リセリーは何も知らなくていい

からどり

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中編

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◆◆◆
翌朝、目が覚めると隣に誰かがいた。俺の隣で眠っているそいつの髪は長くて綺麗だった。

「ん……」

そいつは俺が起きたことに気づくと寝返りを打ってこっちを向いて微笑みかけてきてこう言った。

「おはようございます。ご主人様」

「誰だ……お前は……」

「私ですか?私はリセリーですよ」

「違う!俺の知っているリセリーじゃない!」

たしかに太い。髪の色に艶が戻ったら目の前の女のようになるかもしれない。タレ目で、白い肌で、よくものを吸収する唇もぷっくりとしていて柔らかそうなままだ。だが変な匂いがしてこない。風呂に置いてある石鹸の匂いに混じっている甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「そもそもなんで俺のベッドに入って寝ているんだ」

リセリーが怒られた時のように体を小さくして俯きながら俺を上目遣いでみるような顔を目の前の女がした。それに俺の体が疼き、意識したくなくて息が止まった。
息を止めてジッと見つめるとリセリーだ。
なぜ今まで美化されて見えていたのか分からないが、昨日と変わらないリセリーがいる。
髪を洗うようになったからか少し艶のある髪。無造作に人を集めたら必ず一人か二人は似たものがいそうな太った女のリセリーだ。
なのにこいつの匂いを嗅ぐと本能的に惹き寄せられてしまう。

「昨日、ご主人様が命じられて……その、寒いから暖を取らせろと……」

たしかにこいつが隣にいるからか温かい。唐突だが雷槌に打たれたかのように昨日の事をおもいだした。

リセリーが部屋に入ってくるのが見えて、風呂に入った後だから頬や首筋の肌が赤くなっているのが目に入った。思わず、呼び寄せ、そばに来たリセリーに手を伸ばしてしまった。
風呂上がりのその体は熱く、今のように甘く溶けるような匂いがした。寒い夜だったから俺はそのまま抱き寄せて一緒に眠ってしまったんだ。

「ごめんなさい。もうしませんから、捨てないでください」

リセリーは泣いてベッドから抜け出し床に頭をつけて謝った。
俺が買ったグレーのワンピースを着ている。皺ができているが寝乱れた様子がないことだけが俺にとっても救いだった。

「うるさい。泣くな。朝っぱらから」

泣き顔が鬱陶しく、腹立たしかった。俺は家事をする奴が欲しくてうっかりと奴隷を衝動買いしただけだ。なのにどうしてあんなことをしてしまったんだ。

「朝食を用意します」

リセリーは俺の不機嫌さを察すると急いで部屋から出て行った。

◆◆◆

仕事中、リセリーのことを思い出さないようにしていた。だが、ふとした瞬間にあいつの顔が浮かぶ。

◆◆◆

リセリーが来てから一週間が経った。

掃除と料理の腕は上がってきたが、相変わらず俺の顔色を伺ってくる。それが苛つく。俺は奴隷に対して優しくするつもりはないがあんなにも怯えられるのは心外だ。

もうあんな間違いは起こさないように寝室は別にした。あいつには使っていない小さな部屋を与えてある。そこで休んでくれと言った時のあいつの安堵した表情が頭にチラついて集中できない。

体型は変わらないが落ち着いて食事をするようになると小さく動く唇が可愛らしかった。
手を切らないように真剣な顔をして包丁を握る表情が愛らしい。
掃除をしている時に雑巾で拭いた窓を鏡にして嬉しそうにしている姿も可愛いと思った。
手鏡を買ってやったら涙を流して喜んでくれた。その時、あの香りが強くなった気がした。
俺が家で仕事をしているとたまに見に来ては邪魔にならない程度に話しかけ茶を用意してくる。
リセリーは俺の邪魔をしない。
俺が家を出る時間に見送り、帰る時間になると出迎え、俺の食事を作って待っていた。

◆◆◆

「おかえりなさいませ」

リセリーは夜中だというのに俺を玄関まで出迎えてきた。

「ああ」

「あの、今日はお風呂を沸かしました」

「そうか」

「ご飯も作ってあります」

「わかった」

「あと、あの……」

「なんだ」

「えっと……」

「言いたいことがあるならはっきり言え」

「……先日、わ、私が住んでいた国の聖女様が王太子とご結婚なされたという噂を聞いたのですが本当ですか」

「ああ、らしいな」

「す、すみません」

リセリーはなぜか頬に涙を流して謝ってきた。意味が分からん。

「なぜ謝る」

「えっ?あの、ご主人様には無関係のことを質問したから」

「……」

「ご、ごめんなさい!」

「もういい。先に飯にする」

「はい……」

リセリーの寂しげな声を聞いて胸が痛んだ。
あいつは王太子が好きだったのか?まさかな。

◆◆◆

次の日の朝、目が覚めた時にいつもと違う感触がした。横を見るとリセリーがいた。あの甘い香りが漂っている。
そうだ。昨日はリセリーと一緒に眠っていたんだ。

昨日は遅くに帰ってきて疲れていた。いつものように自分の寝室で寝ろと命令するはずだったのにベッドに引き込んでしまった。

俺の胸に顔を押し付けて眠るリセリー。
昨晩、あいつは自分の罪を吐き出した。

『私は幼馴染が聖女になったと言ったのを簡単に信じ、あなたは親友なんだから助けて、という言葉で簡単に私は正義を振りかざして本物の聖女様に意地悪をしてしまったんです。私がしたことは許されないことでした。だけど、もし許されるのならば、もう一度、やり直せるのなら、私は幼馴染のあの子と私の両親や皆を止めたい。罪を全部償って皆の代わりに私が死にたい』

俺はこの話を黙って聞いていた。俺に話すというよりは懺悔に近いだろう。
リセリーは泣いていて、話が終わった時には俺が抱きしめていて、いつの間にか俺はあいつに口づけをしていた。

俺の下で鳴くリセリー。あいつの声は俺の耳から脳を溶かした。

俺はあいつを愛していた。

あいつは俺を慕ってくれた。

俺達はお互いを求め合った。

そして朝を迎えた。

◆◆◆

不安を感じた俺はリセリーが起きる前に奴隷紋の強化をした。奴隷紋を解除できる奴隷解放団体というのがあり、もしもあいつがそいつらと接触して奴隷紋を解除し勝手に自害しても困るからだ。

奴隷紋を強化したら胸の下にあった紋様がへその下にまで伸び広がった。俺以外とはできないよう姦通防止機能をつけた。

目覚めたリセリーが自分の奴隷紋を見てギュッと口を引き結んだ。
俺はその様子を気づかないふりをしてわざとあいつの腹を撫でた。

「おはようございます」

「ああ、体は痛くないか」

「はい」

リセリーは俺に背を向けるとベッドから降りて部屋から出て行った。
あいつは俺よりも奴隷と主人の関係を弁えていた。

一人分の食事だけが用意されたテーブル。リセリーからの距離を取りたいという無言の訴えだった。
朝飯を食べているとリセリーは静かに給仕をしてくれる。
食べ終わると食器を持っていき、俺が使ったものは全て洗った後、布巾でよく拭きあげて片付けてくれた。

抱いた後に奴隷紋を強化した、その意味は普通なら分かるはずだ。しかも俺はあいつが恋をする権利すら奪った。
だが、あいつは俺を責めなかった。
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