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ヴァンパイア・ハンター ~第八夜~
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時刻は夕刻。
雨音がすべての物音を消し、葛藤に揺れていたアンバーは、注意が散漫に
なっていた。
水音が近くで聞こえ、ようやく我に返る。その気配は既に教会内部にまで
来ていた。
(───魔物!?)
アンバーは己の不覚を恥じ、壁際に身を寄せる。
水を含んだ足音は次第に近づき、もはやアンバーのいる階段まで、あと僅か。
意を決し、アンバーは剣を構える。
最初の一撃が効けば勝つ自信はある。
アンバーは息を殺し、一撃必殺の攻撃のタイミングを待つ。
─── ところが。
「アンバー?」
「!?」
不意に聞こえた声に、アンバーの緊張は驚愕へと変わった。
それは、ここにいるはずの無い男の声。
つい数時間前、別れた男の声。
「……アズライト!?」
信じられないまま、それでもアンバーは名を呼んだ。
「やっぱりここにいたんだな」
安堵したような声で現れたのは、夢でも幻でもなく正真正銘のアズライト。
アンバーは呆然と立ち尽くす。
(どうして……)
アズライトは階段を降りながら、固まったアンバーの姿に苦笑した。
「雨水もしたたるイイ男の登場に、そんなに感動したか?」
「……っ、何を言っている!」
現実を認識したアンバーは、混乱のあまり口調が険しくなる。
「なぜこんな所にいる。どうして私の居場所がわかった!?」
動揺しているアンバーとは対象的に、アズライトは穏やかな口調で答えた。
「ここはオレがガキの頃、しょっちゅう遊びに来た秘密の隠れ家だ。お前が
こっちの方に進んで行ったから、だいたいこの辺で雨宿りしてるだろうと
踏んだんだげと、ビンゴだったな」
村の周辺はアズライトのホームグラウンドである。向かった方角がわかれば
山に入った者の居場所を特定できても不思議は無い。
アンバーは溜息をつき、剣を下ろした。
「…………。…何をしに来た」
なかば呆れたような声で問いかける。
しかし返って来た返答は思いがけないものだった。
「オレも旅に出たんだよ」
「─── !?」
アンバーは正面に立っているアズライトを驚きの表情で見る。
「旅…?」
「貧しい子供を無償で治療するのが夢だって言っただろ。前からゼパル村
以外の土地も回りたいと思ってたんだ。後任の医者もクロサイト神父が
決めて来てくれたしな」
アンバーは言葉を失う。もっともらしく『夢』を持ち出してはいるが、
彼がアンバーを追いかけて来た事は明白である。
でなければ危険の多い夜に旅立ちなど、常識のある人間なら絶対にしない。
何よりアズライトは、アンバーがこの廃墟にいる事を推察して来たのだ。
「…………」
アンバーの困惑を読み取ってか、アズライトは問答を切り上げる。
「とにかく、雨が止むまで休憩しようぜ」
そう言うや、胡座をかいて座ってしまった。
幅の狭い階段の端と端に座った二人の間に、沈黙の時間が流れてゆく。
聞こえていた雨音も、夜更けと共に小止みになってきた。
瓦礫を濡らした雨粒が、楽器のように一定のリズムで落ちる。
「アンバー」
突如として呼びかけられ、アンバーの心臓が跳ねた。
「お前、これからどこへ向かうんだ?」
アズライトの視線を感じ、アンバーはあえて彼の方を向かずにいる。
なぜかわからないが、目を合わせてはいけない気がするから。
「…特にどこという目的は無い」
どこへ行こうが魔物たちは追って来るだろうし、何より自分も一族の仇を
討ちたいから、逃走など考えていない。
ただ、なるべくなら人里から離れていたかった。その方が周囲に迷惑を
かけずに済むから。
「じゃあ南の方へ行かねえか?今ならベストシーズンだし、海もあるし、
食い物も美味いしな」
アズライトの言い方はまるで、物見遊山か何かのようだ。
アンバーは少し呆れて、抗議するべく口を開く。
「ふざけるな、私は……」
「それに南は太陽の力が強いから、魔物が少ないって話だぞ」
文句を遮った言葉にハッとして、アンバーは思わずアズライトを見た。
途端に、視線がぶつかる。
「アンバー、オレと一緒に遠くへ行こう」
絡んだ視線が、結びついたように離せない。
「オレが、少しでも安全なところへ連れて行ってやるよ」
アズライトの声を幻聴のように聞いていたアンバーは、ようやく我に
返った。
「……何を…バカな…」
内心の動揺を悟られまいと精一杯虚勢を張っても、その声はかすかに
震えている。
「安易な同情は迷惑だ。魔物の脅威は承知だろうが、ヴァンパイアとは
比較にならないぞ」
「そうだろうな。けど、同情や正義感だけで来たわけじゃないぜ」
言いきるアズライトの言葉の意味をアンバーは理解できない。
いや、わざと理解しなかったのかも知れない。
「聞いてくれ、アンバー」
アズライトの声が自分を呼ぶ。それだけで全身が震える気がした。
感情を変換する言葉が見つからず、アンバーは困惑する。こんな時、
どうすれば良いか教えてくれる人はいなかったから。
「オレは─── …」
その時、近くで聞こえた水音がアズライトの声を遮った。
「!?」
アンバーはハッとして上段を見る。
雨は既に止んでおり、リズミカルに落ちていた水滴には注意を払って
いなかったが、それらとまるで違う音質は、まぎれもなく知的生物の
足音。
危険信号を察したアンバーの反応に、アズライトも臨戦体勢を取る。
足音は内部の瓦礫を一つ一つ回り、やがて階段へと近づいて来た。
そして、黒い生き物が顔を覗かせる。
「ゴーレム!?」
ゴーレムとは上級の魔物が土と水を混ぜて造るという生体人形。
形は人間に近いが皮膚も体毛も意志すら無く、創造主の命令だけを
忠実に聞く、ある意味 厄介な魔物だった。
先制攻撃とばかりに、アンバーはゴーレムに向かって剣を突き出す。
それは抵抗も無く、ゴーレムの胸を貫通した。
しかしそこから噴き出したのは鮮血ではなく、大量の泥。
「!」
痛みも恐怖も感じないゴーレムは、人間であれば致命的な傷を受け
ながらも踵を返す。
主たるヴァンパイアにアンバーの居場所を報告しに行くのだろう。
アンバーはゴーレムにとどめを刺すべく階段を駆け上がる。
「待てアンバー、オレも───」
それを追って飛び出したアズライトだったが、次の瞬間 硬直する。
今の今まで疾風の如く剣を振るっていたアンバーが凍り付いたように
立ち尽くしていた。
アンバーの前には、無明の闇が広がっている。
そこには黒ずくめの───、一見して貴族とわかる特異な雰囲気を
漂わせた男が立っていた。
まぎれもなく、彼こそがヴァンパイアであろう。
「………ディアモンド…伯…爵……!!」
「久しぶりだな、ラピリズの娘─── 」
雨上がりの森で、激しい視線が火花を散らせた。
雨音がすべての物音を消し、葛藤に揺れていたアンバーは、注意が散漫に
なっていた。
水音が近くで聞こえ、ようやく我に返る。その気配は既に教会内部にまで
来ていた。
(───魔物!?)
アンバーは己の不覚を恥じ、壁際に身を寄せる。
水を含んだ足音は次第に近づき、もはやアンバーのいる階段まで、あと僅か。
意を決し、アンバーは剣を構える。
最初の一撃が効けば勝つ自信はある。
アンバーは息を殺し、一撃必殺の攻撃のタイミングを待つ。
─── ところが。
「アンバー?」
「!?」
不意に聞こえた声に、アンバーの緊張は驚愕へと変わった。
それは、ここにいるはずの無い男の声。
つい数時間前、別れた男の声。
「……アズライト!?」
信じられないまま、それでもアンバーは名を呼んだ。
「やっぱりここにいたんだな」
安堵したような声で現れたのは、夢でも幻でもなく正真正銘のアズライト。
アンバーは呆然と立ち尽くす。
(どうして……)
アズライトは階段を降りながら、固まったアンバーの姿に苦笑した。
「雨水もしたたるイイ男の登場に、そんなに感動したか?」
「……っ、何を言っている!」
現実を認識したアンバーは、混乱のあまり口調が険しくなる。
「なぜこんな所にいる。どうして私の居場所がわかった!?」
動揺しているアンバーとは対象的に、アズライトは穏やかな口調で答えた。
「ここはオレがガキの頃、しょっちゅう遊びに来た秘密の隠れ家だ。お前が
こっちの方に進んで行ったから、だいたいこの辺で雨宿りしてるだろうと
踏んだんだげと、ビンゴだったな」
村の周辺はアズライトのホームグラウンドである。向かった方角がわかれば
山に入った者の居場所を特定できても不思議は無い。
アンバーは溜息をつき、剣を下ろした。
「…………。…何をしに来た」
なかば呆れたような声で問いかける。
しかし返って来た返答は思いがけないものだった。
「オレも旅に出たんだよ」
「─── !?」
アンバーは正面に立っているアズライトを驚きの表情で見る。
「旅…?」
「貧しい子供を無償で治療するのが夢だって言っただろ。前からゼパル村
以外の土地も回りたいと思ってたんだ。後任の医者もクロサイト神父が
決めて来てくれたしな」
アンバーは言葉を失う。もっともらしく『夢』を持ち出してはいるが、
彼がアンバーを追いかけて来た事は明白である。
でなければ危険の多い夜に旅立ちなど、常識のある人間なら絶対にしない。
何よりアズライトは、アンバーがこの廃墟にいる事を推察して来たのだ。
「…………」
アンバーの困惑を読み取ってか、アズライトは問答を切り上げる。
「とにかく、雨が止むまで休憩しようぜ」
そう言うや、胡座をかいて座ってしまった。
幅の狭い階段の端と端に座った二人の間に、沈黙の時間が流れてゆく。
聞こえていた雨音も、夜更けと共に小止みになってきた。
瓦礫を濡らした雨粒が、楽器のように一定のリズムで落ちる。
「アンバー」
突如として呼びかけられ、アンバーの心臓が跳ねた。
「お前、これからどこへ向かうんだ?」
アズライトの視線を感じ、アンバーはあえて彼の方を向かずにいる。
なぜかわからないが、目を合わせてはいけない気がするから。
「…特にどこという目的は無い」
どこへ行こうが魔物たちは追って来るだろうし、何より自分も一族の仇を
討ちたいから、逃走など考えていない。
ただ、なるべくなら人里から離れていたかった。その方が周囲に迷惑を
かけずに済むから。
「じゃあ南の方へ行かねえか?今ならベストシーズンだし、海もあるし、
食い物も美味いしな」
アズライトの言い方はまるで、物見遊山か何かのようだ。
アンバーは少し呆れて、抗議するべく口を開く。
「ふざけるな、私は……」
「それに南は太陽の力が強いから、魔物が少ないって話だぞ」
文句を遮った言葉にハッとして、アンバーは思わずアズライトを見た。
途端に、視線がぶつかる。
「アンバー、オレと一緒に遠くへ行こう」
絡んだ視線が、結びついたように離せない。
「オレが、少しでも安全なところへ連れて行ってやるよ」
アズライトの声を幻聴のように聞いていたアンバーは、ようやく我に
返った。
「……何を…バカな…」
内心の動揺を悟られまいと精一杯虚勢を張っても、その声はかすかに
震えている。
「安易な同情は迷惑だ。魔物の脅威は承知だろうが、ヴァンパイアとは
比較にならないぞ」
「そうだろうな。けど、同情や正義感だけで来たわけじゃないぜ」
言いきるアズライトの言葉の意味をアンバーは理解できない。
いや、わざと理解しなかったのかも知れない。
「聞いてくれ、アンバー」
アズライトの声が自分を呼ぶ。それだけで全身が震える気がした。
感情を変換する言葉が見つからず、アンバーは困惑する。こんな時、
どうすれば良いか教えてくれる人はいなかったから。
「オレは─── …」
その時、近くで聞こえた水音がアズライトの声を遮った。
「!?」
アンバーはハッとして上段を見る。
雨は既に止んでおり、リズミカルに落ちていた水滴には注意を払って
いなかったが、それらとまるで違う音質は、まぎれもなく知的生物の
足音。
危険信号を察したアンバーの反応に、アズライトも臨戦体勢を取る。
足音は内部の瓦礫を一つ一つ回り、やがて階段へと近づいて来た。
そして、黒い生き物が顔を覗かせる。
「ゴーレム!?」
ゴーレムとは上級の魔物が土と水を混ぜて造るという生体人形。
形は人間に近いが皮膚も体毛も意志すら無く、創造主の命令だけを
忠実に聞く、ある意味 厄介な魔物だった。
先制攻撃とばかりに、アンバーはゴーレムに向かって剣を突き出す。
それは抵抗も無く、ゴーレムの胸を貫通した。
しかしそこから噴き出したのは鮮血ではなく、大量の泥。
「!」
痛みも恐怖も感じないゴーレムは、人間であれば致命的な傷を受け
ながらも踵を返す。
主たるヴァンパイアにアンバーの居場所を報告しに行くのだろう。
アンバーはゴーレムにとどめを刺すべく階段を駆け上がる。
「待てアンバー、オレも───」
それを追って飛び出したアズライトだったが、次の瞬間 硬直する。
今の今まで疾風の如く剣を振るっていたアンバーが凍り付いたように
立ち尽くしていた。
アンバーの前には、無明の闇が広がっている。
そこには黒ずくめの───、一見して貴族とわかる特異な雰囲気を
漂わせた男が立っていた。
まぎれもなく、彼こそがヴァンパイアであろう。
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