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末は博士か花嫁か ~八幕~
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「勢津子、塩を撒け!」
玄関先で中佐を見送った健之助は、車が遠ざかるや否や、途端に眉を吊り上げる。
苛立ちに青筋を立てながら、ドカドカと廊下を進み、居間に戻った。
「奴の座った座布団を洗え!茶碗は捨てろ!くそ、腹の立つ!」
あたふたと勢津子達使用人が走る中、黎華は呆然と立ち尽くす。
「……叔父上…」
「あぁ?」
「先程の事……」
「聞いた通りだ、縁談は流れたぞ」
「そうではなくて」
それはそれで嬉しいのだが、素直には喜べない。
「……私は、結核なのですか?」
ただの風邪だと思っていたのに。
確かに小さな咳は残っているが、もう熱も無いし、長引いたのは気持ちが落ち込んでいたからだと思っていたのに。
「ああ、これか。早蕨教授の紹介で天道学長が書いてくれた本物の診断書だ」
そこには間違いなく『病名・結核』と記されている。
「では、やはり…」
「ただな」
健之助は憮然としたまま、懐からもう一枚の書状を出した。
「この診断を訂正する文書も、一緒に届いてるんだ」
「え!?」
黎華は再度驚き、広げられた書面を見る。
そちらには、結核という診断は誤りであり、黎華の病は軽症の流感であると明記されていた。
もちろん、早蕨教授と天道学長の署名入りで。
「……叔父上、これは」
「天下の帝都医大学の先生でも、間違いはあるって事だろ。話す前に黒木中佐は帰っちまったがな」
そう言って、健之助は不敵な笑みを浮かべる。
しばし唖然としていた黎華にも、しだいに事の真相が掴めた。
誰が主犯かは知らないが、早蕨教授と学長までが示し合わせて、虚言芝居を打ったのだろう。
ただ黎華の幸せの為に。
「叔父上……」
「お前を不幸にしたら、あの世の兄たちに顔向けできねえからな」
「……ありがとうございます」
黎華は改めて正座し、畳に手をついて叔父に謝意を述べた。
「ただし、あいつとの結婚を許したわけじゃないぞ」
「え」
思わず顔を上げた黎華に、健之助は視線を合わせず断言する。
「お前を嫁にやるなら、医学生だの書生だのという中途半端な身分じゃ駄目だ。それなりの男でないと、俺は認めん」
「叔父上…」
「少なくとも、一人前の医者かお大尽でないと許さんからな」
幼い頃から育ててくれた叔父が、黎華の目には実の父のように見えた。
───季節は、もうすぐ本格的な春。
虚言とはいえ、結核患者を名乗った以上、黎華がこのまま家にとどまる事はできない。
女学校では、黎華の優秀な成績を考慮し、特別に卒業を認めてもらえたものの、卒業式には出席できなくなってしまった。
それもやむなしと黎華も健之助も納得している。
「美波島でオレの先輩が小さな学校を開いてるんだが教員が足りないらしいんだ。女学校を出たばかりの小娘でも、子供に読み書き算術を教えるには充分だろう」
叔父の紹介で、黎華は遠い南方の田舎へ移り住む事が決まった。
玄関先で中佐を見送った健之助は、車が遠ざかるや否や、途端に眉を吊り上げる。
苛立ちに青筋を立てながら、ドカドカと廊下を進み、居間に戻った。
「奴の座った座布団を洗え!茶碗は捨てろ!くそ、腹の立つ!」
あたふたと勢津子達使用人が走る中、黎華は呆然と立ち尽くす。
「……叔父上…」
「あぁ?」
「先程の事……」
「聞いた通りだ、縁談は流れたぞ」
「そうではなくて」
それはそれで嬉しいのだが、素直には喜べない。
「……私は、結核なのですか?」
ただの風邪だと思っていたのに。
確かに小さな咳は残っているが、もう熱も無いし、長引いたのは気持ちが落ち込んでいたからだと思っていたのに。
「ああ、これか。早蕨教授の紹介で天道学長が書いてくれた本物の診断書だ」
そこには間違いなく『病名・結核』と記されている。
「では、やはり…」
「ただな」
健之助は憮然としたまま、懐からもう一枚の書状を出した。
「この診断を訂正する文書も、一緒に届いてるんだ」
「え!?」
黎華は再度驚き、広げられた書面を見る。
そちらには、結核という診断は誤りであり、黎華の病は軽症の流感であると明記されていた。
もちろん、早蕨教授と天道学長の署名入りで。
「……叔父上、これは」
「天下の帝都医大学の先生でも、間違いはあるって事だろ。話す前に黒木中佐は帰っちまったがな」
そう言って、健之助は不敵な笑みを浮かべる。
しばし唖然としていた黎華にも、しだいに事の真相が掴めた。
誰が主犯かは知らないが、早蕨教授と学長までが示し合わせて、虚言芝居を打ったのだろう。
ただ黎華の幸せの為に。
「叔父上……」
「お前を不幸にしたら、あの世の兄たちに顔向けできねえからな」
「……ありがとうございます」
黎華は改めて正座し、畳に手をついて叔父に謝意を述べた。
「ただし、あいつとの結婚を許したわけじゃないぞ」
「え」
思わず顔を上げた黎華に、健之助は視線を合わせず断言する。
「お前を嫁にやるなら、医学生だの書生だのという中途半端な身分じゃ駄目だ。それなりの男でないと、俺は認めん」
「叔父上…」
「少なくとも、一人前の医者かお大尽でないと許さんからな」
幼い頃から育ててくれた叔父が、黎華の目には実の父のように見えた。
───季節は、もうすぐ本格的な春。
虚言とはいえ、結核患者を名乗った以上、黎華がこのまま家にとどまる事はできない。
女学校では、黎華の優秀な成績を考慮し、特別に卒業を認めてもらえたものの、卒業式には出席できなくなってしまった。
それもやむなしと黎華も健之助も納得している。
「美波島でオレの先輩が小さな学校を開いてるんだが教員が足りないらしいんだ。女学校を出たばかりの小娘でも、子供に読み書き算術を教えるには充分だろう」
叔父の紹介で、黎華は遠い南方の田舎へ移り住む事が決まった。
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