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第3章:妖狐の嫁
34.カミングアウト
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「麦、よく来てくれたね~」
リカさんは満面の笑顔で脛擦りの麦君を抱き上げた。やっぱりどっからどー見てもポメラニアン。茶色い丸だ。
「見て見て。可愛いでしょ?」
リカさんが無邪気に問いかける。相手はあの薫さんだ。残念だけど、これはもう塩対応待ったなし。
「ええ。とても愛らしいですね」
っ!!? 麦君を見る目が優しい。まっ、まさか薫さんも モフリストなのか!?
「これは何という妖なのですか?」
「脛擦りだよ」
「……脛?」
「ふふっ。麦、お願い出来るかな?」
「きゅきゅっ!」
「っ!?」
麦君が返事をしたのと同時に、薫さんの黒い着物の裾が持ち上がった。あれもたぶんリカさんの仕業なんだよな?
「お待ちください――」
「いい。黙っていろ、樹月」
「しかし……」
「きゅきゅーーっ!!」
麦君が突撃していく。剥き出しになった薫さんの脛目掛けて。
「っ!!!」
スリスリスリスリ。ひたすらに擦り上げていく。勢いよく。時につーっと焦らすように。
「くっ……ふっ……」
薫さんはしばらくの間、ぐっと耐えていたけど。
「ははははっ!」
遂に笑い出した。大口を開けて。体を小刻みに揺らしながら。
「笑うと途端に幼くなるニャ」
「そうだね。やっぱ兄弟なんだなぁ~」
「……ほ~ん?」
「? どったの?」
「何やかんやでお前も、ちゃ~んと六花様のことが好きなんだニャ~」
「っ!? 当たり前だろ! 何を今更――」
「お支えしますよ、薫様♡」
「っ!? 桂!」
薫さんの背後に短髪作務衣姿の妖狐・桂さんが立った。何をするのかと思えば羽交い締めだ。
っ!? 桂さんって、リカさんよりもデカいのか。間違いなく2メートルはある。おまけに腕も、脚も丸太ばりにぶっとくて。ああいうのを『ガチムキ』って言うんだろうな。羽交い締めされたら絶対に逃げられない。俺の場合、泣くまであるぞ。
「あははっ! ……ぐぅっ」
逃げの手を失った薫さんは、桂さんの分厚過ぎる胸板の上で乱れに乱れていった。黒い着物が崩れて、鎖骨、胸、太股……と、どんどん露わになっていく。正直目のやり場に困る。
つーか、いいのかな? 薫さんって王太子なんだろ? そんなお方にあんな格好させちゃって。麦君、不敬罪とかで殺されたりしないだろうな?
「麦、もういいよ。ありがとう」
3分ほど経ったところでリカさんがストップをかけた。麦君はもっとやりたそうだったけど、ろくろ首の棗さんに呼ばれたことであっさりと引き下がった。たぶん餌に釣られたんだろうな。
「ハァ、ハァ……っ」
薫さんは直ぐさま息を整えに掛かった。凄く苦しそうだ。三角耳もぺたーっと伏せてて。
「たまんねえな」
桂さんが舌なめずりをする。冗談っぽく言ってるけど、助平心も透けて見えて。
「離せ! この無礼者が!!」
「っと~、樹月ちゃんてば乱暴なんだから~」
細身の茶髪ローポニテの妖狐・樹月さんが、ガチムキな桂さんの体を突き飛ばして(凄い)、薫さんの体をしっかりと抱き留めた。
「わか……薫様、どうぞこちらを」
樹月さんが差し出したのは細長い竹筒だった。あれはたぶん水筒だな。
「んっ……」
やっぱり水筒だった。薫さんは樹月さんから離れるなり、ガブガブと飲み始めて。
「ハァ……ハァ……」
手の甲で口元を拭いながら、半ば樹月さんの胸に押し付けるような形で水筒を返す。そしてそのままお礼もなしに振り返って――驚いた。視線の先には里のみんなの姿がある。
見ればみんなは座礼を解いて、薫さんのことをじーっと見ていた。ドン引いてるわけではなさそうだ。むしろニマニマしてる。おまけにそわそわ……いや、うずうず? もしてて。
「バカにしてるんじゃないよ。みんな、薫と仲良くなりたいんだ」
「取り入るために?」
「違うよ。彼らは見返りなんて求めてない。……だから、儚いんだ」
薫さんはぐっと息を呑んだ。共感してくれてると思っていいのかな。
「失礼致します」
樹月さんは薫さんに一言断りを入れると、テキパキと着物を整えにかかった。ベテラン女中の梅さんレベルの手際の良さだ。
樹月さんって、薫さんとは初対面なんだよな? なのにあんなふうに必死になって薫さんを守ったり、世話したりして。薫さんが『妖狐の国の王太子』だから? 『王族=民族の象徴! 何を置いても尊ぶべし!』的なしきたりが染みついちゃってるのかな?
「整いましてございます」
「よし。それじゃ、行こっか」
リカさん達が歩き出した。今度こそ畑に向かうみたいだ。引き続き物陰に隠れながら様子を伺う。
「六花様、恐れながら一つお伺いをしても?」
「何でも聞いて」
「農作物の収穫量が、農地の規模と釣り合っていないように思うのですが」
「ああ、それは気候と土壌を制御してるから――」
「そんなことが!?」
「はっはっは! 流石は天狐様だ! まさに何でもありですね」
樹月さんも、桂さんも里のスペックに大興奮だ。俺もちょっと嬉しい。もっと褒めて! とか思っちゃったり。
「ん? これは……人間の」
「っ!?」
薫さんが箒のにおいを嗅いでいる。しまった!? あれは共用の箒だ。私物に付いてたにおいはちゃんと全部消したのに!!
「人間の国から持ち込まれたのでは?」
樹月さんナイス! リカさん、俺に構わずこの波に乗ってくださ――。
「実を言うとね、この里には人間もいるんだ」
「「「……は?」」」
妖狐さん達が一斉に言葉を失った。周囲にいる屈強河童さん達も青褪めて。けど、それでもリカさんは止まらない。
「しかもその……結婚もしてて」
「この里の住民と?」
「私と、だよ」
リカさんは静かに、だけどハッキリと答えた。いつもみたいに直感に突き動かされてのことなのかもしれない。でも、その目は何処か不安げで。受け入れてほしい。そんな切実な願いが込められているようだった。俺の手にも力が籠る。受け入れて欲しい。俺もリカさんと同じ思いだ。
「ひゃ~、マジっすか」
「よもやよもやでございますな」
沈黙する薫さんに代わって、作務衣の2人が応える。やや否定的なニュアンスを感じた。やっぱり……難しいのか。俺はあの輪の中には入れないのかな。
「めげるニャ」
俺の頭の上に ぽふっ とやわらかい手が乗った。ああ、椿ちゃんの優しさが身に沁みる。
「私は今、本当に幸せだよ。優太のお陰で私は――」
「呆れて物も言えませんね」
薫さんが深い溜息をついた。同調するように作務衣の2人も控えめに嗤う。
「……そっか」
リカさんの耳が、目が、声が、重たく沈む。
「うぉっ!? 河童共、堪えるニャ~」
「…………」
重なり合っていく。リカさんと御手洗の姿が。白壁を背にしたリカさんが、ぶわっと涙を浮かべる。そして、声もなく訴えかけてきた。『助けて』って。
「っ!? 優太!」
地面に降り立って駆け出す。4本の小さな足でがむしゃらに地面を蹴って。
「……兎?」
「ゆっ、優太……」
リカさんの前へ。力任せに立ち上がって両手を広げた。
リカさんは満面の笑顔で脛擦りの麦君を抱き上げた。やっぱりどっからどー見てもポメラニアン。茶色い丸だ。
「見て見て。可愛いでしょ?」
リカさんが無邪気に問いかける。相手はあの薫さんだ。残念だけど、これはもう塩対応待ったなし。
「ええ。とても愛らしいですね」
っ!!? 麦君を見る目が優しい。まっ、まさか薫さんも モフリストなのか!?
「これは何という妖なのですか?」
「脛擦りだよ」
「……脛?」
「ふふっ。麦、お願い出来るかな?」
「きゅきゅっ!」
「っ!?」
麦君が返事をしたのと同時に、薫さんの黒い着物の裾が持ち上がった。あれもたぶんリカさんの仕業なんだよな?
「お待ちください――」
「いい。黙っていろ、樹月」
「しかし……」
「きゅきゅーーっ!!」
麦君が突撃していく。剥き出しになった薫さんの脛目掛けて。
「っ!!!」
スリスリスリスリ。ひたすらに擦り上げていく。勢いよく。時につーっと焦らすように。
「くっ……ふっ……」
薫さんはしばらくの間、ぐっと耐えていたけど。
「ははははっ!」
遂に笑い出した。大口を開けて。体を小刻みに揺らしながら。
「笑うと途端に幼くなるニャ」
「そうだね。やっぱ兄弟なんだなぁ~」
「……ほ~ん?」
「? どったの?」
「何やかんやでお前も、ちゃ~んと六花様のことが好きなんだニャ~」
「っ!? 当たり前だろ! 何を今更――」
「お支えしますよ、薫様♡」
「っ!? 桂!」
薫さんの背後に短髪作務衣姿の妖狐・桂さんが立った。何をするのかと思えば羽交い締めだ。
っ!? 桂さんって、リカさんよりもデカいのか。間違いなく2メートルはある。おまけに腕も、脚も丸太ばりにぶっとくて。ああいうのを『ガチムキ』って言うんだろうな。羽交い締めされたら絶対に逃げられない。俺の場合、泣くまであるぞ。
「あははっ! ……ぐぅっ」
逃げの手を失った薫さんは、桂さんの分厚過ぎる胸板の上で乱れに乱れていった。黒い着物が崩れて、鎖骨、胸、太股……と、どんどん露わになっていく。正直目のやり場に困る。
つーか、いいのかな? 薫さんって王太子なんだろ? そんなお方にあんな格好させちゃって。麦君、不敬罪とかで殺されたりしないだろうな?
「麦、もういいよ。ありがとう」
3分ほど経ったところでリカさんがストップをかけた。麦君はもっとやりたそうだったけど、ろくろ首の棗さんに呼ばれたことであっさりと引き下がった。たぶん餌に釣られたんだろうな。
「ハァ、ハァ……っ」
薫さんは直ぐさま息を整えに掛かった。凄く苦しそうだ。三角耳もぺたーっと伏せてて。
「たまんねえな」
桂さんが舌なめずりをする。冗談っぽく言ってるけど、助平心も透けて見えて。
「離せ! この無礼者が!!」
「っと~、樹月ちゃんてば乱暴なんだから~」
細身の茶髪ローポニテの妖狐・樹月さんが、ガチムキな桂さんの体を突き飛ばして(凄い)、薫さんの体をしっかりと抱き留めた。
「わか……薫様、どうぞこちらを」
樹月さんが差し出したのは細長い竹筒だった。あれはたぶん水筒だな。
「んっ……」
やっぱり水筒だった。薫さんは樹月さんから離れるなり、ガブガブと飲み始めて。
「ハァ……ハァ……」
手の甲で口元を拭いながら、半ば樹月さんの胸に押し付けるような形で水筒を返す。そしてそのままお礼もなしに振り返って――驚いた。視線の先には里のみんなの姿がある。
見ればみんなは座礼を解いて、薫さんのことをじーっと見ていた。ドン引いてるわけではなさそうだ。むしろニマニマしてる。おまけにそわそわ……いや、うずうず? もしてて。
「バカにしてるんじゃないよ。みんな、薫と仲良くなりたいんだ」
「取り入るために?」
「違うよ。彼らは見返りなんて求めてない。……だから、儚いんだ」
薫さんはぐっと息を呑んだ。共感してくれてると思っていいのかな。
「失礼致します」
樹月さんは薫さんに一言断りを入れると、テキパキと着物を整えにかかった。ベテラン女中の梅さんレベルの手際の良さだ。
樹月さんって、薫さんとは初対面なんだよな? なのにあんなふうに必死になって薫さんを守ったり、世話したりして。薫さんが『妖狐の国の王太子』だから? 『王族=民族の象徴! 何を置いても尊ぶべし!』的なしきたりが染みついちゃってるのかな?
「整いましてございます」
「よし。それじゃ、行こっか」
リカさん達が歩き出した。今度こそ畑に向かうみたいだ。引き続き物陰に隠れながら様子を伺う。
「六花様、恐れながら一つお伺いをしても?」
「何でも聞いて」
「農作物の収穫量が、農地の規模と釣り合っていないように思うのですが」
「ああ、それは気候と土壌を制御してるから――」
「そんなことが!?」
「はっはっは! 流石は天狐様だ! まさに何でもありですね」
樹月さんも、桂さんも里のスペックに大興奮だ。俺もちょっと嬉しい。もっと褒めて! とか思っちゃったり。
「ん? これは……人間の」
「っ!?」
薫さんが箒のにおいを嗅いでいる。しまった!? あれは共用の箒だ。私物に付いてたにおいはちゃんと全部消したのに!!
「人間の国から持ち込まれたのでは?」
樹月さんナイス! リカさん、俺に構わずこの波に乗ってくださ――。
「実を言うとね、この里には人間もいるんだ」
「「「……は?」」」
妖狐さん達が一斉に言葉を失った。周囲にいる屈強河童さん達も青褪めて。けど、それでもリカさんは止まらない。
「しかもその……結婚もしてて」
「この里の住民と?」
「私と、だよ」
リカさんは静かに、だけどハッキリと答えた。いつもみたいに直感に突き動かされてのことなのかもしれない。でも、その目は何処か不安げで。受け入れてほしい。そんな切実な願いが込められているようだった。俺の手にも力が籠る。受け入れて欲しい。俺もリカさんと同じ思いだ。
「ひゃ~、マジっすか」
「よもやよもやでございますな」
沈黙する薫さんに代わって、作務衣の2人が応える。やや否定的なニュアンスを感じた。やっぱり……難しいのか。俺はあの輪の中には入れないのかな。
「めげるニャ」
俺の頭の上に ぽふっ とやわらかい手が乗った。ああ、椿ちゃんの優しさが身に沁みる。
「私は今、本当に幸せだよ。優太のお陰で私は――」
「呆れて物も言えませんね」
薫さんが深い溜息をついた。同調するように作務衣の2人も控えめに嗤う。
「……そっか」
リカさんの耳が、目が、声が、重たく沈む。
「うぉっ!? 河童共、堪えるニャ~」
「…………」
重なり合っていく。リカさんと御手洗の姿が。白壁を背にしたリカさんが、ぶわっと涙を浮かべる。そして、声もなく訴えかけてきた。『助けて』って。
「っ!? 優太!」
地面に降り立って駆け出す。4本の小さな足でがむしゃらに地面を蹴って。
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