Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・悪夢・

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イヤな夢を見ていた。
ガイヤルドの脳裏から消えない悪夢。
何度も何度も繰り返し見て、その都度、叫びながら飛び起きる。
それは、かつての現実。

血に染まる大地を這いずり、生きる為に人間を殺した。
数えきれない程 殺し続け、呪詛の言葉も命乞いの嘆願も聞き流した。
殺した人間の顔など、片っ端から忘れた。
その中で一人だけ、忘れたくても忘れられない顔がある。
誰もが恐怖に引き攣る死の間際、息も絶え絶えになりつつも笑った黒衣の男。
それは忌み恐れられていた悪業の呪術師。

『儂を殺した事を後悔させてやる』

忌々しい声に刃を振り下ろす。
男は最期まで嘲笑と呪いの言葉を漏らした。

『誰が化物など愛するものか、死ぬまで苦しみ続けるがいい』

憎悪と嫌悪でガイヤルドは叫びを上げる。
───次の瞬間、現実に戻った。

 ………イヤな夢だった。

既に見慣れているはずの悪夢だが、今回の不快さはひとしおである。
一昨日の不愉快な光景のせいかも知れない。

引き止めたい気持ちを抑え、葉陰に隠れながらアルフィーネを見送った。
門の向こうに待っていた、いつぞやの剣士。それが突然アルフィーネを抱きしめた。
目にした途端、驚きとも怒りともつかぬ感情がガイヤルドの胸を焼いたのだ。
茫然としたまま痛みだけがチリチリと残る。
───非常に不愉快で、不可解だった。

苛立ちの消えぬまま一日が過ぎ、久しく見なかった悪夢を見た。
夢の中で生首が発した言葉が、今日は無性に気にかかる。

『誰が化物など愛するものか、死ぬまで苦しみ続けるがいい』

そんな事、言われるまでもなくわかっている。
ミヌエットを失った時、すべての希望も捨て去ったのだから。
───しかし、アルフィーネに出会った。
もしかしたらの期待を持たせた、おそらく最後の相手。
だけど今、傍にはいない。

ガイヤルドは乱暴に拳を地に打つ。

………戻ると約束させた。
師匠の為に命を張る程だから、故郷を秤にかけられたら、必ず戻って来るはず。

信じたいのに、気になって仕方がなかった。
男に抱きしめられていたアルフィーネの姿が目に焼き付いて離れない。
そしてあの剣士の表情には、再会の抱擁というより、もっと深い感情が見てとれた。

『誰が化物など……』

呪術師の台詞が不快な光景にオーバーラップして、まるであの剣士の腕の中のアルフィーネを示しているような錯覚に陥る。
言い知れぬ不安な衝動に駆り立てられ、ガイヤルドは樹海を出るとセレナーデ国に向かった。
今夜は月夜だったが、かまわずに夜空を駆けてゆく。
どうするという考えは無く、ただアルフィーネに会いたかったのだ。


セレナーデ国に入ると、間もなく白い大きな建物の庭で目指す姿を発見する。
降りようとして、アルフィーネと一緒にいる男達に気づき、身を隠す。
一人はフーガ国に彼女を迎えに来た剣士。
もう一人の長身の男は、ずっと以前に見た記憶の中のセレナーデ国王にどこか面影が似ていた。
聞くともなしに会話が耳に飛び込んで来る。

「…アルフィーネも同意の上だと…」

「…これで魔物退治に王手がかけられる…」

「…計画は進行しているのですか?…」

「…お前が魔物の傍に留まって情報収集してくれたおかげで有利になった…」

雷のような衝撃がガイヤルドを貫いた。
混乱する思考の中、さまざまな符号が一つの事実を確立する。

アルフィーネは知っていたのだ。自分がミヌエットに瓜二つだと。
だから魔物に殺される可能性は低いと承知の上でやって来た。
そして攫われたのを逆手に取り、魔物の情報を集めた。
───討伐の役に立てる為に。

信じがたい、そして信じたくない現実に愕然とする。
だけど、思い当たる事がありすぎた。

最初の朝以来、アルフィーネが逃亡しなかった事。
魔物である自分を恐れなかった事。
あれこれと問いかけをして来た事。
姿を見ても態度を変えなかった事。
考えてみれば不自然きわまりない。

 ───あの呪術師の言った通りだ。
 『誰が化物など愛するものか』───

(……ヨクモ……)
ガイヤルドはギリリと唇を噛む。牙が軋み、目の色が怒りに燃えた。
(ヨクモ俺ヲ騙シタナ、アルフィーネ……!!)
心を許し、あまつさえ好意を持ち始めていた自分を裏切った。
その事実だけで十分だ、絶対に許さない。

ガイヤルドの怒りに呼応するように、旋風が巻き起こった。

続く
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