Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・再会・

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旋風は刃となり、地面をえぐった。
咄嗟にアルフィーネと王をかばったソロのマントが裂けて散乱する。
「あいつ、追って来たんだ!」
「どういう事だ!?月夜に姿を現す事は無かったのでは無いか?」
分析している間にも、第二・第三の攻撃が襲い来る。
目標無く乱発される『風の刃』は樹木を薙ぎ倒し、大地を裂き、建物を傷つけた。
「やめてガイヤルド!ここは医療院なんです!病人を巻き込まないで!!」
しかしガイヤルドは聞く耳持たず、容赦なく『風の刃』を降り注ぐ。
動揺のあまり無防備になっているアルフィーネをロンド王が魔法防御で守っていた。
ソロは剣を抜いて応戦するが、風の速さには敵わず疾風が起きるたび彼の体に赤い筋が走った。
皮膚一枚でかわしているが長くはもつまい。
「やめて下さい、ガイヤルド!!お願いです!」
ロンド王の背後から身を乗り出し、アルフィーネが呼びかける。
「貴方の方が強い!ソロを殺さないで!!」
戦いを止めたいばかりに言った言葉だが、アルフィーネのそれはガイヤルドの怒りを煽り、ソロの自負を傷つけた。
(ソンナニ、コノ男ガ大切カ!)
(オレが、この魔物より弱いってのか!?)
二人のプライドは別の方向を向きながらも、互いへの対抗意識へと変わる。
標的を確認し、風は竜巻へと変化した。
ソロの剣も本気の構えで体勢を整える。
「───やめて!!」
アルフィーネの制止も二人には聞こえない。
ソロは自分を包む竜巻を避けず、その中心点に向かって跳んだ。
次の瞬間、鮮血の飛沫が風に舞い、ソロの体が地面に落下する。
「…………!!」
アルフィーネの顔が蒼白に変わった。
ソロの全身には裂傷が口を開けており、ガイヤルドの頭部にはソロの剣が突き刺さっている。
「ガイヤルド!!」
ロンド王が止める暇も無く、アルフィーネは魔法防御域から飛び出した。
そして急ぎ片膝をついて呻くガイヤルドに走り寄る。
しかし彼と目が合った途端、硬直して立ち止まった。
(裏切者…!)
声ではなかったが、ガイヤルドの光る目が言葉よりも雄弁に非難している。
その額から剣が抜け、乾いた音を立てて地面に落ちた。
魔物の血が大地を染める。
「…ガイヤルド…」
ガイヤルドは無言のままアルフィーネを責めていた。その憤怒が空気で伝わり、アルフィーネの体が震える。
しかし恐怖で震撼しているのではない。
ガイヤルドを騙していたのは事実だった。最初は確かに計画ずくでフーガ国に赴いたのだから。
薬草の採取と、討伐の協力の為に。
だけど今、アルフィーネはガイヤルドを退治したいとは思っていない。ロンド王に頼んで討伐を中止してもらおうと考えていた。
何より嘘をついていた事を謝りたい。
言葉よりも先にアルフィーネの目から大粒の涙が流れ落ちた。
「……ごめん…なさい……」
ガイヤルドは無言でアルフィーネを見据えている。
「……私は、嘘を…ついてた……。…でも、…今は……」
言い終えない内に、ガイヤルドの目がギラリと閃く。
突風が起こり、反射的にアルフィーネは目を閉じたが、防御の構えは取らない。
一瞬の内にアルフィーネの衣服に裂け目が走る。
「……いいのよ…殺しても。私は貴方を騙していた…、殺されても仕方ない…」
覚悟に満ちた声でアルフィーネは言う。その表情は不思議に穏やかで、微笑さえ浮かんでいる。
「貴方になら……殺されてもいい……」
応じるように、ガイヤルドは手を伸ばした。
「フィーネに手を出すな!」
その声に緊迫が破られる。ガイヤルドは視線を移し、ロンド王に支えられたソロを見た。
ソロは先刻感じ取っていた疑念を確信する。そしてそれは明らかな嫉妬に変わっていた。
ガイヤルドに向けるアルフィーネの表情も、口調も『魔物』に対するものではない。
一つ年上の憧れの美しい魔導士。彼女の歓心を得たくて傍に居たのに、拉致される前とは明らかに違う。
こういう時は恋する男の直感というものが当たってしまう。ソロにはアルフィーネが魔物に好意を持っている事が、ハッキリわかった。
「オレのフィーネだ!お前みたいな化物なんかに渡しやしないぞ!」
『化物』という単語にガイヤルドは反応する。自覚はしていても、他者に言われると酷く気に障った。
ガイヤルドの感情を反映した『風の刃』は更に威力を増大した竜巻となり、天に向かって屹立してゆく。
攻撃目標はソロ。しかし彼の傍にはロンド王が居り、更に背後には医療院がある。被害が及ぶ事は明らか。
剣士のソロに魔法は使えず、剣も手から離れている。
ロンド王の魔法防御も医療院全体を守り抜くほどには及ばない。
『百目の魔物』を怒らせたなら、国は一夜で廃墟と化す。このままではフーガ国の二の舞だ。
アルフィーネは瞬時に判断する。
「ガイヤルド!!」
正にガイヤルドが攻撃しようとした時、アルフィーネは彼とソロの間に割って入った。
「アルフィーネ…!」
ガイヤルドとソロとロンド王の、様々な感情のこもった声が同時に流れる。
アルフィーネの手にはソロの剣が握られていた。
「……ごめんなさい、ガイヤルド。騙してて…」
アルフィーネは謝罪し、剣を持った手を少しずつ上げる。
しかしその刃先はガイヤルドではなく、彼女自身の胸元に向けられていた。
「!?」
「最初に言い出したのは…私です。私が伝説の巫女に似てると聞いて計画を立てたんです。…だから、悪いのは…私だから…」
涙に濡れたアルフィーネの瞳が真っ直ぐにガイヤルドを見ている。
「…私が償うから…セレナーデ国を…私の故郷を……滅ぼさないで…。…もう誰も…殺さないで…」
瞬間、一同の胸に緊張が走った。
「…何をする気だ!?アルフィーネ、やめろ!」
「よせ、フィーネっ!」
ロンド王とソロの制止は一瞬遅く、アルフィーネは目を閉じると勢いをつけて腕を引く。
「アルフィーネ───ッ!!」
アルフィーネの胸に剣が刺さった瞬間、ガイヤルドの叫びは疾風となって切っ先を砕いた。
猛威を振るっていた竜巻が掻き消え、理性を取り戻したガイヤルドがアルフィーネを抱きとめる。
「アルフィーネ……」
胸元に傷を負ったアルフィーネはゆっくりと目を開けた。
「…ガイヤルド…」
「……バカヤロウッ!ナゼ他人ノ為ナドニ命ヲ捨テヨウトスル!?」
叱咤するようにガイヤルドは恫喝する。
「ナゼ、オ前ガ死ナナキャナラナイ!?」
アルフィーネと同時に、ガイヤルドは亡きミヌエットに対しても言っていた。
 なぜ、己が命よりも国を優先するのか。
 なぜ、自分よりも他人が大切なのか。
「……貴方への…贖罪の為なら…」
傷の痛みに眉をひそめながら、それでもアルフィーネは淡く微笑んだ。
「なんでだよ、フィーネ!」
満身創痍のソロがロンド王の手を振り切り、質問をぶつける。
「なんでそんな事言うんだ!お前が傷つく必要がどこにある!?魔物なんかに許しを乞わなくても、お前はオレが守ってやるよ!!」
「違うの…ソロ…」
間髪入れず、アルフィーネは否定した。
「ガイヤルドは…魔物じゃないわ」
思わぬ言葉に、その場の全員が絶句する。
しかし一番驚愕したのはガイヤルドだった。
「魔物の姿はしているけど……心は…人間と同じよ…」
アルフィーネの傷は急所を逸れていたが、痛みと出血で意識が薄れてゆく。
霞む視界の中、金色の目が蛍火のように揺らいで見える。
「とても……優しい… 私は……好き………」
「…………!!」
ガイヤルドの腕の中でアルフィーネは気を失った。
同時に、再度の旋風が巻き起こる。
だがそれは『刃』ではなく、砂塵を舞い上げガイヤルドとアルフィーネを周囲から隔絶した。
その風に乗るようにガイヤルドは飛翔する。
「待てえ!フィーネを返せ!!」
ソロの声は届かない。ガイヤルドの意識はアルフィーネを救う事だけに集中していた。
(アルフィーネ……!)
腕の中の体温に、愛しさが募る。
(オ前マデ、ミヌエットノヨウニ喪ッテタマルモノカ!!)
ガイヤルドは一路、樹海を目指した。

続く
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