ヴァンパイア・ハンター

高端麻羽

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ヴァンパイア・ハンター ~第十夜~

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夜の森の中に張り詰めた空気は、時の流れが停止しているかのようだった。
ヴァンパイアのディアモンド伯爵と対峙したアンバーは、咄嗟に剣を構える。
その瞳は、激しい憎悪に燃えていた。
対して伯爵は、いたって冷静な様子で、穏やかな───しかし冷たい微笑を浮かべている。
「─── まったく、手を焼かせてくれるものだ」
やがて嘆息するように彼は言った。
「お前の為に二人も死んだ。これ以上、私の配下を奪わないでもらいたいな」
『二人』とは、アンバーが倒したワーウルフと手傷を負わせたハルピュイアの事だろう。
だがそれを言うなら、彼らに虐殺されたラピリズ族はどうなる。
家族を、友人を、一族のすべてを奪ったくせに。
アンバーは全身を巡る怒りの炎を自覚しつつ心の中で詰問するが、いずれにせよ納得できる答えが返るはずは無いので口には出さなかった。
伯爵は彼女の胸中も知らぬげに、淡々と言葉を続ける。
「まだ婚礼の月には満たないが、今からお前を城へ連れてゆく事にするか」
「誰が貴様などと!!」
「ふざけんな!!」
伯爵の言葉に、アンバーとアズライトは同時に反論した。
その時、伯爵は初めてアズライトの存在に気付いたようで、アンバーの背後から睨みつける彼に瞳を向ける。
しかしチラリと一瞥したただけで、興味無さそうに視線をはずした。
不死に近い彼にとっては歴戦の戦士が複数いようと敵ではない。人間の男一人など、眼中にも入らないのだろう。
その態度はアズライトの自尊心を大いに傷つけ、怒りを煽った。
かつて、貧しいというだけの理由で人間の命を軽視した医者と同じに思えたから。
「アズライト!これは私の戦いだ、君は下がっていろ!」
伯爵を見据えたまま、アンバーは背後のアズライトに怒鳴った。
「そうはいくか!!」
叫びと共にアズライトはアンバーの前面に立ち、懐から閃く何かを取り出す。
それは銀製の細い十字架で、認識した瞬間、伯爵の瞳が鋭く細まる。
「父と子と聖霊の御名において、招かれざる客よ、闇に還れ!!」
アズライトは聖書の文句を唱えながら伯爵に向かって十字架を掲げた。
十字架は事情を知ったロード・クロサイト神父から借り受けた物で、更に教会育ちのアズライトは聖書の言葉を一言一句暗記している。
それらはヴァンパイアに対抗できる数少ない武器─── のはずだった。
ところが伯爵には、ひるんだ様子も畏れる様子も見られない。
「!?」
驚きの表情に変わるアズライトを嘲るように、伯爵は薄く笑う。
「信仰の無い文句や十字架など、痛くも痒くも無いな」
その言葉は雷電のようにアズライトを打ちのめした。
神への不信心は公言していたが、それが最大の武器を無効にするとは考えてもいなかったから。
そして衝撃を受けたのはアンバーも同様である。
ヴァンパイアの弱点が太陽光と十字架というのは有名な事実で、彼らは太陽の出ている間は決して外出しない。
十字架に関しては諸説あるが、苦手なのは確かと思われる。
ゆえにアンバーは愛刀を二刀一対にして十字型の構えを鍛錬したし、隠し武器である鎖刃も先端を十字型に象らせていた。
しかし彼女も信仰心が篤いとは言えず、自覚している以上、それらは単に刃という以外の意味を為さない。
実質的に剣技のみで闘うしかないのだ。
かといって逃げたり降参したりする気は欠片も無かったが。
「何をしてるアズライト、早く逃げろ!」
彼を巻き込む事だけはイヤで、アンバーは言った。
しかしアズライトが素直に従うはずも無く、彼は役に立たない十字架を捨て、今度は短剣を取り出した。
伯爵に警戒の色は相変わらず皆無だったが、逃げる気配の無いアズライトを見て、傍らのゴーレムに命じた。
「『あれ』を阻止しろ」
(バカにしやがって!)
何の先入観も無ければ、ヴァンパイアに対してここまでの敵意は起きなかったかも知れない。
だがアンバーとの遭遇は、アズライトにとって出会う前から伯爵を許せない存在にしていた。
アズライトはそのまま、無謀にも伯爵に向かって突進する。
しかし伯爵は影のように揺らめいたと思うと、空気も動かさずその場から消えた。
否、一瞬で移動したのだ。
斬りそこなったアズライトは、はずみでつんのめるが、すぐに体勢を直し、伯爵の方へ向き直る。
さすがというか、ヴァンパイアは早さも身のこなしも今まで遭遇した魔物の比ではない。
アンバーはアズライトの無茶な行動に焦りと苛立ちを覚えつつも、自分まで迂闊に突っ込むわけにはゆかず臨戦体勢のまま伯爵の隙を伺う。
いかに鍛えようと人間と魔物の差は越えられない。ならば最小の力で最大のダメージを与えなくてはならず、その為には敵が油断した時を狙うのが必定。
それはアンバーが魔物と戦って勝つ為に打ち出していた最善の戦略。
伯爵はアズライトの攻撃などまるで問題にしておらず、風を受け流すかのように剣先をかわす。
アズライトも多少は心得があるようだが、何しろ相手は最強の魔物。容易に倒せるはずは無く、そうそう隙も見せはしない。
なのにアズライトが怯えも逃げ出しもしない理由は、ただ一つ。
アンバーを守りたいからだ。
同情や正義感などではない。
もっとずっと深いところで、痛切に願っている。
───誰よりも、何よりも大切に思っているから。

アズライトは短剣を繰り出しながら、片手を上着の下へ滑らせた。
(!?)
取り出したのは小さなガラスの小瓶。続いて伯爵の顔面に、その中身───透明な液体がぶちまけられる。
「───ッ!?」
熱湯を浴びたような感覚に伯爵は顔を押さえた。
「少しは効くだろ?なにしろ、この聖水は信仰深い本物の神父にもらった物だからな!」
間を置かず、アズライトは短剣をふりかぶる。
「アンバーはオレのもんだ!キサマなんかに渡さねえ!!」
(…アズライト!?)
その叫びは、一瞬アンバーに現実を忘れさせた。
しかし。
アズライトの短剣は、伯爵に触れる直前、弾き飛ばされた。
顔に聖水を浴びた伯爵の眉は不快に顰められている。それは侮っていた人間に不覚を取った為か、それとも先刻のアズライトの台詞が原因なのか。
それでも大抵の魔物は聖水に触れたら酷い熱傷を負うのに、わずかに赤い痕だけなのは、さすがにヴァンパイアと言うべきか。
伯爵は乱れた髪を不愉快そうに直すと、手を一旋した。
「─── うわっ!?」
ただそれだけで、アズライトの体は数メートル後方へ吹き飛ばされてしまった。
「アズライトッ!!」
背面から大地に叩きつけられた彼は、息はあるものの立てずにいる。
それを目にしたアンバーは、ほとんど反射的に伯爵に向かって斬りかかっていた。
本当は、姿を見た時から激しい殺意の衝動に襲われていたのを必死で堪えていたのだ。
同胞を殺された恨みを、愛する家族を奪われた憎しみを、そしてアズライトを傷つけられた怒りを、もはや抑えられない。
戦鬼の形相で向かって来るアンバーを、伯爵はどこか嬉しそうに待ち受けていた。
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