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守られるということ
しおりを挟む目を覚ました時、最初に感じたのは静けさだった。
痛みはない。苦しさも、あの熱も、もうない。
だがまだ腹の底には、ほんの少し重い魔力の奔流が渦巻いていた。
天蓋付きのベッド。
見慣れないが、もう「知らない」とは言えない部屋。
(……あ)
思い出す。
魔力。息苦しさ。そして――呼んだ声。
ゆっくりと上体を起こそうとして、リズは動きを止めた。誰かがすぐ傍にいたからだ。
椅子に腰掛け、腕を組んだまま微動だにせず座っている人物。閉じられた瞳。氷のように整った横顔。
リヒトだ。
寝ているのか、それとも目を閉じているだけなのか。
判断がつかないほど、静かだった。
(起こしたら、怒られるかな)
そんなことを考えてしまうあたり、自分はまだ子供なのだと自覚する。喉が乾いて、軽く息を整えたその時。
「目が覚めたか」
閉じたままだったはずの瞳が、ゆっくりと開いた。
「はい」
反射的に返事する。それきり言葉が途切れた。
謝るべきか。説明するべきか。それとも黙っているべきか。どれも正解な気がしてどれも違う気がした。
沈黙が落ちる。責める言葉は、来ない。叱責も、溜め息すらない。そのことがかえって落ち着かなかった。
リヒトは立ち上がり、ベッドの横に立つ。見下ろされる視線は、冷たいというより測るようなものだった。
「体調は」
「大丈夫です」
一瞬、視線が合う。
「嘘だな」
即答だった。
「……」
否定できずリズは視線を逸らした。
また、沈黙。
窓の外から遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。それが妙に大きく感じられた。
「なぜ言わなかった」
責める調子ではなかった。淡々とした問い。
それでも、胸の奥がきゅっと縮む。
「まだ、大丈夫だと思ってました」
「思っただけだな」
「……はい」
短いやり取りが、余計に気まずさを深める。
リヒトはしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「――だが」
その一言で、リズは身構えた。
「俺を呼んだ」
視線が、今度ははっきりと向けられる。
「それは評価する」
思ってもみなかった言葉に、リズは目を瞬いた。
「怒って、ないんですか」
「無茶をしたことについては、ある」
じっと見つめられ思わず視線を逸らす。
「だが、誰を呼ぶべきか、いつ呼ぶべきかを判断した。その点については、よくやった」
その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなった
叱られたかったわけじゃない。
褒められたかったわけでもない。
ただ、理解してもらえたことが嬉しかった。
「次からは。いや、"次も"呼べ。我慢するな。選択肢を誤るな」
それは命令口調だったが、不思議と重くはなかった。
「はい」
今度ははっきりと答えた。
再び静けさが落ちる。
けれど先ほどとは違う。気まずさは残っているのに、どこか穏やかだった。
リヒトは踵を返し、扉へ向かう。
「休め。今日は動くな」
そう言い残して、去りかけ――
一瞬だけ、振り返る。
「……よく、頑張った」
それだけ告げて、部屋の扉を開けると廊下に向けて声を響かせた。
「エマ、ルーカス」
すぐに、控えていた二人が姿を現す。
エマはほっとしたように息を吐き、ルーカスは直立不動で頭を下げた。
「リズを」
リヒトは一度部屋の中へ視線を向ける。
ベッドの上でこちらを見ている少女へ。
「今日は動かすな」
端的な命令。
「立つな、歩くな、無理をさせるな。異変があれば、即座に俺を呼べ」
「かしこまりました」
エマが深く頷く。
ルーカスも短く、「は」と応じた。
「見張っておけ」
その一言にエマが一瞬だけ目を瞬く。
だが、何も言わずに受け止めた。
リヒトはそれ以上何も言わず、今度こそ廊下へ出ていく。扉が閉まる音が静かに響いた。
三人になった部屋。しばらく誰も口を開かなかった。
張りつめていた空気がようやく緩んだのは、エマがベッドの傍に近づいたときだった。
「本当に、ご無事でよかったです」
胸を押さえるようにして安堵の息を吐く。
その声は、まだ少し震えていた。
「心配、かけました」
リズがそう言うと、エマは首を振る。
少し遅れて、ルーカスが視線を伏せたまま口を開いた。
「何も出来ず申し訳ありませんでした」
その声音には、はっきりと悔しさが滲んでいた。
リズは一瞬きょとんとしてから、首を横に振る。
「ううん。ありがとう」
エマが目を瞬かせ、ルーカスもわずかに肩の力を抜いた。その様子を見て、リズは内心で息を吐く。
「それにしても、私信用されてなさすぎじゃない?」
リヒトの最後の言葉を思い出す。不思議と嫌な気はしなかった。見張られるほど、危なっかしいと思われている。それだけ価値がある存在だと見なされている。
そう考えると少しだけ可笑しい。
「……まあ、動く気もないですけど」
リズがそう言うと、エマはほっとしたように微笑んだ。
「今日は、しっかり休みましょう」
「はい」
ベッドに体を預けながら、リズは天井を見上げる。
守られている。雁字搦めに。
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