6 / 14
ヴァンパイア・ハンター ~第六夜~
しおりを挟む
重い空気の中、アンバーは口を開く。
「私が滞在を続けたら、村の皆に危害が及ぶことになる」
「危害?何でだ」
アンバーはアズライトと瞳を合わせず、言葉を続ける。
「…先刻のハルピュイアにとどめを刺せなかった。奴は必ず主の元に帰りつき、私がこの村にいる事を報告するだろう」
「主…?」
アズライトは怪訝に思った。単独生態のハルピュイアに、『主』だと?
「そうだ。ハルピュイアだけでなく、私が倒したワーウルフも奴の配下。……奴らの主は、私を狙っているのだ」
アンバーは憎悪の光が宿った瞳で、この場にいない何者かを睨みつけている。両の拳は間接が白く浮き出るほど握りしめられていた。
「─── もしかして、そいつが……お前の一族を…?」
アズライトの問いかけにアンバーは、一瞬ビクリと肩を震わせる。
そして、無言のままうなずいた。
不吉な予感がアズライトの脳裏をかすめる。
ハルピュイアもワーウルフも、基本的に単体行動で棲息する魔物だ。なぜなら群なさずとも充分に強く、人間にも魔物にも恐れられている種族だから。
それらが配下となり果てるほどの『主』とは何者なのか。
「…誰なんだ、そいつは」
アズライトの問いに、アンバーは一拍の間を置いて答える。
「─── ヴァンパイアだ」
ヴァンパイア─── 吸血鬼は、棲息数はきわめて少ないが、凶悪かつ狡猾、残忍な化物として世界中から恐れられている。
苦手な物は太陽光と十字架。夜行性で、飛行能力もあると言われ、人間の男の姿に似た容貌だが、鋭い牙を持ち、人の生き血を糧とする、魔物の最高峰。
「名はアッシュ・ディアモンド伯爵。年齢は定かではなく、私も一度しか会った事は無い。他にもゴーレム(石像人間)やエキドナ(蛇女)など無数の魔物を配下にしてるらしく、もし連中が来たら村はひとたまりもない。…私の一族のように…」
なかば他人事のように感情を含まない声でアンバーは言う。村を殲滅された時の暗い記憶がイヤでも脳裏に蘇っていた。
─── もう2度と、あんな惨劇を見たくない。
「…だから、ここを出る。私さえいなくなれば、奴等も立ち寄るまい。村の皆に迷惑をかけたくないんだ」
「…………」
アンバーの言い分はもっともである。万一ヴァンパイアに襲撃されたら、こんな辺境の小村など、一晩も持たないだろう。
しかしアズライトは一つの疑問に思考を占拠されていた。
ヴァンパイアがその気になれば、いかにアンバーが剣技の達人とはいえ、4年もの間、逃れられるとは思えない。
それに、ハルピュイアはワーウルフほど凶暴ではないが、残虐性を持つ魔物だ。なのに対峙した人間を殺さず、更には攻撃されたのに反撃せずに去るなど、不自然きわまりない。
─── 主とやらに、殺さぬよう命令されているのなら別だが。
「わかったら、もう止めるな。アズライト」
「……アンバー」
思い当たる結論を胸に、アズライトは再び問い掛ける。
「そのヴァンパイアは……お前を食用に狙ってるのか?」
「…………」
アンバーは答えない。それはすなわち、アズライトの推測を確信させた。
「違うんだな。じゃあ……、─── 『花嫁』にしようとしてんのか」
「!」
それまでずっと視線を逸らせていたアンバーは、パッと顔を上げた。
自身の性別を教えた覚えは無い。初対面の夜、アズライトはアンバーを少年と思い込んでいたはずなのに、一体いつ気付いたのか。
凝視するアンバーを、アズライトは複雑な表情で見つめ返す。
「……オレは医者だぞ。気がついて当たり前だろ」
それは嘘ではないものの、当初はアンバーの中性的な容姿や態度に見誤らされていたのが事実。
しかし医学的見地と直感で漠然と疑いを持っており、確信したのはロドンの葬儀の後、墓地で転びかけた彼女を抱きとめた時である。
だがアンバーは別に彼を騙していたわけではない。あえて性別を告げる必然性も無いから、黙っていただけだ。
アズライトも自分が一方的に間違えたのだし、患者の性別がどうあれ治療には関係無いから、文句を言う筋合いでは無い。
だが改めて認識した今、二人の間を今までとは違う不自然な沈黙が流れていた。
「─── ヴァンパイアの事だけど」
気まずさを無視して、アズライトは強引に本題へ戻る。
「お前を、花嫁にしようと狙っているんだな?」
「……そうだ」
肯定された瞬間、アズライトの胸を冷たい炎が焼いた。
ヴァンパイアが人間を花嫁にする事自体は言い伝えや史実等でも語られているし、種族は違えど男と女だから不思議は無い。
しかし『花嫁』と言えば聞こえは良いが、要は気に入った娘を攫い、監禁し、吸血して自我を消し、犯して子を生ませ、やがてヴァンパイアが飽きるか娘が年老いるかしたら捨てる───すなわち殺害・廃棄という意味だ。
目をつけられた娘に逃れる術は無いと言われている。
「私が滞在を続けたら、村の皆に危害が及ぶことになる」
「危害?何でだ」
アンバーはアズライトと瞳を合わせず、言葉を続ける。
「…先刻のハルピュイアにとどめを刺せなかった。奴は必ず主の元に帰りつき、私がこの村にいる事を報告するだろう」
「主…?」
アズライトは怪訝に思った。単独生態のハルピュイアに、『主』だと?
「そうだ。ハルピュイアだけでなく、私が倒したワーウルフも奴の配下。……奴らの主は、私を狙っているのだ」
アンバーは憎悪の光が宿った瞳で、この場にいない何者かを睨みつけている。両の拳は間接が白く浮き出るほど握りしめられていた。
「─── もしかして、そいつが……お前の一族を…?」
アズライトの問いかけにアンバーは、一瞬ビクリと肩を震わせる。
そして、無言のままうなずいた。
不吉な予感がアズライトの脳裏をかすめる。
ハルピュイアもワーウルフも、基本的に単体行動で棲息する魔物だ。なぜなら群なさずとも充分に強く、人間にも魔物にも恐れられている種族だから。
それらが配下となり果てるほどの『主』とは何者なのか。
「…誰なんだ、そいつは」
アズライトの問いに、アンバーは一拍の間を置いて答える。
「─── ヴァンパイアだ」
ヴァンパイア─── 吸血鬼は、棲息数はきわめて少ないが、凶悪かつ狡猾、残忍な化物として世界中から恐れられている。
苦手な物は太陽光と十字架。夜行性で、飛行能力もあると言われ、人間の男の姿に似た容貌だが、鋭い牙を持ち、人の生き血を糧とする、魔物の最高峰。
「名はアッシュ・ディアモンド伯爵。年齢は定かではなく、私も一度しか会った事は無い。他にもゴーレム(石像人間)やエキドナ(蛇女)など無数の魔物を配下にしてるらしく、もし連中が来たら村はひとたまりもない。…私の一族のように…」
なかば他人事のように感情を含まない声でアンバーは言う。村を殲滅された時の暗い記憶がイヤでも脳裏に蘇っていた。
─── もう2度と、あんな惨劇を見たくない。
「…だから、ここを出る。私さえいなくなれば、奴等も立ち寄るまい。村の皆に迷惑をかけたくないんだ」
「…………」
アンバーの言い分はもっともである。万一ヴァンパイアに襲撃されたら、こんな辺境の小村など、一晩も持たないだろう。
しかしアズライトは一つの疑問に思考を占拠されていた。
ヴァンパイアがその気になれば、いかにアンバーが剣技の達人とはいえ、4年もの間、逃れられるとは思えない。
それに、ハルピュイアはワーウルフほど凶暴ではないが、残虐性を持つ魔物だ。なのに対峙した人間を殺さず、更には攻撃されたのに反撃せずに去るなど、不自然きわまりない。
─── 主とやらに、殺さぬよう命令されているのなら別だが。
「わかったら、もう止めるな。アズライト」
「……アンバー」
思い当たる結論を胸に、アズライトは再び問い掛ける。
「そのヴァンパイアは……お前を食用に狙ってるのか?」
「…………」
アンバーは答えない。それはすなわち、アズライトの推測を確信させた。
「違うんだな。じゃあ……、─── 『花嫁』にしようとしてんのか」
「!」
それまでずっと視線を逸らせていたアンバーは、パッと顔を上げた。
自身の性別を教えた覚えは無い。初対面の夜、アズライトはアンバーを少年と思い込んでいたはずなのに、一体いつ気付いたのか。
凝視するアンバーを、アズライトは複雑な表情で見つめ返す。
「……オレは医者だぞ。気がついて当たり前だろ」
それは嘘ではないものの、当初はアンバーの中性的な容姿や態度に見誤らされていたのが事実。
しかし医学的見地と直感で漠然と疑いを持っており、確信したのはロドンの葬儀の後、墓地で転びかけた彼女を抱きとめた時である。
だがアンバーは別に彼を騙していたわけではない。あえて性別を告げる必然性も無いから、黙っていただけだ。
アズライトも自分が一方的に間違えたのだし、患者の性別がどうあれ治療には関係無いから、文句を言う筋合いでは無い。
だが改めて認識した今、二人の間を今までとは違う不自然な沈黙が流れていた。
「─── ヴァンパイアの事だけど」
気まずさを無視して、アズライトは強引に本題へ戻る。
「お前を、花嫁にしようと狙っているんだな?」
「……そうだ」
肯定された瞬間、アズライトの胸を冷たい炎が焼いた。
ヴァンパイアが人間を花嫁にする事自体は言い伝えや史実等でも語られているし、種族は違えど男と女だから不思議は無い。
しかし『花嫁』と言えば聞こえは良いが、要は気に入った娘を攫い、監禁し、吸血して自我を消し、犯して子を生ませ、やがてヴァンパイアが飽きるか娘が年老いるかしたら捨てる───すなわち殺害・廃棄という意味だ。
目をつけられた娘に逃れる術は無いと言われている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる