【完結/改稿済】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ

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第3章:妖狐の嫁

39.天昇とヤキモチと

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「……何をする」

「っ!? すみません!!!」

 慌てて手を離した。魅惑のもふもふの正体はかおるさんの尻尾だったのか。おっ、俺は何ってことを……。

 恐る恐る薫さんの方に目を向けてみる。薫さんは目を閉じて小さく溜息をついていた。怒ってる。いや、呆れてるのか。どのみちわずかながらに上がりかけてた好感度もだだ下がりだな。

 つーか今の一生に一度のチャンスだったんじゃ!? あぁ゛! どうせならもっとちゃんと味わっておけば――ん? あれ? 薫さん、何か雰囲気変わった?

「~~っ、この無礼者が!!! よりにもよって若のしっ、尻尾に触れるなど――」

「あー!!!」

「「「っ!!?」」」

 そうだ! 尻尾だ!! もふもふの面積が増えたんだ!!!

「ひー、ふー、みー……やー、こー……こー!? 9本!? 元は7本でしたよね!?」

「そうだねー。あと1回天昇したら天狐てんこだねー」

 めっちゃ棒読みだ。なんで? リカさんにとっても喜ばしいことのはずなのに。

「そろそろおいとまします」

 一頻ひとしきり盛り上がったところで薫さんが切り出した。名残惜しいけど、やっぱ忙しいんだろうな。

「そのうち、また来てね」

「……は?」

「ん?」

「遊びにですって?」

「あ゛……」

 お説教タイム開始。薫さんは相変わらず淡々としているけど激辛で。リカさんはみるみるうちに小さくなっていく。

「ふっ」

 そんな兄弟の様子を、大五郎だいごろうさんが穏やかな目で見守っていた。俺、大五郎さんからめっちゃ嫌われてるけど今なら少しは話せるかも。そんな淡い期待を胸に、大五郎さんの傍まで行ってみる。

椿つばき。替えの着物を持ってきてやれ」

 大五郎さんは俺の姿を目にするなり指示を出した。俺が文字通りのズタボロだからだろう。ブレザー、Yシャツ、インナーはビリッビリに破られて左右に揺れてる。

「いえ! 大丈夫です」

「……そうか」

「あっ、ありがとうございます! お気遣いをいただいて」

「いや、礼を言うのは俺の方だ。お前のお陰であの通り和解に至れた」

「やっぱり心配していらしたんですね」

「天狐・みお様が仰られていたんだ――」

 明かしてくれる。リカさん達のお婆さん・澪さんとのやり取りを。

常盤ときわには【夢】と【力】があるが、【忍耐】と【知力】がない。反対に薫には【忍耐】と【知力】があるが、【夢】と【力】がない』

『仰る通りで』

『側室の子として生を受けた点は同じだ。けど、常盤は【早熟】、薫は【晩熟】』

『常盤様は【長兄】、薫様は【末弟】』

『そう。それらの1つ1つの違いから、常盤は【極楽】を、薫は【地獄】を生きてきた。が出ちまうのは致し方のないことさ』

『……ええ』

『常盤不在の今なら、薫は間違いなく王になるだろう。けど、あの子には。あるとすれば、これまで恥辱を与えてきた身内連中への復讐ぐらいのもんだろう』

『っ、思い止まらせることは出来ぬものでございましょうか?』

『鍵は常盤だ。あの子はかつて薫に夢を与えた。一騎当千の武者となる夢を』

『っ! 確かに』

『だけど、今の常盤じゃダメだ。アタシと同じような失敗をして……っふ、どっかの異空の片隅で縮こまっていやがるからね』

『……左様でございますか』

『もしも常盤が夢を取り戻すことが出来たのなら、あるいは薫に常盤と同じ夢を見させられたのなら、少しはマシな世の中になるのかもしれないね』

 お婆さんも失敗してた。その苦しみを知っているからこそリカさん、薫さんを無理に焚きつけようとはしなかった。けど、本当は期待してたんだ。誰よりも、ずっと。

「澪様、喜んでくれてますかね?」

「ああ、きっとな」

 大五郎さんが大きな歯を出して笑った。つられるようにして俺も。

「ご理解いただけましたか?」

「……はい」

 リカさんは項垂れていた。耳もぺたりと伏せてて。ああ、こってり絞られたみたいだ。

「帰ります。とっとと扉を開けてください」

「うん。あっ、定道さだみち穂高ほだかもいいかな」

 定道さんは会釈で、穂高さんは手を上げる形で応えた。

「開界」

 リカさんがそう唱えると、3人の体は白い光に包まれてすっと消えていった。

「すご!」

優太ゆうた

 リカさんだ。一瞬で距離を詰めてきた。3メートルは離れてたのに。すっ、すげえ瞬発力……。

「うぐっ」

 正面から抱き締められる。俺のあごがリカさんの肩に乗っかった。

「お熱いね~♡」

「新婚じゃからな~」

「っ! リカさん、みんなが見てる――」

「守れなくてごめん」

「あ……」

 体がすくむ。フラッシュバックする。穂高さんの体温、舌、唇の感触が。だけど。

「俺の方こそ、守れなくてすみませんでした」

 俺にとってはこっちの方がずっとショックだった。目の前にいたのに、俺は何も出来なくて。

「かっこいいんだから」

「どこが」

「後でちゃんとさせてね」

「っ!」

「優太もお願い。いっぱい『きす』して」

「っ!!!」

 囁かれた。甘く、色っぽく。いっぱいのキスをリカさんに。想像しかけて一気に顔が熱くなった。我ながらチョロすぎる。

「おぉ? 公開子作りかぁ?」

「っ!? ンなわけないでしょ!!」

「そうそう。これからするのは公開だよ」

「はえ?」

「「「???」」」

「ねえ、優太」

「はっ、はい!」

「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」

「っ!?」

「もっと触りたいなって思ったでしょ?」

「っ!!??」

 有無を言わさず問いかけてくる。リカさんは変わらず笑顔だけど、圧が半端なくって。

「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」

 俺の視界を、全身を、リカさんの4本の尻尾が覆っていく。あったかくて、もふもふで。おまけにヤキモチのスパイス付きだ。堪らん。俺の鼻孔はみるみる内に広がって、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。

「ねえ、私の方がいいでしょう?」

「ひゃい♡」

 俺は本能の赴くままに、顔を覆う尻尾を鷲掴わしづかみにした。すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな香りが。ああ、最高♡♡♡

「素直でよろし――っ!」

「っ!?」

 眩しい。何だ?

「あれ?」

 光が薄れかけてきたところで違和感を覚えた。温もりが……減った?

「まさか!?」

 リカさんのお尻を見てみると、案の定尻尾が減っていた。4本から2本へ。天昇したんだ!

「すごい! おめでとうござ――」

 ちっ、と鋭い音が飛んできた。今のは舌打ち? 誰が? えっ? りっ、リカさんが?

「神め。絶対だよね?」

「いっ、いや! そんなことは――」

「おぉ! 六花りっか様が二尾の天狐様になられたぞい!」

「宴じゃ!!!」

「今はそういう気分じゃ――」

「「「宴だぁ!!」」」

「はぁ~……もう。分かったよ」

 こうしてまた賑やかな日常が戻って来た。一度失いかけただけに喜びも一入ひとしおだ。けど、喜んでばかりもいられない。頑張るんだ。これまで以上にもっともっと。かけがえのない今と未来を守るために。


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