未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

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婚約者として

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朝餉の席は思っていたよりも落ち着いていた。
広すぎる食卓の端に座ると、無駄な装飾のない食器が並べられている。味よりも体調を優先した献立だと、ひと目で分かった。

(気を遣われてる)

向かいの席にはリヒト殿下がいた。
相変わらず表情は動かない。けれど、こちらを見る視線は確かに向けられている。

「昨夜は眠れたか」

唐突で、飾り気のない問いだった。

「それなりに」

正直に答えると、リヒトは小さく頷いた。

「転移は身体に負担がかかる。特に子どもにはな」

子ども、という言葉に少しだけ引っかかる。
けれどそれを指摘するほど幼くもない。

「もうこの国の空気にも馴染みましたし問題ありません」

曖昧な言い方になったのは、自分でも自覚していた。
ヴァイスハイム王国は、魔法国家としての一面も持つ。そのため、空気中に満ちる魔力の濃度が、アーデルリヒ王国よりも明らかに高い。

最初は気づかなくても、身体は正直だ。
慣れない魔力に晒され続ければ、頭痛や倦怠感、酷い場合は意識障害を引き起こす――魔力中毒。

特に影響を受けやすいのは、成長途中の子どもだ。

(殿下は、それを分かっている)

リヒトは一瞬だけリズの手元を見る。フォークの持ち方、食べる速度。まるで確認するように。

「何度も言うが無理はするな」

短い言葉だったが、命令ではなかった。

「はい」

そう答えると、なぜかそれ以上は何も言われない。
会話が途切れ、食器の音だけが静かに響く。

(……ぎこちないな)

婚約者、という関係になったばかりで、自然に振る舞えという方が無理なのだろう。リズはそう自分に言い聞かせた。
だってここは、感情を交わす場ではない

 
「君の誘拐事件は、こちらでも把握している。アーデルリヒ国内の反第一王子派は、想定より動きが早い」

すると始まったのは淡々とした報告。
けれど、内容は重い。

「君は政治的に“使える駒”だ」

はっきりした言い方だった。

「だが、私の婚約者だ。使わせるつもりはない」

私は思わずフォークを止めた。

(守るって、そういう意味なんだ)

「君をここへ連れてきたのは、保護だけが目的じゃない」

殿下は私を見る。

「婚約者として扱う。それは、責任でもある」

「具体的には?」

問い返すと、ノアが横から補足する。

「殿下の許可なく外出は不可。面会はこちらで精査します」

「窮屈ですね」

率直に言うと、殿下は否定しなかった。

「安全と引き換えだ」

理解はできる。
納得も、している。

それでも。

「一つだけ、条件があります」

私がそう言うと、
殿下の視線が鋭くなった。

「言え」

「私を守る判断を、すべて殿下がなさるのは構いません。ですが、私自身が動ける余地も残してください」

沈黙。

一瞬、空気が張りつめる。
ノアが、少しだけ息を呑んだのがわかった。

殿下は、しばらく私を見つめてから口を開く。

「……いいだろう。ただし」

一歩、踏み込まれる。

「何かあった時は報告しろ」

「はい。わかり、ました」

言葉が、なんとか喉を通った。
頼る、という選択肢を私は今まで後回しにしてきた。
だからか。それは私には難しい判断だった。

殿下が訝しげな表情を浮かべる。

「実践するのが難しいなら、理解することから始めるといい」

短い言葉。けれど、確かに受け取られた。


リヒトが朝餉を終えて席を立つと、ノアが静かに補足するように口を開いた。

「リズ様の自由行動につきましては、内廷エリアに限り許可が出ております。居室、中庭、図書室の一般閲覧区、回廊までです。外廷や政務棟へは、殿下の同席が必要になります」

「内廷、ですね」

「はい。常にエマかルーカスが同行しますが、行動そのものは制限いたしません」

守られているからこそ与えられる自由。
リズはそう受け取った。

朝餉のあと、エマとともに自室へ戻る。
扉が閉まった瞬間、リズは一度だけ深く息を吐いた。

(少し、重い)

言葉にするほどではない。熱もなく、めまいもない。
ただ、身体の奥にいつもより余分な力がかかっている感覚。

(これくらいなら、大丈夫)

無理はするなと言われたけど、これくらいなら大丈夫、と判断して何事もなかったように背筋を伸ばす。
それだけで、この違和感は胸の奥にしまわれた。


翌日からの一週間は、穏やかに過ぎていった。

図書室では、気になる本を次々と見つけてしまう。
一冊ずつ運ぶのが面倒になり、魔法でふわりと浮かせると本の山が宙に並んだ。

「あ」

司書と目が合い、慌てて降ろす。

「持ち帰りは三冊までですよ、リズ様」

「……選び直します」


中庭では、庭師と自然に言葉を交わすようになった。
土の状態を見て、魔力をほんの少し流すだけで植物の根付きが良くなる。

「助かるよ、お嬢さん」

「魔法は使いどころですから」

侍女たちとは自然と会話が増えた。
給仕の手順を教わり、うっかり覚えてしまった結果――

「なぜ君がそこにいる」

政務の合間、リヒトの前に茶を置いた時の反応は忘れられない。

「教わったので。失礼でした?」

「……いや」

一拍置いて、そう答えられた。


騎士たちの鍛錬場を、内廷の端から眺めていた時だった。

「……気になるか」

不意に背後から声がした。
振り向くと、リヒト殿下が立っている。

「少しだけ」

正直に答えると、殿下は剣を振る騎士たちに視線を向けたまま言った。

「短剣までなら許可する。稽古をつけるのは、ルーカスに限る」

一瞬、息が詰まる。

「本当ですか?」
「条件付きだ」
「ありがとうございます」

そう言って頭を下げると、殿下は一度だけ頷き場を離れた。


その日の午後。
ルーカスが短剣を一本差し出してくる。

「刃は落としてあります」

「分かりました」

手に取ると、重さはちょうどいい。
構えを取ると、ルーカスの視線がわずかに鋭くなった。

「基礎からです。足の位置、そこ」

「……こう?」

「はい。重心はもう少し前」

一つ一つが丁寧で、急かされることはない。
短剣を振るたび、身体の芯に意識を集中させる。
魔力は使わない。まずは身体だけで動く。

(強くなりたい)

誰かを倒すためじゃない。逃げ切るためでもない。
心も、身体も、魔力も。
全部まとめて、自分のものとして。

「筋はいいです」

ルーカスが、ほんの少しだけ口調を緩めた。

「そうですか」

「はい。ただ――」

一瞬、言葉を切る。

「無茶はしないでください。それだけは」

「分かってます」

本当は、分かっているからこそ。口には出さない。
剣を下ろしたあと、呼吸を整える。何事もない。大丈夫。

そう言い聞かせながら、短剣を鞘に戻した。



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