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三時間目
三時間目
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体育が終わり、生温い夏風に吹かれながら教室に戻ると、大川がボディシート配布会を行っていた。
「へいどうぞ、まいど!」
「いつもあんがと」
そんなやり取りも聞こえる。俺も大川へ寄っていき、ボディシートをもらう。勢いで、二枚一緒にボディシートが出てきた。
「追加料金な。後払いにしていいぜ」
そう大川が言ったので、
「そうだな、そうしとくわ」
と返した。
体育着から着替えていると、廊下の方から女の人の話し声が聞こえてきた。おそらく、次の授業で国語を担当する奥田先生だろう。教室ではむさくるしい男どもが着替えているのを知っているから、こうやって教室の前で質問対応をしているのだろう。
もっとも、男どもは授業についての質問ではなく、プライベートの質問をデリカシーなくぶち込んでくるのだろうが。
多くが着替えおわり、教室の外のロッカーへ教科書やノートを取りに行く者が出てきたところへ、奥田先生が教室へと入ってきた。
茶髪のボブヘアーで、白く華やかなワンピースを身にまとっている。そのお嬢様的なオーラは、校舎の向かいを歩いても一目でわかるほどにこの学園内では異質である。まだ二十代中頃で若く、その眉目秀麗さで、学園のアイドルとして熱狂的な支持を集めている。
「奥さーん!」
そんなファンコールをしている者もいる。
全くの迷惑である。本当の推しであれば、この俺のように温かく、あたふたしがちなその授業を見守っていればいればいいのだ。
始業を告げるチャイムがなり、号令がかかった。
「最近ゲームってやってますか?」
授業はいつも軽い雑談から入る。この雑談タイムからしか得られないものが絶対にある。知識でも、思考力でもない。ただ漠然と心が落ち着く感じ。
「あっ、授業プリント忘れてきちゃった。ちょっと教員室まで取りに行ってくるから、静かにしててね♡」
♡は、お前らには聞こえないと思うが、俺には確かに奥田先生から聞こえた。
「ねね、野中、カルピスソーダ飲みたいじゃん?」
後ろの席の浜田が意味の分からないことを言ったのは、先生が教室を出てからであった。
浜田は周りの席の奴らも巻き込んで、ジャン負けが自販機まで全員分のカルピスソーダを買ってくるという提案をした。
「正味ばれても、先生そういうの甘いからいけるっしょ」
この浜田の発言に全員が納得して、じゃんけんは執り行われた。
「俺、パー出すわ」
心理戦を持ち掛けたのは浜田。
「じゃあ俺チョキ」
「俺もチョキ」
次々と愚かに心理戦に乗っかる彼ら。
一種の静寂のあと、獅子の咆哮のような掛け声。
「最初はグー!じゃんけん......」
だされた手は、浜田がパー、他が全員チョキ。心理戦はただの手の内明かし大会だった。言いだしっぺが敗者。何とも気の毒である。
浜田が自販機に買い出しに行ってからしばらくして、先生が戻ってきた。
「おまたせー。ごめんね、授業再開するよー」
「待たせたな、お前ら、戦利品だ」
先生の声と浜田の声が重なった。
「どうしたの、浜田くん」
「トイレ行ってました」
バレバレの浜田の嘘に、先生は苦笑せざるを得ない。
授業が再開し、俺はカルピスソーダの缶のプルタブを開ける。缶の中の炭酸の気泡から発せられる音は、真夏の汗ばむ体感気温をマイナス2℃してくれる。
周りに水滴がつくほどに冷たくなっているカルピスソーダを口に運ぶと、爽やかな酸味、甘みと少しやさしい炭酸が飽和して喉を過ぎ去っていく。
教室の窓は開いていて、風は外の木の葉と一緒に教科書のページも揺らしていく。
体育の疲れと、大自然の睡眠導入によってまどろんでいたところで、俺の名前が呼ばれた。何を聞かれたのかは分からない。
「野中くん、ここの空欄何だか分かる?」
「すきです」
教室は、沈黙に包まれた。勢いでとんでもないことを言ってしまった。「野中やべぇぞ」と、聞こえない声が聞こえてきた。
真夏なのに冷や汗をかいていると、後ろの方から囃す声。
「ヒューヒュー!よくやったぜ!」
俺にこんなことを言う奴は、一人決まっている。
それを皮切りに、クラス全員が囃しをつけてきた。
「奥さん顔赤い、いける!」
今更引けないので、俺は追い討ちをかける。
「本気なんで、付き合ってください」
「ごめんね、そういうのはちょっと……」
そこからの授業の記憶は、なかった。
授業が終わると、クラスのみんなは机に倒れ臥している俺にぞろぞろ駆け寄ってくる。
「大丈夫、振られても次あるぜ」
「次は購買のおばちゃんやな」
違うんだよ、そういうことじゃないんだよ。
でも、適当で、馬鹿で、底抜けに優しいお前らが大好きだ。
「そんなんで、傷つく男じゃねぇよ」
俺は、水分で光が乱反射した目でお前らを見ながら、にかっと笑った。
「へいどうぞ、まいど!」
「いつもあんがと」
そんなやり取りも聞こえる。俺も大川へ寄っていき、ボディシートをもらう。勢いで、二枚一緒にボディシートが出てきた。
「追加料金な。後払いにしていいぜ」
そう大川が言ったので、
「そうだな、そうしとくわ」
と返した。
体育着から着替えていると、廊下の方から女の人の話し声が聞こえてきた。おそらく、次の授業で国語を担当する奥田先生だろう。教室ではむさくるしい男どもが着替えているのを知っているから、こうやって教室の前で質問対応をしているのだろう。
もっとも、男どもは授業についての質問ではなく、プライベートの質問をデリカシーなくぶち込んでくるのだろうが。
多くが着替えおわり、教室の外のロッカーへ教科書やノートを取りに行く者が出てきたところへ、奥田先生が教室へと入ってきた。
茶髪のボブヘアーで、白く華やかなワンピースを身にまとっている。そのお嬢様的なオーラは、校舎の向かいを歩いても一目でわかるほどにこの学園内では異質である。まだ二十代中頃で若く、その眉目秀麗さで、学園のアイドルとして熱狂的な支持を集めている。
「奥さーん!」
そんなファンコールをしている者もいる。
全くの迷惑である。本当の推しであれば、この俺のように温かく、あたふたしがちなその授業を見守っていればいればいいのだ。
始業を告げるチャイムがなり、号令がかかった。
「最近ゲームってやってますか?」
授業はいつも軽い雑談から入る。この雑談タイムからしか得られないものが絶対にある。知識でも、思考力でもない。ただ漠然と心が落ち着く感じ。
「あっ、授業プリント忘れてきちゃった。ちょっと教員室まで取りに行ってくるから、静かにしててね♡」
♡は、お前らには聞こえないと思うが、俺には確かに奥田先生から聞こえた。
「ねね、野中、カルピスソーダ飲みたいじゃん?」
後ろの席の浜田が意味の分からないことを言ったのは、先生が教室を出てからであった。
浜田は周りの席の奴らも巻き込んで、ジャン負けが自販機まで全員分のカルピスソーダを買ってくるという提案をした。
「正味ばれても、先生そういうの甘いからいけるっしょ」
この浜田の発言に全員が納得して、じゃんけんは執り行われた。
「俺、パー出すわ」
心理戦を持ち掛けたのは浜田。
「じゃあ俺チョキ」
「俺もチョキ」
次々と愚かに心理戦に乗っかる彼ら。
一種の静寂のあと、獅子の咆哮のような掛け声。
「最初はグー!じゃんけん......」
だされた手は、浜田がパー、他が全員チョキ。心理戦はただの手の内明かし大会だった。言いだしっぺが敗者。何とも気の毒である。
浜田が自販機に買い出しに行ってからしばらくして、先生が戻ってきた。
「おまたせー。ごめんね、授業再開するよー」
「待たせたな、お前ら、戦利品だ」
先生の声と浜田の声が重なった。
「どうしたの、浜田くん」
「トイレ行ってました」
バレバレの浜田の嘘に、先生は苦笑せざるを得ない。
授業が再開し、俺はカルピスソーダの缶のプルタブを開ける。缶の中の炭酸の気泡から発せられる音は、真夏の汗ばむ体感気温をマイナス2℃してくれる。
周りに水滴がつくほどに冷たくなっているカルピスソーダを口に運ぶと、爽やかな酸味、甘みと少しやさしい炭酸が飽和して喉を過ぎ去っていく。
教室の窓は開いていて、風は外の木の葉と一緒に教科書のページも揺らしていく。
体育の疲れと、大自然の睡眠導入によってまどろんでいたところで、俺の名前が呼ばれた。何を聞かれたのかは分からない。
「野中くん、ここの空欄何だか分かる?」
「すきです」
教室は、沈黙に包まれた。勢いでとんでもないことを言ってしまった。「野中やべぇぞ」と、聞こえない声が聞こえてきた。
真夏なのに冷や汗をかいていると、後ろの方から囃す声。
「ヒューヒュー!よくやったぜ!」
俺にこんなことを言う奴は、一人決まっている。
それを皮切りに、クラス全員が囃しをつけてきた。
「奥さん顔赤い、いける!」
今更引けないので、俺は追い討ちをかける。
「本気なんで、付き合ってください」
「ごめんね、そういうのはちょっと……」
そこからの授業の記憶は、なかった。
授業が終わると、クラスのみんなは机に倒れ臥している俺にぞろぞろ駆け寄ってくる。
「大丈夫、振られても次あるぜ」
「次は購買のおばちゃんやな」
違うんだよ、そういうことじゃないんだよ。
でも、適当で、馬鹿で、底抜けに優しいお前らが大好きだ。
「そんなんで、傷つく男じゃねぇよ」
俺は、水分で光が乱反射した目でお前らを見ながら、にかっと笑った。
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