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パーティー
しおりを挟む「今日は、お仕事は一切禁止です」
朝餉のあと、きっぱりとそう告げられた。
「準備もありますので、部屋からも出ないでください」
「ええ……」
抗議しようとしたけれど、エマの表情がいつもより本気で素直に頷くしかなかった。
代わりに、と言わんばかりに渡されたのが――本。
「誕生日ですから」
そう言って、司書が特別に貸し出してくれたものが、なんと五冊。
「甘やかされてるなぁ」
思わず笑ってしまう。
部屋に缶詰。本に囲まれて、外に出られない。
本来なら息苦しくなりそうな状況なのに、不思議とそうはならなかった。
ベッドに腰掛けてページをめくる。静かな部屋。
窓から差し込む、やわらかな光。
誰かに「大事にされている」という感覚が、胸の奥をじんわり温めている。
「悪くないな」
そう呟いたのを覚えている。
気づけば、文字が滲んで見えてきて。本を閉じたところで――意識が、すっと落ちた。
*
「リズ様」
優しい声。
「リズ様、起きてください」
「……ん」
ゆっくりと瞼を開ける。
部屋の光が、朝よりも高い位置から差し込んでいた。
「……?」
「もう、昼を過ぎておりますよ」
「え」
思わず上体を起こす。
「そんなに寝てた……?」
「ええ」
エマはくすっと笑った。
「たくさん本を読まれていましたから」
寝起きの頭で状況を整理していると、ノックの音がして扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは、ルーカスだった。
「パーティーの準備が整いました」
そう言っていつものように背筋を伸ばす。
「ご案内します」
その一言で、ようやく実感が湧いてきた。
本当に、始まるんだ。
私はベッドから降りて、軽く身なりを整える。
胸の奥が少しだけ高鳴る。
「行こうか」
エマが頷き、ルーカスが扉を開ける。
午後の光の向こうに、今日だけの時間が待っている気がした。
まず廊下に出た瞬間、違和感を覚えた。静かすぎる。
いつもならどこかで足音がして、侍女や執事とすれ違うはずなのに、誰もいない。
「……?」
思わず周囲を見回しながら進む。
ルーカスは何も言わないし、エマもなぜか少しだけ楽しそうな顔をしている。そのまま中庭へ続く回廊へ向かう角を曲がった。
次の瞬間。
「リズ様、お誕生日おめでとうございます」
一斉に声が重なった。
「え?」
足が止まる。
回廊の両脇に、ずらりと並ぶ見知った顔。
侍女、執事、料理場の人、庭師までいる。
みんな、穏やかに笑っていた。
「あ、ありがとう……?」
思わず、そんな間の抜けた声が出る。
「おめでとうございます、リズ様」
「素敵な一年になりますように」
次々とかけられる言葉に、胸がいっぱいになる。
「うん、みんな本当にありがとう」
一人一人の顔を見ながら、そう返していく。
知らないうちに、こんなにも多くの人と関わっていたのだと今さら実感する。
列の先へ進むと、視界がひらけた。中庭とその奥に続くテラス。白と淡い色合いの花々が、あちこちに飾られている。蔓植物が手すりに絡み、小さなリボンや布飾りが風に揺れていた。
派手ではない。けれど、丁寧で、温かい。
「すてき」
思わずそう呟いた。テラスの中央には、椅子がひとつ。そこに殿下が座っていた。
背筋を伸ばしいつも通りの落ち着いた佇まい。
その後ろにノアが静かに控えている。
殿下はこちらに気づくと、ゆっくりと視線を上げた。
視線が合う。そして、ほんのわずかに表情が和らいだ。
「来たか」
その一言で。
ここが、今日の“始まり”なのだと分かった。
パーティーは、思っていたよりもずっと和やかに始まった。
運ばれてくる料理は、どれも大人用より一回り小さい器に盛られていた。
最初に並んだのは香ばしく焼かれた白身魚のソテー。
表面はぱりっと、中はふっくら。
添えられているのは甘みのある根菜を細かく刻んだ温野菜と、軽いハーブソース。
次に、柔らかく煮込まれた鶏肉のクリーム煮。
濃すぎない味付けで、口に入れるとすっとほどける。
焼きたての小さなパンが二種類。
一つはほんのり甘く、もう一つは穀物入りで香ばしい。
スープは澄んだ野菜のコンソメ。
浮かべられた小さな星形の野菜に、思わず目がいく。
「かわいい」
そう呟くと、オスカーが胸を張った。
「見た目も大事ですから」
最後に主役のタルト。苺、桃、柑橘、ぶどう。
色とりどりの果物が敷き詰められ、軽いカスタードの甘さが全体をまとめている。
どれも重くなく、でも物足りなくもない。
“子どもだから”ではなく、“リズだから”用意された食事だと、はっきり分かる。だからこそ気づく。
「これ、私の好きな果物ばっかり」
思わずそう言うと、オスカーは一瞬だけ言葉に詰まり――ちらりと殿下の方を見る。
「それは……」
間を置いて、にっと笑った。
「秘密です」
「えー」
抗議すると、周囲から小さな笑いが起こる。
そこへ、厳つい顔の料理長が姿を見せた。
「……」
相変わらず無言で、腕を組んで立っている。
「いつも美味しいご飯、ありがとうございます」
そう声をかけると、料理長は一瞬だけ目を泳がせた。
「……っ」
「料理長、照れてる~」
オスカーの一言に、容赦なくごつん、と軽く頭をはたかれているのを見て、思わず吹き出す。
「……楽しいか?」
ふと、殿下が尋ねてくる。
「はい!」
満面の笑みでそう答えると、殿下は少しだけ目を細める。
「そうか」
それだけなのに――
向けられる視線が、どこか愛おしそうで。
その視線に気づいて、私はなぜか照れてしまいタルトに視線を戻した。
甘くて、優しくて、心まで満たされる誕生日のご馳走だった。
楽しい時間は、あっという間だ。
笑って、食べて、話して。
気づけば、陽はすっかり傾いている。
「それでは」
エマが一歩前に出て、柔らかく告げた。
「最後に、プレゼントをお渡しします」
まず差し出されたのは、侍女と執事たちから。
箱を開けると、中にあったのは一着のドレスだった。
可愛らしすぎず、かといって大人びすぎない。
動きやすさを残した、上品なデザイン。
胸元と裾に控えめな刺繍が施され、
色は――澄んだサファイアブルー。
私の瞳と、同じ色。
「綺麗」
思わず呟く。
「これは?」
「王宮主催のパーティーへの参加が、正式に認められました」
エマが微笑む。
「ぜひ、殿下とご一緒に。楽しいひと時を過ごしていただければと」
「王宮の、パーティー?」
思わず殿下を見上げる。
殿下は一瞬、視線を逸らし――
「……今日、説明するつもりだった」
少しだけ、気まずそうに言った。
驚きと、嬉しさが一緒に押し寄せてくる。
次に前へ出たのは、庭師のフェルナンドだった。
「これは、珍しい花の種だ」
手渡された小袋の中には、丁寧に包まれた種。
「整備して、庭の一角が空いた。ぜひ、一緒に育ててほしい」
「どんな花が咲くんですか?」
そう聞くと、庭師はにやりと笑った。
「殿下の瞳と同じ琥珀色の花が咲く」
「……それは」
思わず、殿下を見る。
「楽しみです」
そう答えると、フェルナンドは満足そうに頷いた。
そして最後。殿下が立ち上がる。
周囲が自然と静まった。
殿下は私の前に立つと、一冊の本を差し出した。
「これだ」
受け取った瞬間気づく。
革装丁は使い込まれていて角は少し丸くなっている。
「殿下のですか?」
表紙には題名はなく、しかし手に馴染む重さに思わずそう尋ねる。殿下は一拍だけ間を置いてから答えた。
「元は、そうだ」
――元は?
ページをめくる。余白は少なく、ところどころに走り書きがある。簡潔で、無駄がない。
でも、その筆跡は――
「これ……殿下の字ですよね」
「ああ」
否定しない。
「幼い頃から使っていた。必要な部分だけを書き足してある」
胸が、きゅっとなる。
それは、本というより時間の塊だった。
「今すぐ理解する必要はない」
殿下は、いつも通り淡々と続ける。
「分からないところは飛ばせ。疑問が出たら、印を付けろ」
「いいんですか?」
「構わない」
そう毅然として答える。
「書き込んでも、汚してもいい。お前の使い方でいい」
“貸す”ではない。“渡す”でもない。共有する。
「大切な本じゃないんですか」
そう聞くと、殿下はほんの一瞬だけ視線を逸らした。
「だからだ」
それ以上は語らない。でも、それで十分だった。
「ありがとうございます」
ぎゅっと本を抱きしめる。
「大事にします」
「ああ」
殿下は小さく頷いた。
「誕生日、おめでとう」
その一言が、今日いちばん胸に響いた。
高価な贈り物でも、派手な言葉でもない。
けれど殿下の世界の一部を預けられた、そんな気がした。
テラスには穏やかな風が吹いていた。
この本と一緒に、私はきっともっと先へ行ける。
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