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選択
しおりを挟む「私は、あなたみたいなろくでもない男と付き合わせるために楓を育ててなんかない。一流の女性にふさわしくなるように立派に育てたわ。楓の本当に幸せを願っている」
薫子は、きっぱりとした口調でそう言い切った。彼女は、自分を正しいと信じて少しも疑っていないように見えた。
ああ。言葉に殺されるってこういう感覚なのか。
考えれば考えるほど、自分の存在が情けなく思えていく。
俯いた俺に向かって、薫子はとどめを刺すように冷酷な言葉を続ける。
「あなたみたいな人は、楓にふさわしくありません。もう楓の人生から消えてちょうだい」
最初から、俺みたいな奴、楓にふさわしくないことくらいわかっていた。
それでも、楓と過ごす時間が、あまりにも幸せで、それを手放せなかった。
だけど、その選択は、正しいものであったのだろうか。
はっきり言って、俺は、この人が嫌いだ。俺をボロクソに言い、母さんのことを蔑む発現をするこの人を好きになれない。こんな人の言うことなんて聞きたくない。
けれども、そんな俺でも薫子は、楓のことを誰よりも愛していることが痛いほど伝わる。楓のことを考えて、俺のことを排除しようとしている。
彼女の毅然とした姿を見ながら、俺のために必死で頑張っていた母さんの姿を思い出す。
母さんは、俺のことを一生懸命、育ててくれた。腰や足が痛そうな日だって、仕事に行っていたのを、今でも覚えている。
俺がいなければ、母さんだって、もう少し楽に生きられたかもしれないと想像したことがある。それでも、母さんは、俺に向かってそんなことを一切言わず、弱音も吐かなかった。
楓の母親は、俺の母親とは、少し違うかもしれない。だけど、楓のことを誰よりも愛し、幸せにしたいと一生懸命育ててきたのだろう。
母親が子を思う気持ちに、俺が楓を好きだと気持ちだけで勝てるのだろうか。
自分が幸せになりたいという気持ちだけで、他の人を不幸のどん底に突き落としてもいいのだろうか。
俺は、楓が好きだ。
俺にはないものを持っている楓が、眩しくてたまらない。
もし、楓と自分、どちらか1人しか助からないとしたら、楓を助けてくださいとためらいもなく言えるだろう。
でも、自分ですら、自分が楓の隣にふさわしいとは思えない。
俺にあるのは、ただ楓を好きな気持ちだけだ。
ここまで、楓の母親から祝福されない恋なら、身を引いた方が、みんなが報われるのではないか。
自分に問いかけるように、軽く目を閉じる。
楓が笑顔で俺の名前を呼ぶ光景が、脳裏に蘇る。
あの笑顔をずっと見ていたい。
仕事で嫌なことがあったら、ギュッと抱きしめて欲しい。俺の作ったご飯を食べさせてあげたい。楓と一緒に楽しいことをして、美しいものを見て、美味しいものを食べたい。あの美しい笑顔を何度も見て、俺の名前を呼ぶ声が聞きたい。芸術作品のように美しい横顔に見とれていたい。
楓と一緒にいる未来が欲しい。
だけど、俺と楓とは何もかもが違う。
楓の隣にふさわしいのは、桃華のような人かもしれない。
桃華は、楓のことを愛している。同じような上流階級の人間だ。
顔もかわいいし、楓と価値観もあうだろう。同じ価値観というのは、好きという感情よりも大事な時がある。それは、孤立した経験のある俺が、痛いほど理解している事実だ。
たまにライトノベル系の恋愛小説を読むこともある。
最近、流行りは、悪役令嬢が幸せになるような物語だ。そういう作品は、人気が出ている。
結局、みんな貧乏人の平民なんかよりも、かっこいい王子様に釣り合うのは、家柄もよく、マナーもいい令嬢の方だと思っているのだろう。そういう人こそ、幸せになるべきだと願っているのだろう。
ゆっくりと目を開けて、薫子の目を見る。
「……わかりました。俺は、楓と別れます」
そう言いながら、自分の未来が黒く塗りつぶされていく気がした。
「安心して、誠さん。楓のことは私が幸せにするわ」
桃華は、勝ち誇ったように微笑みながら、そう宣言した。
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