上 下
60 / 63
第二章

12:準決勝戦

しおりを挟む
 次の日。朝から陽菜たちが応援しに来てくれた。朝から大人数は迷惑という事で、陽菜や鬼月、リリアといったパーティーメンバーだけだ。

 そこに要さんも入っていて、俺は目を丸くしてしまった。

「やっほ、圭太」
「要さん、おかえり。怪我無さそうで良かった」
「何言ってんの、当然でしょ?圭太こそちゃんと勝ち残ってるようで感心だわ。その調子で優勝までいっちゃいなさい!」
「…もちろん」

 要さんの言葉にうなずきながら、ふとその顔を見る。やっぱり少し疲れているようだ。

「色々あったみたいだけど、大丈夫?」
「問題ないわよ。ちょっと謝罪配信に連れ出されそうになったり、口論したりしたけど、まあおおむね円満に辞めてきた」

 それは円満と言えるのだろうか?まあ、本人がそういうなら、今この場ではこれ以上何か言うのはやめておこう。要さんなら言いたくなったら自分から言うだろう。

 いったん話が終わったのを察知したのか、鬼月が近づいてきた。

『ケイタ、他の出場者についてはチェックしたカ?』
「ああ。何度も見たよ」

 まず王竜水だが、彼は恐らく剣を強化するスキル、それから移動系のスキルを所持している。一気に加速したり、または減速したりなど、明らかに物理法則を無視した動きを駆使して敵を翻弄するスタイルだ。

 加えて、これは非常に驚くことだが、王竜水は設定した剣技を一切見せずに戦っていた。

 【竜王剣術】の特徴は見た感じ威力重視の重い剣筋だ。それを一気に加速させながら叩き込んでくる。故に、よほどの理由が無ければ剣技もまた威力重視のものになってくるだろう。

 【刀剣術】のように、武器種である刀に関連した剣術ではなく、彼の持つ剣術スキルは竜王剣術と呼ばれる、一つの流派がそのままスキルになったものだ。故に内容が非常に読みづらい。こればっかりは、自分で当たって引き出すか、もしくはルインなどの他の強敵と当たって披露してくれるのを待つしかない。

 ルインの戦闘スタイルは非常に厄介だ。

 遠距離はあまり行うと評価点が下がって失格になってしまうので、一応近接戦闘で絞ってはいるらしい。

 氷を纏った刃での連撃が特に強力。掠りでもしたら身体が冷えてしまって、動きが鈍くなってしまう。

 他にも氷のオブジェで設置物を作って攪乱したり、地面を凍らせて機動力を削いできたりと搦め手もよく使う。

 時間を与えてしまえばとことん不利になってしまう相手だ。出来れば短期決戦を仕掛けたいところだが、相手もそれは重々承知していることだろう。上手くいくかどうか。

 また、弱点と言えば評価点が低くなりがちな所だろう。お互い決着がつかず時間制限を超えてしまった場合、試合はそこで終わりとなり、評価点が高い方が勝ち進むというルールがある。

 今の所このルールが必要とされた場面は無いものの、もしそうなってしまうと対策をしているとはいえ魔法を武器として扱うルインは評価点が低くなってしまいがちだ。

 …まあ、とはいえルインの戦闘スタイルを鑑みれば、時間が経てば経つほど相手を追い詰める事が可能となる。その為時間制限を超える事なんてほとんどないので、この弱点はあってないようなものだ。むしろ弱点というのもおこがましいかもしれない。

『ケイタのスキルに氷の魔法に有利なものはないからネ。技量で圧倒するしかないヨ』

 とは鬼月の言葉だ。参考にさせてもらおう。

 次に無名のレベル6、田中選手だが…こちらは分かりやすい。大剣でリーチを生かした守りの戦い。相手のリーチに入らず、こちらは隙を見てのヒット&アウェイを繰り返す。

 確かに順当に強い戦闘スタイルだが、それが通用するかというと正直首をひねらざるを得ない。

 何せ彼は一回戦目で相手が体調不良で棄権、二回戦目で運よく自分と同じレベルの冒険者に当たって辛勝、三回戦目はラッキーパンチが当たって勝利と、運に味方された要素が強すぎた。

 もしくはその運そのものがスキルによるものなのか…俺の例もあるしな。まあ、どちらによるものかは次の試合で披露してくれることだろう。

『ケイタ、頑張れ!』
「リリアもありがとうな…っと、そろそろ時間だな」

 最後に陽菜に顔を向ける。

「じゃ、頑張ってくる」
「はい!頑張ってください。私、信じてますから」

 力強くうなずいて、俺は接客スペースを出て会場へと向かった。

『ついに今日という日がやってきた!この大会もついに大詰め、ここから先はまさしく異次元の戦いを見ることができるでしょう!第6回近接術大会、二日目がたった今始まりました!』
『選抜、そして強敵ぞろいのトーナメントを制し、この場に残った上位四人の冒険者!今日、この大会の頂点に立ち、歴史に名を刻む者は一体誰なんだ!?さあさあ、早速選手達の入場だ!』

 俺を含め、生き残った四人の冒険者が舞台に上がった。観客席は満員御礼状態で、凄まじい程の歓声が響き渡っている。

 正直めっちゃ緊張してる。ここは戦場だと言い聞かせる事で何とか落ち着こうと努力してはいるものの、こういう儀式的な行動はどうにも苦手だ。

 横を見ると、俺以外の選手がいた。そのうちの1人が顔を真っ青にして震えていた。俺よりも緊張している人を見つけて少しだけ肩の力が抜ける。

『では紹介していきましょう!まずは運を味方につけた幸運の紳士!田中選手!』
「…!」

 大剣を背負った中年の男性。青ざめさせた顔が、もはや真っ白に染まり始めている。

『そして、氷の女王にして華麗なる魔法剣士、『ルイン』選手!』

 優雅に白色の髪を払い、冷静そのものな顔を見せる妙齢の女性。腰にレイピアを差している。

『その実力は言うに及ばず!今大会一の成り上がり、首狩り『カミノ』選手!』

 俺は…まあいつも通りだ。若干緊張しているかもしれない。

『そして最後に、この男こそ優勝候補筆頭!今を生きる神童、王選手!』
「いえーい、皆見てる~?」

 そして、最後に王竜水は、狐のような糸目をにこやかに微笑ませて、色めき立つ観客たちに手を振っている。腰の背面の方に、シミターを取り付けていた。

『それでは、選手たちに意気込みを聞いていきたいと思います!まずは田中選手から!』

 お姉さんが出てきて、マイクが渡された。

『は、はい!わ、私は、ここまで来てしまったからには、ゆ、ゆ、優勝を目指して頑張りたい所存であります!よ、よろしくお願いいたします!』

 次にルインにマイクが渡った。

『優勝するのはこの私です。どうぞよろしく』

 ルインが王に顔を向けてそう宣言した。

 次に俺だ。

『優勝を目指して全力を尽くしたいと思います』

 こんなもんでいいだろう。そして俺が言い終えると、会場のいたるところから『狐面さーん!』と声が聞こえてきた。思わず固まってしまうが、何とか持ち直してマイクをお姉さんに返す。

 そして最後に王だ。

『もちろん、目指すは優勝ですが、何よりも僕はこの大会を心行くまで楽しみたい!なので、欲を言えば、戦いたい人と戦えたらそれが最高なんだけどなぁ、と思います。ね、カミノ君!』
「…えっ」
『まあそういう事なので、皆さんも最後まで楽しみましょう!あ、ついでに我覇真団長も、是非楽しんでくださいね~!』
『うむ!しっかり見ておるからな、竜水!』

 解説席に座る人は全員が名の知れた一級冒険者か、上位の冒険者ばかりだ。そのうちの1人であり、ネームバリューも一二を争う我覇真という冒険者とどうやら繋がりがあるらしい。

 なんで俺を名指ししたのかは分からないが、どうやら俺の何かが王の興味を刺激してしまったらしい。でもこんな場所でそんな目立つことはしてほしくはなかった。

 と、ふと視線を感じてそちらを見ると、ルインさんに睨まれていた。すぐさま視線を逸らす。

 うーん、これは波乱万丈な事になりそうだなぁ~…。
 
『では本日のスケジュールを確認しましょう!午前に優勝に進む選手を決めるために、2回の試合が行われます!そして午後に、三位を確定させる試合、そして最後に優勝を決める試合が1回、計4回の試合が行われます!』
『早速一回戦目のくじ引きを始めましょう!では、丁度マイクも持ってるし王選手!そのままどうぞくじを引いてください!』
『りょうかーい。よいしょっと』
『…対戦相手が今、決まりました!自動で二試合目の対戦相手もそのまま決定します!では、試合が始まるまで少々お待ちくださいませ!』

 という訳で、試合の準備が始まる。俺達は舞台から降ろされ、そのまま控室へと移動したのだった。






 私の名前は田中。ハローワークで紹介された職業訓練校冒険者科コースを見て、衝動に任せてサビ残大好きブラック企業を辞め、冒険者になって丁度8カ月になった新人冒険者だ。

 冒険者の世界はきつかったが、どうやら私には平均並みだが素質があったらしい。8カ月が経過した今では活動も少しずつ軌道に乗ってきていて、同年代の冒険者達と毎日楽しく冒険に出かける日々を過ごしている。

 今、私は新人冒険者限定の大会に出ている。丁度暇な時期に開催されていたので、記念に出てみようかと思ったのだ。

 とはいえレベル6の私はあまりにも弱い。予選通過も厳しいんじゃないかと思っていた。

 だが、何故か知らないけど行けてしまった。選抜試験では王竜水と同じグループになって、防御重視で逃げ回っていたら一人だけ残ってしまっていた。

 二日目のトーナメント戦でも、悉く優勝候補を避けての対戦となったうえに、相手が不調で棄権したり試合中にチャンスが巡ってきて倒せたりと幸運が炸裂して勝ち上がってしまった。

 そしてついに、私は三回戦目も突破して準決勝へと駒を進めてしまったのである。

 正直、私は震えている。

 私はあまりにも場違いすぎではないか。

 優勝候補筆頭の王竜水。

 華麗なる氷の女王ルイン。

 首狩り狐面のカミノ。

 平凡な冒険者の私では、レベルもスキルも通用しない相手ばかりだ。

 落ちるのが怖ければ高い所に行かなければいい。私はいつしか聞いたそんな言葉の意味を身をもって理解した。

(…いや、弱気になるな、田中英明、38歳!)

 調子が良いのは確かなんだ。

 次の試合で優勝候補筆頭の王君以外を引けば、案外何とかなるかもしれない。これまで何度も運に助けられたのだ。だったら今日も運でいい所までイケるかもしれない。可能性はゼロではない。

 仲間にあれだけ応援されたんだ。このチャンス、絶対にものにして見せる!

 そ、そうだな…有名ではあるが、まだ名を挙げて間もないカミノ君が良いかもしれない。彼は何故か首に執着しているようだから、首さえ守り切れれば多少は勝ち目を見つけられるかも。

 ルイン君の広範囲の氷の斬撃や、王君の圧倒的な破壊力よりかはマシだろう。

 狐面来い、狐面来い!王君がくじを引く様子を、私は血眼になって見つめた。

 そして、モニターに映し出された私の対戦相手。

 そこに書いてあった名前は…『王竜水』だった。

 糸目の好青年と目が合って、笑顔で手を振られる。

 …はい。ザ・エンドってね。(※1)

 家に帰ったらビール飲も。



12:準決勝戦



『なんと、10秒もせずに決着がついてしまった~!田中選手の幸運もここまでだ~!』
『王竜水選手は、やはり安定した強さを見せてくれました。田中選手もレベル差がある中一撃だけとはいえ優勝候補の攻撃を防ぐことが出来たのは、大金星という他ないでしょう』
『なるほど、今後の成長に期待です!それでは、王選手は決勝へと、田中選手は三位決定戦へと駒を進めました。まだまだ大会は続きます!両者共に頑張ってほしい所ですが!次の試合はルイン選手VSカミノ選手!時間は11時ちょうどからになります!』

 歓声が響き渡る会場。

 要の隣で陽菜が壁に囲まれた関係者席でぱちぱちと拍手をしていた。

「ありゃ…まあ、相手が悪かったわよね」

 要から見て、田中は幸運というだけでなく、生存本能が高く防御がうまい冒険者に見えた。ただそれでも王竜水にとっては焼け石に水だったらしく、勝負は一瞬で付いてしまったようだ。

「田中さんっていう人も頑張ったようですが、王さんには勝てなかったようですね。圭太君と戦うのは、やっぱり王さんになりそうです!」
「ま、そうでしょうね。その前にルインを倒さなきゃいけないだろうけど…圭太なら大丈夫でしょ」
「もちろんです。圭太君が負けるわけないです!」

 目を輝かせてこちらを向いてくる陽菜に、要は笑った。

「そーね…こっからどうする?次の試合まで1時間ちょいあるけど」
「本当は圭太君の所に行きたいんですけど、圭太君は今日は一日中控室にいなきゃいけないらしくて、会えないんですよね…」
「そうなんだ。なら、私は会場でも見てこようかしら…昨日までダンジョンに潜ってたから、沢山食べたい気分なのよね~。食事は即席だけだったし…圭太がいれば途中で食材アイテムが手に入るんでしょうけど…」

 鬼月やリリアは既に会場でご飯を買ってきたらしく、専用のテーブルで楽しそうに会話している。ついでに坂本や綾たちなど、友人組もそろっていて、祖父母と孫とその友人たちの団欒が出来上がっていた。

 鬼月と坂本は冒険者好きで通じ合ったらしく、圭太が勝つにはどうするべきか、王竜水のスキルの予想など、尽きない話題で延々と議論している。

 リリアは綾やギャル二人をたいそう気に入ったらしく、ずっと話をしていた。そこに何故か完全に自然な形で神野家の祖母が混ざって若々しく笑い合っている。

 要はそれらを見て、中に入りたいとは思わずにそう言った。それを聞いて、陽菜が小さく手を挙げた。

「あ、だったら、私も行きます!美味しい屋台があるので、紹介したいです!」
「そうなの?じゃあそこに行きましょうか」

 そう返して、要と陽菜は保護者である神野の祖父母に一声かけて一緒に外に出る。扉を出ると関係者席に通じる廊下が伸びていた。ここは選手たちの関係者しかいない為、人通りが少ない。

 歩いていると、要はふと朝の事を思い出した。圭太に寄り添うようにする陽菜と、それを完全に受け入れた圭太の顔だ。

 あれは、要が遠征に出る前までは絶対に見られなかった光景だった。この事実は当然要の興味をおおいにそそった。

「ねえねえ、聞きたいことがあったんだった。陽菜、アンタ圭太と何かあったでしょ」
「え?」
「距離、結構近づいたんじゃない?」

 要がニヤニヤと陽菜を抱き寄せた。陽菜は顔を真っ赤にしてうつむいた。

「べ、別に、そんなことは…」
(…あらら。これはマジかもしれないわね…)

 陽菜の態度に、要は確信を得た。

(妹分が恋を知る時期か~。そりゃ来年には高校も卒業するわ。私も年を取ったわけよね…)
「…本当、アンタたちの甘酸っぱい所見てると心が洗われるわ~。昨日とか、特にきつかったから…」
「…やっぱりまだ疲れが残ってるんじゃ」

 陽菜は要を気遣った。要の事情は知っていたし、前のパーティーが謝罪配信をしたということも耳に挟んでいた。要が帰って来てからも、疲れが残ってはいないか心配だった陽菜はそう尋ねた。

「まあ、ぶっちゃけ今回の件は萎えたわね。盗撮された挙句にパーティーメンバーには理不尽に切れられるし、謝罪配信用に謎の文章書かされるしで…『信じてたのに』とか、『処女じゃないなら価値無し、死ね!』とか言われて、怒りを超えてもはや殺意を抱いたわ」
「…そんな酷い事言われたんですか!?」
「ああ、大丈夫大丈夫。もう既に弁護士雇ったから。とりあえず全員処す勢いで行くわ」
「でも、傷ついた心はそう簡単に元には戻らないです。要さん、私にできることがあったら、なんでも言ってください。私にできることは少ないかもしれませんが…要さんの為なら、私なんでもしますので!」
「…逆に、こっちにも迷惑をかけるかもしれないから心苦しいんだけどね」
「何言ってるんですか!私達、仲間じゃないですか!パーティーメンバーとは、苦楽を共にするものです」
「…はいはい。じゃあ、頼りにさせてもらうわよ。ったく、良いわよね、アンタたちは幸せそうで」

 要は陽菜から離れて歩き出した。長い髪が壁になって、陽菜からは顔が見えなくなった。少しして、要は不意に口を開いていた。

「…コムギって覚えてる?」
「はい?…あ、確か、お姉ちゃんのパーティーメンバーの1人、でしたよね」
「そ。私の前のパーティーのリーダーもやってた。一昨日くらいかな。今回の件で、ソイツに『件の男は、アンタの彼氏じゃないか』って聞かれたのよ」
「…それは…」
「アイツにとって、優月はもう本当に終わった存在になったんだなって、実感した」
「…そういうつもりで言ったわけじゃないと思います。だって、コムギさんだって、何か分かったら教えるって言ってくれてましたし」
「どうかしら。本気で助けようって思ってる奴が、顔出ししてライブ配信に熱心になると思う?実際、あいつはもう何もしてないわよ」

 要は既にかつての仲間を見限っていた。

 目的の為にならないなら、要はかつての友人相手でも見限る事が出来る。

 要は、気が付いたらその場に立ち止まり、吐き出していた。

「今も昔も、私は優月が好き」

 要は顔を伏せていた。

「男も女も、どっちも好きになれなかった私が唯一好きになったのが優月だったの」
「…知ってます」
「私と優月の物語はまだ終わってない…でしょ?私が諦めない限り、ここにいるのは離れた恋人を求めて困難に立ち向かう主人公だけだもの」
「…はい」
「…ねえ、アンタはどう?婚約者が出来て満足した?まさか、アンタまで…優月を諦めないわよね?」

 要の目が陽菜を見た。その目はドロドロとしていた。それと同時に、命を捨てる覚悟が出来た冒険者が宿すような、熱が込められていた。

「圭太は私にとって唯一の頼みの綱なのよ。分かるでしょ…?もう二回も魔神教に出くわしてる!アイツのスキルさえあれば、私はもっと魔神教に迫れる…!ねえ知ってる?瀕死の冒険者が操られて、魔神教の活動に加担させられてるって噂」
「それは…知りませんでした」
「そうよね。結構眉唾だもの。でも、もしそれが本当なら…どれだけ汚れててもかまわない。形さえ無事なら…最後に優月の隣にいるのは、この私よ…」

 それが要の原動力だった。

 冒険者を続けるのも、魔神教に迫るのも、全てはその為だ。

 陽菜はそれを知っていた。

「圭太を、冒険者の道からそらさないで。恋人が出来たから怖くて冒険できませんなんて…二人だけで幸せになろうだなんて、私許さないから」

 要はそこまで言って、目を伏せた。

「…ごめん、本当は、祝福してあげたいのに…」

 涙は出ていなかった。ただ、その声は小さく震えていた。

「…いいえ。要さん。お姉ちゃんの事、諦めないでいてくれてありがとうございます」
「…」
「大丈夫ですよ。まだ知り合って二カ月も経ってないですけど、圭太君は仲間の事で中途半端に投げ出したりはしないはずです。私だって、お姉ちゃんの事、まだ諦めてませんから」

 陽菜は要に手を差し出した。

「ほら、行きましょう?要さん」
「…そうね。私、疲れてたみたい…」

 要はその手を取って、人混みへ向けて歩き出したのだった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...