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感謝
しおりを挟む東条薫子と話してから一週間後の日曜日に、楓と待ち合わせの約束をした。
俺は、近くの人気のない公園に楓を呼び出した。別れ話をする場所で悩んだが、人に迷惑にならず、自宅などの密室空間にならない場所を選んだ。
その日の空は、朝から曇り空だった。今にも雨が降り出しそうなどんよりとした雲が広がっている。
約束の2時間前から公園のベンチに座りながら、楓との思い出を振り返っていた。どの思い出も俺にとっては宝石みたいにキラキラと輝いてみえた。
楓は、約束の時間ギリギリになって現れた。仕事が忙しいのか、珍しく少しだけ髪の毛が跳ねていた。そんなところもかわいいと胸がときめいてしまう。
「ギリギリになってごめん。待った?」
楓は俺の隣に腰かけながら、聞いてきた。
「ううん。全然待っていないよ。忙しいところ呼び出してごめん」
漫画家の音化魔出鬼は、これから海外での舞台公開やゲーム化なども控えていて、死ぬほど忙しいに違いない。時間があるときに話をしたいと連絡をしたが、楓が指定したのは予想よりも近日中で驚いていたのだ。
「大丈夫だよ。誠のためなら、いくらでも時間を作るよ」
楓がくしゃりと目を細めて陽だまりみたいに笑いながら、ハチミツのように甘い声でそう言ってくれる。
ああ、なんて綺麗な笑顔だ。
彼の笑顔ほど尊いものは、この世界にないかもしれない。
楓の笑顔だけで、自分の心か高校時代に戻ったかのように錯覚してしまう。
「誠、話って何?」
「あのさ……楓に言いたいことがあって……」
「何?」
楓は、まっすぐといた桃花眼の瞳で俺を見る。楓の美しい瞳に、自分が映っていることを意識するだけで皮膚が粟立つ。
何から話せばいいのだろう。最後だと思うと、楓に伝えたいことがたくさんある。でも、全部は伝えきれないから、一つだけどうしてもいいたかったことを言うことにした。
「俺さ……高校時代の時、教材費が盗まれて俺が疑われてしまったことがあっただろう。その時、クラスで俺が犯人だって噂をされていたことを知っているんだ。でも、お前は俺を信じてくれただろう」
「ああ、あれ。だって、誠があんなことするわけないだろう」
楓は、胸を張りながら自信満々にそう言い切ってくれた。
「俺は、あの時……すごく救われた気持ちになった」
教材費が盗まれた時、どうせ俺みたいな奴が疑われて当然だと、自分ですら諦めた。でも、お前が信じてくれて救われたような気持ちになったんだ。
あの時、どんな感情が生まれたかは言葉にできない。
赤ん坊が泣きじゃくるように、洪水みたいな激しい感情が溢れたんだ。
「それなら、よかった」
楓はそう言いながら、優しい手つきで俺の頭をポンポンと撫でてくれる。その手つきがあまりにも優しくて、涙が出そうになるがグッと堪える。
「楓は、誰よりもかっこよくて、優しくて、何でもできた。俺は、そんなお前の存在が眩しかった」
小さい頃、俺は、他人からつまらない存在だとレッテルを張られた。そして、どうせ自分なんかといても、誰も楽しくないに違いないと卑屈に生きるようになった。
だけど、昔、楓は、『誠といると楽しい』と言ってくれた。
俺と一緒に小説の話をたくさんしてくれた。
俺に高い参考書をさりげなく貸してくれたり、わからないところを教えてくれたりして助けてくれた。
楓のいいところが山のように思いつく。楓は、俺の人生において、一番特別な存在で、楓を超える人間なんて現れなかった。だから、離れていても、楓以外の誰も好きになることができなかった。
ずっと、自分なんかが触れてはいけない尊い存在みたいに思っていた。
楓と付き合えたことは、夢みたいな時間だった。だけど、夢から覚めて現実に戻されるように、この関係に終わりを作らないといけない。
全部、終わりにしよう。
「楓……。ごめん。俺は、お前のことが好きだった。でも、それは過去の話だ。もう俺達、別れよう」
俺がそう告げると、楓が背後からマシンガンに打たれたように目を見開き、衝撃を受けていた。
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