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4話(終)
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「つまり、噂が二人歩きしたんだ」
喫茶店には、僕と山田と彼女のマネージャー、そして倉山先輩が集まった。このように、カソレンに関わる四人が集結したのは、今までにないことだ。
その集会を主催した倉山先輩は相変わらずジャージ姿で、今回の騒動の結論を語り始めた。
「どういうことでしょうか? 倉山先輩」
「私も理解ができません」
「僕も同じく。ちゃんと一から説明して下さい」
あの二人との一件のあと、結局すぐに、僕は倉山先輩に電話をした。この前会ったときから何かを握っていることは、確かだったからだ。
もっと自分で考えろよ、と言われるような気がするが、自分と同じ顔をした人間と話すことがあんなにも疲れることだなんて、分かってくれる人はいないだろう。
それに僕はミステリー小説の探偵役でもないので、小難しい推理をするのはごめんだ。謎解きは手早く、ショートカットを使って解明していくべきである。
「んじゃ、説明するか」
オホン、と倉山先輩は咳払いをして、ジャージのポケットから眼鏡を取り出して、かける。
「何ですか、それ」
「伊達眼鏡だ。ほら、雰囲気は大事だろう?」
確かに、品性の欠片もないすれた刑事に解き明かされることは、謎の方も嫌だろう。
「じゃあ、まずことの発端から。矢藤と山田ちゃんは付き合うふり――カソレンを一ヶ月半ほど前から始めたのは、みんなが知っての通り。それに当たって、山田ちゃんのマネージャーを使って、精巧な嘘の交際話を作り上げた。それはまるで本人たちが本当に付き合っているかのような、錯覚に陥るくらいだったんだから、よく出来たものだったんだろうな」
「まあ、そうですね。寒気がするけど」
「そうね。キモイけど」
僕と山田は同意する。マネージャーに至っては「そういえば、二人は付き合ってるふりをしてたんだったね」と言う始末だ。
「その『上手くできすぎた嘘』。それが今起きている、怪現象の原因だ」
「まだ分からないです」
山田は首を傾げる。マネージャーも、ぽかんとした顔をしていた。
実際にその幻覚を目にした僕だけはなんとなく、倉山先輩の言おうとしていることが分かってきた。
「集団催眠というやつがある。『矢藤と山田ちゃんが付き合っている』という嘘をみんなが心から信じたことで、本当はありえない『矢藤と山田ちゃんがデートする姿』の幻覚を、多くの人が見るようになったんだ」
「そんなまさか……みんなが同じ幻覚を見たってことですか?」
マネージャーは信じられない、という顔をした。
「人間は、自分の信じたいものを信じる習性がある。みんな『理想のカップル』というものに、心の底では憧れているのかもな。矢藤や山田ちゃんも含めてだ。だから、そんな幻覚をみんなが見た。『理想』を矢藤と山田ちゃんに当てはめたのは――ご存知の通り、二人が『お似合いのカップル』だからじゃねえの?」
「お似合い」という言葉に僕が苦笑すると、山田もそれに釣られた。マネージャーだけが、「その通りね」と笑顔でうなずく。
「でも、幻覚って写真やテレビの映像にも現れるものなのかしら?」
「それを言われると……何も言えないな」
倉山先輩は「そんなの知らない」と両手を挙げる。降参のポーズだ。
僕たちはため息をついて、落胆した。
「でも、倉山さんの話は納得できると思う」とマネージャー。
「そうね。滅茶苦茶だけど、説得力はあったわ。それよりも、問題はこの幻覚にどう対処するかよ。この幻覚、放っておいたらとんでもないこと、しでかすんじゃないかしら」
その山田の危惧について、僕は「心配ないよ」と答えた。「え?」と三人が僕に怪訝な顔を寄越してくる。
「幻覚は『理想のカップル』なんだから、悪い行いはしないはずだ。放っておいても、問題ないと思う」
恐らく、大多数の人間が「正しい」と考えることを元に行動するのではないだろうか
「なるほど。確かに、そう考えるとそれほど、悪いものではないのかもな。だが、それでも幻覚の意思関係なく、現象が進行して立場が入れ替わる――なんてことになる可能性はあるぞ」
「大丈夫だと思いますよ。あの二人は、僕たちを差し置いてまで恋愛する気はないみたいなんで。彼らもそうなりそうになったら、自分たちから消えるでしょう」
「なんでそんなことが分かる?」
「なんででしょうね」
僕は笑ってはぐらかした。幻覚と交わした会話の内容を山田に伝えることが、何となく恥ずかしかったのだ。
「まあ、どうにかして幻覚を消し去りたいと思うなら、方法が一つありますよ」
「何かしら。教えなさいよ」
「単純だよ」僕は山田に向かって、皮肉を込めて微笑む。「僕と山田が別れればいい。そうすれば、みんなの『幻想』もぶち壊れる」
僕がそう提案すると、山田は「確かに、そろそろ潮時かもしれないわね」と呟く。
「少し時間をちょうだい。明後日までには結論を出すわ」
◇
結局、僕と山田は別れなかった。
そもそも、付き合ってもいないので「別れる」「別れない」という表現が適切なのかは分からないが、とにかく、僕たちのカソレンは続いたのである。
つまり、僕と山田は、あの二人を放っておくことに決めたのだ。
二人は別に悪事を働いているわけではない。また、二人がみんなの理想であるならそれを消してしまうのはもったいないように思えた。
それに、僕たちは二人の邪魔をしたくなかったのだ。彼らは僕と山田にとっても理想なのだから。
二人のおかげで、僕と山田は精巧な嘘の交際話を作り上げる必要がなくなった。僕たちが何もしなくても二人が勝手に話を作ってくれるからだ。
二人が作る話には色々なものがあった。捨てられている猫の飼い手を二人で探しただとか、老人に親切にしてあげただとか、「丸い部屋の掃除の仕方」について熱く語り合っていたとか――色々だ。
それでも、僕と山田はときどき思い出したように仮想デートをした。
その度に、僕たちの代わりに、山田のマネージャーが現地に飛んでいく羽目になった。しかし、マネージャーの方から「もっとデートをしないの」という催促があったりもしたので、もしかすると彼女は山田の稼いだお金で出かけることが、楽しくて仕方ないのかもしれない。
僕と山田は高校を卒業すると、同じ地元の大学へと進んだ。
これは、狙ってそうしたわけではない。僕と山田は互いの進学先について、話したことはないので、単なる偶然だ。
もしくは、『彼ら』が引き起こした必然だろう。
僕と山田は大学に入学したことを機に、正式な付き合いを始めた、なんてことはもちろんない。ただ、大学でも僕たちのカソレンは続いた。相変わらず、僕と山田は周囲を欺き続けたのだ。
何度か、いい加減辞めようか、という相談ももちろんした。
そして、その度に「もう少しだけ続けてみよう」という結論になった。僕たちはこの心地のよい関係を、心から気に入っていたようだ。
だけれども、さすがに就職した会社は別々のものとなった。山田はこれまで通りモデルを続け、僕は県から遠く離れた企業へと就職する。
それから、僕と山田の関係も自然と疎遠なものとなった。
こうして、僕たちのカソレンは終わったのだ。
◇
「よう」
「こんにちは」
「久しぶりだな」
「……はあ?」
「……もしかして、矢藤、俺のこと忘れたのか?」
「ジョークですよ。そんな濃い顔、忘れるわけがないじゃないですか。相変わらず、だっさいジャージ着てるんですね、倉山先輩」
「……ものすっげえ安心したぞ。さすがの俺も、愛すべき後輩から忘れられてたら、ショックで三日寝込みかねん。暴言は不問にしてやろう」
「ありがとうございます。それで、僕に何の用ですか?」
「何の用もねえよ。ちょっと仕事でこっち来たから寄ってみただけだ。今、俺アドバイザーみたいな仕事してるんだわ。『何でも相談屋』みたいなやつ」
「ありがた迷惑な人ですね。色々と」
「……何気にお前って酷いやつだよな。よく山田ちゃんって、お前と付き合ってたよ」
「え? どの山田ですか?」
「だから、お前と付き合ってた山田だよ」
「そんな山田、存在しません」
「……まあいいや、そういうことにしておいてやるよ」
「それより早く帰ってくれませんか?」
「はいはい。帰るよ帰る。本当は伝えることがあって来たんだけど、お前可愛くないから、やめておくわ」
「酷い先輩ですね」
「酷いのはお前だよ。それじゃあな」
「さようなら。ところで、そのジャージのズボン後ろ前逆ですけど、それもファッションですか?」
◇
大学を卒業してから早いもので、三年が経った。僕は二十五になり、仕事もだいぶ慣れて来た。
そして、相変わらず恋人は作らない。
山田とは卒業以来一回も連絡を取っていなかった。グラビア雑誌などで彼女の活躍をたまに目にしている程度だ。
山田の方は僕のことなどすっかり忘れているだろうと思う。
カソレンは自然消滅だった。当たり前と言えば、当たり前の結果だ。
そもそも、高校二年生から大学を卒業するまで続いたことが驚きである。恋愛としては、なかなか長続きした方なのではないだろうか。
まあ、嘘なのだが。
ふと、あの理想のカップルである二人は今どうしているだろう、と考える。僕たちのカソレンが消滅したと同時に消えてしまったのだろうか。それとも今も形を変えて「理想のカップル」を演じているのだろうか。
今日うっかり倉山先輩と遭遇したこともあって、とても懐かしい気持ちになった。
なんとなく、山田の声を聞いてみたい気分になる。メールはアウトだが、電話はOKなのが僕たちの関係のルールだったはずだ。
だけれども、僕から山田に電話をする必要はなかった。意外なことに、あちらからかかってきたのだ。
『良かったわ。番号変えてなかったみたいね』
久しぶりの山田の声は、電話越しでもとても澄んで聞こえた。
「久しぶり。ちょうどこっちから電話してみようかと思ってたところだよ」
『モトカレ、みたいな言い方ね』山田はからからと笑う。『私はちゃんと、用があって電話したのよ』
「そりゃどうも。どんな用?」
『私、結婚したみたいなの』
山田の言葉に、僕はかなりの衝撃を受けた。ぽかん、と数秒間抜けに口を開けてしまったほどだ。
しかし、それと同時に、心から祝福を送りたい気持ちになった。あの恋愛嫌いの山田に、好きな人ができたのだ。嬉しくないはずがない。
「えっと、何ていうか……うん、おめでとう」
陳腐な言葉しか出てこない自分の脳みそが、もどかしい。
『早まらないでよ。ねえ、矢藤くん。あの私たちの幻覚のこと覚えてる?』
「もちろん覚えてるけど」
ちょうど、今思い出していたところだ。
『あの二人、入籍をしたみたいなのよ』
「は?」
文字通り目が点になった。
「え? はい?」
『びっくりした? 私もびっくりよ。ついさっき、気づいたの。ちょっと用があって住民票取りに行ったら、苗字が変わってるんだもの。今の私、矢藤華子よ』
そうか、幻覚も入籍するのか。変なところで感心してしまう。
そして、たっぷり時間をかけて話に頭がついて来た。
つまり、僕と山田は遠距離恋愛の末に結婚した――みたいなことになっているのだろうか。
『このままいくと気がついたら、子供ができるわよ。幻覚の私って妊娠するのかしら?』
「ど、どうだろう……あ、ちょっと待って。メールだ。一回電話切るよ」
送られてきたメールは、一通や二通じゃなかった。何通ものメールが僕のケータイ電話をパンクさせんとばかりに、届いてくる。
どれも同僚や旧友たちの僕と山田――でなく今は華子と呼ぶのが適切なのだろうか。苗字で呼ぶルールがあった気もする――の結婚を祝福するもので、同時にメールには結婚式呼ばなかったことに対する、怨嗟の言葉がつづられていた。
「もしもし」
僕は再び、山田に電話をかける。
『何かしら、ダーリン』
「やめてくれ。結婚したみたいじゃないか」
『結婚したみたいじゃなくて、結婚したのよ』
「嘘だろ」
『嘘みたいだけど、戸籍上はどうしようもなく本当なのよね』
どうしよう、と僕たちは二人でうなる。まさかこんな事態になるとは思っていなかった。
「ええと……マネージャーさん、元気してる?」
『現実逃避は良くないわ。そうね、まず子供の名前を決めましょうか』
「現実を先回りするのも、どうかと思う」
『ちなみに私のマネージャーは変わったわよ。前のマネージャーはどうにも、適当に描いた設計図が、今までの科学をひっくり返すような、とんでもない発明だったらしくて。まだ、ニュースにはなってないんだけどね。アメリカに半分拉致される形で連れて行かれたわ』
「……大丈夫なのかそれ」
本当にエジソンより偉くなってしまったらしい。
『Mだから大丈夫よ』
山田はそう残念そうに言った。幻覚を作った仲間の一人である女性が、遠い国に行ってしまったという事実は悲しいことだ。
『質問なんだけど、矢藤くんは私と付き合いたい、と思ったことあるのかしら?』
「ないよ」
僕は即答する。
『そうよね。私もよ』
山田も愉快そうに、僕に同意した。
「でも、君のことはたぶん好きだと思う」
『あら、嬉しいわね。私も矢藤くんのことが好きだったりする、かもしれないわ』
僕と山田は互いに苦笑する。それが嘘だと分かっているから、だろう。
いや、本当に嘘なのだろうか。もう、何がなんだか分からない。
僕は空を仰ぐ。今日に限って、どうしようもないくらい美しい青空が広がっていて、なんだか清々しい気分になってしまった。
「本当になんでだろうね。どうして僕たちはこんなにも、恋愛が嫌いなんだろう」
『おかしな人。そんなの分かってるくせに』
山田は少し呆れた声を出す。もちろん、僕は分かっている。だけれども、あえて確認してみたかったのだ。
僕たちの「恋愛」に対する気持ちが変わっていないかを。
いち、にの、さん、はい。
では声を合わせて言おう。
せーの、
「「『めんどい』からね」」
喫茶店には、僕と山田と彼女のマネージャー、そして倉山先輩が集まった。このように、カソレンに関わる四人が集結したのは、今までにないことだ。
その集会を主催した倉山先輩は相変わらずジャージ姿で、今回の騒動の結論を語り始めた。
「どういうことでしょうか? 倉山先輩」
「私も理解ができません」
「僕も同じく。ちゃんと一から説明して下さい」
あの二人との一件のあと、結局すぐに、僕は倉山先輩に電話をした。この前会ったときから何かを握っていることは、確かだったからだ。
もっと自分で考えろよ、と言われるような気がするが、自分と同じ顔をした人間と話すことがあんなにも疲れることだなんて、分かってくれる人はいないだろう。
それに僕はミステリー小説の探偵役でもないので、小難しい推理をするのはごめんだ。謎解きは手早く、ショートカットを使って解明していくべきである。
「んじゃ、説明するか」
オホン、と倉山先輩は咳払いをして、ジャージのポケットから眼鏡を取り出して、かける。
「何ですか、それ」
「伊達眼鏡だ。ほら、雰囲気は大事だろう?」
確かに、品性の欠片もないすれた刑事に解き明かされることは、謎の方も嫌だろう。
「じゃあ、まずことの発端から。矢藤と山田ちゃんは付き合うふり――カソレンを一ヶ月半ほど前から始めたのは、みんなが知っての通り。それに当たって、山田ちゃんのマネージャーを使って、精巧な嘘の交際話を作り上げた。それはまるで本人たちが本当に付き合っているかのような、錯覚に陥るくらいだったんだから、よく出来たものだったんだろうな」
「まあ、そうですね。寒気がするけど」
「そうね。キモイけど」
僕と山田は同意する。マネージャーに至っては「そういえば、二人は付き合ってるふりをしてたんだったね」と言う始末だ。
「その『上手くできすぎた嘘』。それが今起きている、怪現象の原因だ」
「まだ分からないです」
山田は首を傾げる。マネージャーも、ぽかんとした顔をしていた。
実際にその幻覚を目にした僕だけはなんとなく、倉山先輩の言おうとしていることが分かってきた。
「集団催眠というやつがある。『矢藤と山田ちゃんが付き合っている』という嘘をみんなが心から信じたことで、本当はありえない『矢藤と山田ちゃんがデートする姿』の幻覚を、多くの人が見るようになったんだ」
「そんなまさか……みんなが同じ幻覚を見たってことですか?」
マネージャーは信じられない、という顔をした。
「人間は、自分の信じたいものを信じる習性がある。みんな『理想のカップル』というものに、心の底では憧れているのかもな。矢藤や山田ちゃんも含めてだ。だから、そんな幻覚をみんなが見た。『理想』を矢藤と山田ちゃんに当てはめたのは――ご存知の通り、二人が『お似合いのカップル』だからじゃねえの?」
「お似合い」という言葉に僕が苦笑すると、山田もそれに釣られた。マネージャーだけが、「その通りね」と笑顔でうなずく。
「でも、幻覚って写真やテレビの映像にも現れるものなのかしら?」
「それを言われると……何も言えないな」
倉山先輩は「そんなの知らない」と両手を挙げる。降参のポーズだ。
僕たちはため息をついて、落胆した。
「でも、倉山さんの話は納得できると思う」とマネージャー。
「そうね。滅茶苦茶だけど、説得力はあったわ。それよりも、問題はこの幻覚にどう対処するかよ。この幻覚、放っておいたらとんでもないこと、しでかすんじゃないかしら」
その山田の危惧について、僕は「心配ないよ」と答えた。「え?」と三人が僕に怪訝な顔を寄越してくる。
「幻覚は『理想のカップル』なんだから、悪い行いはしないはずだ。放っておいても、問題ないと思う」
恐らく、大多数の人間が「正しい」と考えることを元に行動するのではないだろうか
「なるほど。確かに、そう考えるとそれほど、悪いものではないのかもな。だが、それでも幻覚の意思関係なく、現象が進行して立場が入れ替わる――なんてことになる可能性はあるぞ」
「大丈夫だと思いますよ。あの二人は、僕たちを差し置いてまで恋愛する気はないみたいなんで。彼らもそうなりそうになったら、自分たちから消えるでしょう」
「なんでそんなことが分かる?」
「なんででしょうね」
僕は笑ってはぐらかした。幻覚と交わした会話の内容を山田に伝えることが、何となく恥ずかしかったのだ。
「まあ、どうにかして幻覚を消し去りたいと思うなら、方法が一つありますよ」
「何かしら。教えなさいよ」
「単純だよ」僕は山田に向かって、皮肉を込めて微笑む。「僕と山田が別れればいい。そうすれば、みんなの『幻想』もぶち壊れる」
僕がそう提案すると、山田は「確かに、そろそろ潮時かもしれないわね」と呟く。
「少し時間をちょうだい。明後日までには結論を出すわ」
◇
結局、僕と山田は別れなかった。
そもそも、付き合ってもいないので「別れる」「別れない」という表現が適切なのかは分からないが、とにかく、僕たちのカソレンは続いたのである。
つまり、僕と山田は、あの二人を放っておくことに決めたのだ。
二人は別に悪事を働いているわけではない。また、二人がみんなの理想であるならそれを消してしまうのはもったいないように思えた。
それに、僕たちは二人の邪魔をしたくなかったのだ。彼らは僕と山田にとっても理想なのだから。
二人のおかげで、僕と山田は精巧な嘘の交際話を作り上げる必要がなくなった。僕たちが何もしなくても二人が勝手に話を作ってくれるからだ。
二人が作る話には色々なものがあった。捨てられている猫の飼い手を二人で探しただとか、老人に親切にしてあげただとか、「丸い部屋の掃除の仕方」について熱く語り合っていたとか――色々だ。
それでも、僕と山田はときどき思い出したように仮想デートをした。
その度に、僕たちの代わりに、山田のマネージャーが現地に飛んでいく羽目になった。しかし、マネージャーの方から「もっとデートをしないの」という催促があったりもしたので、もしかすると彼女は山田の稼いだお金で出かけることが、楽しくて仕方ないのかもしれない。
僕と山田は高校を卒業すると、同じ地元の大学へと進んだ。
これは、狙ってそうしたわけではない。僕と山田は互いの進学先について、話したことはないので、単なる偶然だ。
もしくは、『彼ら』が引き起こした必然だろう。
僕と山田は大学に入学したことを機に、正式な付き合いを始めた、なんてことはもちろんない。ただ、大学でも僕たちのカソレンは続いた。相変わらず、僕と山田は周囲を欺き続けたのだ。
何度か、いい加減辞めようか、という相談ももちろんした。
そして、その度に「もう少しだけ続けてみよう」という結論になった。僕たちはこの心地のよい関係を、心から気に入っていたようだ。
だけれども、さすがに就職した会社は別々のものとなった。山田はこれまで通りモデルを続け、僕は県から遠く離れた企業へと就職する。
それから、僕と山田の関係も自然と疎遠なものとなった。
こうして、僕たちのカソレンは終わったのだ。
◇
「よう」
「こんにちは」
「久しぶりだな」
「……はあ?」
「……もしかして、矢藤、俺のこと忘れたのか?」
「ジョークですよ。そんな濃い顔、忘れるわけがないじゃないですか。相変わらず、だっさいジャージ着てるんですね、倉山先輩」
「……ものすっげえ安心したぞ。さすがの俺も、愛すべき後輩から忘れられてたら、ショックで三日寝込みかねん。暴言は不問にしてやろう」
「ありがとうございます。それで、僕に何の用ですか?」
「何の用もねえよ。ちょっと仕事でこっち来たから寄ってみただけだ。今、俺アドバイザーみたいな仕事してるんだわ。『何でも相談屋』みたいなやつ」
「ありがた迷惑な人ですね。色々と」
「……何気にお前って酷いやつだよな。よく山田ちゃんって、お前と付き合ってたよ」
「え? どの山田ですか?」
「だから、お前と付き合ってた山田だよ」
「そんな山田、存在しません」
「……まあいいや、そういうことにしておいてやるよ」
「それより早く帰ってくれませんか?」
「はいはい。帰るよ帰る。本当は伝えることがあって来たんだけど、お前可愛くないから、やめておくわ」
「酷い先輩ですね」
「酷いのはお前だよ。それじゃあな」
「さようなら。ところで、そのジャージのズボン後ろ前逆ですけど、それもファッションですか?」
◇
大学を卒業してから早いもので、三年が経った。僕は二十五になり、仕事もだいぶ慣れて来た。
そして、相変わらず恋人は作らない。
山田とは卒業以来一回も連絡を取っていなかった。グラビア雑誌などで彼女の活躍をたまに目にしている程度だ。
山田の方は僕のことなどすっかり忘れているだろうと思う。
カソレンは自然消滅だった。当たり前と言えば、当たり前の結果だ。
そもそも、高校二年生から大学を卒業するまで続いたことが驚きである。恋愛としては、なかなか長続きした方なのではないだろうか。
まあ、嘘なのだが。
ふと、あの理想のカップルである二人は今どうしているだろう、と考える。僕たちのカソレンが消滅したと同時に消えてしまったのだろうか。それとも今も形を変えて「理想のカップル」を演じているのだろうか。
今日うっかり倉山先輩と遭遇したこともあって、とても懐かしい気持ちになった。
なんとなく、山田の声を聞いてみたい気分になる。メールはアウトだが、電話はOKなのが僕たちの関係のルールだったはずだ。
だけれども、僕から山田に電話をする必要はなかった。意外なことに、あちらからかかってきたのだ。
『良かったわ。番号変えてなかったみたいね』
久しぶりの山田の声は、電話越しでもとても澄んで聞こえた。
「久しぶり。ちょうどこっちから電話してみようかと思ってたところだよ」
『モトカレ、みたいな言い方ね』山田はからからと笑う。『私はちゃんと、用があって電話したのよ』
「そりゃどうも。どんな用?」
『私、結婚したみたいなの』
山田の言葉に、僕はかなりの衝撃を受けた。ぽかん、と数秒間抜けに口を開けてしまったほどだ。
しかし、それと同時に、心から祝福を送りたい気持ちになった。あの恋愛嫌いの山田に、好きな人ができたのだ。嬉しくないはずがない。
「えっと、何ていうか……うん、おめでとう」
陳腐な言葉しか出てこない自分の脳みそが、もどかしい。
『早まらないでよ。ねえ、矢藤くん。あの私たちの幻覚のこと覚えてる?』
「もちろん覚えてるけど」
ちょうど、今思い出していたところだ。
『あの二人、入籍をしたみたいなのよ』
「は?」
文字通り目が点になった。
「え? はい?」
『びっくりした? 私もびっくりよ。ついさっき、気づいたの。ちょっと用があって住民票取りに行ったら、苗字が変わってるんだもの。今の私、矢藤華子よ』
そうか、幻覚も入籍するのか。変なところで感心してしまう。
そして、たっぷり時間をかけて話に頭がついて来た。
つまり、僕と山田は遠距離恋愛の末に結婚した――みたいなことになっているのだろうか。
『このままいくと気がついたら、子供ができるわよ。幻覚の私って妊娠するのかしら?』
「ど、どうだろう……あ、ちょっと待って。メールだ。一回電話切るよ」
送られてきたメールは、一通や二通じゃなかった。何通ものメールが僕のケータイ電話をパンクさせんとばかりに、届いてくる。
どれも同僚や旧友たちの僕と山田――でなく今は華子と呼ぶのが適切なのだろうか。苗字で呼ぶルールがあった気もする――の結婚を祝福するもので、同時にメールには結婚式呼ばなかったことに対する、怨嗟の言葉がつづられていた。
「もしもし」
僕は再び、山田に電話をかける。
『何かしら、ダーリン』
「やめてくれ。結婚したみたいじゃないか」
『結婚したみたいじゃなくて、結婚したのよ』
「嘘だろ」
『嘘みたいだけど、戸籍上はどうしようもなく本当なのよね』
どうしよう、と僕たちは二人でうなる。まさかこんな事態になるとは思っていなかった。
「ええと……マネージャーさん、元気してる?」
『現実逃避は良くないわ。そうね、まず子供の名前を決めましょうか』
「現実を先回りするのも、どうかと思う」
『ちなみに私のマネージャーは変わったわよ。前のマネージャーはどうにも、適当に描いた設計図が、今までの科学をひっくり返すような、とんでもない発明だったらしくて。まだ、ニュースにはなってないんだけどね。アメリカに半分拉致される形で連れて行かれたわ』
「……大丈夫なのかそれ」
本当にエジソンより偉くなってしまったらしい。
『Mだから大丈夫よ』
山田はそう残念そうに言った。幻覚を作った仲間の一人である女性が、遠い国に行ってしまったという事実は悲しいことだ。
『質問なんだけど、矢藤くんは私と付き合いたい、と思ったことあるのかしら?』
「ないよ」
僕は即答する。
『そうよね。私もよ』
山田も愉快そうに、僕に同意した。
「でも、君のことはたぶん好きだと思う」
『あら、嬉しいわね。私も矢藤くんのことが好きだったりする、かもしれないわ』
僕と山田は互いに苦笑する。それが嘘だと分かっているから、だろう。
いや、本当に嘘なのだろうか。もう、何がなんだか分からない。
僕は空を仰ぐ。今日に限って、どうしようもないくらい美しい青空が広がっていて、なんだか清々しい気分になってしまった。
「本当になんでだろうね。どうして僕たちはこんなにも、恋愛が嫌いなんだろう」
『おかしな人。そんなの分かってるくせに』
山田は少し呆れた声を出す。もちろん、僕は分かっている。だけれども、あえて確認してみたかったのだ。
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