Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・追悼・

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・追悼・

樹海の中に点在する洞窟の一つで眠っていた魔物は、辺りが夕闇に包まれた頃、目を覚ました。
小山のような体を起こし、のろのろと外に出る。適当に腹ごしらえをすると、アルフィーネを寝かせた洞窟へ向かった。
(……?)
洞窟の中はもぬけのカラで、用意した食物も手つかずで置いてある。周囲に隠れている気配も無く、逃げた事はすぐわかった。
魔物の探知能力は鋭敏で人間が結界に触れたらすぐにわかるが、その様子は無いから樹海の中で迷っているか、崖に出て立ち往生しているかのどちらかだろう。
魔物は舌打ちし、夜空に翔け上がった。

暗黒の空の上、魔物の百の目はまもなくアルフィーネの姿を発見した。
迷いもせずに街に降りていた事にはいささか驚いたが、アルフィーネは かつて街の中央広場のシンボルであった噴水跡にもたれ、ちょっと一休みといった風情で眠り込んでいる。
魔物が降り立ち、近づいてもアルフィーネは目覚めない。
腕に抱き上げても、一向に起きる気配は無く、何かひどく疲れているように見えた。
洞窟に戻ろうとして魔物はふと動きを止める。廃墟と化した国の様子が変わっていた。
滅ぼして以来、フーガ国の事などまともに見る事は無かったが、それでも何が違っているのかは、すぐに気づく。
長年、野ざらしにしていたフーガ国民の遺体が無くなっているのだ。
もちろん国内すべてではなく、数ブロックに分けられた町内の一角部分だったが。
しばし考えていた魔物は、やがて一つの結論に突き当たる。
そして腕の中のアルフィーネに視線を移した。

───アルフィーネが消したのだ。一部とはいえ、あの大量の死体を。

魔導士なら、『還元』の呪文で死者を地に還す事ができる。魔力の使い過ぎで体力を消耗し、休憩している内に眠ってしまったのだろう。
(余計ナ事ヲ……)
魔物はそう思ったが、思考ほど不快な感情は無い。そのまま空中に浮上し、アルフィーネの眠りを妨げぬ速度で夜空を駆けて行った。

ほどなく洞窟に帰り着き、敷物の上にアルフィーネを横たえる。
闇の中で魔物はアルフィーネの顔を見つめた。
心なしか頬が青ざめている。輝くような琥珀色の髪を整えるように撫ぜると、アルフィーネはわずかに声を漏らしたが、それでも目覚めない。
魔物の眼差しが微かに揺れる。

白い花のような綺麗な顔。
明るい緑色の瞳には、儚げな容姿とは裏腹に意志の強そうな輝きが宿っていた。
幼さの残る笑顔は、見ているだけで幸せになるような気がする。
太陽の光の下、金茶色の巻き毛を揺らして微笑んでいた愛らしい少女。
誰よりも守りたかった大切な存在。

(ミヌエット……)
遠い記憶が蛍火のように浮かび上がる。
懐かしい面影は今、魔物の目の前にあった。


翌朝、目覚めたアルフィーネは自分が洞窟で寝ていた事に驚いた。
昨日、魔法で数十人もの人々を地に還した後、さすがに疲れて噴水脇で休憩した所までは覚えている。
不覚にもそのまま、ほとんど気絶するように眠りに落ちてしまったらしい。
それが洞窟に戻っているという事は、誰かに運ばれたに違い無かった。『誰か』など、考えるまでも無いが。
身を起こすと、傍らに新鮮な食物と水が用意されている。
アルフィーネはしばし迷ったが、絶食して体力を失う気は無かったので、素直に口にした。

外に出ると、昇ったばかりの太陽が眩しく日差しを注いで来る。アルフィーネは近くの泉で顔を洗い、深呼吸して周囲を見回した。
逃亡が発覚した事で、更に束縛されるかと案じたのだが、その様子は無い。
アルフィーネは訝しみつつも安堵し、麓に向かって歩き始めた。

天性の方向感覚と魔法探知能力を持つアルフィーネは、一度通った道は忘れない。
樹海の中においてもその記憶力は健在だった。昨日、ソロの愛鳥ブルーに案内されたのと同じルートで注意深く森を抜けてゆく。
街には、小一時間ほどで到着した。

アルフィーネは、ひとりの遺体に歩み寄って手を翳す。そして呪文を唱えると、かざした掌から淡い魔法の光が溢れた。
光に包まれた遺体は、やがて砂のようにサラサラと崩れて消え、大地へと還ってゆく。
一人が終わると、また次の遺体に。
アルフィーネは一人一人丁寧に心を込めて『還元』の魔法を唱え続けた。
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