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Beauty and Beast・呪詛・
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ガイヤルドが物心ついた頃、既に父はいなかった。
母は若く美しい唄うたいだったが、男から男に渡り歩くような奔放な女で、旅の途中で病に倒れて死んだ。
その時ガイヤルドは14歳で、妹は4歳になったばかり。
父親違いの兄妹だったが、妹はガイヤルドによく懐き、ガイヤルドも妹をこよなく愛していた。
しかし彼に妹を養える生活力は無く、悩んだ末にガイヤルドは彼女を、平和な小国の寺院に預けて出稼ぎに出る。
剣技を頼りとしたガイヤルドは当初、傭兵として働いていたが、荒んだ戦場を渡り、大勢の兵士を殺し続ける内、人の命を奪う事など何とも思わなくなってしまった。
ただ自分の命を守る為、生きて妹の元へ戻る為に剣を振るい、敵を殺す。
そんな日々が心を麻痺させてしまったのである。
そして数年が過ぎ、いつしかガイヤルドは殺し屋としても仕事を請け負うようになっていた。
ある時ガイヤルドは呪術師の殺害を依頼される。
標的の男・ドラムは呪術を用いて暗殺まがいの事もしているという悪評高い人物だったが、剣技でガイヤルドに及ぶべくもなく、あっけなく刃にかかった。
ところが、首尾よく仕事を済ませたと思ったガイヤルドに、ドラムは思わぬ言葉を発したのである。
「……貴様は最大の罪を犯した。儂を殺した事を…一生後悔するがいい……」
「なんだと?」
致命傷を受けながらも笑うドラムに不審と不快を感じ、ガイヤルドは思わず振り返った。
「呪術師に手をかけてタダで済むと思うのか……すぐにわかるさ…」
一瞥してガイヤルドは踵を返す。瀕死の男の戯言など聞く気は無かったので。
ところが、ガイヤルドは突如として全身を激痛に襲われ、床に膝をつく。
手と言わず足と言わず、引き裂かれるような痛みに体中が悲鳴を上げる。
今までどんな怪我を負った時よりも苦しく、七転八倒し、それこそ本当に死ぬかと思った。
しかしガイヤルドは死ぬ事はなく、やがて意識が鮮明になり、ゆっくりと瞼を開ける。
その時、視界に飛び込んで来たものにガイヤルドは我が目を疑った。
「……!?」
それは丸太のように膨れて服を突き破り、黒く変色し、岩のようにゴツゴツとした固い皮膚に覆われた腕。
節くれだった指の先には、ナイフのような爪が生えている。
何よりも信じがたいのは、その腕や手甲にパックリと開いた無数の目。
認識した途端、視界が異様な角度の映像に変わった。
それはまぎれもなく手の甲が見ている光景。
他の目に意識を向けると、次々と映像が切り替わる。
理解しがたいが、体中に浮き出ている金色の目はすべて自分の『目』なのだ。
更に、自分の視点が高くなっている事にも気づいた。
おそらく、立ち上がれば天井を突き抜けるほどの高さになっているだろう。
「……ナンダ、コレハ…!?」
流れた自分の声にガイヤルドは自分で驚いた。
それは今までの自分の声ではなく、枯れてくぐもった不気味な声音。
不吉な予感に、近くに立てかけられている鏡をのぞき込む。
「───…!!」
驚愕のあまり叫びも出なかった。
鏡の中には、全身に百の目を持つ巨大で醜悪な化物が映っていたのだ。
「ククク…ク……どうだ…貴様には似合いの姿だろう……」
嘲笑の声に、ガイヤルドは振り返る。虫の息の呪術師が勝ち誇ったような顔でガイヤルドを見ていた。
「我が生涯で最大の呪いをかけてやった…貴様はもう人間ではない。不気味な姿の魔物として生きてゆくのだ…」
しばし呆然としていたガイヤルドだが、はたと気づく。
呪術にはどのようなものにも『解呪』の方法がある。解けない呪いなどはありえない。
───ならば、この身にかけられた呪いも解く手段があるはずだ。
「解呪ノ方法ヲ言エ!今スグニダ!!」
呪術師の襟首を掴み、ガイヤルドは詰め寄る。しかし、返って来た返答は。
「解けるものなら解いてみろ……絶対に不可能だ……」
「言エェ!!」
一思いに殺してやりたい気持ちを抑え、ガイヤルドは更に追及する。
「……誰が化物など愛するものか……」
「ナンダト…!?」
「貴様は…死ぬまで……そのままだ……」
ドラムは勝利を確信したように笑い、そのまま事切れた。
呪術師の報復はガイヤルドの運命を一変した。
人に会えば悲鳴を上げて逃げるか、攻撃して来るかのどちらかで、自然 人目を忍んで行動しなくてはならない。
魔物になった瞬間から『風の刃』や飛翔その他様々な能力を得た為に戦闘は以前より楽になったくらいだが、人間である自分が化物の姿をしているのは酷い屈辱で、とても我慢できない。
何とかして呪いを解こうと、ガイヤルドはドラムの書斎で数々の呪文書を読み漁り、文献を調べ、やがて一つの可能性を発見するに至った。
───『姿変化術の解除には施術者に勝る意志の力を必要とする。
被術者を最も強く想う者の意志、または死によって呪いは解除される───』
解除の方法を知ってもガイヤルドはあまり喜べなかった。
つまり呪術師ドラムの今わの際の憎悪に勝る感情を向けてもらえないと元に戻れないと言う事だからだ。
それに、そこまで強く自分を想ってくれる者など一体どこにいる?
一匹狼として生きて来たガイヤルドには、友と呼べる相手も恋人も存在しない。
───だが。
もし愛してくれる可能性があるとしたら、たった一人。唯一の肉親である妹。
もう何年も連絡さえ取っていないが、生きているなら彼女に頼るしかない。
───しかし彼女は、傭兵として、そして殺し屋として血に穢れた自分を兄として愛してくれるのか?
迷い悩んだ末、ガイヤルドは妹の元へと向かった。
母は若く美しい唄うたいだったが、男から男に渡り歩くような奔放な女で、旅の途中で病に倒れて死んだ。
その時ガイヤルドは14歳で、妹は4歳になったばかり。
父親違いの兄妹だったが、妹はガイヤルドによく懐き、ガイヤルドも妹をこよなく愛していた。
しかし彼に妹を養える生活力は無く、悩んだ末にガイヤルドは彼女を、平和な小国の寺院に預けて出稼ぎに出る。
剣技を頼りとしたガイヤルドは当初、傭兵として働いていたが、荒んだ戦場を渡り、大勢の兵士を殺し続ける内、人の命を奪う事など何とも思わなくなってしまった。
ただ自分の命を守る為、生きて妹の元へ戻る為に剣を振るい、敵を殺す。
そんな日々が心を麻痺させてしまったのである。
そして数年が過ぎ、いつしかガイヤルドは殺し屋としても仕事を請け負うようになっていた。
ある時ガイヤルドは呪術師の殺害を依頼される。
標的の男・ドラムは呪術を用いて暗殺まがいの事もしているという悪評高い人物だったが、剣技でガイヤルドに及ぶべくもなく、あっけなく刃にかかった。
ところが、首尾よく仕事を済ませたと思ったガイヤルドに、ドラムは思わぬ言葉を発したのである。
「……貴様は最大の罪を犯した。儂を殺した事を…一生後悔するがいい……」
「なんだと?」
致命傷を受けながらも笑うドラムに不審と不快を感じ、ガイヤルドは思わず振り返った。
「呪術師に手をかけてタダで済むと思うのか……すぐにわかるさ…」
一瞥してガイヤルドは踵を返す。瀕死の男の戯言など聞く気は無かったので。
ところが、ガイヤルドは突如として全身を激痛に襲われ、床に膝をつく。
手と言わず足と言わず、引き裂かれるような痛みに体中が悲鳴を上げる。
今までどんな怪我を負った時よりも苦しく、七転八倒し、それこそ本当に死ぬかと思った。
しかしガイヤルドは死ぬ事はなく、やがて意識が鮮明になり、ゆっくりと瞼を開ける。
その時、視界に飛び込んで来たものにガイヤルドは我が目を疑った。
「……!?」
それは丸太のように膨れて服を突き破り、黒く変色し、岩のようにゴツゴツとした固い皮膚に覆われた腕。
節くれだった指の先には、ナイフのような爪が生えている。
何よりも信じがたいのは、その腕や手甲にパックリと開いた無数の目。
認識した途端、視界が異様な角度の映像に変わった。
それはまぎれもなく手の甲が見ている光景。
他の目に意識を向けると、次々と映像が切り替わる。
理解しがたいが、体中に浮き出ている金色の目はすべて自分の『目』なのだ。
更に、自分の視点が高くなっている事にも気づいた。
おそらく、立ち上がれば天井を突き抜けるほどの高さになっているだろう。
「……ナンダ、コレハ…!?」
流れた自分の声にガイヤルドは自分で驚いた。
それは今までの自分の声ではなく、枯れてくぐもった不気味な声音。
不吉な予感に、近くに立てかけられている鏡をのぞき込む。
「───…!!」
驚愕のあまり叫びも出なかった。
鏡の中には、全身に百の目を持つ巨大で醜悪な化物が映っていたのだ。
「ククク…ク……どうだ…貴様には似合いの姿だろう……」
嘲笑の声に、ガイヤルドは振り返る。虫の息の呪術師が勝ち誇ったような顔でガイヤルドを見ていた。
「我が生涯で最大の呪いをかけてやった…貴様はもう人間ではない。不気味な姿の魔物として生きてゆくのだ…」
しばし呆然としていたガイヤルドだが、はたと気づく。
呪術にはどのようなものにも『解呪』の方法がある。解けない呪いなどはありえない。
───ならば、この身にかけられた呪いも解く手段があるはずだ。
「解呪ノ方法ヲ言エ!今スグニダ!!」
呪術師の襟首を掴み、ガイヤルドは詰め寄る。しかし、返って来た返答は。
「解けるものなら解いてみろ……絶対に不可能だ……」
「言エェ!!」
一思いに殺してやりたい気持ちを抑え、ガイヤルドは更に追及する。
「……誰が化物など愛するものか……」
「ナンダト…!?」
「貴様は…死ぬまで……そのままだ……」
ドラムは勝利を確信したように笑い、そのまま事切れた。
呪術師の報復はガイヤルドの運命を一変した。
人に会えば悲鳴を上げて逃げるか、攻撃して来るかのどちらかで、自然 人目を忍んで行動しなくてはならない。
魔物になった瞬間から『風の刃』や飛翔その他様々な能力を得た為に戦闘は以前より楽になったくらいだが、人間である自分が化物の姿をしているのは酷い屈辱で、とても我慢できない。
何とかして呪いを解こうと、ガイヤルドはドラムの書斎で数々の呪文書を読み漁り、文献を調べ、やがて一つの可能性を発見するに至った。
───『姿変化術の解除には施術者に勝る意志の力を必要とする。
被術者を最も強く想う者の意志、または死によって呪いは解除される───』
解除の方法を知ってもガイヤルドはあまり喜べなかった。
つまり呪術師ドラムの今わの際の憎悪に勝る感情を向けてもらえないと元に戻れないと言う事だからだ。
それに、そこまで強く自分を想ってくれる者など一体どこにいる?
一匹狼として生きて来たガイヤルドには、友と呼べる相手も恋人も存在しない。
───だが。
もし愛してくれる可能性があるとしたら、たった一人。唯一の肉親である妹。
もう何年も連絡さえ取っていないが、生きているなら彼女に頼るしかない。
───しかし彼女は、傭兵として、そして殺し屋として血に穢れた自分を兄として愛してくれるのか?
迷い悩んだ末、ガイヤルドは妹の元へと向かった。
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