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薫子
しおりを挟む急に呼び出された俺が上手く動けるわけがない。だけど、彼女に逆らうわけにはいかない。
確か敷居をまたいでは、いけなかったんだよな。それは気をつけないと。
俺は、言われた通り中に入って、下座の座布団に座った。
しかし、背後から聞こえてきたのは呆れたような薫子の声だった。
「誠さん。畳の縁を踏んではいけません。昔の身分の高い人が使った畳の縁は、家紋などが入っているものもありました。縁を軽々しく踏むことは 権威の象徴を踏みにじる行為だわ。それから、あなた座布団にもまともに座れないのね」
そう注意する薫子の隣からは、誠をバカにするようにクスッと笑う桃華の姿が見えた。
「あなた全然ダメね。失格だわ。桃華さん、お手本を見せてあげて」
そう言われた桃華は、ちゃんと畳の縁を踏まずに中に入っていった。そして、座布団の下座に正座した。それから、足のつま先をたててかかとに腰をおろし、座布団の端に膝を下ろした。その後、膝の両側に軽く握った手をつき、身体を支えながら膝をついたまま座布団に乗り、座布団中央に進んだ。それから、体を正面に向けて正座をする。
一目でこれが正解とわかるような、美しい仕草だった。
「さすが桃華さんね。相変わらず綺麗だわ」
「ありがとうございます」
桃華は、華麗に頭を下げる。その動作すらも美しく、マナーのお手本のようだった。
「マナーとは、社交上の心で人間関係や社会的な秩序を保つための礼儀作法です。マナーがないあなたは、野蛮な猿のような人間だと言っても過言ではありません。そんな人間が楓と接触したと考えるだけで、恥ずかしいわ。お茶会に誘ったけれど、こんなマナーのない人間とはお茶を飲むなんてできないわね」
「……」
きっと彼女は、俺とお茶を飲む気などなかっただろう。だけど、そんなこと言い出せる雰囲気ではない。
喉に綿がつまっていくように、息が苦しくなっていく。この場の空気に、じわじわと追い詰められていく気がした。
「それに対して、桃華さんは完璧ね。マナー、作法、一流の人間です。結婚相手としてふさわしい全てを身に着けました。一方、あなたは、楓のために何をしてきたの?」
誠の正面に座った薫子は、見下すように冷たい目で誠を見る。
「俺は……」
小さい頃から習い事どころか部活すらしてこなかった。だって、習い事も部活もお金がかかるから。やりたいことなんて嘘をつき、図書館で本ばかり読んでいた。
言葉につまった俺に向かって、薫子は「あの子は、私の自慢の子なの」と訴えるように言ってきた。
「いつも楓は全国模試が一番だった。誰よりも優秀な遺伝子を持っている。あの子の成長が生き甲斐だったし、いつかあの子の子供を見ることが、私の夢だった」
彼女は、そこで過去を振り返るように言葉をつまらせたが、再び口を開いた。
「いつか東条グループの頂点に立つと思っていた。だけど……違う道を歩んだ。でも、楓の特別さは誰よりも理解している。彼の子供は、全てを手にするのよ。いつか東条グループの会長の座につくでしょう。もうわかったでしょう。あなたが、楓にふさわしくないか。この手切れ金を渡すから、楓に近づかないで」
彼女は、俺の前に札束の入った封筒を渡したが、俺は首を振った。
俺は金持ちではないけれど、こんなお金なんていらない。
「そんなものは、いりません」
「あなたのことは、調べさせてもらったわ。定収入で働く母親に女で一つによって育てられて、未だに奨学金を祓い続けているらしいわね。だったら、これを足しにしてください」
「俺は……あなたから、施しを受け取るほど落ちぶれていません」
確かに奨学金を払い続けているが、数年後には完済する予定である。それから、いっぱい貯金をして、母さんに美味しいものをたくさん食べさせてあげたい。二人で旅行するような余裕もあまりなかったから、母さんを旅行に連れていきたい。母さんが病気になったら、手術費だって全部出してあげたい。
そのお金は、俺が努力して手に入れたい。楓を利用してお金を手にするなんて、絶対に嫌だ。
「あなたの勤めている会社は、東条グループの取引先です。あなたの会社に圧力をかけて、あなたをクビにすることもできます。あなたもあなたの母親も路頭に迷わせることだってできます。楓から手を引かないなら、私も、そういう手段に出ます」
「……」
頭を背後から、バッドで殴られるような衝撃が訪れる。
あまりにもひどい。今の会社は、ブラック企業だし、そんなにいいところでないが、俺が必死で努力して就職した場所である。
もしそんな手段に出られた場合、楓に、相談したら、彼は助けてくれるだろう。だけど、そんなことをしたら、楓に迷惑がかかる。
俺は……どうすればいいのだろうか。
「どうせあなたのような貧乏人なんて、お金目当てで楓に近づいてきただけでしょう。私から孫の顔まで奪わないで」
「違います。俺は、お金目当てで楓に近づいてなんかいません」
「そんなこと口ではいくらでも否定できるでしょう。だいたいシングルマザーに育てられた子供がろくな人間になるわけないわ!!!あなたの母親は、誰かと不倫でもしたんじゃないかしら」
ふざけるな、クソババア。お前に母さんの何がわかる?俺の母さんは、誰よりも真面目で誠実な人間だ。
そう言ってやりたいが、楓のお母さんに向かってそんなことを言うわけにはいかない。
「不倫じゃありません。俺の父親は、病死しました」
必死で怒りを押し殺しながら、そう淡々と反論する。
しかし、薫子はバカにするように笑いながら「そんなのあなたの母親のついた嘘かもしれないわ」と言ってきた。
それを聞いて、頭の血管がブチっと切れる音がした。
「母さんは、そんな嘘をつく人間じゃない!!!」
俺がそう怒鳴りつけるように反論するが、薫子は、手を頬に当てながら不思議そうに首をかしげる。
「でも、あなたは同窓会で、結婚したと嘘までついたらしいわね」
「それは……」
どうしてそのことを知っているのだろうか。この人は、俺の同窓会での人間関係まで詮索していたのだろうか。
「男の見栄だが何だが知らないけれど、そんな人間が楓の隣にいるだけで恥ずかしいわ。本当に、素性の悪い最低の男ね。やっぱり、片親に育てられた子供がろくな子になるわけない」
「俺は……」
嘘をついた理由を話そうとしたが、言葉がつまった。理由は、何であれ噓をついたことは事実だ。
俺は……何なんだ。
嘘つきで、安月給で、奨学金の返済もまだあって、子供も産めないし、立派なところなんて、何もないじゃないか。
喉がカラカラに乾いて、何も言えなくなる。
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