視界いっぱいに広がる、見知らぬ天井。
そして何より魔力密度の高い空気が、違う。

(来たんだ)

そう実感したのに、
不思議と、心は落ち着いていた。



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