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フィメールの日
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全身にまとわりつくような不快な倦怠感に抗いながら瞼を開ける。
睡眠は充分摂ったはずなのに、爽やかな目覚めとは程遠い。
下腹部を締め付ける痛みは多少おさまっているが、膝まで痺れるように重く気怠い。
少し姿勢を変えるだけでも体が軋み、仕事どころか日常生活もままならず、横になっているのがやっと。
「……ウンザリだ」
呟きながら溜息をつくのも毎回の事である。
「よう、起きたのか」
彼の明るい声は、唯一の救いだった。
音を立てぬように気遣いながらドアを開けて入室した男は、エプロン姿に何の違和感も無い。
「スープ作ってあるぜ。それともハニーミルクの方がいいか?」
「いらない」
彼の心遣いは嬉しいが、この体調のせいで食欲も減退している。
そんな私に彼は、心配そうな口調で続けた。
「絶食はダメだ。少しでいいから何か腹に入れろ」
「でも、欲しくないもの」
「すきっ腹だと薬も飲めないぞ」
「………」
正論には勝てず、諦め気分で重苦しい体を起こした。
彼は足早に駆け寄り、背中を支えて介助する。
「まるで病人扱いね…」
「そりゃ仕方ねえだろ」
「ウンザリだわ」
もはや何度目か知れない言葉を呟き、座った体勢を整える。
途端に血液の下がる感覚が気持ち悪い。
こんなものを背負った女の身が呪わしかった。
憂鬱で、不快で、煩わしくて。
体の苦しさにも増して、心が重くて堪らない。
「待ってな。今スープ持って来るから」
「ごめんね、面倒をかけて」
「いいってことよ」
彼は内心、弱っている恋人の世話を焼く事を嬉しく思っていた。
もちろん本人には口が裂けても言えないが。
「お待たせ。特製スープだ、残さず食えよ」
湯気の立ち上る温かいスープは、コンソメベースにベーコンとホウレン草入り。
食材の知識にも詳しい彼が、鉄分補給を考えて作ってくれたのだろう。
「……ありがとう」
一口いただくと、胸の奥まで温かさが広がってゆき、素直に感謝と感想を述べる。
「ご希望なら毎日でも愛妻ならぬ愛夫料理を作ってやるぜ」
尽くす気満々で楽しそうに返す彼に笑顔がこぼれる。
「この体調はイヤだけど、貴方の料理をいただけるのは嬉しいわ。――― 今までずっと、こんなもの無ければ良い、男に生まれて来たかったと思っていたけど」
独り言のようなものだったが、彼は反論した。
「それは困るぞ」
「どうして?」
思わずといった感じで言った彼に追及する。
この苦労をわからぬ者に、無責任な発言をされるのは心外だ。
彼は失言を悟ったのだろう。困ったように目を泳がせ、もぐもぐと言葉を探している。
「あー……いや、それはなぁ………うー、……いや、やっぱ困らねえ。オレはお前が男でもいいや」
ふと悟って目が丸くなる。
――― 何だ、そんな意味だったの。
そう気づき、表情を緩めて微笑を浮かべる。
「…そうね。無ければ無いで、正常な発達を遂げていないと悩んだかも知れないし。健康な証だと思う事にするわ」
「やっぱ、無きゃ困るよな。いや、現時点で無いと言われても別にいいんだけどさ」
態度が軟化するや、彼は更に口を滑らせた。
一人で照れたり鼻の下を伸ばしたりしている彼の脳内で展開されている情景が目に見える気がして、鋭く睨む。
「人の苦労を妄想のネタにしないで」
「……すんません」
それでも初日の激痛で、息も絶え絶えな所に電話して来た彼に異常を察知され、実はと告げたら速攻で飛んで来てくれた事に感謝している。
悩みの種でしか無かった現象も、少しだけ存在を見直した。
彼の為に『あってよかった』と思いたい。
そしていつか、『無い』と伝えて喜ばれたなら。
「お前こそ、何を妄想してんだよ」
「!」
淡く紅潮した頬と、緩んでしまった表情を指摘され、赤面する。
まさか彼と同じ事を妄想していたとは言えない。
「スープが熱かっただけよ!」
つい出してしまった大声が響き、腹を抱え込む。
「おい大丈夫か?」
「~~~………」
「こんな日くらい、おとなしくしてろってこったな」
すっかり読めてしまった彼は、含み笑いを浮かべていた。
悔しいけれど、今日は勝てない。
女は本当に不自由だ。
楽しそうな彼が憎らしい。
男は、この苦痛も不便さも一生知る事が無いのだから。
(――― 終わったら、憶えていろ)
私は下腹の痛みに顔を顰めつつ、スープを飲み干した。
END
睡眠は充分摂ったはずなのに、爽やかな目覚めとは程遠い。
下腹部を締め付ける痛みは多少おさまっているが、膝まで痺れるように重く気怠い。
少し姿勢を変えるだけでも体が軋み、仕事どころか日常生活もままならず、横になっているのがやっと。
「……ウンザリだ」
呟きながら溜息をつくのも毎回の事である。
「よう、起きたのか」
彼の明るい声は、唯一の救いだった。
音を立てぬように気遣いながらドアを開けて入室した男は、エプロン姿に何の違和感も無い。
「スープ作ってあるぜ。それともハニーミルクの方がいいか?」
「いらない」
彼の心遣いは嬉しいが、この体調のせいで食欲も減退している。
そんな私に彼は、心配そうな口調で続けた。
「絶食はダメだ。少しでいいから何か腹に入れろ」
「でも、欲しくないもの」
「すきっ腹だと薬も飲めないぞ」
「………」
正論には勝てず、諦め気分で重苦しい体を起こした。
彼は足早に駆け寄り、背中を支えて介助する。
「まるで病人扱いね…」
「そりゃ仕方ねえだろ」
「ウンザリだわ」
もはや何度目か知れない言葉を呟き、座った体勢を整える。
途端に血液の下がる感覚が気持ち悪い。
こんなものを背負った女の身が呪わしかった。
憂鬱で、不快で、煩わしくて。
体の苦しさにも増して、心が重くて堪らない。
「待ってな。今スープ持って来るから」
「ごめんね、面倒をかけて」
「いいってことよ」
彼は内心、弱っている恋人の世話を焼く事を嬉しく思っていた。
もちろん本人には口が裂けても言えないが。
「お待たせ。特製スープだ、残さず食えよ」
湯気の立ち上る温かいスープは、コンソメベースにベーコンとホウレン草入り。
食材の知識にも詳しい彼が、鉄分補給を考えて作ってくれたのだろう。
「……ありがとう」
一口いただくと、胸の奥まで温かさが広がってゆき、素直に感謝と感想を述べる。
「ご希望なら毎日でも愛妻ならぬ愛夫料理を作ってやるぜ」
尽くす気満々で楽しそうに返す彼に笑顔がこぼれる。
「この体調はイヤだけど、貴方の料理をいただけるのは嬉しいわ。――― 今までずっと、こんなもの無ければ良い、男に生まれて来たかったと思っていたけど」
独り言のようなものだったが、彼は反論した。
「それは困るぞ」
「どうして?」
思わずといった感じで言った彼に追及する。
この苦労をわからぬ者に、無責任な発言をされるのは心外だ。
彼は失言を悟ったのだろう。困ったように目を泳がせ、もぐもぐと言葉を探している。
「あー……いや、それはなぁ………うー、……いや、やっぱ困らねえ。オレはお前が男でもいいや」
ふと悟って目が丸くなる。
――― 何だ、そんな意味だったの。
そう気づき、表情を緩めて微笑を浮かべる。
「…そうね。無ければ無いで、正常な発達を遂げていないと悩んだかも知れないし。健康な証だと思う事にするわ」
「やっぱ、無きゃ困るよな。いや、現時点で無いと言われても別にいいんだけどさ」
態度が軟化するや、彼は更に口を滑らせた。
一人で照れたり鼻の下を伸ばしたりしている彼の脳内で展開されている情景が目に見える気がして、鋭く睨む。
「人の苦労を妄想のネタにしないで」
「……すんません」
それでも初日の激痛で、息も絶え絶えな所に電話して来た彼に異常を察知され、実はと告げたら速攻で飛んで来てくれた事に感謝している。
悩みの種でしか無かった現象も、少しだけ存在を見直した。
彼の為に『あってよかった』と思いたい。
そしていつか、『無い』と伝えて喜ばれたなら。
「お前こそ、何を妄想してんだよ」
「!」
淡く紅潮した頬と、緩んでしまった表情を指摘され、赤面する。
まさか彼と同じ事を妄想していたとは言えない。
「スープが熱かっただけよ!」
つい出してしまった大声が響き、腹を抱え込む。
「おい大丈夫か?」
「~~~………」
「こんな日くらい、おとなしくしてろってこったな」
すっかり読めてしまった彼は、含み笑いを浮かべていた。
悔しいけれど、今日は勝てない。
女は本当に不自由だ。
楽しそうな彼が憎らしい。
男は、この苦痛も不便さも一生知る事が無いのだから。
(――― 終わったら、憶えていろ)
私は下腹の痛みに顔を顰めつつ、スープを飲み干した。
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