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12 シグルーンの狼狽

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 ギルド内の三階で、ひときわ豪華な造りの部屋。

「美味しいです~」
「ささっ、こちらもどうぞ」

 ギルドマスターのランドグリスは、せっせと白く美しいヴェルジュに菓子を出す。

「ここの菓子は本当に美味しいですね~」
「そうでしょう。わたくし自らお作りしていますです! これでもサブ職は料理人でして。特に菓子作りにはこだわりを持ち精進していますです」
「お前はギルマスだろう。精進するなら、己の肉体を強化しろ」

 シグルーンが、菓子を口に投げ入れる。
 それと同時にランドグリスのベアーアームが、彼女を捉えた。

「お前に食わせる菓子はなーいぃぃぃ!」

 そう叫ぶが、砕けたのは繊細な猫足の椅子だった。

「俺様には、お前のベアーハンド? は心地良い風だぜ! バーカ」
「この筋肉凶暴女! 白の聖女様の爪の垢を煎じて飲め。」
「爪の垢なんて・・あります?」

 菓子をおき、自分の桜色の爪をまじまじと見るヴェルジュに、ランドグリスは、平謝りし、それを見たシグルーンは、爆笑した。

「ごほんーっ!ギルマス、よいか?」

 一人ゆるりと紅茶を口にしていたロイ爺は、うるさい二人をぎろりと睨んだ。

「新人冒険者達のアパートメントのことだが」
「ええ、報告書は見たが、本当に良いのか?こちらは有り難い。新人冒険者ほど危ないからな。多くの者が、冒険者ギルドに登録するが、新人で生き残れるのはな・・。」

 もちろん命をかけた職業だからだが、魔物や魔獣に殺される前に、あるものは酷い生活で病み、あるものは装備品を奪われたり、女冒険者は、特に危険度が高い。
 皆が、シグルーンのようには強くない。
 犯罪も多いのだ。
 他のギルドのように、身分証明がしっかりとしていないのもある。
 悪人でも登録できる。
 弱肉強食のギルドだ。

「おい! 女冒険者が危険って、ただ単に鍛え方が足らないだけだろ」
「バーカの脳筋さんですか~? 女性ならではの犯罪があるのです。」
「????」

 ヴェルジュの言いたいことがわからないシグルーンだ。

「性的暴力に決まってるだろうが! せめて実力をつけたのなら、住居を借りて街での生活は出来る。しかし、帰る家もない冒険者達が多いのは確かだ。」

 ギルド登録し、依頼と言う仕事はあるが、実力がともわなければ、賃金もしれている。
 せめて人が生きるのに欠かせない食事だけはと思い、ギルドマスターのランドグリスは、ギルド内の食堂を、冒険者ギルド登録者ならば、安く食事できるようにしていた。
 
「信頼できる仲間がいれば、依頼もこなせ、安心感もある。それを作る前につぶされたりするんだ」
「お前がしっかりと見てやればいいじゃねーか」

 ロイ爺は木槌を取り出し、シグルーンの頭を軽く叩く。

「いちいち殴るな!」
「お前はカーラの自立を願っただろう。同じじゃ。大勢いる青銅のカードの者に、逐一ギルマスがついて守るのか?
違うだろう。この世界で、冒険者ギルドを選んだ者は、既に一人立ちしているのも同然。それでも、食えない者に格安で旨い食事をと、気遣う男だ。」
「・・・・・。」

 シグルーンはロイ爺の言葉で、黙った。
 自分なりに考えているのだろう。

「奴隷よりはずっといい。冒険者は自由だ。この世界には悪い者もいる。新人冒険者を狙い金品を奪ったり、仲間だと思わせ囮にしたり。しかし、それも新人冒険者の甘さと油断が引き起こす。魔物や魔獣相手と同じ。それを回避し、生き残る者達だけが、上に上がれる。その中で、信頼関係をはぶくみ仲間達と成長していくんだよ」
「そんな悪人は捕らえたらいいじゃねーか」
「現場を押さえねーと裁く事ができないんだ! バカ筋肉凶暴女」

 また、ぎゃーすかとシグルーンとランドグリスは、言い合う。

「話じゃが、冒険者で青銅のカードの者が一年間利用出来るアパートメントを、超格安で貸し出す。まぁブロンズカードになりたては一年間まで良いか。」
「良いので?」
「あぁ。その中で、ワシが期待出来る者ならば、特別に好きなだけ住むことを許すが、ワシの依頼するクエストには応える事が条件じゃ。」

 ただでは貸さないとロイ爺は言った。
 アパートメントの出来上がりは、七日後の予定。
 ドワーフの知り合い達に手伝いを頼んだ。
 それには、シグルーンの冬毛や、氷の世界の珍しい鉱石などを、彼等の報酬に使ったロイ爺だった。

「これもカーラの為ですか?」
「伸びしろが未知数な者達への投資じゃよ。力をつけ経験を積んで、ワシの依頼をこなしてもらう。ワシもな、最近じゃ、足腰が痛いでな。材料調達に、信用できる優秀な人材をと思ったんじゃ」

 そこは今から、冒険者ギルドとアパートメントを利用する者達に恩を売り、自分の欲しいと思う素材を、自分が納得する状態で頂くと言う、ロイ爺の思惑だ。

「住む家が、良すぎて出ていきたくないなら、実力とワシの信頼を得ることじゃ。青銅のカードの期限は一年間。ブロンズカードの者達も同じ一年間。そこでどこまで頑張るか? その期間に他に、移り住みたいのなら出て行くのもよし」
「ただ甘んじていてはダメですからね~。格安で安全な住居と、格安で美味しい食事。あとは、己の目標を持ち進まなければいけませんよね~。その後もおいしいかはわかりませんが、ロイ爺さんのお目にかかれば、専属指名の仕事はありますからね」
「左様です! 白の聖女様。こちらのチョコレート菓子もどうぞ」

 ランドグリスは、お貴族様御用達の甘いチョコレートを、ヴェルジュに進めた。
 七日後に、出来上がった物件を見に行く。
 それまでに入居者希望を集めてロイ爺に届ける。
 
 ロイ爺は、アパートメントの建設に戻った。
 ヴェルジュとシグルーンは、B級クエストをと、ランドグリスに言われた。
 B級者達が出払い、いなかったからだが、勿論シグルーンは、ランドグリスに文句を言ったが、無理を言って申し訳ないと、ヴェルジュに美味しいスィーツを用意しておくと言われて、ヴェルジュが受けた。

「とっとと、行くぜ!」
「そうそう、今日もカーラは薬草採取ですか?」

 そう聞いたヴェルジュに、ランドグリスは、受付嬢を呼んだ。

「今日は、C級のダニエル様、D級のガイル様、ミラー様。そしてE級のノア様と、ご一緒にプラトーダンジョンに行かれました。」
「はぁー?」
「ひっ!」

 威嚇するシグルーンに受付嬢は、青ざめる。
 
「すみません。大丈夫ですよ」

 にっこりとヴェルジュが微笑み、受付嬢はほっと息をはいた。

「ガイルとミラーか・・。あいつらもそろそろ上がる頃だろう。ノアはここでダンジョンクエストでもこなさないと、青銅のカードの期限切れか。ダニエルね・・」
「C級でしたら腕はたつのでしょう?」

 ヴェルジュが聞くと、ランドグリスは、あまり良い表情をしない。
 C級といってもピンからキリまで幅広い。
 C級を十段階に分けると、C-1がD級からあがったばかりで、Cー10が、B級へと言うくらいに、実力の差がある。
 いっぱしの冒険者と呼ばれるが、駆け出しに近い、いっぱしか、腕利きに近い、いっぱしかで、大きく異なる。
 ダニエルはCー1
 駆け出しに近い、いっぱし。
 それに良くない噂もある。
 ダニエルの仲間がガイルとミラー。
 シグルーンが初日に絡んだ鼻ピアスの男だ。

「カーラは雄と行動だと!」
「そこですか~?」

 違うだろうと、ヴェルジュが突っ込む。

「プラトーダンジョンは虫のモンスターが多い。地下にいかなければ、あいつらの実力ならばいけるだろう。しかし、あいつらと行動した新人冒険者の生存確率が異常に低い。上級者が、下級者の育成のために、力を貸してやることは、育てるため冒険者ギルド内でもすすめているがな」
「カーラは大丈夫だ!俺様の弟子だしな」

 心配無用とシグルーンは筋肉で硬い胸をはる。

「そうですね。カーラなら大丈夫だと思いますが、ちゃんと今日中に帰って来るでしょうか・・・? 無断外泊はダメです。」
「そこですか?」

 受付嬢は思わず言ってしまい、おたおたと、部屋を出ていった。
 気掛かりを残しながらも、ヴェルジュはシグルーンと共に、鉱山の街ベルクウェルクの街に向かった。
 なんでも、ゴーレムが異常発生し、鉱山での作業もできず、作業員達にも被害が多発していると言う。





 日暮れに、プラトーの街に帰って来たシグルーンとヴェルジュだ。
 
「どういう移動手段を使った? 普通往復十日はかかる」
「今更~。」
「そうでした。白の聖女様。俺じゃない私の自信作『ラブ・ブランジュ』です」
「まぁ~綺麗で美味しそう」

 ランドグリスは、ヴェルジュに約束したスィーツを見せた。
 ホワイトチョコをふんだんに使い、真っ赤なラズベリーのケーキだ。

「ギルマスってのは暇か?」
「バカ言え! 忙しいに決まっているが、これとそれとは別だ。お前に食わせるつもりはない」
「いらねーよ!」

 シグルーンとランドグリスが、言い合いを始めたが、シグルーンにいつも威嚇され、涙目になる受付嬢が、ケーキを切り分けてヴェルジュに渡す。

「ありがとうございます。お名前は?」
「あ、はい! マリアンヌと言います。」
「ではマリアンヌさんもご一緒に」

 席をすすめるヴェルジュだ。

「マリアンヌさん、カーラは帰ってきましたか?」

 ヴェルジュの横で、ギルマスのケーキを頬張る受付嬢は、首を横に振る。
 必死に飲み込み、ヴェルジュを真剣に見つめた。

「まだなのです。プラトーダンジョンの一階ならば、もう、帰って来ても良い頃です。また・・」

 ホワイトチョコを口の端に付けたまま、マリアンヌは、悲しげに目を伏せる。
 
「こいつの受け持つ青銅のカードの冒険者達が、よくいなくなるんだ。こいつの受け持ちだけじゃないがな」

 仕事に戻れと、ランドグリスは、マリアンヌに言った。
 彼女は一礼して出て行く。
 ちゃっかり、自分のケーキは完食してあった。

「このままだと日が暮れますね」
「ダンジョンでの野宿は危険だ。ダニエル達がいても、青銅のカードが二人だとキツイか・・」

 ヴェルジュは立ち上がる。

「ほっておけよ。虫のモンスターなど、電撃殺虫散布で一撃駆除できる」
「あなたはね。かりに、カーラがそれをすると、仲間達も殺虫されます。それに、そんな大技を教えましたか?」
「・・・・教えて・・ねーよぉぉぉぉ!」

 慌てふためくシグルーンだ。
 狼が狼狽とはと、ヴェルジュはその様子をしばらく見ていた。

「あぁあ! 俺様とした事がぁぁぁーーっ! 鎖放電しか教えてなかったかもしれん! あとは、基礎的な身体強化と格闘にぃぃーーーあとなんだぁぁぁぁ!」
「落ち着きなさい。迎えにいきましょう。女の子が雄と外泊などいけませんからね」
「わ、わかった! 雄が、カーラに何かしたら食ってやる。」

 シグルーンはヴェルジュを抱えて部屋を飛び出す。
 残されたランドグリスは、ただただ親バカとはと呟いた。




 ギルドに彼らが、戻って来た。
 ダニエル達は、赤髪のカーラに捕縛された状態だった。
 三人を、まるで綿入りのぬいぐるみを引きずるように、小さな少女は、ランドグリスの前まで運ぶ。
 シグルーンが彼女を鍛えたと言うのは、嘘ではないだろう。
 基礎的な身体強化って言っていたが、基礎的の基準が普通ではないとランドグリスは評価した。
 基準値が、筋肉凶暴女自身だと。

 換金所でも、ひと騒ぎだ。
 急所に矢傷がある虫のモンスターが、大量に置かれ、場所を解体倉庫に移させた。
 青銅のカードのノアが仕留めたのは間違いなく、青銅のカードに記された記録はちゃんと証明されている。
 彼女はブロンズカードへと更新したのだ。
 ランドグリスは、換金された報酬を半分受け取り、大喜びのカーラを見る。
 ノアはハンターとしては、腕は確かだが、それは、止まっている的に対してだ。
 その為、仲間にも入れてもらえず、青銅のカードの期間がギリギリだった。
 魔物や魔獣は動く。
 眠り状態にするか、麻痺させるかで、動きを止めなければ、ノアの矢は当たらない。
 
「鎖放電ねぇ・・」

 ランドグリスは、踵を返し、ダニエル達の所へと行くが、三人の姿はなく、マリアンヌが、青ざめてランドグリスを呼びにきたのだ。

「ままマスター、早く来てください」

 引っ張られて行くと、そりゃ、化物も裸足で逃げ出すだろうと思える形相のシグルーンが、ダニエル達を三人いっぺんに掴み上げ、死の宣告をしていたのだ。

「俺様の可愛い妹分によくも邪な感情をいだいたな~ぁ! 死者の国ヘルヘイムに送ってやろう! 」
「やめろーぉ!」

 ランドグリスは叫ぶ。
 
「この人達が新人冒険者さん達を獲物にしていたんですよ~ぉ。」
「白の聖女様。しかしここは法で裁かせてください」

 頭を下げたランドグリスをつまらなそうに、ヴェルジュは見た。

「やめなきゃ、カーラ様がこっちに来るみたいですよ~」
「えっ!? 隠れなきゃならん」

 マリアンヌの言葉に、あたふたとシグルーンは、辺りを見渡し、泡をふく三人をランドグリスに投げ付け、姿を消した。

「では私も帰ります。ラブ・ブランジュをごちそうさまでした。アパートメントの件もよろしくお願いします」

 ヴェルジュはギルド裏から闇に消える。
 残されたランドグリスは、三人組を捕らえ、ギルドの地下にある鉄格子へ放り込んだ。

「ダンジョンでの事件は法で裁けないんだよな。全て自己責任。しかしこいつらの腐った性根をか・・・。」

 ギルドマスターであるランドグリスは、大きくため息をついた。


 一人・・
 マリアンヌは拳を高らかにあげる。
 やっと、あの凶暴女に仕返しできたかと思うと勝利感がたまらない。
 
「弱みを見つけたり」

 キラッとマリアンヌの目が光る。
 あの凶暴女が、慌てふためいた姿を見れるとは。
 やっと厄日の回避の仕方がわかり、美味いお酒が飲めると喜ぶのだ。


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