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余命一週間 過去編
楽園
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ハデスと話したその日は、一睡も出来なかった。朝起きたモールスは、無性にシェリーに会いたくなってシャワーを浴びてから、お気に入りのスーツに着替えた。
シェリーの部屋に行くと、彼女のメイドであるエニグマ・スチュアートによってピアノ室まで案内された。
シェリーは、桜色の髪にしたミントグリーンの瞳をした妖精みたいに繊細な美貌を持つ美しい女だ。彼女は、悲しそうな雰囲気の美しいメロディーを奏でていた。自分の世界に没頭しているみたいで、僕が来たことには気が付いていないみたいだ。
曲が終わった後、拍手をすると、驚いたように目を丸くした。
「モールス!どうしているの?」
「シェリー様。モールス様がお見えだったので、少し前に案内しました」
「ちょっと来るならもっと早くに言ってよ。準備できていないじゃない」
「出直そうか」
「いい、大丈夫よ!エニグマ。モールスと話したいことがあるから、二人きりにしてちょうだい」
「かしこまりました」
エニグマが出て行って扉を閉めた瞬間、シェリーは猪みたいに僕に飛びかかってきて抱きついてきた。
「会いたかったわ、モールス」
「僕もだよ」
数秒間抱擁した後、ルキフェルの顔がちらついて、シェリーから離れた。
「……結婚式の日にちが決まったわ」
「よかったじゃないか」
「もう後戻りなんてできないわ。あなたこそどうなの?ヘンダーソンの娘とお見合いするって聞いたわ」
「……ああ。父親にそう言われた」
「あんなブスとは結婚なんてしないで」
「君ほど綺麗じゃないが、ブスではない。愛嬌のある素敵な子じゃないか。僕も人並みに彼女を愛せるように努力していこうと思う」
「やめて!!」
シェリーは、金切り声でそう叫ぶ。
「シェリー……。僕は……もう疲れたんだ。君は彗星みたいに美しい。いくら手を伸ばしても、届く気がしなかった。そんな君を追いかけているのに疲れたんだ。そろそろ平穏が欲しい。燃え上がるような激しい恋じゃなくて、価値観の近い人間と小さな家庭を築き上げたい」
始めてみた時から、なんて美しい女だろうと思っていた。それは今でも変わっていない。だけど、彼女の美しさは毒だ。これ以上求めたら、身を亡ぼすだろう。
「やめて。私を見捨てないでよ。いつでも私を守って。私……あなたがいなくなったら、私の世界は泥沼を這いずり回るだけだわ。影みたいにずっと私のそばにいて。他の人のものなんてならないで」
「本当に自分勝手だな。自分はルキフェルと結婚するんだろう。もううんざりだ。思わせぶりな態度なんて取らないでくれ。罪悪感なんて持つ必要ないから。僕は、君の王子様なんかじゃない。あれは、僕が勝手にやったことなんだ。自己満足だったんだ。だいたい、お前だってルキフェルのことが好きなんだろう」
「好きよ」
「なら、よかったじゃないか。ルキフェルと幸せになれよ。僕は、僕で幸せになるから。君の幸せだっていつでも祈
っている」
「私は、確かにルキフェルが好きだわ。だって、彼がかっこいいし、才能あふれて、優しいから。まるで、小説のかっこいいキャラクターを好きになるように好きなのよ」
「よくわからないな」
「うまく言えないけれど、生きていくうちに刷り込まれた感情みたいなもの。小説の中のキャラクターは輝いて見えるけれど、小説を閉じてしまえば価値がなくなってしまう。彼がかっこよくて、才能あふれて、他人の自慢になるから選んだの。豪華な宝石を手に入れたいのと同じように、ルキフェルが欲しかったの。きっと彼が衰えていったらこんな感情消えてしまうわ」
「それじゃあ、君が本当はルキフェルを愛していないみたいじゃないか」
「……どうだろう。だけど、かわいいシェリー・ギブソンを演じているような気分がするの」
「あいつ、君に対する美化がすごいからな。君がどんなに性格が悪いかわかっていないんだ。だからこそ、君は大事にしてもらえて幸せになれるだろう」
そう言って立ち去ろうとすると、背後からシェリーが抱きついてきた。
「しぇ、シェリー!!」
すぐ後ろで彼女がすすり泣く声がして、歩くのを停めてしまう。
「そうよ。本当の私を知っているのはあなただけなの。あなただけが、私の全部を受け止めてくれるの。あなたは、私の全てよ。お願いだから、いなくならないで……。他の誰かのものになんてならないで……」
「君は……本当にわがままだ……」
「モールス。私が間違っていた。全部捨てるわ。貴方と逃げたい。ここから私を連れ出して。あなたと二人だけの楽園に連れて行ってよ。お願いだから、あなただけは変わらないで。ずっと変わらないで欲しいの……」
小さい頃、震える手を握りしめて彼女がこんな風に言ったことを今でも覚えている。
『地獄に行くときは一緒よ。私、あなたと一緒がいい』
本当にそうだったらいい。
ずっとシェリーの傍にいられたら、どれほど幸せだろうか。
「君は……本当にわがままだ……」
「そうよ。私は、わがままなどうしようもない女なの」
僕は、そんなどうしようもない女をあの時から愛していた。
きっと、僕が行く道は地獄だろう。
シェリーの部屋に行くと、彼女のメイドであるエニグマ・スチュアートによってピアノ室まで案内された。
シェリーは、桜色の髪にしたミントグリーンの瞳をした妖精みたいに繊細な美貌を持つ美しい女だ。彼女は、悲しそうな雰囲気の美しいメロディーを奏でていた。自分の世界に没頭しているみたいで、僕が来たことには気が付いていないみたいだ。
曲が終わった後、拍手をすると、驚いたように目を丸くした。
「モールス!どうしているの?」
「シェリー様。モールス様がお見えだったので、少し前に案内しました」
「ちょっと来るならもっと早くに言ってよ。準備できていないじゃない」
「出直そうか」
「いい、大丈夫よ!エニグマ。モールスと話したいことがあるから、二人きりにしてちょうだい」
「かしこまりました」
エニグマが出て行って扉を閉めた瞬間、シェリーは猪みたいに僕に飛びかかってきて抱きついてきた。
「会いたかったわ、モールス」
「僕もだよ」
数秒間抱擁した後、ルキフェルの顔がちらついて、シェリーから離れた。
「……結婚式の日にちが決まったわ」
「よかったじゃないか」
「もう後戻りなんてできないわ。あなたこそどうなの?ヘンダーソンの娘とお見合いするって聞いたわ」
「……ああ。父親にそう言われた」
「あんなブスとは結婚なんてしないで」
「君ほど綺麗じゃないが、ブスではない。愛嬌のある素敵な子じゃないか。僕も人並みに彼女を愛せるように努力していこうと思う」
「やめて!!」
シェリーは、金切り声でそう叫ぶ。
「シェリー……。僕は……もう疲れたんだ。君は彗星みたいに美しい。いくら手を伸ばしても、届く気がしなかった。そんな君を追いかけているのに疲れたんだ。そろそろ平穏が欲しい。燃え上がるような激しい恋じゃなくて、価値観の近い人間と小さな家庭を築き上げたい」
始めてみた時から、なんて美しい女だろうと思っていた。それは今でも変わっていない。だけど、彼女の美しさは毒だ。これ以上求めたら、身を亡ぼすだろう。
「やめて。私を見捨てないでよ。いつでも私を守って。私……あなたがいなくなったら、私の世界は泥沼を這いずり回るだけだわ。影みたいにずっと私のそばにいて。他の人のものなんてならないで」
「本当に自分勝手だな。自分はルキフェルと結婚するんだろう。もううんざりだ。思わせぶりな態度なんて取らないでくれ。罪悪感なんて持つ必要ないから。僕は、君の王子様なんかじゃない。あれは、僕が勝手にやったことなんだ。自己満足だったんだ。だいたい、お前だってルキフェルのことが好きなんだろう」
「好きよ」
「なら、よかったじゃないか。ルキフェルと幸せになれよ。僕は、僕で幸せになるから。君の幸せだっていつでも祈
っている」
「私は、確かにルキフェルが好きだわ。だって、彼がかっこいいし、才能あふれて、優しいから。まるで、小説のかっこいいキャラクターを好きになるように好きなのよ」
「よくわからないな」
「うまく言えないけれど、生きていくうちに刷り込まれた感情みたいなもの。小説の中のキャラクターは輝いて見えるけれど、小説を閉じてしまえば価値がなくなってしまう。彼がかっこよくて、才能あふれて、他人の自慢になるから選んだの。豪華な宝石を手に入れたいのと同じように、ルキフェルが欲しかったの。きっと彼が衰えていったらこんな感情消えてしまうわ」
「それじゃあ、君が本当はルキフェルを愛していないみたいじゃないか」
「……どうだろう。だけど、かわいいシェリー・ギブソンを演じているような気分がするの」
「あいつ、君に対する美化がすごいからな。君がどんなに性格が悪いかわかっていないんだ。だからこそ、君は大事にしてもらえて幸せになれるだろう」
そう言って立ち去ろうとすると、背後からシェリーが抱きついてきた。
「しぇ、シェリー!!」
すぐ後ろで彼女がすすり泣く声がして、歩くのを停めてしまう。
「そうよ。本当の私を知っているのはあなただけなの。あなただけが、私の全部を受け止めてくれるの。あなたは、私の全てよ。お願いだから、いなくならないで……。他の誰かのものになんてならないで……」
「君は……本当にわがままだ……」
「モールス。私が間違っていた。全部捨てるわ。貴方と逃げたい。ここから私を連れ出して。あなたと二人だけの楽園に連れて行ってよ。お願いだから、あなただけは変わらないで。ずっと変わらないで欲しいの……」
小さい頃、震える手を握りしめて彼女がこんな風に言ったことを今でも覚えている。
『地獄に行くときは一緒よ。私、あなたと一緒がいい』
本当にそうだったらいい。
ずっとシェリーの傍にいられたら、どれほど幸せだろうか。
「君は……本当にわがままだ……」
「そうよ。私は、わがままなどうしようもない女なの」
僕は、そんなどうしようもない女をあの時から愛していた。
きっと、僕が行く道は地獄だろう。
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