Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・別離・

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次の日は、今にも泣き出しそうな曇り空。
早目に起床したアルフィーネが目にしたのは、大量の薬草。
眠っている間にガイヤルドが用意しておいてくれたのだろう。
その配慮に礼を言いたかったけれど、当然のように彼の姿は無い。
心残りを残しつつ、アルフィーネは洞窟を後にした。

フーガ国の通用門まで降りると、国境に渦巻く『風の刃』の壁が見える。だがそれはアルフィーネの歩調に合わせるかのように徐々に薄らぎ、やがて完全に消えた。
どこかからガイヤルドが見送っているのだろう。
アルフィーネは樹海を振り返ると、見えない相手に向かって小さく笑いかけ、暫しの別れの挨拶をした。
門の向こうには、少し離れて待っているソロの姿がある。
「フィーネ!!」
ソロは安堵と歓喜の笑顔を浮かべて駆け寄り、そのままアルフィーネを抱きしめた。
「良かった…フィーネ、無事で!」
彼の唐突な行動にアルフィーネは驚くが、ソロはすぐに我に返り、慌てて手を離す。
「ご、ごめん!」
赤面しながら謝り、ソロは改めてアルフィーネの顔を見つめた。
「怪我とかしてないよな?」
「ええ、大丈夫よ」
「結界を通って、平気だったのか?」
「ええ……」
振り向くと、そこには再び風の壁が立ちふさがっている。
消えたのは、ほんの一瞬だったので、ソロは気づかなかったらしい。
「通る時、解いてくれたから」
「解いて…って、魔物がか?」
アルフィーネはの言葉に、ソロは怪訝な顔をする。
だけどアルフィーネは、それ以上を説明する気は今は無かった。
「それより、マドリガル様の容態は?」
「ああ…そうだったな。帰国するのが先か」
ソロはアルフィーネを促し、待機させていた馬に乗せる。
そして自分も愛馬に飛び乗ると、一路セレナーデ国を目指して出発した。

アルフィーネには不眠不休の強行軍は無理なので、二人がセレナーデ国に到着したのは二日後の事。
マドリガルは倒れた時から王立医療院にて看護を受けている。
急ぎ師の元へ向かったアルフィーネは、病室の扉を開けた途端に仰天した。
「マドリガル様!?」
老魔導士マドリガルは、ベッドに身体を起こしてこちらを見ている。病人の顔色ではあったが、明らかに『瀕死の状態』ではない。
「…どうして…危篤だったんじゃ…?」
「ああ、あの世とこの世の狭間を漂っておったが、お前のおかげで助かったんじゃよ」
微笑むマドリガルに、アルフィーネは事態を把握できない。
「心配させてすまんな、アルフィーネ。マドリガルは、もう大丈夫だ」
突然、背後から声がかけられる。聞き覚えのあるそれは、またしても城を抜け出してきたロンド王だった。
「フーガ国の薬草は素晴らしい効能だった。危篤と言ったのは、お前を脱出させるための方便だ。魔物に感情攻撃が効くかどうかは不安だったが、うまくいって何よりだ」
嬉しそうに語る師やロンド王に、アルフィーネはただ立ち尽くす。
マドリガルが回復した事は本当に喜ばしかった。だが自分は騙されて帰って来たわけで、ひいてはガイヤルドにも嘘をついた事になる。
自ら言い出した帰国願いとはいえ、罪悪感がアルフィーネの胸を締め付けた。


病み上がりのマドリガルを寝ませ、アルフィーネとロンド王、そしてソロは医療院の庭に出る。
夜空には月が明るく輝き、三人を照らし出していた。
「フィーネ!お前、何て危険な事したんだ!」
突如、ソロの怒号が響く。驚いて目を見開くアルフィーネに、ソロは更に詰め寄る。
「いくら伝説の巫女に似てるからって、絶対殺されないなんて保証はないんだぞ!オレにも一言の相談も無く計画立てて、どんだけ心配したと思ってるんだ!!」
「落ち着け、ソロ」
アルフィーネに弁明させる暇も与えずまソロをなだめるように、ロンド王が間に入った。
それでもソロはおさまらない。相手が一国の王でも、遠慮なく抗議を続ける。
「あんたも同罪だぜ、王!フィーネを薬草取りの道具にしやがって!」
「それはアルフィーネも合意の上だったと言ったであろう。事実、殺されなかったし。薬草を入手できてマドリガルも助かったし。ソロ、お前とて無傷で戻れたのは、魔物がアルフィーネに執着したからなのだぞ」
「……次に会ったら、叩き斬ってやるさ」
痛い所を突かれて、ソロの気勢が削がれた。間髪入れず、ロンド王は話題を変える。
「とにかく、こうして無事に戻ったのだから、その件は水に流せ。それよりもアルフィーネ、魔物の情報を聞こうか」
「……はい」
戸惑いながらも、アルフィーネは頷く。気は進まなかったが、知っている限りの事は語った。
百目の魔物───ガイヤルドの名、姿、性格、言動。いくらかは理解したものの、わからない事が多すぎる。
彼を御したという巫女・ミヌエットに関しても、ただ顔が似ているとしか伝えられていない。
伝えられていた『伝説』とガイヤルド自身に聞いた話とでは、多少違っている気がしたから。

「討伐隊の中に魔法剣士を増やすか。一人でも多く風系魔法に対抗できる者を揃えねばな。ともあれアルフィーネ、よくやってくれた。お前が魔物の傍に留まってくれたおかげで魔物退治に王手がかけられる」
「……陛下、その計画ですけど」
「ん?」
「…もう少し、待ってはいただけませんか?」
「アルフィーネ?」
不思議そうな面持ちでロンド王は見つめる。
マドリガルが病に倒れる前から、百目の魔物の討伐は計画されていた。
その作戦の先鋒としてアルフィーネも参加したのだから。
もしアルフィーネが魔物に気に入られれば、その懐に入れるかも知れない。あわよくば弱点を探る事も可能だろう。
そしたら、退治できる確率は格段に上がる。
 ───だが。
「あの魔物を…退治、なさるんですか?」
「当然だろう」
「…………」
「マドリガルも回復したし、お前も無事に戻った。もう何も問題は無いではないか」
「ですが……」
「フィーネ?お前、変だぞ」
黙って聞いていたソロが口を挟む。そのままアルフィーネに歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「元々そういう計画だったじゃないか。何を今更ためらってるんだ?」
「それは……」
「…フーガ国で何かあったのか?」
「…………」
アルフィーネは答えず、ただ真っすぐに見つめるソロの目から視線を逸らす。
「……お前…まさか」
曖昧な態度を取るアルフィーネに、恋する男の直感が閃いた。
「魔物に何かされたのか!?」
思いがけない言葉に、アルフィーネは顔を上げる。直後、常にソロの肩を離れないブルーが引きつった鳴き声を上げた。
ハッとする三人の周囲を疾風が舞う。
「───ガイヤルド!?」
見開いたアルフィーネの瞳は、月影の中に浮かぶ無数の金色の目を発見した。
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