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Beauty and Beast ・予兆・
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どれだけの遺体を地に還したのかアルフィーネにもわからなくなった頃、太陽は沈む。
やがて夕闇の中に金色の目が現れても、アルフィーネは驚かななかった。
「何ヲシテイル」
「遺体を弔っているんです」
「必要ナイ」
「死者には平等に葬られる権利があります」
アルフィーネは魔物を無視して還元を続けた。
「ヤメロ!!」
鋭い声と共に『風の刃』がアルフィーネの左右両脇をかすめて走る。
まとっていたマントが横に裂け、地面に落ちた。
しかしアルフィーネには傷一つない。この攻撃は意図的なものではなく魔物の感情に呼応して起きたものだろう。
「ソイツラニ弔ッテヤル資格ナド無イ!」
「貴方にも、そんな事を言う資格はありません」
アルフィーネは振り向き、魔物の目を見据えてキッパリと言い切った。
「私は魔導士です。罪も無い人達を、こんな姿のまま放ってはいられません。邪魔しないで下さい」
「…罪ガ無イダト!?」
瞬間、魔物の目が憎悪に閃く。
「何モ知ラヌクセニ!フーガ国ノ奴等ハ殺サレテ当然ナンダ!!アイツラハ俺ノ…」
魔物の言葉が終わらぬ内に突然地面が揺れた。
驚いたアルフィーネは体勢を崩して膝をつく。
「……地震!?」
フーガ国とその近辺は火山帯の上に位置しており、時折 地震が起きている。
だがそれが、こんな大きな規模とは知らなかった。
次の瞬間、魔物はアルフィーネの背後に長年放置され老朽化した建物の一部が振動で傾くのを認識する。
人間であるアルフィーネは、暗闇の為に気づかない。
揺れがおさまるのとほぼ同時に、崩れた瓦礫が落下する。
「──!?」
悲鳴を上げる暇もなく、アルフィーネは間一髪で魔物の腕に掬われた。
石造りの建材の下敷きになったら、まず助からないだろう。アルフィーネはありえた事態を想像して身震いし、恐る恐る魔物の方を向く。
彼はアルフィーネを助けてくれたのだ。
「……あ…」
当惑するアルフィーネを抱いたまま魔物は空中に飛翔し、樹海に戻り始める。
まもなく魔物は着地し、アルフィーネを地上に下ろす。
闇に慣れたアルフィーネの目には、そこが昨日の洞窟の前だとわかった。
立ち尽くすアルフィーネの背を魔物の手が軽く押す。
入れという意味だと気づき、アルフィーネは促されるまま窟内に入った。
今までわからなかったが、洞窟の奥にはわずかながらヒカリゴケが自生し、ぼんやりとだが物の位置や存在が把握できる。
少し離れて付いて来ていた魔物は入口を塞ぐように立ちはだかり、今夜はもうこの場から逃げる事はできない。
諦めたように毛皮の上に腰を下ろすアルフィーネを見て、魔物も座り込んだ。
そのまま沈黙が続く。
アルフィーネは魔物が自分に対して害意の無い事に気づいていた。
ロンド王から言われていた以上に魔物は穏やかに接している。幼い頃から魔物と名のつく生物は狂暴で知性の薄い生き物だと学んできたのに。
遭遇から丸二日、殺す機会ならいくらでもあったのに魔物はアルフィーネを傷つけようとはしない。
それどころか、今夜は命を救われた。
アルフィーネは覗うように、そっと顔を向けてみる。
「!」
途端に魔物と目が合った。
まるで金色の蝶が花に惹かれるように、魔物の視線はアルフィーネに集中している。
思えば最初の夜から、ずっとアルフィーネの顔を見つめていた。
静かに、一心に、まばたきもせず。
その眼には邪気も殺気も無い。威嚇でも、獲物を前にした品定めでもなくむしろ子供が何かを観察する瞳に似ているような気がした。
二人はしばし、見つめ合う形になる。
しかし一昨日と違って意識がはっきりしているアルフィーネは、すぐに我に返り咄嗟に視線を逸らす。
そして相変わらず視線を注ぐ魔物に、戸惑いながらも言った。
「……さっきは、助けてくれて…ありがとう…」
一瞬、魔物の瞳が不思議そうに揺れる。
だが膝をかかえて俯いたアルフィーネは、それを見ていなかった。
翌日もアルフィーネは街に降りて遺体の還元作業を行い、日没後 迎えに現れる魔物に連れられて洞窟に戻る。
洞窟にいる間、魔物は飽きもせずアルフィーネの顔を眺め続け、夜明け前にはいずこかへ消えてゆく。
その繰り返しが何日も続き、会話をかわす事はほとんど無かったが、次第にアルフィーネは魔物の前でも熟睡できるほどに慣れていった。
やがて夕闇の中に金色の目が現れても、アルフィーネは驚かななかった。
「何ヲシテイル」
「遺体を弔っているんです」
「必要ナイ」
「死者には平等に葬られる権利があります」
アルフィーネは魔物を無視して還元を続けた。
「ヤメロ!!」
鋭い声と共に『風の刃』がアルフィーネの左右両脇をかすめて走る。
まとっていたマントが横に裂け、地面に落ちた。
しかしアルフィーネには傷一つない。この攻撃は意図的なものではなく魔物の感情に呼応して起きたものだろう。
「ソイツラニ弔ッテヤル資格ナド無イ!」
「貴方にも、そんな事を言う資格はありません」
アルフィーネは振り向き、魔物の目を見据えてキッパリと言い切った。
「私は魔導士です。罪も無い人達を、こんな姿のまま放ってはいられません。邪魔しないで下さい」
「…罪ガ無イダト!?」
瞬間、魔物の目が憎悪に閃く。
「何モ知ラヌクセニ!フーガ国ノ奴等ハ殺サレテ当然ナンダ!!アイツラハ俺ノ…」
魔物の言葉が終わらぬ内に突然地面が揺れた。
驚いたアルフィーネは体勢を崩して膝をつく。
「……地震!?」
フーガ国とその近辺は火山帯の上に位置しており、時折 地震が起きている。
だがそれが、こんな大きな規模とは知らなかった。
次の瞬間、魔物はアルフィーネの背後に長年放置され老朽化した建物の一部が振動で傾くのを認識する。
人間であるアルフィーネは、暗闇の為に気づかない。
揺れがおさまるのとほぼ同時に、崩れた瓦礫が落下する。
「──!?」
悲鳴を上げる暇もなく、アルフィーネは間一髪で魔物の腕に掬われた。
石造りの建材の下敷きになったら、まず助からないだろう。アルフィーネはありえた事態を想像して身震いし、恐る恐る魔物の方を向く。
彼はアルフィーネを助けてくれたのだ。
「……あ…」
当惑するアルフィーネを抱いたまま魔物は空中に飛翔し、樹海に戻り始める。
まもなく魔物は着地し、アルフィーネを地上に下ろす。
闇に慣れたアルフィーネの目には、そこが昨日の洞窟の前だとわかった。
立ち尽くすアルフィーネの背を魔物の手が軽く押す。
入れという意味だと気づき、アルフィーネは促されるまま窟内に入った。
今までわからなかったが、洞窟の奥にはわずかながらヒカリゴケが自生し、ぼんやりとだが物の位置や存在が把握できる。
少し離れて付いて来ていた魔物は入口を塞ぐように立ちはだかり、今夜はもうこの場から逃げる事はできない。
諦めたように毛皮の上に腰を下ろすアルフィーネを見て、魔物も座り込んだ。
そのまま沈黙が続く。
アルフィーネは魔物が自分に対して害意の無い事に気づいていた。
ロンド王から言われていた以上に魔物は穏やかに接している。幼い頃から魔物と名のつく生物は狂暴で知性の薄い生き物だと学んできたのに。
遭遇から丸二日、殺す機会ならいくらでもあったのに魔物はアルフィーネを傷つけようとはしない。
それどころか、今夜は命を救われた。
アルフィーネは覗うように、そっと顔を向けてみる。
「!」
途端に魔物と目が合った。
まるで金色の蝶が花に惹かれるように、魔物の視線はアルフィーネに集中している。
思えば最初の夜から、ずっとアルフィーネの顔を見つめていた。
静かに、一心に、まばたきもせず。
その眼には邪気も殺気も無い。威嚇でも、獲物を前にした品定めでもなくむしろ子供が何かを観察する瞳に似ているような気がした。
二人はしばし、見つめ合う形になる。
しかし一昨日と違って意識がはっきりしているアルフィーネは、すぐに我に返り咄嗟に視線を逸らす。
そして相変わらず視線を注ぐ魔物に、戸惑いながらも言った。
「……さっきは、助けてくれて…ありがとう…」
一瞬、魔物の瞳が不思議そうに揺れる。
だが膝をかかえて俯いたアルフィーネは、それを見ていなかった。
翌日もアルフィーネは街に降りて遺体の還元作業を行い、日没後 迎えに現れる魔物に連れられて洞窟に戻る。
洞窟にいる間、魔物は飽きもせずアルフィーネの顔を眺め続け、夜明け前にはいずこかへ消えてゆく。
その繰り返しが何日も続き、会話をかわす事はほとんど無かったが、次第にアルフィーネは魔物の前でも熟睡できるほどに慣れていった。
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