未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

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パーティー

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「今日は、お仕事は一切禁止です」

朝餉のあと、きっぱりとそう告げられた。

「準備もありますので、部屋からも出ないでください」

「ええ……」

抗議しようとしたけれど、エマの表情がいつもより本気で素直に頷くしかなかった。
代わりに、と言わんばかりに渡されたのが――本。

「誕生日ですから」

そう言って、司書が特別に貸し出してくれたものが、なんと五冊。

「甘やかされてるなぁ」

思わず笑ってしまう。

部屋に缶詰。本に囲まれて、外に出られない。
本来なら息苦しくなりそうな状況なのに、不思議とそうはならなかった。

ベッドに腰掛けてページをめくる。静かな部屋。
窓から差し込む、やわらかな光。

誰かに「大事にされている」という感覚が、胸の奥をじんわり温めている。

「悪くないな」

そう呟いたのを覚えている。
気づけば、文字が滲んで見えてきて。本を閉じたところで――意識が、すっと落ちた。



「リズ様」

優しい声。

「リズ様、起きてください」

「……ん」

ゆっくりと瞼を開ける。

部屋の光が、朝よりも高い位置から差し込んでいた。

「……?」

「もう、昼を過ぎておりますよ」

「え」

思わず上体を起こす。

「そんなに寝てた……?」

「ええ」

エマはくすっと笑った。

「たくさん本を読まれていましたから」

寝起きの頭で状況を整理していると、ノックの音がして扉が開く。

「失礼します」

入ってきたのは、ルーカスだった。

「パーティーの準備が整いました」

そう言っていつものように背筋を伸ばす。

「ご案内します」

その一言で、ようやく実感が湧いてきた。

本当に、始まるんだ。
私はベッドから降りて、軽く身なりを整える。

胸の奥が少しだけ高鳴る。

「行こうか」

エマが頷き、ルーカスが扉を開ける。
午後の光の向こうに、今日だけの時間が待っている気がした。


まず廊下に出た瞬間、違和感を覚えた。静かすぎる。
いつもならどこかで足音がして、侍女や執事とすれ違うはずなのに、誰もいない。

「……?」

思わず周囲を見回しながら進む。
ルーカスは何も言わないし、エマもなぜか少しだけ楽しそうな顔をしている。そのまま中庭へ続く回廊へ向かう角を曲がった。

次の瞬間。

「リズ様、お誕生日おめでとうございます」

一斉に声が重なった。

「え?」

足が止まる。
回廊の両脇に、ずらりと並ぶ見知った顔。
侍女、執事、料理場の人、庭師までいる。
みんな、穏やかに笑っていた。

「あ、ありがとう……?」

思わず、そんな間の抜けた声が出る。

「おめでとうございます、リズ様」
「素敵な一年になりますように」

次々とかけられる言葉に、胸がいっぱいになる。

「うん、みんな本当にありがとう」

一人一人の顔を見ながら、そう返していく。
知らないうちに、こんなにも多くの人と関わっていたのだと今さら実感する。

列の先へ進むと、視界がひらけた。中庭とその奥に続くテラス。白と淡い色合いの花々が、あちこちに飾られている。蔓植物が手すりに絡み、小さなリボンや布飾りが風に揺れていた。
派手ではない。けれど、丁寧で、温かい。

「すてき」

思わずそう呟いた。テラスの中央には、椅子がひとつ。そこに殿下が座っていた。

背筋を伸ばしいつも通りの落ち着いた佇まい。
その後ろにノアが静かに控えている。
殿下はこちらに気づくと、ゆっくりと視線を上げた。
視線が合う。そして、ほんのわずかに表情が和らいだ。

「来たか」

その一言で。
ここが、今日の“始まり”なのだと分かった。


パーティーは、思っていたよりもずっと和やかに始まった。
運ばれてくる料理は、どれも大人用より一回り小さい器に盛られていた。

最初に並んだのは香ばしく焼かれた白身魚のソテー。
表面はぱりっと、中はふっくら。
添えられているのは甘みのある根菜を細かく刻んだ温野菜と、軽いハーブソース。

次に、柔らかく煮込まれた鶏肉のクリーム煮。
濃すぎない味付けで、口に入れるとすっとほどける。

焼きたての小さなパンが二種類。
一つはほんのり甘く、もう一つは穀物入りで香ばしい。

スープは澄んだ野菜のコンソメ。
浮かべられた小さな星形の野菜に、思わず目がいく。

「かわいい」

そう呟くと、オスカーが胸を張った。

「見た目も大事ですから」

最後に主役のタルト。苺、桃、柑橘、ぶどう。
色とりどりの果物が敷き詰められ、軽いカスタードの甘さが全体をまとめている。

どれも重くなく、でも物足りなくもない。
“子どもだから”ではなく、“リズだから”用意された食事だと、はっきり分かる。だからこそ気づく。

「これ、私の好きな果物ばっかり」

思わずそう言うと、オスカーは一瞬だけ言葉に詰まり――ちらりと殿下の方を見る。

「それは……」

間を置いて、にっと笑った。

「秘密です」

「えー」

抗議すると、周囲から小さな笑いが起こる。
そこへ、厳つい顔の料理長が姿を見せた。

「……」

相変わらず無言で、腕を組んで立っている。

「いつも美味しいご飯、ありがとうございます」

そう声をかけると、料理長は一瞬だけ目を泳がせた。

「……っ」

「料理長、照れてる~」

オスカーの一言に、容赦なくごつん、と軽く頭をはたかれているのを見て、思わず吹き出す。

「……楽しいか?」

ふと、殿下が尋ねてくる。

「はい!」

満面の笑みでそう答えると、殿下は少しだけ目を細める。

「そうか」

それだけなのに――
向けられる視線が、どこか愛おしそうで。

その視線に気づいて、私はなぜか照れてしまいタルトに視線を戻した。
甘くて、優しくて、心まで満たされる誕生日のご馳走だった。


楽しい時間は、あっという間だ。

笑って、食べて、話して。
気づけば、陽はすっかり傾いている。

「それでは」

エマが一歩前に出て、柔らかく告げた。

「最後に、プレゼントをお渡しします」

まず差し出されたのは、侍女と執事たちから。
箱を開けると、中にあったのは一着のドレスだった。

可愛らしすぎず、かといって大人びすぎない。
動きやすさを残した、上品なデザイン。

胸元と裾に控えめな刺繍が施され、
色は――澄んだサファイアブルー。
私の瞳と、同じ色。

「綺麗」

思わず呟く。

「これは?」

「王宮主催のパーティーへの参加が、正式に認められました」

エマが微笑む。

「ぜひ、殿下とご一緒に。楽しいひと時を過ごしていただければと」

「王宮の、パーティー?」

思わず殿下を見上げる。
殿下は一瞬、視線を逸らし――

「……今日、説明するつもりだった」

少しだけ、気まずそうに言った。
驚きと、嬉しさが一緒に押し寄せてくる。

次に前へ出たのは、庭師のフェルナンドだった。

「これは、珍しい花の種だ」

手渡された小袋の中には、丁寧に包まれた種。

「整備して、庭の一角が空いた。ぜひ、一緒に育ててほしい」

「どんな花が咲くんですか?」

そう聞くと、庭師はにやりと笑った。

「殿下の瞳と同じ琥珀色の花が咲く」

「……それは」

思わず、殿下を見る。

「楽しみです」

そう答えると、フェルナンドは満足そうに頷いた。

そして最後。殿下が立ち上がる。
周囲が自然と静まった。

殿下は私の前に立つと、一冊の本を差し出した。

「これだ」

受け取った瞬間気づく。
革装丁は使い込まれていて角は少し丸くなっている。

「殿下のですか?」

表紙には題名はなく、しかし手に馴染む重さに思わずそう尋ねる。殿下は一拍だけ間を置いてから答えた。

「元は、そうだ」

――元は?

ページをめくる。余白は少なく、ところどころに走り書きがある。簡潔で、無駄がない。

でも、その筆跡は――

「これ……殿下の字ですよね」

「ああ」

否定しない。

「幼い頃から使っていた。必要な部分だけを書き足してある」

胸が、きゅっとなる。
それは、本というより時間の塊だった。

「今すぐ理解する必要はない」

殿下は、いつも通り淡々と続ける。

「分からないところは飛ばせ。疑問が出たら、印を付けろ」

「いいんですか?」

「構わない」

そう毅然として答える。

「書き込んでも、汚してもいい。お前の使い方でいい」

“貸す”ではない。“渡す”でもない。共有する。

「大切な本じゃないんですか」

そう聞くと、殿下はほんの一瞬だけ視線を逸らした。

「だからだ」

それ以上は語らない。でも、それで十分だった。

「ありがとうございます」

ぎゅっと本を抱きしめる。

「大事にします」

「ああ」

殿下は小さく頷いた。

「誕生日、おめでとう」

その一言が、今日いちばん胸に響いた。
高価な贈り物でも、派手な言葉でもない。

けれど殿下の世界の一部を預けられた、そんな気がした。
テラスには穏やかな風が吹いていた。
この本と一緒に、私はきっともっと先へ行ける。



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