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嘘つき
しおりを挟む「あら、あなたも来ていたのね」
冷たい目をした東条薫子が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
桃華は、そんな薫子に近づき不安そうに「お母様。楓は、無事ですか」と尋ねた。
状況から判断すると、薫子は入口に来た桃華を迎えに来たのだろう。薫子は、すでに楓に会ったのだろうか。楓は、どのような状態だろう。
「楓は、命に別状はなかったわ。心配は不要よ。誠さんは、さっさと帰ってちょうだい」
薫子は、俺に対して冷たい声で、存在を拒絶するようにそう言った。
今日は、楓の姿をこの目で見るまでは帰るわけにはいかない。蓮だって、こんな俺に力があると信じてくれた。
薫子に対して言い返そうとした時、彼女が大量の荷物を持っていることに気がついた。
彼女は、何かが入った大きな紙袋を持っている。
おかしい。どうしてお見舞いにきたはずの彼女がこんな荷物を持っているのだろうか。車に置いて来なかったのか。まさかこんな状況だというように、自分の仕事道具を持ち込んだわけじゃないよな……。
「その荷物は何ですか」
「漫画よ。楓の病室にあったわ。楓をゆっくり休ませるのに、邪魔だから持ってきたの」
その苛立ちを募らせたような棘のある言い方に、強烈な違和感を覚えた。
「東条さんは……楓の漫画を嫌っているのですか」
「当たり前でしょう。私から楓を奪った漫画なんて、好きになるはずない。今回だって、仕事の帰り道に事故にあったそうだわ。もう漫画家なんて辞めればいいのに」
え……。
息子が世界中から愛される漫画家となったのに、この人は楓を認めていないのか。
そんなかわいそうな状況におかれていたなんて……。
俺は、他の答えを求めるように、桃華を見た。しかし、彼女は、俺のショックに気がついていない様子だ。
「楓は、漫画家になんてなるべきではなかった。東条グループの跡を継いでくれれば、よかった。漫画なんてくだらないものは、さっさと辞めてしまえばいいのに」
桃華も、俺の予想と違って、楓の職業を否定するような発言をした。
俺は、彼女みたいな人こそ、楓にふさわしいと思っていた。だけど、本当にそうなのだろうか。自分が人生を捧げて生み出したものさえ認めてくれない人と結婚して、楓は幸せになれるのだろうか。
答えは、きっとノーだ。
「ちょっと待ってください。楓のしていることは、すごいです。俺は、あんなにおもしろい漫画は初めて読みました。毎週、彼の作品を読むことを生きがいにしています。多くの人があいつの漫画をおもしろいって言って、読んでいます。世界中にあいつのファンがいます。映画の興行収入も、日本トップレベルです。あいつは天才で、誰よりも努力しています。母親であるあなたが楓の生み出したものを認めないなんて、あんまりじゃないですか」
そう真剣に訴えるが、薫子はイライラしたように怒鳴りだした。
「あなたは、まだ若いからわからないでしょう。楓は、私のことさえ、聞いていれば幸せになれるのよ!!!」
俺は、そんな薫子の自己中心的な発言に、ブチっと何かが切れる気がした。
「楓は、あなたの道具ではありません。おばさん。あなたは、何が楓にとって幸せで、何をすることが好きか真剣に考えたことがありますか」
それを聞いた薫子は、怒りのあまりヒステリックに叫び出した。
「おばさん⁉失礼な人ね!あの子の幸せは、東条グループの跡を継ぐことで……」
「いいえ。違います。楓は夢を持ち、それを追いかけるという選択をしました。それを応援したことはありますか。東条さんは、あいつの漫画を読んだことがありますか」
「読んだことはないわ。でも、あなたには、私の気持ちなんてわからないでしょう」
そうだ。俺には、この人の気持ちなんてわからない。薫子も、東条グループを支える人間として、死ぬほど苦労をしてきたのだろう。
だけど、あれほど何かを築き上げた息子を認めてあげないのは、あんまりだ。でも、こんな言葉を返す薫子が、この先も楓の作品を認めることはないのかもしれない。
じゃあ、桃華はどうだろうか。
「桃華さんは、楓の漫画を読んだことがありますか」
「ないわ。そういうくだらないものは、読まないの」
その発言は、俺にとって信じられなかった。
どうして彼女は、好きな人のことをもっと理解しようとしないのだろう。もっと知りたいと思い、楓の生み出したものに興味を持つことはなかったのか。
桃華にとって、楓は何なのだろう。
桃華の容姿は、妖精のようにかわいらしい。かわいい彼女は、多くの人から選ばれ、愛されてきただろう。
だけど、彼女は、何かを間違えているのではないだろうか。
「桃華さん。あなたにとって好きなこととかありますか」
「もちろんあるわよ」
「それを否定されてら、どんな気持ちになりますか」
「え……。そうされたら、私は………」
それを聞かれた桃華は、そんなことに初めて気がついたかのように言葉を失いうろたえた。
何でも肯定ばかりされる環境で育った彼女は、こんなこともわからなかったのだろうか。それとも、自分に都合が悪いことは、認めようとしなかったのだろうか……。
ずっと俺は、自分の気持ちから逃げていた。
楓のことが大好きなのに、俺なんてふさわしくないって、向き合うことから逃げていた。
楓が好きでたまらないから、いつか飽きられ捨てられることが怖かった。
でも、あいつのために変わりたい。
もうあいつの隣にいることから逃げたくない。
「桃華さん。俺は、あなたよりも楓にふさわしい」
そう桃華の前で、きっぱりと言い切った。彼女の瞳は、恐ろしいものでも見るように揺れていた。
「そ、そんなわけないでしょう」
「俺は……自分なんか楓にふさわしくないと思ってしました。家柄もよくないし、誇れるものがないからです。でも、俺にもできることがあるって気がつきました。楓の仕事が上手くいかないときは、俺が支えてあげたい。楓の夢を応援してあげたい。楓の夢を否定したあなたには、あいつを渡せない」
「……」
俺の言葉を聞いた桃華は、言葉を失い青ざめた顔で震えていた。それに対して薫子は、怒りのあまり血管を浮きだせ、髪の毛を逆立てた。
「あなた、楓と別れるって言っていたじゃない!」
薫子は、金切り声をしながらそう怒鳴りつけてきた。
「ああ。あれは、嘘です」
俺は、胸を張り堂々とそう答えた。
池田誠は嘘つきだから、あれくらいの嘘をついて当然だ。
「何ですってぇええええ!!!」
薫子は顎が外れそうなくらい、あんぐりと口を開けている。
そんな彼女に対して、笑顔で宣戦布告する。
「あなたの知っての通り、俺は嘘つきです。だから、楓とは別れません」
前に楓に料理を作ったことを思い出す。あいつは、すごく美味しいといいながら、食べてくれた。こんな俺でも、楓のためにできることがある。
もし、楓がこんな俺を許してくれたら、あいつを俺が幸せにしてみせる。二人で一緒に幸せになりたい。
俺の言葉を聞いた薫子はわなわなと震えていた。
俺は、そんな薫子と桃華に構うことなく、病院の奥へと向かい出した。
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