Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty ana Beast  ・約束・

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アルフィーネは洞窟の入口にある岩に腰掛けていた。
両手を膝の上に置き、俯いているその表情がいつもと違う事に、自分の思案で一杯のガイヤルドは気づかない。
「アルフィーネ」
呼びかけに、アルフィーネはハッと顔を上げる。その瞳は不安そうに揺れていた。
互いに視線が合い、暫しの間 沈黙が流れる。
「アルフィーネ、話ガ…」
「ガイヤルド、話が…」
二人は同時に同じ言葉を発した。そして、反射的に口をつぐむ。
「…何?ガイヤルド」
「…オ前が先ニ言エ」
アルフィーネは躊躇うように再び俯き、視線を逸らせたまま口を開く。
「……怒らないで聞いてくれますか」
その口調に、ガイヤルドは無言で訝しむ。
「明日、セレナーデ国に帰らせて下さい」
ピシリと、空気の張りつめる音が聞こえたような気がした。
「マドリガル様が危篤なんです。この間の薬草で小康状態になられたけど、また容態が悪化なさったとの事で、帰って看病したいんです」
「……オ前、ナゼソンナ事ヲ知ッティル」
ガイヤルドは極めて自然な問いかけをした。
風の結界と樹海で外部から隔絶されているアルフィーネに、どうやって情報が届くというのか。
アルフィーネは、胸元から一枚の紙片を取り出して答える。
「今朝ブルーが……ソロの飼い鳥が、この手紙を届けてくれたんです」
「……ソロ?」
「覚えてませんか?最初にここに来た夜、私の護衛をしてくれていた剣士です。彼が迎えに来てくれると書いてありました」
「…………」
「お願いします…」
「……オ前デナクテモ、看病クライ他ノ誰カガスレバイイダロウ」
そっけない口調でガイヤルドは言い放つ。今まで郷愁の素振りすら見せなかったアルフィーネが帰国を願い出た事に、明らかに不愉快になっていた。
「マドリガル様は私の師です。万一の事になるなら、私が看病したいんです。育ててもらった恩を返すためにも…」
「…………」
「あの方は、私の大切な……最後の家族なんです」
瞬間、ガイヤルドはその言葉に反応する。
(最後ノ家族…)
「だから……どうしても私が看病したいんです」
「…………」
「お願いです、ガイヤルド…」
無言のままのガイヤルドに、アルフィーネはやはり怒らせてしまったかと不安を募らせた。
ガイヤルドは怒ってなどいなかったが、それでも返事をしないのは、アルフィーネを手放したくないがゆえ。

一度帰せば、二度と戻って来ないだろう。
それは嫌だ。せっかく得た安らぎなのに。
───帰したくない。
───離したくない。
ずっと傍にいて欲しい…

「ガイヤルド…」
泣きそうな声でアルフィーネは嘆願する。

ガイヤルドにはアルフィーネの気持ちが痛いほどわかっていた。
ミヌエットを失った時の辛さを思い出す。今、アルフィーネを行かせなければ、あの時の自分と同じ苦しみを味わわせる事になる。
天を裂き、地を割らんばかりの嘆きを……

「ガイヤルド……」
哀願するアルフィーネに、ガイヤルドは折れるしかなかった。
「ワカッタ」
「!」
アルフィーネの顔が安堵に輝く。当然の事とはいえ、それはガイヤルドの胸をチクリと刺した。
「ソノカワリ条件ガアル。次の満月マデニ、ココヘ戻ッテ来イ」
「え…」
困惑するようなアルフィーネの声。ガイヤルドはアルフィーネを諦める事が出来なかったのである。
「必ズ戻ッテ来イ。逃ゲル事ハ許サン。戻ッテ来ナイ時ハ、セレナーデ国ヲ滅ボス」
恐怖心からでも、責任感からでもいいから戻って来て欲しくて、ガイヤルドはそう言った。
その脅し文句に、戸惑うアルフィーネの瞳が揺れる。
次の満月までにマドリガルの容態が好転するかなどわからない。
だけど故郷を引き合いに出されては、嫌とは言えなかった。
「わかりました…。ありがとう、ガイヤルド」
アルフィーネはとりあえず承諾し、帰国を許可してくれた事に感謝して謝辞を述べる。
「…そうだ、ガイヤルドの話というのは何?」
「ソレハ……」
それは、今更言えない事。
「ガイヤルド?」
「…戻ッテ来タ時ニ話ス」

アルフィーネが戻って来てくれたら、わずかな可能性はある。
自信はまったくないが、ガイヤルドはそれに賭けてみたかった。

続く
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