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虫軍隊
逃亡
しおりを挟むさすがのエリュシオンも、一瞬だけぎょっとした顔をした。
慌てて火の壁を作るがその隙間から虫たちがこちら目がけてやってくる。怖い。怖すぎる。もうダメだ。死ぬうううううううううううううう。もうダメだ。涙目になりながら、咄嗟にエリュシオンにすがりつく。
けれども、エリュシオンが手をあげると、虫たちはあっという間に凍り付いて、蜂はその場にぼとぼとと落ちていった。
「お、お、お前、魔術なんていつから使えるようになったんだよ」
「つい先ほど、初めて使いました」
「……」
バカヤロー。涼しい顔をしながらそんなことを言うんじゃねぇ!!不安になるだろうが!!
しかし、それにしても強烈な氷の魔術だった。セレネーの魔術でも見ているようだ。無詠唱でここまでできるとか、天才ではないだろうか。
「お前、魔力があったんだな」
「……ええ、まあ」
「どうして使わなかったんだよ」
「……使う機会もなかったので」
嫌なことでも聞かれたとでもいうように、エリュシオンは目をそらした。
嘘だ。こいつ、魔力を使いたくなかったんだろう。
「そんなことより早く逃げましょう。どういうわけか、更に大量の何かが迫っている気がします」
エリュシオンに続いて夢中で駆けていく。
「はあ、はあ、はあ……」
心臓がはち切れそうなくらい辛い。背後からは、ぞろぞろと虫の大群が増えていく。
ムカデ、蜂が中心だけど、蜘蛛、蛇もところどころいる。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
けれども、やがて行き止まりになった。僕たちがたどり着いたところは崖の上で、下には荒れ狂うような海が見える。
「え?どうする?」
「大丈夫です。俺、泳げますので」
「そういう問題じゃねーよ。しかも、僕は泳げないんだよ!!」
「仕方ありませんね」
エリュシオンが指先をパチンと鳴らした。
すると、崖から反対側の崖にかかる30メートルほどの大きな氷の橋が生まれていった。
「お前……。いつからこんなことできたんだ?」
こんなこと普通の魔力量じゃ無理だ。
よっぽど魔力に恵まれた人間しかできないだろう。もしかしたら、エリュシオンの魔力量はセレネーを越えているのかもしれない。
「そんなことより、早く渡ってください。ムカデの大群がやってきます」
氷の橋は、美しいが足元はもろそうだ。渡っている最中に壊れてしまうかもしれない。運よく一人目は渡れたとしても、二人目は渡れないで死ぬ可能性も高い。
「いや、お前が先に行け」
「だけど」
「これは、命令だ」
そう言った途端にエリュシオンは逆らうことなく、橋に向かって進みだした。
ずっとわからなかったことがある。どうしてエリュシオンが大嫌いなハデスの隣にいたのか。その答えは出なかった。
だけど、ようやく確信を持てた。エリュシオンは、ハデスに絶対服従の隷属の呪いをかけられていたのだ。隷属の呪いをかけられた人間は、呪いをかけた人間を殺すことができないということも聞いたことがある。僕が命令をすればエリュシオンは何でも言う通りにする。
エリュシオンが橋に足をかけた瞬間に、橋の一部がパリンと崩れ落ちた。やばい。このままじゃ、橋は崩れる。
「ハデス様、急いでください!!」
「ああ」
走り出したエリュシオンに続いて、駆け抜けていく。歩いた後の橋はどんどん崩れ落ちていく。足を止めたら死ぬだろう。
足元はツルツルとして走りにくい。もしも、こけたら、崩れた橋と一緒に落ちてしまうだろう。
死にたくない。
怖くてたまらない。
心臓が早鐘みたいになっている。呼吸が止まりそうなくらい苦しい。氷の橋を渡っているはずなのに、汗が止まらない。
最後まで渡り切りたい。
前を猛スピードで走っているエリュシオンの背中を追いかけ続けるが、エリュシオンが速すぎるため、その距離はどんどん開いてしまう。
段々と橋が崩れ落ちていく速度がはやくなり、足場が安定しなくなる。
「あっ……」
ぐらりと身体が傾いた。気がついた時は、後頭部から空中に放り出されていた。
身体がヒューと音を立てて風を切って、猛スピードで落ちていく。
伸ばした手は、空を切る。
やばい。何も掴めない。
恐怖で頭が真っ白になる。
僕は、このまま死ぬのか……。
「ハデス様!!!!!」
エリュシオンが手を伸ばすが、届かない。
ゆっくりと空中へと落ちていく。
橋の上にいたエリュシオンは、それを見て、手を伸ばしながら勢い良く飛び降りてきた。
「何で……」
僕なんて見捨て、橋を渡り切って向こう側に行けばよかったのに……。
僕も必死で手を伸ばしてくるエリュシオンの方に精一杯手を伸ばすと、指先がかすった。もう一度伸ばすと、今度は、ちゃんと手を握られて、そのまま抱きしめられる。そして、宝物みたいに大事そうにギュッと抱えられた。
「よかった……」
かすれた声で耳元に囁かれた。
ああ、そうだ。
隷属の呪いをかけられていた人間は、かけた人間が死ぬと一緒に死んでしまう。
だから、僕のことをこんなに必死で助けようとしたのだろう。そうに決まっている。
それ以外に、理由なんてないはずだ。
だけど、死ぬかもしれない瞬間にこんなに大事にされると、まるで特別に愛されているかと錯覚してしまう。
どちらにせよ、死ぬときは一緒だ。
それなら、そんなに怖くない。
そう思いながら、温かい体温を感じながら、真っ黒い空間に落ちていった。
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