死亡フラグ乱立の極悪非道な国王になりました!

夜刀神さつき

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閑話    少年の見ていた世界

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 人の運命は、生まれた時から決まっている。

 僕の運命は、最悪だった。

 呪われた血の一族と呼ばれたカルタヤ人として生まれた僕は、小さい頃から、不幸な目にばかりあった。だけど、自分だけが被害者だったわけじゃない。

 6歳の時、曲がり角でタリア人の男にぶつかってしまった。

 逆上したタリア人は、僕を殺そうとした。母さんは、殺されかけた僕を庇って死んだ。もちろんタリア人の男は、何の罪にもならなかった。

 ぶつかった時のことを今でも覚えている。

 もしも、曲がり角を走らなければ……。そうすれば、母さんは死ななかった。



 過去を思い出す度に自分を責めずにはいられなかった。



 一人になって奴隷として働き続けた。

 苛め、差別、虐待……ありとあらゆる苦痛を受けた。それがカルタヤ人として生まれてきたから当然のことだと思っていた。

「カルタヤ人は、人間ではない。ただの奴隷よ。同列に扱わないで」

「下等種族が同じ空気を吸わないで」

「ストレスが溜まっているから一発殴らせろよ」

「全部、お前のせいだ。お前らが世界に存在しているから悪いんだ!……」

 呼吸をするように当然に見下した言葉が自分に向かって吐かれた。いつも全世界が僕の敵に見えた。



 生きること。

 それだけのことが辛くてたまらなかった。

 きっとこの先、生き続けていても幸せなんて訪れないだろう。所詮、カルタヤ人には幸せになる権利などない。

 僕が思い描く唯一の幸せは、死であった。

 死は、あらゆる苦痛からの解放である。

 死こそが至上の幸せだと知りながら、僕を庇って死んだ母さんに申し訳なくて自殺することができなかった。


 早く死にたい。誰でもいいから、僕を殺してください。

 毎日、朝、起きると思うことは、それだけだった。


 ブロトレイト国の国王ギル・ノイルラーの元で働いたら、きっとすぐに殺してもらえるだろうと期待していた。

 ギル・ノイルラーは、今まであったどの人よりもひどい男だった。僕の嫌いなタリア人で、人の命も虫の命も同じように思っているクズだ。人を苦しめることを生きがいとしていて、強欲で、弱いものの気持ちなんて理解しようとしない最低な人間だった。きっと、母さんの命を奪った男のような人なのだろう。

 けれども、殺してもらえるだろうという期待は、裏切られた。鞭で千回打たれ、食事も3日間抜きの日もあったが、なかなかトドメをさしてくれない。

 それどころかギルは、最近、心を入れ替えたように、いい人になりだしている。税金を減らし、ミサイルの制作も中止した。軍縮も行い、拷問していた人も解放した。

 おそらくメシアという独裁国家を次々と滅ぼしていった存在怯えて、殺されないように変わろうとしたのだろう。

 そんな急変したギルに対して苛立ちばかり募っていった。

 今更、偽善者ぶったところで遅い。お前が殺した人も、壊したものも元には戻らないんだよ!お前は、悪だ。いい人になんてなれない。メシアに殺されてしまえばいい。



 ずっと、彼のことをそんな風に嫌っていた。


 紅葉の色づく季節。赤や、橙色の葉っぱが地面に積もっている。

 農村で作られたジャガイモの荷台を運んでいる時のことだった。「おい」と近くにいた薄汚い少年達に話しかけられた。

「カルタヤ人のくせに俺達の道を塞ぐな」

「お前、邪魔なんだよ」

「ごめんなさい」

 必死で土下座をして謝罪をする。

「お前、ギルのところで働いているのか」

 馬車の紋章に気がついたのか、そう聞かれた。

「はい、そうです」

「俺ら、あいつに税金を搾り取られたんだよ。レークの姉さんもあいつのおもちゃにされたんだよ」

 嫌な予感がする。だけど、4人の少年達相手に今更逃げ切ることなんてできないだろう。

「ギルのところの人間なら、お前が償えよ」

「でも、僕はただの奴隷で」

「うっせぇな。カルタヤ人のくせに発言なんてするんじゃねぇ!」

 パアンッ。

 派手な音を立てて平手打ちをされた。

 痛い。殴られたところがヒリヒリとする。

 それでも、涙を堪えていると今度は、思いっきり蹴られた。

「うぐっ」

「お前みたいな奴は、俺らのサンドバックになっていればいいんだ」

 泥水の中に倒れても更に蹴られ続ける。血がにじもうと容赦なく続行される。

「っ……。はあ、はあ……ぐっ……」

 抵抗する権利なんてないから、許しを請うしかない。

「ご、ごめんなさい。許してください」

 今まで何度も繰り返してきた言葉をまた呟く。

「嫌だ。ギルの元で働いている人間なんて許せねぇ」

 ちくしょう。

 ちくしょう、ちくしょう。

 悔しくてたまらない。何で僕ばかりこんな目にあうんだ。

 こんなことになるなら、本当に生まれてこなければよかったな……。





 やがて、散々殴られて血だらけになったシオンを放置して少年達は、去って行った。



 足が折れたのか、上手く立ち上がることができない。

 ここで倒れていても誰も助けてくれない。僕なんて助ける価値のない人間だから。

 早く帰らないと……。

 仕事に遅れてしまったら、また鞭で殴られる。

 それとも、もっと辛い罰が待っているかもしれない。逃げたところで行く場所もないし、すぐに見つかるだろう。だったら、帰る方がましだ。3日くらいはご飯抜きにされても、4日目からはもらえるかもしれない。

「はあ、っあ……」

 何とか荷台を支えにして立ちあがる。

 よろよろとするけれど、まだ片方の足は大丈夫そうだ。

 折れた足を引きずりながら、必死に進み続けた。



 絶対に怒られると思って帰ったのに、何故か通りすがりのギル様に助けてもらえた。それどころか、ボロボロの僕をフカフカのベッドに寝かせてくれた。

 バタンと音が立ってギルが去っていくのを、魂が抜かれたような様子で見ていた。

 初めて横たわる羽の毛布がついたベッドは、夢のようにフカフカで甘やかされているような気分になる。

 止血された包帯からは、血がにじんでいるが全然痛くなかった。折れた足から伝わってくる痛みも、どうでもいいと思った。

 ギルは、タリア人で最低のクズで、たくさん人を殺してきた悪で。それすらも、どうでもいいと思えるくらい嬉しくて……。


 ポタリ。


 掌の上に雫が落ちた。

 あれ。目が熱い。

 頬を熱い雫がつたっていく。

 こんなところで泣いちゃいけない。そう思って涙を拭うが、洪水のように次々と涙が零れ落ちていく。

 何で僕は、泣いているんだろう。わからないけれども、涙が止まらない。

「……うぁ……。っ……」

 何だか胸が温かい。

 あまりにも熱くて呼吸が苦しい。

 こんな風に優しくされたことなんて一度もなかった。甘やかされたことも、失敗を許されたこともなかった。そんなことが僕の人生に起きるだなんて……。 

 今日は、死にたかった。

 昨日も、死にたかった。一昨日も、その前も……ずっと、死にたかった。

 だけど、こんなことで生きていてよかったなんて思えるなんてバカみたいだ。

 胸が張り裂けそうで、熱くて、ジンジン痺れて、息が苦しいくらいで……この気持ちを上手く言い表せない。 

 ああ、僕は……。

 ずっとこんな風に誰かに優しくされたかったんだ。

「ひっく……。っ……ぁあ……」


 堪えていたダムが崩壊したように思いっきり泣きだした。
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