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ヴァンパイア・ハンター ~第五夜~
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日が経つにつれ、アンバーの怪我も治ってゆく。
経過は良好で、もう日常生活には何の問題も無い。
少し前から、アンバーは診療所の雑事を手伝い始めていた。診察室の掃除、包帯やタオルの洗濯、庭木への水撒き、等々を。
アズライトはそんな事しなくて良いと言ったが、アンバーはタダで厄介になるのは嫌だし、リハビリも兼ねているからと押しきっている。
初めの内こそ当惑していたアズライトだが、やがてアンバーの好意をありがたく受ける事にした。
その日の午後、アンバーは洗濯物を取り込みに庭へ出た。
時間的にはまだ早いが、天気が崩れ始めている。
朝方は晴れていたというのに、午後から暗雲が立ち込めてきて、今にも雨が落ちそうだ。
シーツを干している竿は位置が高いので、干す時にはアズライトが掛けてくれたが、今は診察中でもあるし、彼に頼むわけにはゆかない。
左腕を高く上げるとまだ少し傷が痛んだが、それでも何とか手が届き、生乾きのシーツを引っ張る。
「─── !?」
瞬間、頭上を大きな影がよぎり、アンバーはハッとして顔を上げた。
「お前は……!」
そこにいたのは一匹のハルピュイア。人間の女の首と胸、そして鳥の身体を持つ半人半鳥の魔物。
ハスキーな声がアンバーに降り注ぐ。
「見つけたわ───こんな所に隠れていたのね」
「逃げ隠れした覚えは無い!」
アンバーは気丈にハルピュイアに言い返す。
「同じことよ。でも、わかってるでしょ? どこへ行こうと逃げられない。無駄なあがきは今回で最後にして欲しいわね」
ハルピュイアは不敵に微笑し、翼をはためかす。
ほぼ同時にアンバーは、素早く右手を振った。
ほんの一瞬、鋭い影が空を裂く。
「────── !!」
豊かな胸を刺し貫かれ、ハルピュイアは叫びを上げた。
彼女を襲ったのは小さな剣状の鎖刃。それはアンバーの隠し武器の一つで、右手袖から伸びている。
しかし致命傷には至らなかったらしく、ハルピュイアはふらつきながらも飛び去ってゆく。
はばたきと共に、傷ついた胸から鮮血が吹き出した。
「!」
ハルピュイアの血は猛毒なのだ、まともに浴びたら命は無い。アンバーは咄嗟にシーツをかぶり、危うく血を避ける。
「─── アンバーっ!?」
遠ざかる羽音と前後して、アズライトの呼び声が聞こえた。
アンバーはシーツをはずし、駆け寄って来たアズライトの姿を認識する。
ハルピュイアは既に彼方の空へ飛び去っていた。
「大丈夫かっ!? 血は浴びなかったただろうな!?」
「……ああ、私に怪我は無い」
アンバーの無事を確認し、アズライトに安堵の表情が広がる。
「だが、すまない。シーツを一枚、ダメにしてしまった」
アンバーの代わりに血を浴びたシーツには、赤黒い染みが広がっている。もはや、洗っても使い物にならないだろう。
「何言ってんだよ。お前が無事ならいいんだ。…にしても、いくら曇天だからって、真昼間から魔物が出るなんて」
「…………」
「物騒になったもんだ。ま、何事も無かったから良しとするか」
「…………」
ふと見ると、アンバーは厳しい表情のまま黙り込んでいる。
アズライトはそれを魔物に遭遇した驚きと恐怖ゆえかと考えた。
「ああ、まったく無事ってわけでもないか。お前、今夜はシーツ無しで寝る羽目になっちまったな」
アンバーを元気づけようと、アズライトはつとめて明るく悪戯っぽい口調で笑いかける。
しかし、アンバーは真顔で返した。
「……それは無い。私は、今すぐここを出る」
「─── 何だって!?」
「おい、一体どうしたんだ?」
病室へ戻り、荷物をまとめるアンバーをアズライトは引き止める。
しかしアンバーは黙り込んだままで、その顔は初対面の頃と同じ、厳しく隙の無い表情。
ここしばらくの穏やかな顔つきとは別人のようだ。
「アンバー!傷はまだ完治してないんだぞ、旅の許可なんか出すわけにはゆかない!! ─── 医者の言いつけ聞けないのか!?」
「もう動ける。心配無用だ」
アンバーはマントをまとい、荷物を肩に担ぐとアズライトに向き直り、別れを告げる。
「世話になったが、これで失礼する。元気でな」
「アンバーっ!!」
強い意志を秘めた瞳と口調に、アズライトは口先で説得しても無駄だと悟った。だが、それで諦める彼ではなく、実力行使を決意して、病室の出入り口に立ちふさがった。
「事情くらい説明しろ!恩を着せるつもりはないが、いくら何でも勝手すぎないか!? オレは医者として、完治もまだの怪我人をハイそうですかと見送るわけには行かない!!ここは絶対に通さないぞ!」
「─── ………」
アズライトの言葉は激昂してはいたが、正論と言えよう。
アンバーは逡巡した。
彼は一応、命の恩人である。強行突破するのは礼儀に反するし、性格も、ここ数日でよくわかっているから、正直に話した方が納得してくれるかも知れない。
そう判断し、アンバーは一旦荷物を下ろすとベッドに腰掛けた。
「……わかった、説明しよう」
扉に張り付いて通せんぼをしていたアズライトは、両腕を下げて、だけどその場に立ったまま、アンバーを見つめていた。
経過は良好で、もう日常生活には何の問題も無い。
少し前から、アンバーは診療所の雑事を手伝い始めていた。診察室の掃除、包帯やタオルの洗濯、庭木への水撒き、等々を。
アズライトはそんな事しなくて良いと言ったが、アンバーはタダで厄介になるのは嫌だし、リハビリも兼ねているからと押しきっている。
初めの内こそ当惑していたアズライトだが、やがてアンバーの好意をありがたく受ける事にした。
その日の午後、アンバーは洗濯物を取り込みに庭へ出た。
時間的にはまだ早いが、天気が崩れ始めている。
朝方は晴れていたというのに、午後から暗雲が立ち込めてきて、今にも雨が落ちそうだ。
シーツを干している竿は位置が高いので、干す時にはアズライトが掛けてくれたが、今は診察中でもあるし、彼に頼むわけにはゆかない。
左腕を高く上げるとまだ少し傷が痛んだが、それでも何とか手が届き、生乾きのシーツを引っ張る。
「─── !?」
瞬間、頭上を大きな影がよぎり、アンバーはハッとして顔を上げた。
「お前は……!」
そこにいたのは一匹のハルピュイア。人間の女の首と胸、そして鳥の身体を持つ半人半鳥の魔物。
ハスキーな声がアンバーに降り注ぐ。
「見つけたわ───こんな所に隠れていたのね」
「逃げ隠れした覚えは無い!」
アンバーは気丈にハルピュイアに言い返す。
「同じことよ。でも、わかってるでしょ? どこへ行こうと逃げられない。無駄なあがきは今回で最後にして欲しいわね」
ハルピュイアは不敵に微笑し、翼をはためかす。
ほぼ同時にアンバーは、素早く右手を振った。
ほんの一瞬、鋭い影が空を裂く。
「────── !!」
豊かな胸を刺し貫かれ、ハルピュイアは叫びを上げた。
彼女を襲ったのは小さな剣状の鎖刃。それはアンバーの隠し武器の一つで、右手袖から伸びている。
しかし致命傷には至らなかったらしく、ハルピュイアはふらつきながらも飛び去ってゆく。
はばたきと共に、傷ついた胸から鮮血が吹き出した。
「!」
ハルピュイアの血は猛毒なのだ、まともに浴びたら命は無い。アンバーは咄嗟にシーツをかぶり、危うく血を避ける。
「─── アンバーっ!?」
遠ざかる羽音と前後して、アズライトの呼び声が聞こえた。
アンバーはシーツをはずし、駆け寄って来たアズライトの姿を認識する。
ハルピュイアは既に彼方の空へ飛び去っていた。
「大丈夫かっ!? 血は浴びなかったただろうな!?」
「……ああ、私に怪我は無い」
アンバーの無事を確認し、アズライトに安堵の表情が広がる。
「だが、すまない。シーツを一枚、ダメにしてしまった」
アンバーの代わりに血を浴びたシーツには、赤黒い染みが広がっている。もはや、洗っても使い物にならないだろう。
「何言ってんだよ。お前が無事ならいいんだ。…にしても、いくら曇天だからって、真昼間から魔物が出るなんて」
「…………」
「物騒になったもんだ。ま、何事も無かったから良しとするか」
「…………」
ふと見ると、アンバーは厳しい表情のまま黙り込んでいる。
アズライトはそれを魔物に遭遇した驚きと恐怖ゆえかと考えた。
「ああ、まったく無事ってわけでもないか。お前、今夜はシーツ無しで寝る羽目になっちまったな」
アンバーを元気づけようと、アズライトはつとめて明るく悪戯っぽい口調で笑いかける。
しかし、アンバーは真顔で返した。
「……それは無い。私は、今すぐここを出る」
「─── 何だって!?」
「おい、一体どうしたんだ?」
病室へ戻り、荷物をまとめるアンバーをアズライトは引き止める。
しかしアンバーは黙り込んだままで、その顔は初対面の頃と同じ、厳しく隙の無い表情。
ここしばらくの穏やかな顔つきとは別人のようだ。
「アンバー!傷はまだ完治してないんだぞ、旅の許可なんか出すわけにはゆかない!! ─── 医者の言いつけ聞けないのか!?」
「もう動ける。心配無用だ」
アンバーはマントをまとい、荷物を肩に担ぐとアズライトに向き直り、別れを告げる。
「世話になったが、これで失礼する。元気でな」
「アンバーっ!!」
強い意志を秘めた瞳と口調に、アズライトは口先で説得しても無駄だと悟った。だが、それで諦める彼ではなく、実力行使を決意して、病室の出入り口に立ちふさがった。
「事情くらい説明しろ!恩を着せるつもりはないが、いくら何でも勝手すぎないか!? オレは医者として、完治もまだの怪我人をハイそうですかと見送るわけには行かない!!ここは絶対に通さないぞ!」
「─── ………」
アズライトの言葉は激昂してはいたが、正論と言えよう。
アンバーは逡巡した。
彼は一応、命の恩人である。強行突破するのは礼儀に反するし、性格も、ここ数日でよくわかっているから、正直に話した方が納得してくれるかも知れない。
そう判断し、アンバーは一旦荷物を下ろすとベッドに腰掛けた。
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