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魔法
しおりを挟む魔導エレベーターがほとんど音もなく停止した。
壁の魔術式が一斉に収束し、正面の扉がゆっくりと開く。
広がっていたのは、これまでとは明らかに空気の違う空間だった。
高い天井。外光を取り込む大きな窓。
そして、床一面に刻まれた複雑な魔法陣。
「ここは……」
思わず息を呑む。
「王立騎士魔法学校・実践研究区画だ」
殿下が答える。
「座学では扱えない魔術や戦術を、実際に試す場所。騎士と魔術師が共同で訓練する」
なるほど、と頷きながら視線が自然と動く。
区画の中央では、数名の騎士候補生と研究員が、魔法陣を挟んで意見を交わしていた。
一方では、結界展開の訓練。
もう一方では、魔力制御の実験。
知識と力が、机上ではなく“現場”で結びついている。
「……すごい」
素直にそう思った。
アーデルリヒ王国では、ここまで大規模な実践区画はなかった。魔法は魔法、軍は軍。分けて考えるのが当たり前だったから。
「ヴァイスハイムは、魔法国家であり、軍事国家でもある。机上の理論だけでは国は守れない。だが、力だけでも続かない」
その横顔は、さっきエレベーターで見たものとは違う。柔らかさは消え、代わりに揺るぎのない重さがある。
この人は、ここに立つ人なんだ。
王子として。未来の王として。
私は、胸の前で小さく手を握った。
ここに来て、知識を学び、力を磨き、誰かの役に立てるなら。
「……あの」
思わず、声が出る。
殿下が視線を向ける。
「ここで学べることはとても多いです」
言葉を選びながら、それでも正直に続けた。
「魔法も、体の使い方も。それに考え方も。全部自分のものにして強くなりたいです」
殿下は、ほんの一瞬だけ私を見つめたあと、静かに頷いた。
「だから、最後にここを案内した」
それだけ。
けれど、その一言で十分だった。
ここは、“見せる場所”であり、“預ける未来”でもあるのだと。
扉の向こうで、訓練の号令が響く。私はその音を聞きながら思った。
――強くなりたい。心も、体も、魔力も。
そしていつか、この人の隣に立っても、揺るがない自分でいたい。
最後の案内場所はただの施設ではなく、私自身の目標を与えられた場所だった。
帰り際、実践研究区画の一角に異質な空間を見つけた。
人の代わりに置かれているのは、多分魔道人形。表情はなく、全身に魔術耐性の刻印が施されているように見える。
「これは……」
「模擬演習用魔道人形だ」
殿下が答える。
「実戦に近い魔力反応を示す。危険度は低いが、制御を誤れば暴走する可能性もあるまだ実戦投入前の人形だ」
――暴走。
その言葉を聞いて、私は小さく息を吸った。
そういえばこの国に来てから、まだ一度も魔法を使っていない。魔力は感じる。制御もできている。
でも発動はさせていない。
「殿下」
慎重に、言葉を選ぶ。
「一度、確認しておきたいです。この国の魔力環境で、私の魔法が使えるか」
殿下は一瞬、私を見つめたあと、頷いた。
「いいだろう」
それだけ言って、殿下は一歩脇へ退いた。
代わりに、ノアが前に出る。
「模擬演習魔道人形について説明します」
淡々とした口調で、人形の構造を指し示す。
「外殻は物理衝撃と魔術双方に耐える複合素材。内部に魔力核があり、そこから全身へ疑似循環魔力を流しています」
核。その言葉に自然と意識が向いた。
「核を中心に魔力が巡ることで、人間に近い反応速度と抵抗を再現します。制圧訓練、索敵、拘束の実験に使用される予定です」
「つまり」
殿下が静かに補足する。
「核への直接干渉か、魔力循環の遮断で停止する」
なるほど。
なら、やりやすい。
私は小さく頷き、演習区画へ進み出た。
人形が、こちらを敵性対象として認識する。
重い足音を立て、一歩、また一歩。
その瞬間だった。
意識を向けただけで、魔力が走る。
床に、淡い光の魔術式が一斉に展開した。
円。重なり合う拘束陣。
「……っ」
次の瞬間、人形の動きが強制的に止まる。
――魔力拘束。
息付く間もなく足元から、光が立ち上り絡みつく。
光の鎖だ。一本ではない。
複数の鎖が、関節ごとに正確に配置され、逃げ場を完全に塞ぐ。
魔力循環が目に見えて乱れる。
核の位置が――分かる。私は一歩距離を詰めた。
そして、そっと手を握る。それに反応するように、光の鎖が一気に収束した。ぎり、と空気が軋む音。鎖は核を中心に締め上げ、循環を構造ごと圧壊する。
次の瞬間。
ぱきん、と乾いた音がして、魔道人形は力を失い床へ崩れ落ちた。核は完全に沈黙していた。
……静かだ。
私は手を開き、魔力を引っ込める。
暴走も、反動もない。
あまりにも自然で、少し拍子抜けするほど。
「……」
背後が、異様なほど静まり返っている。
恐る恐る、振り返って――そして、はっとした。
「あの」
控えめに、手を胸の前で組む。
「これって……壊していいやつ、でしたか?」
一瞬。本当に、一瞬。時が止まった。
「…………」
ノアの目が、見開かれる。
研究員たちは、言葉を失い、
殿下は壊れた人形と、私を見比べて。
「……」
小さく、息を吐いた。
「問題ない」
いつもの低い声だが、どこか呆れと微かな笑みが混じっている。
「想定以上だっただけだ」
「そ、そうですか……よかったです」
ほっと胸を撫で下ろすと、周囲から、遅れてざわめきが広がった。
――あれで「確認」なのか。
――拘束から圧壊まで、一瞬だったぞ。
――理論なしで、あの精度……?
私は気づかない。
ただ、殿下の方を見て素直に言った。
「使えるみたいで、安心しました」
その言葉に、殿下は一瞬だけ目を伏せ――
「……ああ」
短く、そう答えた。
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