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前編
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子供の頃は兄さんの後ろばかり追いかけていた。勉強も運動も、友達作りも。
それが魔王様をお支えする側近の家系に次男として生まれた宿命で、なんの疑いもなかったし兄さんを追いかけるのが普通だと思っていた。
父さんに連れられて兄さんと一緒に同じ年頃の子供たちと集まって遊ぶ事があった。
種族はそれぞれ違うけども子供だったことと皆も地位のある親を持つ子ばかりで兄さんは打ち解けるのが早かった。
僕は内気でそういうのが苦手な子だった。だからいつも兄さんの後ろから付いて行ってた。
内気な子は僕以外にもいて、その子は痩せていて褐色の肌に黒い髪の子だった。どこか蠱惑的で大人っぽい子だけど前に出しゃばらず静かな性格だった。当時、彼が一番年上だったけども彼は彼の弟達の後をついてきていた。
丸々と太って白い肌に白い髪の僕と真逆で、でも内気同士で好きな遊びが本を読むことだったから二人が仲良くなるのは自然だった。
よく兄さん達が「お前らは正反対なのに一緒だな」って笑ってた。
その日は森の奥にある泉まで遠足に行ってそこで遊んでたんだけど、急に雨が降ってきて雷も鳴ってきた。
僕らは慌てて近くの洞窟へ避難したんだ。でも外は大雨。とてもじゃないけど帰れそうになかった。
洞窟内は薄暗くて少し寒くて怖かった。それに雷の音もあって泣きそうな時、僕の手を握ってくれた人がいた。それがさっきの褐色肌の黒髪の子。名前はダナ。 内気なのにダナは『大丈夫だよ』と言って平気な顔をしていた。そんな姿を見て僕は勇気を貰った気がして頑張って笑ったんだ。
それからしばらくすると雨は止んで空には虹が出てた。それを見た兄さんたちは興奮しながら外に出て行った。残ったのは僕とダナ。
「ね、アルク。大人になっても一緒にいてくれる?」
大人になるというのはすごく遠い先のことにしか思えなかったからずっと友達でいられるんだと嬉しかった。だから彼の手を掴んでこう言ったんだ。
「うん! 一緒にいようね!」
あの時の笑顔を僕は忘れないよ。大事な秘密を共有した歳の違う大事な友達。……でも歳が違うってことは君が先に大人になるってことだった。
学校に行くまでは大人たちによって『魔王様の腹心の部下』を作れるように僕達の身分はわざと隠されていた。でも学校に行くと『身分』が出現して兄さんは魔王様の側近の息子で、ダナは魔王様の息子になってしまった。僕らの間には大きな壁が出来てしまった。
最初に壁にぶつかった兄さんから聞いた時、僕はもう彼と一緒にいることは出来ないって知り泣いてしまった。兄さんは家を継ぐからダナの側近候補だけど僕は次男だ。
しかも種族が淫魔だから余計に嫌だった。だって淫魔だけど運動は嫌いだから体力がないし、人とのおしゃべりも褒めることも苦手。家族と違って僕は背は高いけどぽっちゃりで、頭も良いわけじゃない。
「ほのぼの癒し系だから良いんだよ」「その白くて柔らかい肌がたまらない」って言う人もいるけども、魔族はドSが多い。外見がドMっぽいというだけで初等学校に入学すると速攻でいじりというかパシリというか、そういう便利なおもちゃ扱いをしようとしてくる奴が出てきた。
そして僕と一緒に本を読んでた内気なダナは、初等学校でドSに目覚めたらしく、僕をパシリにしようとした奴等を全部倒して、僕を自分専用のパシリにしてしまった。
それで高等学校に入学してもソレは続き、今日も僕はダナのためにお弁当を持って三年生の教室に来ていた。
「アルク。遅いぞ。早く用意しろ」
「はい……」
いつものように僕は椅子に座って待っている彼のためにお弁当を広げる。中身は彼の好みに合わせてあるけども、このやり取りにも慣れてきた自分が悲しい。
「おい、俺にフォークを持たせるきか?食わせろ」
魔力を込めてないのに効果絶大な凍てつく眼差しを向けられてしまう。その目に慣れてしまった僕でなきゃ動けなくなっちゃうよ。
「えっ!? いつも自分で食べてるじゃないですか!?」
「うるさい。体育の後でだるいんだ。いいから食わせろ」
ちなみに彼の横暴を止めようとしてくれる人はもちろんいない。
「じゃあ、はい。どうぞ……」
彼が食べる様子をじっと見つめ次のものを口へ運ぶタイミングをうかがう。ゆっくり味わってくれるのは良いんだけども一年生の僕が三年生の教室にいるのってすっごく気まずいんだよ。
たまに彼のお口を拭きつつ食事を食べさせていく。
「ごちそうさま。次はデザートだな」
「はい。今日のデザートはプリンです」
「ふん。悪くはないな」
「良かった……」
気に入って貰えないと売店に買い出しに行くことになるんだよ。お金はくれるし、僕の分も必ず買うように言われるから損ではないけども三年生の教室でダナと一緒に食べなきゃ彼に怒られるからやっぱり緊張する。
僕はほっとして鞄から取り出した保冷袋を机に置いて、中からプリンとスプーンを取り出した。
「はい。これ、どうぞ」
「俺にスプーンを使わせるきか?」
またかぁ……。これが終わったら自分の教室に戻ってお弁当が食べれるから、早く終わらせるために食べさせよう。
「ふむ……。美味いな」
半分くらいプリンを食べさせたところでダナが呟いた。
「そういえば、さっきまで二年生がお前に囀っていたようだが何かあったのか?」
「んー。ちょっとした事だよ。気にしないで」
僕は心臓が止まるかと思った。三年生の教室に行くための渡り廊下は二年生の教室の前を通らないと行けない。
だから用のない一年生は通らないんだけどお弁当とカバンを持って歩いていたから目をつけられた僕は二年生に絡まれてお弁当を盗られそうになってしまった。
「かえひてくだしゃっ!」
声がひっくり返って呂律も回らなかったけど、それよりもお弁当をダナに渡さないと最低一週間は学校でも私生活でも荷物持ちをさせられてしまう。
「なんだ?誰かなんか言ったか?」
「さあ? 二年以外誰もいないぜ?」
「なぜか空中に浮いてた弁当食おうぜ~」
のおおおお!!!荷物持ち確定しゅりゅううぅ!!!
頭の中が真っ白になり足がガクガクして動けなくなっていたら、タイミング良く教室から、階段から、勇者を前に集結した四天王のごとく殺気だった先生達が飛び出してきて僕のお弁当は無事に手元に戻ってきた。
その時は助かった~!としか思わなかったけど、あとで考えるとあんなに先生達が集まって必死になることってなんだろ?あそこで僕がカツアゲにあったから、運良く近くにいた先生達に助けてもらえたけど次も先生がいるか分からないし気をつけなきゃ。
僕が思い出している間に彼は最後の一口を食べ終えて満足げに笑っている。
「ふう。腹が膨れた」
「じゃあ、僕はこれで」
お弁当宅配&食べさせ役も終わったし帰ろう。
「明日も昼休みになったらここに来い」
「分かったよ」
僕は空っぽのお弁当箱を持って自分の教室に帰って自分のお昼ごはんを食べた。
◆◆◆◆◆
次の日、三年生の教室と二年生の教室の位置が入れ替わるというお知らせが臨時朝礼会で発表された。
僕にとっては昨日ことがあったから嬉しいことだったけど、二年生のみんなが怒り狂った。
「ふざけんじゃねぇ!!」
「なんでこんなことされなきゃいけねんだよ!?」
「俺達のクラスは魔王様の腹心の部下になるエリートが集うところだぞ!?」
そりゃ怒る。だって三年生の教室は一番奥になるし移動が面倒くさい。
「文句があるなら実力で変えればいいだろう?三年生をねじ伏せて変えてみろ」
悪魔族の校長先生が魔族の『弱肉強食理論』を放った。どうやら二年生と三年生の教室の変更は三年生の力でおこなわれたようだ。
でも「対抗戦」がなかったということは圧倒的に三年生が強いと判断した校長先生の審判で決まったということになる。
「三年生に勝てるわけないだろうが!」
「そうだ。それに俺たちは三年生に喧嘩を売るような馬鹿じゃない」
「まあ、いいじゃないか。どうせ、3年が卒業したら俺達が3年になったらそこを使うんだし」
「チッ」
二年生が揉めていたけど徐々に静かになった。
そして今日も僕は昼休みにダナのためにお弁当を持っていくことになった。
「失礼します……」
本当に教室が入れ替わったのかと少し心配しながら扉を開ける。
「遅いぞ」
「ごめんなさい……」
距離が近い分、今日は早めに来たつもりだったんだけどなぁ。
「それで今日は何を用意してきた」
「今日はサンドイッチだよ。これならフォークもスプーンも使わないで」
「高貴なる俺に手づかみで食事をしろと?」
……ノン!……もうノン!ノー!ノーだよ!
初・中の遠足のときはサンドイッチどころかフライドチキンも手づかみで普通に食べてたじゃないか!なんで?いまさら高等デビューなの?あと一年足らずで卒業なのに!?
「はい……」
僕は自分で作ったサンドイッチを彼に食べさせてあげる。サンドイッチの具が落ちそうでヒヤヒヤする。
自分で食べてってはっきり文句を言えたらパシリなんてして、いや喧嘩が弱いからボコボコにされてパシリにされてるや。
「ふん。悪くはないな」
ほっとした僕は彼のお口の回りを拭きながら、さりげなく彼のカバンから覗いている本に視線を向けた。あれ?これって確か僕達が初等科時代に人気だったシリーズのその後の本だ。最終話から二年以上経っての描き下ろしで、今はどこの本屋さんでも売り切れだ。
「ダナ。その本って」
「ああ。懐かしいだろ。昔、お前が貸してくれた本のシリーズの続きだ」
やっぱり!
「面白い?」
「それなりにはな」
「そっかぁ」
ダナはつまんなさそうな表情のままだけど僕は嬉しくなって頬が緩む。あの時の思い出と一緒にダナが今もこのシリーズのファンでいてくれたことが嬉しい。
「読みたいのか?」
「うん。読み終わったら貸してくれる?」
「別にかまわんが……おい、何ニヤついてる?」
「えっ?」
僕は慌てて両手で顔を触った。うわぁ、顔に出ちゃった!すっごくニコニコだよ。恥ずかしいな。
「お前は昔から本を大事そうに抱えては、いつも楽しそうに読んでいたからな。このシリーズがそんなに好きなのか?」
「うん。大好きだよ。特にマオウ厶とヒロ―ナが結ばれてハッピーエンドになったところがすごく感動した!その後の話が読めるなんて最高だよ!」
僕は興奮して早口に喋った。いけない!また顔に出てるかもしれない。落ち着かなきゃ。
「ふーむ。そうか」
「……」
うっ。なんか、ちょっと、気まずい雰囲気……。
「あっ!そうだ。飲み物買ってくるよ。コーヒーでいい?」
「ふん。好きにしろ」
僕は逃げるように教室を出た。
自動販売機でジュースを買ってから三年生の教室に戻る。
渡り廊下の向こうでは相変わらず二年生達が騒いでいたけど、今日はこっちに来る様子もなく絡まれずに済んだ。よかった~。
「お待たせ」
「遅かったな」
「ごめんね。はい」
僕はペットボトルの蓋を開けてから渡そうとしたけど彼は受け取らずに僕を見ている。
「ん?どうかした?」
「デザートはどこだ?」
「へ?」
今までデザートがないことで文句を言われたことはなかった。
「早く出せ」
「でも、今日のお昼はサンドイッチだけ……」
「なにかないのか」
「うー……」
僕はしぶしぶ鞄からガムを取り出した。あと駄菓子を数個。
「なんだ、これは」
「お菓子だよ。町の子達がよく食べてるお菓子」
「……」
僕は棒タイプのコーンポタージュ味のお菓子を袋からむいてダナの口に差し出した。
「はい、あーん」
「濃い味だな」
「コックさんが丁寧に作るコーンスープに比べたら味は濃いよ」
「まあまあか」
「じゃあ次はこれ」
次はチョコレートコーティングされたスティック状のスナックを用意する。
「甘いな」
「チョコだからね」
「これとこれ」
今度はグミ入りクッキーを渡す。
「これが最後の一つか」
「うん」
「口の中がモサモサグニグニする」
「食感を楽しむんだよ」
僕は自分の分の残り少ない駄菓子を口に放り込む。
「もう終わりなのか?」
「だって、今日はサンドイッチだけだし」
寝坊して作る時間がなかったとは言いづらい。僕の昼は家にあったパンを食べる予定だし。
「ふん。まあいいか」
食べ終わったダナはペットボトルのコーヒーを飲んでから机に肘をついた。
「……じゃあ、僕はこれで」
「ああ」
明日は学校が休みで良かった。僕は急いで教室に戻った。
◆◆◆◆◆
それから一週間ほどが過ぎたある日のこと。
「なぁ、最近魔王様の様子がおかしくないか?」
授業の間の休憩時間、クラスメイト達と話していると誰かが言った。この魔王様はもちろん城にいる魔王様ではなくダナのことだ。
「ああ。なんか機嫌が悪いっていうか」
機嫌が悪そうに見えるけど普通だと思うんだけどなあ。
「もしかして、あれが原因かも」
「あれ?」
「ほら、この間の二・三年生の教室入れ替え騒動だよ」
「ああ。あれか」
「でも魔王様の機嫌が悪いのとどうして繋がるの?」
僕も話に混ざる。ダナ本人に聞ける立場ではあるけども実際に聞けるかっていうと無理。だって機嫌が悪くなる話をふるなんてこわいし。
「なんでも三年生の連中が移動がめんどくさいって校長に直談判してわざわざ二年生と場所を交換させたらしいぜ」
「ふーん、じゃあ普通なら魔王様も距離が近くなって喜ぶんじゃないねーの?」
「それがさ、魔王様ってウルサイのが嫌いなんだって。移動前の居室は静かな場所だったから気に入ってたのに、今の教室になったら音楽室や渡り廊下を歩く奴が騒ぐから気に入らないみたいだぞ」
「えー、じゃあまた教室の交換が起きるのかなー」
「さすがに交換はないと思うよ。移動したい三年VS戻りたい魔王様軍とかになったら卒業までに事が終わるとは思わないし」
「そうだよねー」
ダナは魔王様の息子なだけあって強いし、僕の兄さん達を含めて強い仲間もいる。でも他の三年生だって実力者が一杯いる。
彼等がぶつかりあったら学校だけで抗争がおさまるとは思えない。
「でもイキガッた二年とかが打倒魔王の三年生と組んで襲ってるらしいぞ」
「え?そうなの?全然そんな様子ないよ?!」
昼休みに会うダナはいつも気怠げだけど傷ひとつ負ってない。しかも服も汚れてないし戦っているようには見えなかった。
「全部、親衛隊がぶっ飛ばしてるからな。直でやりあえる奴なんて数少ないって」
「俺が思うにはさ、魔王様ってあんまり人前に出たがらないから、こういう騒ぎ自体が苦手なんだろうな」
「あー、そうかも」
僕はみんなと一緒に納得した。だってダナってフォークを使うのも面倒くさがるし。
◆◆◆◆◆
放課後、ダナの荷物を持つために僕は三年生の教室に入ったら、入れ違いになったのか彼の姿はなかった。
「あ、あの」
「ん?ああ、君か。どうしたんだい」
入り口近くの三年生に声をかけた。これまで話をしたことはないけども向こうはダナのパシリの後輩って思ってると思う。
「いえ、その、えっと、ダ……魔王様はどちらに」
僕はキョロキョロと周りを見回してから、そろりと声をかけた。
「あれ……帰ったのかな。いつも君が来るまで教室にいるのに」
「そうですか……」
僕はしょんぼりとして下を向いた。
なんだかんだでパシリな僕だけどそれが続いているのはダナの荷物をもってダナと城へ行くとお茶とお菓子を用意してくれるからだ。
今日はその楽しみがないとがっかりしてしまった。
すると先輩が慌ててフォローしてくれる。
「あ、いや!待てば戻ってくるかもしれないから」
「でも……」
学校がある日は毎日のようにダナの荷物を持っているのに。お弁当だってダナが手作りが良いっていうから僕が作ってるのに。最後に美味しいお菓子とお茶をいただけるからパシリも耐えてたのに~~!
さすがに三年生の教室内で待つのは気が重いから自分の教室に戻った。
「うーん。やっぱり帰っちゃったのかなぁ」
僕は仕方なく待つことにした。でも手持ち無沙汰なので読みかけの小説を読むことにして鞄から取り出す。
「あー、だめだ。集中できない」
僕は本を閉じた。
今日はダナがいない。それは初めじゃないけどいつも偉そうに「俺は用がある。先に帰ってろ」って言ってくれる。
それが魔王様をお支えする側近の家系に次男として生まれた宿命で、なんの疑いもなかったし兄さんを追いかけるのが普通だと思っていた。
父さんに連れられて兄さんと一緒に同じ年頃の子供たちと集まって遊ぶ事があった。
種族はそれぞれ違うけども子供だったことと皆も地位のある親を持つ子ばかりで兄さんは打ち解けるのが早かった。
僕は内気でそういうのが苦手な子だった。だからいつも兄さんの後ろから付いて行ってた。
内気な子は僕以外にもいて、その子は痩せていて褐色の肌に黒い髪の子だった。どこか蠱惑的で大人っぽい子だけど前に出しゃばらず静かな性格だった。当時、彼が一番年上だったけども彼は彼の弟達の後をついてきていた。
丸々と太って白い肌に白い髪の僕と真逆で、でも内気同士で好きな遊びが本を読むことだったから二人が仲良くなるのは自然だった。
よく兄さん達が「お前らは正反対なのに一緒だな」って笑ってた。
その日は森の奥にある泉まで遠足に行ってそこで遊んでたんだけど、急に雨が降ってきて雷も鳴ってきた。
僕らは慌てて近くの洞窟へ避難したんだ。でも外は大雨。とてもじゃないけど帰れそうになかった。
洞窟内は薄暗くて少し寒くて怖かった。それに雷の音もあって泣きそうな時、僕の手を握ってくれた人がいた。それがさっきの褐色肌の黒髪の子。名前はダナ。 内気なのにダナは『大丈夫だよ』と言って平気な顔をしていた。そんな姿を見て僕は勇気を貰った気がして頑張って笑ったんだ。
それからしばらくすると雨は止んで空には虹が出てた。それを見た兄さんたちは興奮しながら外に出て行った。残ったのは僕とダナ。
「ね、アルク。大人になっても一緒にいてくれる?」
大人になるというのはすごく遠い先のことにしか思えなかったからずっと友達でいられるんだと嬉しかった。だから彼の手を掴んでこう言ったんだ。
「うん! 一緒にいようね!」
あの時の笑顔を僕は忘れないよ。大事な秘密を共有した歳の違う大事な友達。……でも歳が違うってことは君が先に大人になるってことだった。
学校に行くまでは大人たちによって『魔王様の腹心の部下』を作れるように僕達の身分はわざと隠されていた。でも学校に行くと『身分』が出現して兄さんは魔王様の側近の息子で、ダナは魔王様の息子になってしまった。僕らの間には大きな壁が出来てしまった。
最初に壁にぶつかった兄さんから聞いた時、僕はもう彼と一緒にいることは出来ないって知り泣いてしまった。兄さんは家を継ぐからダナの側近候補だけど僕は次男だ。
しかも種族が淫魔だから余計に嫌だった。だって淫魔だけど運動は嫌いだから体力がないし、人とのおしゃべりも褒めることも苦手。家族と違って僕は背は高いけどぽっちゃりで、頭も良いわけじゃない。
「ほのぼの癒し系だから良いんだよ」「その白くて柔らかい肌がたまらない」って言う人もいるけども、魔族はドSが多い。外見がドMっぽいというだけで初等学校に入学すると速攻でいじりというかパシリというか、そういう便利なおもちゃ扱いをしようとしてくる奴が出てきた。
そして僕と一緒に本を読んでた内気なダナは、初等学校でドSに目覚めたらしく、僕をパシリにしようとした奴等を全部倒して、僕を自分専用のパシリにしてしまった。
それで高等学校に入学してもソレは続き、今日も僕はダナのためにお弁当を持って三年生の教室に来ていた。
「アルク。遅いぞ。早く用意しろ」
「はい……」
いつものように僕は椅子に座って待っている彼のためにお弁当を広げる。中身は彼の好みに合わせてあるけども、このやり取りにも慣れてきた自分が悲しい。
「おい、俺にフォークを持たせるきか?食わせろ」
魔力を込めてないのに効果絶大な凍てつく眼差しを向けられてしまう。その目に慣れてしまった僕でなきゃ動けなくなっちゃうよ。
「えっ!? いつも自分で食べてるじゃないですか!?」
「うるさい。体育の後でだるいんだ。いいから食わせろ」
ちなみに彼の横暴を止めようとしてくれる人はもちろんいない。
「じゃあ、はい。どうぞ……」
彼が食べる様子をじっと見つめ次のものを口へ運ぶタイミングをうかがう。ゆっくり味わってくれるのは良いんだけども一年生の僕が三年生の教室にいるのってすっごく気まずいんだよ。
たまに彼のお口を拭きつつ食事を食べさせていく。
「ごちそうさま。次はデザートだな」
「はい。今日のデザートはプリンです」
「ふん。悪くはないな」
「良かった……」
気に入って貰えないと売店に買い出しに行くことになるんだよ。お金はくれるし、僕の分も必ず買うように言われるから損ではないけども三年生の教室でダナと一緒に食べなきゃ彼に怒られるからやっぱり緊張する。
僕はほっとして鞄から取り出した保冷袋を机に置いて、中からプリンとスプーンを取り出した。
「はい。これ、どうぞ」
「俺にスプーンを使わせるきか?」
またかぁ……。これが終わったら自分の教室に戻ってお弁当が食べれるから、早く終わらせるために食べさせよう。
「ふむ……。美味いな」
半分くらいプリンを食べさせたところでダナが呟いた。
「そういえば、さっきまで二年生がお前に囀っていたようだが何かあったのか?」
「んー。ちょっとした事だよ。気にしないで」
僕は心臓が止まるかと思った。三年生の教室に行くための渡り廊下は二年生の教室の前を通らないと行けない。
だから用のない一年生は通らないんだけどお弁当とカバンを持って歩いていたから目をつけられた僕は二年生に絡まれてお弁当を盗られそうになってしまった。
「かえひてくだしゃっ!」
声がひっくり返って呂律も回らなかったけど、それよりもお弁当をダナに渡さないと最低一週間は学校でも私生活でも荷物持ちをさせられてしまう。
「なんだ?誰かなんか言ったか?」
「さあ? 二年以外誰もいないぜ?」
「なぜか空中に浮いてた弁当食おうぜ~」
のおおおお!!!荷物持ち確定しゅりゅううぅ!!!
頭の中が真っ白になり足がガクガクして動けなくなっていたら、タイミング良く教室から、階段から、勇者を前に集結した四天王のごとく殺気だった先生達が飛び出してきて僕のお弁当は無事に手元に戻ってきた。
その時は助かった~!としか思わなかったけど、あとで考えるとあんなに先生達が集まって必死になることってなんだろ?あそこで僕がカツアゲにあったから、運良く近くにいた先生達に助けてもらえたけど次も先生がいるか分からないし気をつけなきゃ。
僕が思い出している間に彼は最後の一口を食べ終えて満足げに笑っている。
「ふう。腹が膨れた」
「じゃあ、僕はこれで」
お弁当宅配&食べさせ役も終わったし帰ろう。
「明日も昼休みになったらここに来い」
「分かったよ」
僕は空っぽのお弁当箱を持って自分の教室に帰って自分のお昼ごはんを食べた。
◆◆◆◆◆
次の日、三年生の教室と二年生の教室の位置が入れ替わるというお知らせが臨時朝礼会で発表された。
僕にとっては昨日ことがあったから嬉しいことだったけど、二年生のみんなが怒り狂った。
「ふざけんじゃねぇ!!」
「なんでこんなことされなきゃいけねんだよ!?」
「俺達のクラスは魔王様の腹心の部下になるエリートが集うところだぞ!?」
そりゃ怒る。だって三年生の教室は一番奥になるし移動が面倒くさい。
「文句があるなら実力で変えればいいだろう?三年生をねじ伏せて変えてみろ」
悪魔族の校長先生が魔族の『弱肉強食理論』を放った。どうやら二年生と三年生の教室の変更は三年生の力でおこなわれたようだ。
でも「対抗戦」がなかったということは圧倒的に三年生が強いと判断した校長先生の審判で決まったということになる。
「三年生に勝てるわけないだろうが!」
「そうだ。それに俺たちは三年生に喧嘩を売るような馬鹿じゃない」
「まあ、いいじゃないか。どうせ、3年が卒業したら俺達が3年になったらそこを使うんだし」
「チッ」
二年生が揉めていたけど徐々に静かになった。
そして今日も僕は昼休みにダナのためにお弁当を持っていくことになった。
「失礼します……」
本当に教室が入れ替わったのかと少し心配しながら扉を開ける。
「遅いぞ」
「ごめんなさい……」
距離が近い分、今日は早めに来たつもりだったんだけどなぁ。
「それで今日は何を用意してきた」
「今日はサンドイッチだよ。これならフォークもスプーンも使わないで」
「高貴なる俺に手づかみで食事をしろと?」
……ノン!……もうノン!ノー!ノーだよ!
初・中の遠足のときはサンドイッチどころかフライドチキンも手づかみで普通に食べてたじゃないか!なんで?いまさら高等デビューなの?あと一年足らずで卒業なのに!?
「はい……」
僕は自分で作ったサンドイッチを彼に食べさせてあげる。サンドイッチの具が落ちそうでヒヤヒヤする。
自分で食べてってはっきり文句を言えたらパシリなんてして、いや喧嘩が弱いからボコボコにされてパシリにされてるや。
「ふん。悪くはないな」
ほっとした僕は彼のお口の回りを拭きながら、さりげなく彼のカバンから覗いている本に視線を向けた。あれ?これって確か僕達が初等科時代に人気だったシリーズのその後の本だ。最終話から二年以上経っての描き下ろしで、今はどこの本屋さんでも売り切れだ。
「ダナ。その本って」
「ああ。懐かしいだろ。昔、お前が貸してくれた本のシリーズの続きだ」
やっぱり!
「面白い?」
「それなりにはな」
「そっかぁ」
ダナはつまんなさそうな表情のままだけど僕は嬉しくなって頬が緩む。あの時の思い出と一緒にダナが今もこのシリーズのファンでいてくれたことが嬉しい。
「読みたいのか?」
「うん。読み終わったら貸してくれる?」
「別にかまわんが……おい、何ニヤついてる?」
「えっ?」
僕は慌てて両手で顔を触った。うわぁ、顔に出ちゃった!すっごくニコニコだよ。恥ずかしいな。
「お前は昔から本を大事そうに抱えては、いつも楽しそうに読んでいたからな。このシリーズがそんなに好きなのか?」
「うん。大好きだよ。特にマオウ厶とヒロ―ナが結ばれてハッピーエンドになったところがすごく感動した!その後の話が読めるなんて最高だよ!」
僕は興奮して早口に喋った。いけない!また顔に出てるかもしれない。落ち着かなきゃ。
「ふーむ。そうか」
「……」
うっ。なんか、ちょっと、気まずい雰囲気……。
「あっ!そうだ。飲み物買ってくるよ。コーヒーでいい?」
「ふん。好きにしろ」
僕は逃げるように教室を出た。
自動販売機でジュースを買ってから三年生の教室に戻る。
渡り廊下の向こうでは相変わらず二年生達が騒いでいたけど、今日はこっちに来る様子もなく絡まれずに済んだ。よかった~。
「お待たせ」
「遅かったな」
「ごめんね。はい」
僕はペットボトルの蓋を開けてから渡そうとしたけど彼は受け取らずに僕を見ている。
「ん?どうかした?」
「デザートはどこだ?」
「へ?」
今までデザートがないことで文句を言われたことはなかった。
「早く出せ」
「でも、今日のお昼はサンドイッチだけ……」
「なにかないのか」
「うー……」
僕はしぶしぶ鞄からガムを取り出した。あと駄菓子を数個。
「なんだ、これは」
「お菓子だよ。町の子達がよく食べてるお菓子」
「……」
僕は棒タイプのコーンポタージュ味のお菓子を袋からむいてダナの口に差し出した。
「はい、あーん」
「濃い味だな」
「コックさんが丁寧に作るコーンスープに比べたら味は濃いよ」
「まあまあか」
「じゃあ次はこれ」
次はチョコレートコーティングされたスティック状のスナックを用意する。
「甘いな」
「チョコだからね」
「これとこれ」
今度はグミ入りクッキーを渡す。
「これが最後の一つか」
「うん」
「口の中がモサモサグニグニする」
「食感を楽しむんだよ」
僕は自分の分の残り少ない駄菓子を口に放り込む。
「もう終わりなのか?」
「だって、今日はサンドイッチだけだし」
寝坊して作る時間がなかったとは言いづらい。僕の昼は家にあったパンを食べる予定だし。
「ふん。まあいいか」
食べ終わったダナはペットボトルのコーヒーを飲んでから机に肘をついた。
「……じゃあ、僕はこれで」
「ああ」
明日は学校が休みで良かった。僕は急いで教室に戻った。
◆◆◆◆◆
それから一週間ほどが過ぎたある日のこと。
「なぁ、最近魔王様の様子がおかしくないか?」
授業の間の休憩時間、クラスメイト達と話していると誰かが言った。この魔王様はもちろん城にいる魔王様ではなくダナのことだ。
「ああ。なんか機嫌が悪いっていうか」
機嫌が悪そうに見えるけど普通だと思うんだけどなあ。
「もしかして、あれが原因かも」
「あれ?」
「ほら、この間の二・三年生の教室入れ替え騒動だよ」
「ああ。あれか」
「でも魔王様の機嫌が悪いのとどうして繋がるの?」
僕も話に混ざる。ダナ本人に聞ける立場ではあるけども実際に聞けるかっていうと無理。だって機嫌が悪くなる話をふるなんてこわいし。
「なんでも三年生の連中が移動がめんどくさいって校長に直談判してわざわざ二年生と場所を交換させたらしいぜ」
「ふーん、じゃあ普通なら魔王様も距離が近くなって喜ぶんじゃないねーの?」
「それがさ、魔王様ってウルサイのが嫌いなんだって。移動前の居室は静かな場所だったから気に入ってたのに、今の教室になったら音楽室や渡り廊下を歩く奴が騒ぐから気に入らないみたいだぞ」
「えー、じゃあまた教室の交換が起きるのかなー」
「さすがに交換はないと思うよ。移動したい三年VS戻りたい魔王様軍とかになったら卒業までに事が終わるとは思わないし」
「そうだよねー」
ダナは魔王様の息子なだけあって強いし、僕の兄さん達を含めて強い仲間もいる。でも他の三年生だって実力者が一杯いる。
彼等がぶつかりあったら学校だけで抗争がおさまるとは思えない。
「でもイキガッた二年とかが打倒魔王の三年生と組んで襲ってるらしいぞ」
「え?そうなの?全然そんな様子ないよ?!」
昼休みに会うダナはいつも気怠げだけど傷ひとつ負ってない。しかも服も汚れてないし戦っているようには見えなかった。
「全部、親衛隊がぶっ飛ばしてるからな。直でやりあえる奴なんて数少ないって」
「俺が思うにはさ、魔王様ってあんまり人前に出たがらないから、こういう騒ぎ自体が苦手なんだろうな」
「あー、そうかも」
僕はみんなと一緒に納得した。だってダナってフォークを使うのも面倒くさがるし。
◆◆◆◆◆
放課後、ダナの荷物を持つために僕は三年生の教室に入ったら、入れ違いになったのか彼の姿はなかった。
「あ、あの」
「ん?ああ、君か。どうしたんだい」
入り口近くの三年生に声をかけた。これまで話をしたことはないけども向こうはダナのパシリの後輩って思ってると思う。
「いえ、その、えっと、ダ……魔王様はどちらに」
僕はキョロキョロと周りを見回してから、そろりと声をかけた。
「あれ……帰ったのかな。いつも君が来るまで教室にいるのに」
「そうですか……」
僕はしょんぼりとして下を向いた。
なんだかんだでパシリな僕だけどそれが続いているのはダナの荷物をもってダナと城へ行くとお茶とお菓子を用意してくれるからだ。
今日はその楽しみがないとがっかりしてしまった。
すると先輩が慌ててフォローしてくれる。
「あ、いや!待てば戻ってくるかもしれないから」
「でも……」
学校がある日は毎日のようにダナの荷物を持っているのに。お弁当だってダナが手作りが良いっていうから僕が作ってるのに。最後に美味しいお菓子とお茶をいただけるからパシリも耐えてたのに~~!
さすがに三年生の教室内で待つのは気が重いから自分の教室に戻った。
「うーん。やっぱり帰っちゃったのかなぁ」
僕は仕方なく待つことにした。でも手持ち無沙汰なので読みかけの小説を読むことにして鞄から取り出す。
「あー、だめだ。集中できない」
僕は本を閉じた。
今日はダナがいない。それは初めじゃないけどいつも偉そうに「俺は用がある。先に帰ってろ」って言ってくれる。
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初めましてです。お手柔らかにお願いします。
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