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閑話④ エマとルーカスside
しおりを挟むエマが気づいたのは、ほんの些細な違和感だった。
朝、いつもなら自分で立ち上がるタイミングで、リズムが一拍遅れる。
表情は変わらない。声もいつも通り。けれど、息を整える仕草だけがわずかに多い。
「……リズ様?」
「ん? なに、エマ」
「いえ。お召し替え、今日は少し早めに済ませますね」
「助かる」
それだけの会話。それだけなのに、エマの胸には小さな棘のような感覚が残った。
無理をしている、というほどではない。
けれど、“気づかれないように調整している”人間の動きだった。
鍛錬場の端で、ルーカスは腕を組んでいた。
短剣の稽古は問題ない。
動きも判断も、年齢を考えれば優秀すぎるほどだ。
(だが)
踏み込みのあと、ほんの一瞬。体勢を整えるまでの間が、昨日より長い。
誰も気づかない程度。騎士ですら、見逃すだろう。
「今日はここまでにしましょう」
ルーカスが切り上げると、リズは素直に頷いた。
「分かりました。ありがとうございました」
顔色は悪くない。呼吸も乱れていない。
それでも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。
夕方、廊下でエマとルーカスがすれ違う。
「……」
「……」
一瞬、視線が交わり、どちらからともなく足を止めた。
「リズ様のことですが」
先に口を開いたのは、エマだった。
「やはり、感じますか」
ルーカスは短く答える。
「“体調が悪い”とは違う。だが……」
「ええ。隠している、というほどでもない。でも」
エマは言葉を選んだ。
「慣れない環境に、無理のない範囲で“合わせようとしている”ように見えます」
ルーカスは小さく息を吐いた。
「殿下には?」
「まだです。確証がありません」
「同感です」
二人は、それ以上踏み込まなかった。
気づいている。だが、本人が言わない以上、今は見守るしかない。
「強いお方ですね」
エマの言葉に、ルーカスは否定しなかった。
「ええ。だからこそ、目を離せません」
廊下の向こうで、小さな足音が遠ざかっていく。
その背中を思い浮かべながら、二人はそれぞれの持ち場へ戻っていった。
――まだ、誰にも知られないままの違和感を胸に。
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