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☆★☆☆★☆
「ふぅ」
ベッドに入って大きく深呼吸をする。今日は結婚式をしたり、魔車に乗ったり、忙しかったから体がクタクタだ。
初夜には不向きな日と配慮してもらったんだろうと思いたい。僕の体の事は結婚前に魔王様の部下からヴァンヴァイド様に伝えられているから、嫌だと思われれているかもしれない。
僕はあらゆる面で淫魔として不合格だけど親切にしてもらえるだけ僕の待遇は恵まれていると思って夫に尽くしていこう。
「……あ」
そうだ、メッセージカード。
カバンの中からメッセージカードセットを取り出した。お菓子のお礼とこれからお願いしますってことを書いたカード。渡すタイミングが分からなくてずっと持ったままだった。
向こうの寝室に繋がったドアをノックすると返事があ
った。少しだけ開いた隙間からカードをさし入れる。
「これは?」
「チョコレートのお礼と……えっと、よろしくおねがいしま……す?」
「…………は?」
「えっと……僕がお嫁さんになったからよろしくおねがいします」
「……ああ、ありがとう。よろしく」
そう言って彼はドアの隙間からこっちを見て微笑みながらカードを受け取ってくれた。
「……おやすみなさい、ヴァンヴァイド様」
僕は静かに扉を閉めて、ベッドへ戻って眠りについた。
☆☆☆☆☆
「んー……まぶしい」
窓から差し込む光に起こされる。魔界だと朝でも暗いからすぐに目がさめちゃった。
隣は静かだからもう起きてるかも。とりあえず僕は着替えをしたり、顔を洗ったりして朝の支度をした。
リビングへ行くと誰もいない。台所も誰もいない。ご飯の時にヴァンヴァイド様が冷たいお茶をだしていた物入れをこっそり開けて見る。
開けた途端にひんやりとした空気が顔に当たった。
「冷蔵庫……だよね?」
娼館で特別な部屋にだけ置いてあった冷蔵庫に似てる。魔界では冷気がでてくる魔石をこういう箱に入れてそのまわりに物を置いて冷やしていた。でもこれは上から冷気が流れてくるけど魔石がある場所は見えなかった。
「冷たくてキレイなお水がある」
水瓶の蓋を開けると中には水が入っている。お風呂に溜まっていた水とは違うスッキリした匂いがするし中に黄色くて丸い平べったいものがあるけどキレイな水だ。
「うわぁ……」
思わず声が出た。だってこの家の台所は水道もあるんだよ! なのに水瓶にキレイなお水をわざわざ用意してるなんてすごいよ!
「ヴァンヴァイド様ってすごい……」
お父様達のお屋敷に比べると小さいけどお水が豊富だ。家の周りに川や湖はないから買ってるのかな。だとしたらこんなに質が良い水は高いよ。
「おはよう。もう起きていたのか」
「あ、おはようございます」
振り返るとパジャマ姿のままのヴァンヴァイド様がいた。どうしよう。勝手に冷蔵庫を見てたの怒られるかな?
「俺も準備をしてくる。その後に朝食を作るからキミは座っていろ」
「あ、はい」
良かった。怒られなかった。リビングに移動してソファに座る。
昨日は緊張していてあんまり見れなかった部屋をキョロキョロと見回す。
小さなテーブルと椅子が二脚あるだけのシンプルな部屋だ。大きな窓にはカーテンがあって、白いレースが風に揺れていた。
「あれ?」
窓辺に植木鉢がおいてあってそこに赤い花が咲いている。近づいて見るとそれはバラのような形の植物で見たことのないものだった。
「なんだろうこれ」
葉っぱに触れてみるとチクチクとしてトゲがある。茎も太くてしっかりしている。
「……触らない方がいい」
「うわぁ!」
いつの間にか後ろにヴァンヴァイド様が立っていて僕の手を握った。
「これは呪いの浄化中だ。他に伝染らないが棘で指を突くと怪我をして危ない」
「呪い」
僕にも体型変化の呪いがかかってるけど花みたいにこうして窓辺にいたら呪いが浄化されるかな。
「……食事の準備ができたら呼ぶ」
「あ、はいっ」彼は僕の頭を撫でてからまたキッチンの方へ戻っていった。
☆★☆☆★☆
「美味しいです」
「そうか」
パンをちぎりながら食べる。いつもより柔らかくて甘い味がする。やっぱり小麦粉が違うのかもしれない。
「今日は買い物に出るか」
「えっ、あ、はい。分かりました」
しまった。朝ごはんが美味しいから適当に返事しちゃった。聞き返したかったけど食べ終わった食器を彼に下げられたから聞けなかった。
「まずは服を買いに行くぞ」
「はい」
二人で外に出た。天気が良くて乾いた風が魔界のようで気持ちいい。昨日、乗った魔車と似てるけど違う魔車の前側のドアをヴァンヴァイド様が開けてくれた。
昨日は後ろだったけど今日は前に乗れて嬉しい。
僕の隣の席にヴァンヴァイド様が座った。
「ヴァンヴァイド様が魔車を動かすんですか?」
「ああ、魔車の運転ができないと不憫だからな」
昨日よりは怖くないけどやっぱり表情がない。魔車が動き出して僕は彼のハンドルを握る手を眺めた。
「あの、どうして僕に優しくしてくれるんですか」
「なんだ急に」
「あ、いえ、えっと……昨日からずっと気になってたので」
「なにをだ」
「……えっと、その、僕、本来は男体でも妊娠できる淫魔族だけど事故で子供が産めない体になったから、ほんとの男同士の結婚になっちゃうから本当は嫌なんじゃないかと思って。政略結婚だから無理して優しくしてくれているのなら仮面夫婦ってものになろうと思ってるんです」
前を向いたままの彼の表情が険しくなった。
「ごめんなさい! でもどうしても知りたくて……」
「この歳で女性と結婚できたとしても子供が産まれるかは分からん。政略結婚で男と結婚しろという話を持ち込まれた時に同性婚が嫌なら断ることはできた。気にしなくていい」
「そ、そうなんですね……」
「だから遠慮しなくていい」
怖い顔だけど声は優しい。ふぁ~、冷淡な大人の男性って感じがしてカッコいい。
☆★☆☆★☆
「あの、ここ高いんじゃ」
「気に入った物があれば買ってやれる。だが一度に買ってやれる枚数は限られているし、頻繁には買ってはやれないが値段よりも長く使える」
連れてこられたのは大きなお店だった。貴族とか王族が着てそうな仕立ての良い服が並んでいる。
「えっと、その」
ヴァンヴァイド様が店員さんと話しながら何枚も持ってきた。
「こちらなどいかがでしょうか」
「ふむ」
店員が他の服も持ってきて彼はそれを受け取り僕の体の前で合わせてくる。
「お客様、こちらは―――」
二人とも楽しそうだし、お姉様達もこうして僕に似合うものを選んで買ってくれるから僕は黙っていることにした。
「ではこれを貰おう」
「ありがとうございます」
支払いを終えて紙袋を魔車に乗せてからまた歩いて移動する。
「次は靴を見に行こう」
「は、はい」
☆★☆☆★☆
いろいろと買ってもらって両手いっぱいになった荷物をヴァンヴァイド様が持ってくれている。僕の荷物は新しく買ってもらったカバンくらい。だから「荷物を持ちますって言ったのに「大丈夫だ」と言われた。
「疲れたか?」
「大丈夫です。たくさん買って貰えて嬉しいです」
心配してくれた彼が少し微笑んでくれたから僕も笑顔を返す。
「もうすぐ昼だ。何か食べたいか?」
「何でもいいです。
……でも肉料理がいいな」
「肉か、わかった」
その短い返事にあれ?って思ったけど自分がうっかり食べたい物を口にしていたのに気がついて口を押さえると彼は笑って、それから少しだけ歩く速度を落とした。
☆★☆☆★☆
家に帰ってちょっと遅くなったお昼ご飯。
「あ、美味しい」
ロードリックさんが作ってくれたご飯を食べて思わず声が出る。
「気に入ってくれて良かった」
目の前に座った彼は嬉しそうに目を細めて笑う。昨日とまったく違う。僕よりずっと年上だけど結婚式で緊張してたんだろうなぁ。
「……俺の分も食べるか?」
「え、でも」
「キミの幸せそうな顔を見るのは楽しい」
「……じゃあお言葉に甘えて」
遠慮なく彼の皿に乗っているステーキを一切れ貰った。うん、美味しい。
「このスープもすごく美味しいですね!」
「ああ、野菜を煮込んだだけだが気に入ったなら今度も作ろう」
「ぜひお願いします!」
こんなに美味しいものが作れる人なんだからきっとモテただろうなあ。僕は借金と引き換えに人間と結婚することにしたけどヴァンヴァイド様の理由ってなんだろう。
「あの、ヴァンヴァイド様はどうしてこの結婚を決めたんですか?」
「ん? それは……そうだな」
食事を終えた彼はフォークを置いて頬杖をついた。
「俺は呪わているんだ。普通の結婚は望めないからキミと結婚するまで独り身だった」
「呪いですか?」
「ああ、昔、かけられた呪いなんだが異性と交わると爆発するんだ」
「異性と交わると爆発?……それってどんな呪いなんですか」
こことは違う人間界に行って帰ってきたモテない悪魔が「リア充爆発しろ―!!」ってモテてる悪魔に突っかかってるのは何度か見たことがある。
「そのままの意味だ。女性と性交すると股間が爆発する呪いらしい。本当か試して爆発したら終わりだから何もできん」
「そ、そうなんですね……」
そういう呪いを開発した淫魔がいたとか聞いたことあった気がする。
「同性のキミには俺の呪いは関係ないし影響もないから心配しなくていい。この結婚は人間達の平和のためという大義名分があるから女性に手を出さない口実にもなるからな。俺にとって利益が大きすぎるくらいだ。だから一途に魔王を想うキミに手を出すつもりはないし魔界には好きな時に帰って魔王と逢瀬を楽しむことにも口は出さない」
「……え?いえ、僕、魔王様のことは」
「さあ、そろそろ片付けるか」
「あ、はいっ」
「魔王様に全然興味のかけらもないんです」って言えないまま食事の片付けをした。
買って貰った物は衣装部屋で開封してしまう。
殺風景なのは変わらないけど服や靴が並ぶと衣装部屋っぽくなってきた。買ってもらった服はどれも男のもので、当たり前だけど女物はない。
魔界にいた時と違って男の娘とか女性扱いされないのは新鮮で、僕の中で何かが変わりそうだった。
「でも……」
僕はヴァンヴァイド様がお亡くなりになるまで清らかな体のままなんだろうな。政略結婚だから浮気は絶対ダメ。こっちが原因での離婚は絶対にしてはならないって言われてるし、子供の時からお父様からは異性でも同性でも同意がないと駄目だよって教えてもらっている。
淫魔としてそれはどうなのかなって思うんだけどそこは割り切って人間の生活を楽しむことにしよう。
「ふぅ」
ベッドに入って大きく深呼吸をする。今日は結婚式をしたり、魔車に乗ったり、忙しかったから体がクタクタだ。
初夜には不向きな日と配慮してもらったんだろうと思いたい。僕の体の事は結婚前に魔王様の部下からヴァンヴァイド様に伝えられているから、嫌だと思われれているかもしれない。
僕はあらゆる面で淫魔として不合格だけど親切にしてもらえるだけ僕の待遇は恵まれていると思って夫に尽くしていこう。
「……あ」
そうだ、メッセージカード。
カバンの中からメッセージカードセットを取り出した。お菓子のお礼とこれからお願いしますってことを書いたカード。渡すタイミングが分からなくてずっと持ったままだった。
向こうの寝室に繋がったドアをノックすると返事があ
った。少しだけ開いた隙間からカードをさし入れる。
「これは?」
「チョコレートのお礼と……えっと、よろしくおねがいしま……す?」
「…………は?」
「えっと……僕がお嫁さんになったからよろしくおねがいします」
「……ああ、ありがとう。よろしく」
そう言って彼はドアの隙間からこっちを見て微笑みながらカードを受け取ってくれた。
「……おやすみなさい、ヴァンヴァイド様」
僕は静かに扉を閉めて、ベッドへ戻って眠りについた。
☆☆☆☆☆
「んー……まぶしい」
窓から差し込む光に起こされる。魔界だと朝でも暗いからすぐに目がさめちゃった。
隣は静かだからもう起きてるかも。とりあえず僕は着替えをしたり、顔を洗ったりして朝の支度をした。
リビングへ行くと誰もいない。台所も誰もいない。ご飯の時にヴァンヴァイド様が冷たいお茶をだしていた物入れをこっそり開けて見る。
開けた途端にひんやりとした空気が顔に当たった。
「冷蔵庫……だよね?」
娼館で特別な部屋にだけ置いてあった冷蔵庫に似てる。魔界では冷気がでてくる魔石をこういう箱に入れてそのまわりに物を置いて冷やしていた。でもこれは上から冷気が流れてくるけど魔石がある場所は見えなかった。
「冷たくてキレイなお水がある」
水瓶の蓋を開けると中には水が入っている。お風呂に溜まっていた水とは違うスッキリした匂いがするし中に黄色くて丸い平べったいものがあるけどキレイな水だ。
「うわぁ……」
思わず声が出た。だってこの家の台所は水道もあるんだよ! なのに水瓶にキレイなお水をわざわざ用意してるなんてすごいよ!
「ヴァンヴァイド様ってすごい……」
お父様達のお屋敷に比べると小さいけどお水が豊富だ。家の周りに川や湖はないから買ってるのかな。だとしたらこんなに質が良い水は高いよ。
「おはよう。もう起きていたのか」
「あ、おはようございます」
振り返るとパジャマ姿のままのヴァンヴァイド様がいた。どうしよう。勝手に冷蔵庫を見てたの怒られるかな?
「俺も準備をしてくる。その後に朝食を作るからキミは座っていろ」
「あ、はい」
良かった。怒られなかった。リビングに移動してソファに座る。
昨日は緊張していてあんまり見れなかった部屋をキョロキョロと見回す。
小さなテーブルと椅子が二脚あるだけのシンプルな部屋だ。大きな窓にはカーテンがあって、白いレースが風に揺れていた。
「あれ?」
窓辺に植木鉢がおいてあってそこに赤い花が咲いている。近づいて見るとそれはバラのような形の植物で見たことのないものだった。
「なんだろうこれ」
葉っぱに触れてみるとチクチクとしてトゲがある。茎も太くてしっかりしている。
「……触らない方がいい」
「うわぁ!」
いつの間にか後ろにヴァンヴァイド様が立っていて僕の手を握った。
「これは呪いの浄化中だ。他に伝染らないが棘で指を突くと怪我をして危ない」
「呪い」
僕にも体型変化の呪いがかかってるけど花みたいにこうして窓辺にいたら呪いが浄化されるかな。
「……食事の準備ができたら呼ぶ」
「あ、はいっ」彼は僕の頭を撫でてからまたキッチンの方へ戻っていった。
☆★☆☆★☆
「美味しいです」
「そうか」
パンをちぎりながら食べる。いつもより柔らかくて甘い味がする。やっぱり小麦粉が違うのかもしれない。
「今日は買い物に出るか」
「えっ、あ、はい。分かりました」
しまった。朝ごはんが美味しいから適当に返事しちゃった。聞き返したかったけど食べ終わった食器を彼に下げられたから聞けなかった。
「まずは服を買いに行くぞ」
「はい」
二人で外に出た。天気が良くて乾いた風が魔界のようで気持ちいい。昨日、乗った魔車と似てるけど違う魔車の前側のドアをヴァンヴァイド様が開けてくれた。
昨日は後ろだったけど今日は前に乗れて嬉しい。
僕の隣の席にヴァンヴァイド様が座った。
「ヴァンヴァイド様が魔車を動かすんですか?」
「ああ、魔車の運転ができないと不憫だからな」
昨日よりは怖くないけどやっぱり表情がない。魔車が動き出して僕は彼のハンドルを握る手を眺めた。
「あの、どうして僕に優しくしてくれるんですか」
「なんだ急に」
「あ、いえ、えっと……昨日からずっと気になってたので」
「なにをだ」
「……えっと、その、僕、本来は男体でも妊娠できる淫魔族だけど事故で子供が産めない体になったから、ほんとの男同士の結婚になっちゃうから本当は嫌なんじゃないかと思って。政略結婚だから無理して優しくしてくれているのなら仮面夫婦ってものになろうと思ってるんです」
前を向いたままの彼の表情が険しくなった。
「ごめんなさい! でもどうしても知りたくて……」
「この歳で女性と結婚できたとしても子供が産まれるかは分からん。政略結婚で男と結婚しろという話を持ち込まれた時に同性婚が嫌なら断ることはできた。気にしなくていい」
「そ、そうなんですね……」
「だから遠慮しなくていい」
怖い顔だけど声は優しい。ふぁ~、冷淡な大人の男性って感じがしてカッコいい。
☆★☆☆★☆
「あの、ここ高いんじゃ」
「気に入った物があれば買ってやれる。だが一度に買ってやれる枚数は限られているし、頻繁には買ってはやれないが値段よりも長く使える」
連れてこられたのは大きなお店だった。貴族とか王族が着てそうな仕立ての良い服が並んでいる。
「えっと、その」
ヴァンヴァイド様が店員さんと話しながら何枚も持ってきた。
「こちらなどいかがでしょうか」
「ふむ」
店員が他の服も持ってきて彼はそれを受け取り僕の体の前で合わせてくる。
「お客様、こちらは―――」
二人とも楽しそうだし、お姉様達もこうして僕に似合うものを選んで買ってくれるから僕は黙っていることにした。
「ではこれを貰おう」
「ありがとうございます」
支払いを終えて紙袋を魔車に乗せてからまた歩いて移動する。
「次は靴を見に行こう」
「は、はい」
☆★☆☆★☆
いろいろと買ってもらって両手いっぱいになった荷物をヴァンヴァイド様が持ってくれている。僕の荷物は新しく買ってもらったカバンくらい。だから「荷物を持ちますって言ったのに「大丈夫だ」と言われた。
「疲れたか?」
「大丈夫です。たくさん買って貰えて嬉しいです」
心配してくれた彼が少し微笑んでくれたから僕も笑顔を返す。
「もうすぐ昼だ。何か食べたいか?」
「何でもいいです。
……でも肉料理がいいな」
「肉か、わかった」
その短い返事にあれ?って思ったけど自分がうっかり食べたい物を口にしていたのに気がついて口を押さえると彼は笑って、それから少しだけ歩く速度を落とした。
☆★☆☆★☆
家に帰ってちょっと遅くなったお昼ご飯。
「あ、美味しい」
ロードリックさんが作ってくれたご飯を食べて思わず声が出る。
「気に入ってくれて良かった」
目の前に座った彼は嬉しそうに目を細めて笑う。昨日とまったく違う。僕よりずっと年上だけど結婚式で緊張してたんだろうなぁ。
「……俺の分も食べるか?」
「え、でも」
「キミの幸せそうな顔を見るのは楽しい」
「……じゃあお言葉に甘えて」
遠慮なく彼の皿に乗っているステーキを一切れ貰った。うん、美味しい。
「このスープもすごく美味しいですね!」
「ああ、野菜を煮込んだだけだが気に入ったなら今度も作ろう」
「ぜひお願いします!」
こんなに美味しいものが作れる人なんだからきっとモテただろうなあ。僕は借金と引き換えに人間と結婚することにしたけどヴァンヴァイド様の理由ってなんだろう。
「あの、ヴァンヴァイド様はどうしてこの結婚を決めたんですか?」
「ん? それは……そうだな」
食事を終えた彼はフォークを置いて頬杖をついた。
「俺は呪わているんだ。普通の結婚は望めないからキミと結婚するまで独り身だった」
「呪いですか?」
「ああ、昔、かけられた呪いなんだが異性と交わると爆発するんだ」
「異性と交わると爆発?……それってどんな呪いなんですか」
こことは違う人間界に行って帰ってきたモテない悪魔が「リア充爆発しろ―!!」ってモテてる悪魔に突っかかってるのは何度か見たことがある。
「そのままの意味だ。女性と性交すると股間が爆発する呪いらしい。本当か試して爆発したら終わりだから何もできん」
「そ、そうなんですね……」
そういう呪いを開発した淫魔がいたとか聞いたことあった気がする。
「同性のキミには俺の呪いは関係ないし影響もないから心配しなくていい。この結婚は人間達の平和のためという大義名分があるから女性に手を出さない口実にもなるからな。俺にとって利益が大きすぎるくらいだ。だから一途に魔王を想うキミに手を出すつもりはないし魔界には好きな時に帰って魔王と逢瀬を楽しむことにも口は出さない」
「……え?いえ、僕、魔王様のことは」
「さあ、そろそろ片付けるか」
「あ、はいっ」
「魔王様に全然興味のかけらもないんです」って言えないまま食事の片付けをした。
買って貰った物は衣装部屋で開封してしまう。
殺風景なのは変わらないけど服や靴が並ぶと衣装部屋っぽくなってきた。買ってもらった服はどれも男のもので、当たり前だけど女物はない。
魔界にいた時と違って男の娘とか女性扱いされないのは新鮮で、僕の中で何かが変わりそうだった。
「でも……」
僕はヴァンヴァイド様がお亡くなりになるまで清らかな体のままなんだろうな。政略結婚だから浮気は絶対ダメ。こっちが原因での離婚は絶対にしてはならないって言われてるし、子供の時からお父様からは異性でも同性でも同意がないと駄目だよって教えてもらっている。
淫魔としてそれはどうなのかなって思うんだけどそこは割り切って人間の生活を楽しむことにしよう。
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