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桃華
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【桃華視点】
誠の言葉を聞いた桃華は、雷に打たれたように打ちひしがれていた。
あんな奴の言葉なんか否定してしまいたい。だけど、彼の言葉が、自分の心に鎖のようにまとわりつく。
あの男の言っていた通り、私は、楓の好きなものや、やりたいことを尊重したことがあったのだろうか。
「あ……ああ……」
ショックのあまりうめき声が零れ落ちた。
こんな風に誰かから言われたことは、生まれて初めてだった。
私の周りには、楓を除いて私を肯定してくれる人ばかりいた。ママは、私のことを世界一かわいいとよく言ってくれた。
よくこんなかわいい人は、初めて見たと言われた。自分でも、テレビにいる女優やモデルよりも、私の方がずっとかわいいと自覚していた。容姿の美しさは、自分への自信へと繋がった。
パパやママも、私が楓に誰よりもふさわしいと言ってくれていた。私の友達だってそうだ。楓さんには、私みたいな人がふさわしいとみんなが認めてくれた。
薫子さんもそうだ。私以上に楓にふさわしい人はいないとおだててくれた。
だけど、私は……間違っていたのだろうか……。
そう想像しただけで、崖から突き落とされたようにゾッとする。
「失礼な男ね。言いたいことだけ言って、立ち去って。桃華さん。あまり傷つかないで。あなたより、楓にふさわしい子なんて他にいないわ」
薫子はそう言いながら、慰めるように肩を軽くたたいてくれたが、自分の胸に棘が刺さっているようだ。
楓と初めて出会ったのは、小学校3年生の時だった。その頃から彼は、周囲の人間がジャガイモに見えるほど、かっこよかった。テレビにいるアイドルよりもかっこいい楓に恋をした。いつか楓が自分のものになることを、洋服の新しいコレクションが手に入ることのように待ち望んでいたのだ。
かわいい私は、小さい頃からよく告白された。私を好きになった理由を聞くと、かわいいからと言われることが多かった。
かわいいは絶対的な正義であり、かわいくなればなるほど私はモテた。
男が好きになる理由は、かわいいだけで十分だ。かわいければ、かわいいほど価値があることの証だ。
学校一の美少女、ミスコン1位……そんな称号を手にしていていた私は、誰よりも自信があった。誰よりもかわいくなれば、誠も私を好きになるに違いないと疑ったことはなかった。
それに私は、かわいいだけじゃない。お金持ちで、家柄もいい。誰よりも特別な女の子だ。
私が楓を一番幸せにしてあげられると思っていた。
私のような女と結婚することが、楓の幸せだと信じて疑わなかった。
池田誠の存在を知った時は、イラついたけれども、彼のことを脅威に感じなかった。
彼は、大してかわいくもないし、かっこいいわけでもない。たいしてお金を持っているわけでもないし、特別なものなんて何もなさそう。
今は楓が物珍しさで変な男に興味を持っているけれど、どうせ飽きるだろう。
私の方が、誠よりも楓にふさわしい。
そう信じて、疑わなかった。
だけど……私は、楓にとっての本当の幸せを考えたことがあっただろうか。
楓は、誰よりも美しかった。桃花眼の瞳は目を引き付けられたし、完璧な顔立ちは絵画以上だった。
だから、宝石を欲しがるように彼を欲しがっていた。自分のものにして、彼にも私のことを愛して欲しいと願っていた。
けれども、自分の愛していた楓が偶像だった気がする。楓という人間に理想を抱き、それしか見ようとしなかった。楓の意思や、実績に目を向けることさえしなかった。できれば、漫画なんて描くのを辞めて、東条グループの跡取りに戻って欲しかった。その方が私にとって都合がいいからだ。
私は、楓を理解していたわけじゃない。
楓のことを、私を幸せにしてくれる道具のように欲しがっていたのだ。彼の好きなものも、やりたいことにも理解を示そうとしなかった。楓の人生における選択肢も間違っていると否定して、自分の価値観を押し付け続けた。
それに対して、池田誠は、楓を理解しようとしていた。彼の選んだものを尊重し、理解している。そんな彼だから、楓は池田誠を好きになったのだ。だから、私が敗北するのだろう。
私は、洋服を選ぶことが好きだ。自分でデザインすることも好きだ。パパは、私がデザインした服を作ってくれて、ブランドを立ち上げ販売もしてくれている。それに関するモデルとしての仕事もしている。それは、私にとって生きがいの一つだ。私の作った服を好きになってくれる人も多くて、そんな人たちの声を聞くことも好きだ。
もし、それを否定する人がいたら、好きになることはできないかもしれない。
どうして気がつかなかったのだろう。
自分がされて嫌なことを楓にしていた。
昔、楓から漫画家になりたいと言われた時がある。あの時、私は、何て答えただろうか。楓の夢を理解不能なものと決めつけ、否定した気がする。ちょうどその頃、婚約破棄された気がするが、私はどうして楓が婚約破棄をしたのかわからなかったっけ……。
ひどい車酔いをしたようにめまいがする。自分の信じていた世界が崩壊していくようだ。それでも、その場に崩れることなく、背筋を伸ばして、薫子の目をはっきりと見た。
「お母様……。いいえ、薫子さん。私は、楓にふさわしくなかったように思います」
もう楓に執着することは、終わりにしよう。
少し時間はかかるかもしれないけれど、今度は、誰かのことをちゃんと理解し、愛し合いたい。大丈夫。誰よりもかわいい私は、もっと上手くやれるだろう。かわいいに、理解力が加わった私は、無敵になるに違いない。きっと私は、幸せになれるに違いない……。
桃華の言葉で、薫子は凍り付いたように動かなくなった。
彼女は、これ以上反論することなく、言葉を探しているようだった。
桃華は薫子に向かって深々と頭を下げると、楓のいる病室ではなく、駐車場へと歩き出した。薫子の前では強がっていたが、駐車場にたどり着くまでに涙が溢れてくる。
「あああああああ……あああああああああああああああああああ……」
涙と嗚咽と共に、長かった恋が終わろうとしていた。
誠の言葉を聞いた桃華は、雷に打たれたように打ちひしがれていた。
あんな奴の言葉なんか否定してしまいたい。だけど、彼の言葉が、自分の心に鎖のようにまとわりつく。
あの男の言っていた通り、私は、楓の好きなものや、やりたいことを尊重したことがあったのだろうか。
「あ……ああ……」
ショックのあまりうめき声が零れ落ちた。
こんな風に誰かから言われたことは、生まれて初めてだった。
私の周りには、楓を除いて私を肯定してくれる人ばかりいた。ママは、私のことを世界一かわいいとよく言ってくれた。
よくこんなかわいい人は、初めて見たと言われた。自分でも、テレビにいる女優やモデルよりも、私の方がずっとかわいいと自覚していた。容姿の美しさは、自分への自信へと繋がった。
パパやママも、私が楓に誰よりもふさわしいと言ってくれていた。私の友達だってそうだ。楓さんには、私みたいな人がふさわしいとみんなが認めてくれた。
薫子さんもそうだ。私以上に楓にふさわしい人はいないとおだててくれた。
だけど、私は……間違っていたのだろうか……。
そう想像しただけで、崖から突き落とされたようにゾッとする。
「失礼な男ね。言いたいことだけ言って、立ち去って。桃華さん。あまり傷つかないで。あなたより、楓にふさわしい子なんて他にいないわ」
薫子はそう言いながら、慰めるように肩を軽くたたいてくれたが、自分の胸に棘が刺さっているようだ。
楓と初めて出会ったのは、小学校3年生の時だった。その頃から彼は、周囲の人間がジャガイモに見えるほど、かっこよかった。テレビにいるアイドルよりもかっこいい楓に恋をした。いつか楓が自分のものになることを、洋服の新しいコレクションが手に入ることのように待ち望んでいたのだ。
かわいい私は、小さい頃からよく告白された。私を好きになった理由を聞くと、かわいいからと言われることが多かった。
かわいいは絶対的な正義であり、かわいくなればなるほど私はモテた。
男が好きになる理由は、かわいいだけで十分だ。かわいければ、かわいいほど価値があることの証だ。
学校一の美少女、ミスコン1位……そんな称号を手にしていていた私は、誰よりも自信があった。誰よりもかわいくなれば、誠も私を好きになるに違いないと疑ったことはなかった。
それに私は、かわいいだけじゃない。お金持ちで、家柄もいい。誰よりも特別な女の子だ。
私が楓を一番幸せにしてあげられると思っていた。
私のような女と結婚することが、楓の幸せだと信じて疑わなかった。
池田誠の存在を知った時は、イラついたけれども、彼のことを脅威に感じなかった。
彼は、大してかわいくもないし、かっこいいわけでもない。たいしてお金を持っているわけでもないし、特別なものなんて何もなさそう。
今は楓が物珍しさで変な男に興味を持っているけれど、どうせ飽きるだろう。
私の方が、誠よりも楓にふさわしい。
そう信じて、疑わなかった。
だけど……私は、楓にとっての本当の幸せを考えたことがあっただろうか。
楓は、誰よりも美しかった。桃花眼の瞳は目を引き付けられたし、完璧な顔立ちは絵画以上だった。
だから、宝石を欲しがるように彼を欲しがっていた。自分のものにして、彼にも私のことを愛して欲しいと願っていた。
けれども、自分の愛していた楓が偶像だった気がする。楓という人間に理想を抱き、それしか見ようとしなかった。楓の意思や、実績に目を向けることさえしなかった。できれば、漫画なんて描くのを辞めて、東条グループの跡取りに戻って欲しかった。その方が私にとって都合がいいからだ。
私は、楓を理解していたわけじゃない。
楓のことを、私を幸せにしてくれる道具のように欲しがっていたのだ。彼の好きなものも、やりたいことにも理解を示そうとしなかった。楓の人生における選択肢も間違っていると否定して、自分の価値観を押し付け続けた。
それに対して、池田誠は、楓を理解しようとしていた。彼の選んだものを尊重し、理解している。そんな彼だから、楓は池田誠を好きになったのだ。だから、私が敗北するのだろう。
私は、洋服を選ぶことが好きだ。自分でデザインすることも好きだ。パパは、私がデザインした服を作ってくれて、ブランドを立ち上げ販売もしてくれている。それに関するモデルとしての仕事もしている。それは、私にとって生きがいの一つだ。私の作った服を好きになってくれる人も多くて、そんな人たちの声を聞くことも好きだ。
もし、それを否定する人がいたら、好きになることはできないかもしれない。
どうして気がつかなかったのだろう。
自分がされて嫌なことを楓にしていた。
昔、楓から漫画家になりたいと言われた時がある。あの時、私は、何て答えただろうか。楓の夢を理解不能なものと決めつけ、否定した気がする。ちょうどその頃、婚約破棄された気がするが、私はどうして楓が婚約破棄をしたのかわからなかったっけ……。
ひどい車酔いをしたようにめまいがする。自分の信じていた世界が崩壊していくようだ。それでも、その場に崩れることなく、背筋を伸ばして、薫子の目をはっきりと見た。
「お母様……。いいえ、薫子さん。私は、楓にふさわしくなかったように思います」
もう楓に執着することは、終わりにしよう。
少し時間はかかるかもしれないけれど、今度は、誰かのことをちゃんと理解し、愛し合いたい。大丈夫。誰よりもかわいい私は、もっと上手くやれるだろう。かわいいに、理解力が加わった私は、無敵になるに違いない。きっと私は、幸せになれるに違いない……。
桃華の言葉で、薫子は凍り付いたように動かなくなった。
彼女は、これ以上反論することなく、言葉を探しているようだった。
桃華は薫子に向かって深々と頭を下げると、楓のいる病室ではなく、駐車場へと歩き出した。薫子の前では強がっていたが、駐車場にたどり着くまでに涙が溢れてくる。
「あああああああ……あああああああああああああああああああ……」
涙と嗚咽と共に、長かった恋が終わろうとしていた。
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