【完結】異世界転生したら死刑にされる予定の悪役だった

夜刀神さつき

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地獄のお見合い編

地獄のお見合い編1

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 夜が肌寒くなる季節がやってきた。俺の右腕と左足の怪我は治って、騎士団の仕事にも参加できるようになった。怪我が治ってからアトラスからどんな目に合ったかは……思い出さないことにしよう。


 アトラスは、いつも俺の送り迎えをしてくれていたが、この日は、アトラスが国王陛下から呼び出されたためいなかった。そのせいか、珍しくルートから食事に誘われた。
 二人でお酒を飲み、フルコースを食べ、お互い帰ろうとした時、ルートから「夜道は危ないので送っていきます」と肩を掴まれながら、耳元で囁かれた。

「え?でも、俺、男だし、ルートと帰り道が反対だろう。大丈夫だよ」

 ルートは、砂の王の戦いで活躍したこともあり、伯爵の爵位と土地をもらった。そのため、帰る場所が俺とは反対方向になってしまったのだ。

「いや、何が起るかわかりません。強盗や、殺人犯がいるかもしれません。こんな夜に1人で歩くなんて危険です。送らせてください」

「いやいや、でも、そうしたら、ルートが1人で家まで帰ることになるだろう」

「俺は、大丈夫です」

 ルートは、そう言っているが申し訳ない。

「……う、うーん」

 俺は、男だしルートから送ってもらう必要なんてないんじゃないか。それに、アトラスにバレたらいろいろうるさいだろう。

「団長。俺は、あなたのことが心配なんです。あなたが、1人でいると誰かに傷つけられないかと考えてしまうのです」

 熱っぽい声で、ルートが語りかける。

「へ?」

 ガシッとルートから両手を握られる。彼の手は、マメがいっぱいでゴツゴツしていて、男らしい手でドキッとしてしまう。
 真剣そうな夜明け前の空みたいな紺色の瞳で、ジッと見つめられる。

「俺は、あなたのことが……」

 その時。

「きゃああああああああああああああああああああああああああ」

 夜の闇を切り裂くような鋭い女の悲鳴が響き渡った。

「何だ?」

 俺は、反射的にルートの手を振りほどき、悲鳴がした方へ全力で走った。

 そこにいたのは、しりもちをついた金髪縦ロールにエメラルドグリーンの瞳をした美人だった。
 彼女は、震える右手で走っていく男の人の背中を指さしていた。

「あ、あの人が、私のバッグを……」
「わかった」

 俺は、全速力で走り、男に追い付けると思ったタイミングで、飛び蹴りをくらわした。

「ぐへぇ」

 男は、潰れたカエルのような声を出して、その場で倒れた。

「強盗ですか」

 すぐにルートも、俺の後を追ってきた。彼は、倒れた男を前世からの因縁のこもった目で見るような憎しみのこもった目で見下ろした。

「ああ。今のうちに拘束しないと」
「ちょうどいい紐なら持っています」

 ルートは、犯罪者を許せないのか、イライラした様子で、きつく彼を縛り上げた。その間に、俺は、男が持っていた革のバッグを持って、先ほどの女性がいたところに駆けつけた。

「大丈夫ですか。バッグなら取り返しました」
「ありがとうございます」

 彼女は、頬を赤く染めうっとりとしたように俺を見つめた。

「あ、あの。私は、パトリシア・フォックスといいます。あなたの名前は?」

 パトリシア・フォックスだと⁉

 小説『砂の王』に出てくる悪役令嬢じゃないか‼

 アトラスに惚れたパトリシアは、彼に100回ほど告白するが、彼のセイラへの愛に負けて失恋するというキャラクターである。

 しかし、アトラスが騎士団に入り浸り、社交界の場に顔を出していなかったため、二人の接点はなかったのだろう。アトラスが彼女と話している様子は、今まで見たことがなかった。

 ちなみに、フォックス家といえば、公爵家であり、アトラスと同等の身分だ。彼女は、この国トップクラスの権力を持つ女性ということである。

「俺は、ハイデン・ブラックです」
「まあ。あの騎士団長様でしたのね!!!」

 彼女は、キラキラとした瞳で俺を見てくる。 

「敬語は、やめてください。私の方が年下ですから」
「でも.....」

 彼女の方が、ブラック家よりも身分が上だ。

「ハイデン様と仲良くなりたいです」
「わかりました。いや、わかった。どうしてこんなところにいたんだ?」
「私は、友人の家からの帰り道で、突然荷物を奪われたのです。申し訳ないですが、私を送っていってくれませんか」

 パトリシアは、上目遣いで甘えるように俺を見てくる。

「いいですよ」
「ちょっと待ってください。団長は、俺と帰る予定では?」
「ごめん。パトリシアが心配だから、送っていくよ。夜道は危ないって、ルートもさっき言っていただろう」

 ルートは、自分で掘った穴にはまった人間のように絶望に満ちた顔をした。

「ルートは、強盗の引き渡しを頼んだ」
「……はい」

 そう言うと、ルートが捨てられた子犬のような目で俺を見てきた気がした。だけど、パトリシアが心配だし、仕方がない。

「では、ハイデン様。一緒に帰りましょう。こちらです」
「はい」

 そうパトリシアについていくと、近くにあった馬車の前まで歩いて行った。
 それを見た俺は、目が点になった。

「あれ?馬車?近くにあったの?」

 つまりパトリシアは、馬車に行くまでの短い距離で襲われたのか。フォックス家の令嬢が1人で歩いているなんておかしいと思ったんだ。

 でも、馬車があるなら、俺は、パトリシアを送っていく必要はなかったんじゃないか?

「そうです。でも、今日は、怖かったので、ハイデン様と一緒に帰りたいんです。一緒に乗ってください」

 彼女は、目をパチパチさせながら、甘えるように俺を見てくる。アトラスの美貌に慣れていなければ、ドキドキしていたところだろう。

「そうだよな……」 

 あんな危険なことがあったんだ。パトリシアは、怖いに違いない。

 こうして俺は、馬車に乗りながら、たわいもない話をしながらパトリシアを送っていった。
 

 これが、とんでもない地獄の始まりだったと、この時の俺は、知るはずはなかった。
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