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護りたい人 sideリヒト
しおりを挟む腕が伸びたのは考えるより先だった。
崩れ落ちる小さな身体を、確かに受け止める。
「……っ」
想像以上に軽い。いや、知っていたはずだ。
それでも、現実として腕に伝わる重さは胸の奥を強く締めつけた。
「無茶を……」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。
だが今は感情に構っている場合じゃない。
リヒトは片腕でリズを抱いたまま、即座に魔力を展開した。自分とリズを包み込むように、強固な結界を一瞬で構築する。
衝撃も、熱も、暴走しかけた魔力も。すべてを遮断する層。結界が安定したのを確認してから、ゆっくりと床に膝をつき、リズを横たえた。
「……」
顔にかかった栗色の髪を、そっと指で退ける。
閉じられた瞼。穏やかな寝顔。
先ほどまでこの地獄のような場所で、たった一人、踏みとどまっていたとは思えないほどだ。
「……よくやった」
誰に聞かせるでもなく、静かに告げる。
その直後、視線を巡らせた。
魔鉱石。結界。魔力の流れ。
――すぐに理解する。
(延命処置か)
しかも見事なものだ。
魔力の位相を強引にずらし、溶解を止め、爆発までの猶予を作っている。
完全な解決ではない。だが、今ここに至るまで被害を出さなかった。
「馬鹿げているほど、正確だ」
感嘆と苛立ちと、そして抑えきれない安堵。
だが、もう大丈夫だ。
「ここからは、俺の番だ」
リヒトは立ち上がり、魔鉱石の前に歩み出る。
リズが“抑えた”魔力の流れを、今度は封じる方向へ。
延命から、封印へ。
暴れる魔力をねじ伏せるのではない。逃げ場を完全に断ち、沈める。
「――封鎖」
低く告げた言葉と同時に、新たな魔術式が空間に展開される。リズの施した術を壊さないよう、慎重に、だが容赦なく。中央魔導回廊から流れ込む魔力を、一段階ずつ確実に遮断していく。結界が軋む。魔鉱石が鈍い音を立てて震える。それでも、もう崩れない。
「本当に、遅くなった」
誰に向けた言葉でもない。
ただ眠る少女に背を向けないまま、リヒトは最後の封印術式を完成させた。
王宮を揺るがしかけた異変はついに沈黙した。
静まり返った設備室で、リヒトは眠るリズを見下ろしたまま低く言った。
「……俺に、失うかもしれない覚悟を、二度とさせるな」
それは叱責ではなかった。命令でもない。
張り詰めていた魔力が完全に沈黙したあと、ようやく零れた……恐怖を知ってしまった者の、本音だった。
リヒトはそっと視線を逸らし、再び結界と魔導設備へ意識を戻す。ここからは、完全な後処理だ。彼女が稼いだ時間を、
無駄にするわけにはいかない。
眠るリズは、何も知らない。だがこの言葉だけは、
きっと――いつか届く。
封印を終え結界を解く。
リヒトは眠るリズを抱き上げたまま、設備室を後にした。腕の中の重みは、やはり軽い。
(俺はリズを抱えてばかりだな)
ふと、そんな思いが胸をよぎる。
婚約の場でも。転移の直後でも。そして今も。
通路を抜けた、その先。
「――リズ様は?!」
最初に駆け寄ってきたのは、エマだった。
その後ろからルーカス。さらに数名の侍従や執事、王宮関係者たちが続く。
「ご無事なのか」
「お怪我は」
重なる声。
立ち入り許可はまだ出していなかったはずだが。しかし無理をしてリズの元へ駆けつけた俺が注意できることはない。リヒトは足を止め、腕の中の少女を示した。
「眠っているだけだ」
その一言で空気が変わる。張り詰めていた緊張が静かにほどけていく。
エマは胸に手を当て、深く息を吐いた。
「よかった」
ルーカスも静かに胸に手を当てる。
その視線は、自然とリズへと向けられていた。
誰も騒がない。誰も軽々しく触れようとしない。
ただ眠る少女を中心に、心配と安堵の思いあった。
(……そうか)
リヒトは、静かに理解する。
この少女は、ただの婚約者ではもうない。
判断し、動き、この王宮を――この国を、守ろうとした存在。
それをここにいる全員が、もう知っている。
「医務室へ向かう」
短く告げると、誰一人として異を唱えなかった。
エマとルーカスがすぐに道を開く。
その中心で、リヒトは黙ってリズを抱いたまま歩き出す。腕の中の重みは変わらない。
けれど、その意味だけが確かに変わっていた。
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