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35 ウール様のこだわり

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 パチパチと焚き木がはぜる。
 美しい顔が焚き木の灯りで、よりいっそう深める。

「サク、この煮込みは美味しいですよ」
「ありがとうございます。ヴェルジュ様」

 褒められると嬉しい。
 とても穏やかで優しい微笑みをむけられると、お尻の付け根がむずがゆくて、長く黒い尾が、ゆっくりと揺れるんだ。
 この優しくて綺麗なヴェルジュ様は実は、竜。
 それもアルビノの竜で、戦闘はからっしきダメだと豪語している。
 女に見えるがれっきとした雄だ。
 彼は俺の命の恩人であるカーラの育ての親だと言う。
 俺は豹族の獣人。
 名はカーラがつけてくれた。
 幼い頃、人攫いにさらわれて、奴隷となった。
 この国で冒険者の荷物持ちとして買われ、ダンジョンで、足止めとしてモンスターの餌になるところを、カーラが助けてくれたんだ。
 日焼けしたような肌に緑色の瞳が綺麗な赤毛の女の子。
 俺よりも少し年上なのに強い。
 彼女は俺を冒険者の仲間として受け入れ、その上家族のように、一緒にいてくれる。
 今は同じ仲間のハーフエルフの少女ノアと、北の地に復興支援にでかけている。

「シグルーン様、おかわりです」
「ちがーう!」

 捕らえた魔獣の煮込み料理を、気に入ってくれたはずの筋肉美女はいきなり立ち上がり、鋭い目で俺を睨んだ。
 思わずその鋭い眼光に飛び上がりそうになるが、グッとこらえることが出来たのだ。

「えっ・・おかわりではなかったのですか?」
「おかわりだ!」

 ぶんっと長い腕が伸び、俺の手から煮込みが入った器を奪った。

「俺様は・・旨い! 今は・・柔らかいな。」
「ちゃんと飲み込んでから話なさいな」

 ヴェルジュが美しい瞳をシグルーンに向けた。

「・・ゴクッ。俺様はウールヴェへジンだ! 」
「はいはい~。サク、今はシグルーンではなく、冒険者のウール様って言いたいらしですよ」
「あ、はい。ウール様でした。」

 俺は頭を下げた。

 シグルーンこと、ウール様は、本当は大狼。
 伝説とされるフェンリルなのだ。
 彼じゃなくて、彼女もまたカーラを育てた一人。
 あと一人、俺の料理人としての師匠である伝説のブラックスミス! ロイ爺様がいる。
 三人で赤ちゃんのカーラを育てたと聞く。

「あの・・。」
「なんだ?」
「どうして、名前を分けるのですか?」

 別にウール様でもシグルーンでも良いと思う。
 仮面で顔を隠しても、俺はシグルーンだとわかる。

「・・うんなもん! カーラにばれるだろう」
「ばれたらダメなんですか?」
「あったりまえだ」

 何がダメなのか?
 きっとカーラなら大喜びだ。
 大好きなシグルーンが同じ冒険者としてそばにいる。
 ヴェルジュと共に一緒に冒険者として暮らしたいだろう。

「カーラは一人立ちしたのです。ですから私達とずっと一緒には・・・ね。前にも言いましたが、私達とサクやカーラは違うのですよ。」
「そうだ・・。だから俺様はお前を鍛えてやっているんだ。俺様達のかわりにとな」

 そう言った二人の表情は寂しい。
 
「何をお前まで、しょぼくれているんだ! お前はさすが、豹族の獣人だぜ。身体能力がカーラより上だ。」
「そうですね~。カーラは魔力が人にしては多く、不器用ながらも魔力を絡めた戦闘ですね。親として回復系の魔法をもっと勉強し、治癒師として安全に生きて欲しいですけどね~」
「ロイ爺もそんな事を言っていたが、全くロイ爺の基準値には達しなかったと嘆いていたぜ」

 かっかっかーと笑うシグルーンじゃなく、ウール様だ。
 ここがウール様のこだわりだろう。

 ロイ爺様の基準値・・・。
 それは本当に高すぎだよ。
 料理人としてのロイ爺様のレベルは、本人曰く基礎的だそうだが、その基礎的がゴールドカードなのだ。
 得意は言うまでもなく鍛冶。
 続いて木工や装飾に宝飾に彫師に裁縫、調合等々。
 こだわりの性格らしい。

「俺、料理人としても頑張ります。」
「それは良いですね~。甘い菓子も頑張ってくださいな」
「雌は胃袋を掴め!っていうしな」
「それは雄ではなかったですか?」

 そこは竜と大狼だろう。
 
 カーラ達が戻るまでに、どれだけ成長できるかわからないけど、一緒に連れていって欲しいから。

「明日は、ロイ爺のクエストをこなすぜ」
「あ、はい!」
「毒耐性がなければ死にますよ?」
「俺様が蜘蛛に負けるってかぁぁーー!」

 ウール様は蜘蛛と言うが、それは巨大な毒蜘蛛のような魔獣。
 S級冒険者達が挑むであろうモンスターなのだ。
 
 俺・・生きてカーラに会えるのかな・・。
 夜空は何処までも美しい星が、宝石のように輝いている。
 手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じる。
 そう・・
 ここはこの世界の中心にある神々の山脈のふもとだ。
 ふもとと言っても空気は薄く、寒い。
 ヴェルジュが作り出す防護の魔法がなければ、俺なんか既に凍死しているだろう。
 はっきりいって人が暮らすには超厳しい場所。

「やっぱ、この気温が俺様は動きやすいぜ」
「はいはい。明日は頑張ってくださいね~」

 大きな欠伸をヴェルジュはし、ちょいちょいと俺を手招きした。

「あなたはもう、おやすみなさい。」
「・・はい」

 ヴェルジュ様の膝枕で眠る。
 回復系の魔法を施してくれているのだろう・・な。
 目覚めたらその日の傷は無くなり、頑張れるんだ。
 蜘蛛・・
 怖いな。
 だけどカーラと一緒にいたいから・・。
 
 
 
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