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閑話⑨ リヒトside
しおりを挟む知らせが届いたのは騎士団の視察を終え、次の隊へ移動しようとしたその時だった。
「――殿下!」
伝令役の騎士の顔色を見てただ事ではないと理解する。
中央魔導回廊。異常音。内廷で退避が始まっている。
そして。
「リズ様から伝言です。『リズが待っている』と」
それを聞いた時点で、ノアの"あとはお任せ下さい"という声も待たずに、リヒトはもう踵を返していた。
(間に合うか)
距離がありすぎる。全力で戻っても時間はかかる。
ある方法に至る。転移だ。
しかし王宮内での転移は禁止されている。
それは、安全のための絶対的な規則だ。
魔力干渉、結界崩壊、最悪の場合王宮全体に影響が出る。
理解している。
誰よりも。
だが。
(今はそんな場合じゃない)
判断は一瞬だった。
リヒトは立ち止まり、足元に魔術式を展開する。
周囲の騎士たちが息を呑む。
「殿下、それは――」
「黙っていろ」
低く、短く。
魔力を一気に引き上げる。
制限をかけられている転移術式を、力でねじ伏せる形で上書きする。
王宮の警告術式が悲鳴のように反応した。
だが、構わない。
次の瞬間、空間が歪み視界が反転する。
強烈な引き戻し。内廷の結界が拒絶する。
それでも押し通した。
――転移、完了。
息をつく暇もなくリヒトは顔を上げる。
感じた、この魔力。
(リズだな)
胸を満たしたのは嫌な予感と確信だった。
規則違反?
処罰?
そんなものは、後でいい。
「あと少し耐えろ」
その言葉だけを胸に、リヒトは中央魔導回廊へと駆けた。
そして。
間に合った。
ギリギリで。本当に、紙一重で。
もし、あと数分遅れていたら。
失うかもしれないという"恐怖"と呼ばれる感情を、リヒトはまだ持て余していた。
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