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東条薫子
しおりを挟む薫子は、去っていく桃華の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。
どうして桃華さんは、あの男の言葉で去っていくのだろう。それじゃあ、まるで彼が正しくて、桃華さんが間違っていたようではないか。
いや、桃華さんがダメなら、また別の駒を用意すればいい。楓には、何としてもいい令嬢と結婚して、子供を産んでもらわないといけない。
そのために、楓と誠が会うのを阻止しなければならない。楓の病室に行って、早く誠を帰らせよう。楓が弱っている時に、あんな恋人と会わせてしまったら、恋心が燃え上がるかもしれない。
急いで、楓の病室の前に来たが、先ほど楓と喧嘩をしたこともあり、ドアを開けるのをためらった。そんな時、ドアの中央にあるガラスから見えたのは、楓の幸せそうな笑顔だった。
楓は、頬を少し染め、薔薇のように華やかな笑顔を浮かべている。池田誠が看病に現れたから、楓はあんな風に笑ったのだろうか。
こんな楓の顔を見たのは、いつぶりだろうか。
私は、こんな笑顔の楓を何年も見ていない。
なぜかその事実が怖くなって、ドアから後ずさった。そのまま逃げるように、エレベーターにのり、病院から立ち去っていった。
違う。
違う、違う、違う。
私のしたことは、間違っていない。
そう思いたいのに、楓の笑顔が頭から離れない。誠の言葉が脳を侵食していく。
「……」
思考がまとまらない私は、ぼんやりと振り返るように過去へと思いをはせた。
* *
私の人生は、小さい頃から決まっていた。
清宮グループの一人娘として生まれた私は、5歳の時に東条グループの御曹司である東条 総一郎と婚約した。
幼い頃から、華道、マナーの勉強、書道、塾、バイオリンにピアノ……様々な習い事をして、立派な花嫁になることだけを求められていた。
いつしか、私は、自分の友達である成宮 清に恋をしていた。彼は、私の家よりも家柄が低かった。その恋が、家族に許してもらえるわけがないとわかっていた。だから、告白することすら諦めた。
私が好きなことは、音楽を聴くことだった。やることばかり多い辛い人生だったけれども、前向きなことを言っている音楽を聴いていると慰められた。バスルームでこっそり歌うことが好きだった。本当は、家のことなんて捨てて歌手になりたかった。けれども、自分を一生懸命育ててくれた家族に向かって、そんなことは言えなかった。
結局、好きだった男を諦め、歌手になりたいという夢を誰にも言うことなく捨てて、東条家に嫁いだ。
東条家に嫁いだ私を、多くの知り合いが羨んだ。なぜなら、夫は仕事ができるイケメンで、東条家は日本トップレベルの金持ちだからだ。
けれども、私は、あまり幸せではなかった。夫の総一郎さんは、完璧な妻を求め、何か気がついたことがあると注意してきた。そして、仕事に追われている彼は、余計な会話をすることを嫌い、事務的な会話ばかり求めていた。
友人からは嫉妬ばかりされ、会話は腹の探り合いばかり。
孤独とストレスから、精神を病みそうになっていた。
そんな中、産まれたのが楓だった。私によく似た楓は、誰よりも美しく、多くの人から愛された。美しく賢く私の自慢の子供となった。
大きくなった楓は、東条グループの跡取りとなるに違いないと思っていた。けれども、楓は、漫画家になることを目指し、跡取りになることを辞退した。最初は、総一郎さんも反対していた。けれども、彼は、楓が跡を継がないなら、もう一人の息子に跡を継がせると言い出した。
なんと総一郎さんは浮気をしていて、その浮気相手との間に息子がいたのだ。浮気相手は少し前に病死したけれど、彼の息子である啓介に支援し続けていたらしい。
総一郎さんは、浮気相手との息子である啓介を東条家に迎え入れ、彼を跡取りにしようとした。
東条グループは、私の人生だった。
多くのものを捨てて、私の人生を捧げてきたものだ。
いつか楓が大きくなって、跡を継いでくれたら、その全てが報われると思っていた。
それを旦那の不倫相手の子供に、全て奪われていく。その光景は、悪夢でしかなかった。
幸い、啓介は、楓ほど優秀じゃなかった。だから、楓が戻ってきたら、すぐに跡継ぎは楓に戻るはずだ。そう思い、何度も楓を説得しようとしたが、楓は戻ってこなかった。
楓が漫画家として成功した頃、楓が跡継ぎになることは諦めようと思った。その代わり、楓に子供が生まれたら跡継ぎにして欲しいと夫に頼んだ。彼は、楓が優秀な遺伝子を持つことを理解しており、そのようにすると約束してくれた。
だけど、楓は男と付き合って、子供を産むつもりがなかった。
楓が子供を産まなければ、東条グループは、全て啓介のものになってしまう。彼の子供や子孫に、奪われてしまう。
そのことがどうしても許せなかった。
だから、必死で楓と桃華を結婚させようとした。葉月グループである桃華と結婚すれば、楓の子供が東条グループの跡継ぎとなる。そうすれば、私の今までの努力が報われる。楓だって、誰よりも幸せになれるはずだ。
そう信じて、楓の選んだものや、好きなものを否定した。
だけど、私は、楓を自分の所有物みたいに思っていたのだろうか。
そうかもしれない。楓かその子供に東条グループさえ継いでもらえれば、私のこんな惨めな人生が報われると思っていた。
けれども、楓があんな風に笑えるのは、大好きな池田誠の前だからかもしれない。
私は、あの子の幸せなんて考えていなかった。自分が産んだ楓のことを、自分に都合のいい道具のように思っていた。楓の子には、東条グループを継がせ、それ以外の人生なんて認めないと決めていた。
それは、楓にとっての幸せではなかったのかもしれない。そんなこと、考えたことなかった。いや、自分に都合が悪いから、考えようとしなかったのかもしれない。
自宅に帰っても、池田誠の言葉が頭から離れない。悔しいことに彼の言葉は、当たっていた。
『あなたは、何が楓にとって幸せで、何をすることが好きか真剣に考えたことがありますか』
ああ。それは、私が必死で目を背けようとしていたことだ。
私は、ゆっくりと戸棚の隅へと向かった。以前、楓から描いた漫画をもらったことがある。それらは、少しも読むことなく、戸棚へとしまっていた。それを読むことは、今の楓を認めることである気がして、ずっとできなかった。
震える手で、楓が描いた漫画を持った。
漫画なんて、低俗なものだと決めつけて、読んだことがなかった。楓を東条家から奪った漫画が憎くて、それらのものから目を背けていた。だから、楓が漫画家になっても、読むことができなかった。
ゆっくりとページをめくりながら、読んでいく。話題になっていたものだけあって、話は、とても面白くあっという間に引き込まれた。
あの子は、こんなにおもしろいものが描けたのね。東条グループに固執する自分は、そんなことにも気がつかなかったのだ。
私は、母親失格かもしれない。
息子が思い通りに生きてくれなかった自分は、ずっと不幸だと思っていた。だけど、こんなにも才能がある子供がいるのだ。きっと私は、誰よりも恵まれていた……。
「……いい恋人を持ったわね、楓」
私の右目からスーッと涙が零れ落ちた。
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