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誤解
しおりを挟む「逢いたかった……誠……」
楓は俺の姿を見ると、かすれた声で、囁くようにそう呟いた。
ドクンと大きく俺の鼓動が跳ねた。
俺の視線は、磁石が吸い寄せられるように楓に奪われた。
「どうして楓がここに?」
「誠に逢いたくて。最近、ずっと忙しいとばかり言われていたから、避けられているんじゃないかって不安で……」
珍しく楓の声は、弱々しかった。そんな弱っている雰囲気の楓にも、ついときめいてしまう。
「でも、俺の住所なんて知らないはずじゃん」
「……誠が持っていたマイナンバーカードを見た」
そうか。そこには住所も記載されているはずだ。さすが楓。ちゃっかりしているな。
「とにかく外は寒いし、あがって……あ……」
その時、俺は、自分が結婚している設定だったことを思い出した。このままじゃ、俺は、奥さんがいる家に間男を呼ぶヤバい奴になってしまう。
楓も、驚いたのかきょとんとしながら「奥さんはいいの?」と尋ねてきた。
「別居中なんだ」
俺の口からは、息を吐くように自然な嘘が出てきた。嘘をつくのが上手すぎて、自分が恐ろしくなってくる。
俺の嘘を聞いた楓は「よかった」と胸をなでおろしながらいい、花が咲いたように華やかな笑みを浮かべた。
俺の部屋の内部は、俺以外の誰かが来ることを想定して作られていない。
ワンルームしかないし、シングルサイズのベッドが丸見えだし、女物の服や小物は一切ない。しいていえば、ちゃぶ台の上には何とか二人分のご飯を置けそうである。
どう見ても、ひとり暮らしの男の部屋そのものである。これで結婚しているなんて明らかにおかしい。犬を見て、「これは猫です」と説明するくらいのおかしさだろう。
しかし、純粋な楓は、俺を疑ったりしていないらしい。
腕組みをしながら部屋を観察し、上機嫌で「奥さんと別居中なんだね。じゃあ、離婚も簡単そうだね」と話しかけてきた。
俺は、髪の毛を弄びながら「……え、えっと……その、まだ話し合いが必要そうで……」とみっともない設定をでっち上げた。
「俺、誠が離婚するのを待っているから」
甲子園に行くのを待っているからと言うように、そんなセリフを言うなよ!爽やかすぎるって。
「あのさ……楓」
俺は、少し目線が高い楓を見上げる。
すると、楓は優しい声で「どうしたの?」と尋ねてきた。
唇を開きかけて、一度閉じる。
別れなんて切り出したくない。本当は、楓の婚約者の存在なんて見なかったことにして、この関係を続けていたい。そうすれば、楓は、また俺と会ってくれる。楓のことを抱きしめてキスすることも許される。楓だって、婚約者の存在を隠していたんだから、俺と同罪だ。
だけど……。
そんなことを続けたら、俺の母さんが悲しむだろう。母さんは、俺を誠実な人間になって欲しいと願いを込めて、誠と名付けたって言っていた。嘘ばかりついているろくでもない人間であるが、母さんを悲しませるようなことはしたくない。
誰かを不幸にして自分の幸せを求めることは、正しいことではないだろう。
俺は、楓の手を振り払い、ゆっくりと口を開いた。
「俺達……もう会わない方がいいんじゃないかな」
強がろうとしても、少し声が震えてしまった。楓は一瞬凍り付いたように動かなくなった後、俺の肩に手を伸ばして「……奥さんに何か言われたのか」と尋ねてきた。
俺は、小さく首を振った後「楓には、婚約者がいるだろう」と言った。楓の顔を見ることが耐え切れなくなり、目を反らすように横を向いた。
「桃華に会ったのか」
「あんなにかわいい婚約者がいるなら、もう俺達会わない方がいいんじゃないか。もっと大事にしてあげた方がいいと思う」
俺の作ったエア奥さんと違って、桃華さんは存在している。楓に恋をしている一人の女性だ。婚約までしているなら、もう俺と誠は会うべきじゃない。俺一人が失恋すれば済む話だ。
あれ?エア友達とかって聞いたことはあるけれど、エア奥さんってあんまり聞かないよな。そんなの作るのって俺くらいか?俺ってとんでもなくヤバい奴なのか。
楓は、こめかにに手を当てて、長い溜息をついてから語りだした。
「誠、聞いてくれ。桃華は、親から決められた許嫁いいなずけだった。でも、俺たちは、10年以上前に正式に婚約破棄をした。だけど、桃華は、俺を諦められなくて、自称婚約者を名乗り続けているストーカーみたいな女だ」
「え……」
あんな深窓の令嬢みたいな彼女が、ただの自称婚約者だった?
そんなことってあるのか。でも、楓が俺に嘘なんてつくわけない。
「信じてくれ。俺と桃華の間には、何もない」
楓は俺の頬に、大きな手で包み込むように両手を添えた。そして、まっすぐに目を見ながら誠実そうな声で続ける。
「信じられなかったら、一緒に住もうか。誠だって毎日、俺と一緒にいれば、俺の潔白がわかるはずだ」
「大丈夫。楓の言うことなら、全部、信じるよ」
あの時、俺のことを信じてくれた楓を疑うなんて、俺にできるわけない。
ああ……。俺の勘違いだったんだ。
俺はまだ楓を好きでいてよかったのか。声が聞きたいと思うことも許されていたのか……。
よかった……。
安心したのか、全身から力が抜けてしまった。
その時、グーという俺のお腹の音が響き渡った。その音を聞いて楓は、ふっと笑いかけてきた。
「ごめん。お腹空いたよね。飯にしようか。誠は、食べたいものとかある?」
「もう夜遅いし、よかったら、俺が作るよ」
俺の帰りが遅くなったから、もう21時を過ぎている。明日も仕事があるし、早く食べて休まないといけない。
「いいの?」
彼の黒曜石みたいな目が、星屑を散りばめたようにきらめいた。
「もちろんするよ。たいしたものじゃないから期待はしないで欲しい。そこで座って、待っていて」
俺は、ちゃぶ台の前の座布団を指さしながら告げた。
「何か手伝おうか」
「大丈夫。台所もそんなに広くないし。そこに座って待っていてくれ」
小さい頃から母さんを手伝うために、よく料理をしていた。大人になっても、節約のためもあり、仕事で遅くなり過ぎないときは、たまに簡単な料理をしている。
安い、早い、うまいを重視したものばかりであるが、作り立てのご飯を食べられることは嬉しかった。
俺は、卵を4つ割ってボールでよく混ぜた。そこに切ったニラと、よく割いたかにかまを入れ、ごま油を熱したフライパンの上でよく焼いた。
両面が焼けたら、温めたご飯の上に卵を置き、調味料や水溶き片栗粉を使用して作ったあんかけを上からタラリとかけた。
「お待たせ」
俺が楓の前に用意したのは、ただの天津飯だ。安物だし、美味しいものを食べなれている楓には、物足りなく感じるだろう。本当は、もっと手の込んだ美味しいものを食べさせてあげたかった。こんなものしか楓に作ってあげられないことがすごく悔しい。
二人で「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。楓は一口食べて、感動したように「すごく美味しい」と感想を言ってくれた。
「いや。たいしたものじゃないし、そんなに美味しくないだろう」
「こんなに美味しいものは、初めて食べたよ」
「そっちの方がお世辞っぽいって!!!」
どう考えてもそんなの嘘だろう!お金持ちに生まれた楓は、小さい頃から俺の想像がつかない美味しい物ばかり食べていたに違いない。
「本音だよ。めちゃくちゃうまい。誠の手料理が食べられて、すっげぇ嬉しい」
そう言いながら、本当に美味しそうに、俺が作ったご飯を食べてくれる。
楓に褒められた俺の顔は、耳まで真っ赤に染まる。
カラカラのスポンジに水が吸い込まれるように、じわじわとした喜びが心を侵食していく。
自分が楓のためにできることなんてないと思っていた。
こんな俺でも、楓の役に立てるんだ。ほんの少しだけ、自分の中に自信が芽生えた気がした。
「でも、楓だったら、普段、もっと美味しいものを食べているだろう」
東京で成功して金持ちになった楓は、ミシュランの星つきレストランにでも行きまくっているんじゃないか。
「いや、俺は、完全栄養食、コンビニ、出前、サプリで済ませることも多い」
「え⁉何だって!!!」
俺は、衝撃のあまりスプーンを皿に落とした。
「仕事が忙しくて時間がない時も多くて……」
「体調が悪くなったりしないの?」
「風邪一つひかないくらい元気さ」
でも……そんな生活をしていて、楓が体調を崩さないか心配だ。漫画家の早死などというニュースを見たこともある。彼は、きっと過酷な環境で働いているに違いない。食事だけでも、もっとちゃんとするべきだ。
「今度……楓の家にご飯を作りに行ってもいい?」
「え……」
楓は、驚いたように瞬きを繰り返す。
やばい。気持ち悪いことを言ったかな。うざがられたか。
「ほ、ほら、お前の体調とか心配だし」
そう言い訳をする俺に、楓は食い気味に「いつでも来てくれ。そのまま住んでもいい」と告げた。
さらりと告げられたが、これって同棲の誘いなのか。
まるでプロポーズでもされているみたいだ。
ドキドキと心臓が狂ったように鳴り響く。
「そ、そんなこと軽はずみに言わない方がいいって」
俺まで楓のストーカーになったら、どうするんだよ。
「誠にしか言わないよ」
ブラックチョコレートみたいに甘くかっこいい声で、さらりとそう告げられた。
楓は、ずるいな……。かっこよすぎるだろう。
まるで映画の中のヒロインになったような気分だ。
ここで、素直に楓の案に乗って、ずっと一緒にいたいと告げたら、楓はどう思うだろうか。
もしかして……楓は、俺のことが好きなのだろうか。
楓が寝取りや不倫系が好きだと思っているのは、俺の勘違いなのだろうか。
もしも、俺が……結婚していたのは嘘だと告げても傍にいてくれるのだろうか。
わからない。
俺には、特別なものなんて何もない。美しいわけでも、財産があるわけでもない。性格がいいわけでもないし、むしろ、その逆で、見栄っ張りで嘘ばかりついてきた。俺が自分以外の誰かになったとしても、俺なんて好きにならないだろう。
だから、楓がこんな風に、俺に気のある素振りをするのは、やっぱり俺が結婚していると言ったからだと思ってしまう。
俺なんてつまらない人間だから、嘘をアクセサリーとして身にまとっていないと、楓に捨てられるんじゃないかって不安なんだ。
彼は、今、不倫という背徳感のある行為に酔いしれているだけで、俺が本当のことを言えば、すぐに飽きられて捨てられてしまうだろう。もしくは、嘘つきだと罵られ嫌われてしまうかもしれない。
だから、もう少しだけ嘘をつかせて欲しい。
誰かに選ばれた証のある自分を演じるから、俺の傍からいなくならないで。
どうか臆病で、卑怯な俺を許してくれ……。
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