【完結】異世界転生したら死刑にされる予定の悪役だった

夜刀神さつき

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聖女

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 おかしい。

 どう考えてもおかしい。



 あれ以来、アトラスが、俺のところにしょっちゅう来るようになったのだ。



 まるで、セ……セフレのような関係になってしまったのだ。

 どうしてこんな風になってしまったんだろう。

 考えれば考えるほど、わからない。

 今日も仕事終わりに、なぜかアトラスまで俺の寮に来ていた。



「お前、こんなところに来ていていいのかよ」

「どういう意味?」

「いや、いろいろと忙しいんじゃないかって……」



 原作では、今頃、アトラスは聖女セレナと激しい恋に落ちているはずだ。

 聖女セレナは、銀髪のロングヘアに赤い瞳をした神秘的な少女である。

 国王と面会をしたアトラスは、その場にいた美しいセレナに一目惚れをする。そして、ご褒美に彼女が欲しいと国王に告げるのだ。セレナも、強引なアトラスに戸惑いながらも、惹かれていく……そんなラブストーリーが展開しているはずである。 

 アトラスは、セレナにラブレターを書いたり、デートに行ったりしているはずなのに、こんなところにいていいのだろうか……。



「セレナとは、どうなっているんだ?」

「セレナって聖女のこと?どうしてそんな女を気に掛けるのですか?もしかして、彼女のことが好きなんですか」



 獲物に狙いを定めた蛇みたいに鋭い目で睨まれる。



「ひいいい。べ、別に気にかけているわけじゃなくて……」



 なぜか蛇に睨まれたカエルのような気分になりながら、汗をかき、必死で答える。



「もしかして、浮気でもするつもりですか」

「違うよ!」



 浮気以前に、お前とは付き合っているわけじゃないだろう。お前は、俺をストレス発散のおもちゃにしているだけだ。

 そう言ってやりたいのに、彼から冷気のようなオーラが出ている気がして、何も言えない。

 アトラスが唇と唇が近づきそうなほど顔を近づけてきたため、首をのけぞり何とか当たらないようにする。



「あなたは、俺以外の人間のことをあまり考えないでください」

「……はい」



 まるで自分の飼い犬を調教しているようだ。



    *         *



 翌日の早朝、訓練場に向かう途中、聖女セイラの姿を見つけた。彼女は、銀髪に赤い目をした妖精みたいな美少女である。俺を見ると、困ったように近づいてきた。



「ハイデン様……。助けてください」

「聖女様‼どうしたんですか?」

「あの家で、知り合いが倒れているんです。早く来てもらってもいいですか」



 彼女は、近くにあった古そうな家を指さした。



「それは、大変だ。早く行かないと」

「ありがとうございます」

 

 近くで見ると、遠くから見た時よりも年数が経ってそうな家だった。まるで捨てられた家のように古く人の住んでいる気配がしない。

 家に入り、「大丈夫ですか」と大声を出すが、返事が聞こえてこない。

 広間にたどり着き、辺りを見ても人のいる気配はなかった。



「誰もいない……」



 そのとき、急に後頭部に激しい衝撃が訪れた。まるで誰かに殴られたように……。

 意識が遠のいて行き、ドサリとその場に倒れた。後頭部からは、激しい出血がある。

 視線だけ後ろを振り向くと、なぜか聖女が大きな石を抱えて、睨みつけるように立っている姿が見えた。

 どうして?何が起きた?

 原作では優しかった聖女が、俺を殺そうとしているのか?

 彼女は「あなたがいけないの」と暗い声でポツリと呟いた。

 わけがわからない。

 だけど、意識が遠ざかっていく。全身の力が入らない。

 ダメだ……。

 指先の感覚がない。



 ゆっくりと意識が闇に飲み込まれていった。

 

 *           *



 バシャッと水をかけられる気配がして目が覚めた。



「ごほっごほっ……」



 むせながら、目を開くと聖女セレナの姿が目に入る。



「あれ……。ここは?」

「お目覚めですか、ハイデン様」 



 聖女の声は、先ほどまでと違い氷のように冷たいものであった。

 起き上がろうとして、手足が縛られていることに気がついた。



「どうして俺は縛られているんですか」

「ふふっ。あなたが逃げないようにするためですよ」



 まるで何かに憑りつかれているように、怪しげに少女が微笑んだ。まるでモナリザみたいな笑顔だ。謎めいていて、何を考えているのかよくわからない。



「何でこんなことをするんですか?」

「それは、あなたが私の運命の人をたぶらかしたからです」

「は?」

「どんな手段を使って、アトラス様の興味を引いたんですか?」

「え?えっと……俺は、そんなつもりはなくて」

「惚れ薬でも使ったんですか。彼があなたのような平凡な男に惚れるなんておかしいわ。アトラス様は、私の運命の人です。だから、あなたが邪魔です」



 はい、おっしゃる通りです。

 原作では、セレナとアトラスが付き合っているはずなのに、何が起きてしまったのだろうか。



「いや。いやいやちょっと待ってくれ。俺は、2人の恋を邪魔するつもりはないんだ。応援するから殺さないでくれ」

「あなたが、ギロチンで死刑になる夢を見ました。だけど、どういうわけかあなたは生きています。そのせいで、運命がねじ曲がったに違いないわ。全部、あなたのせいだわ」



 まるで精神病にでもかかっているようだ。彼女は、早口でしゃべり続け、正気を失っている様子だ。



「私は、幸せになる運命だったのに!!!あなたが、アトラスの心をかき乱したんだわ!あなたのせいよ!だから、あなたなんていなくなればいいの!」



 狂気に憑りつかれたセレナが包丁を振り上げる。



「だから、もう死んで」



 やばい。

 殺される。



「やめてくれ!」



 そう恐怖に怯えながら、彼女を見ていた。
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