4 / 6
三時間目
三時間目
しおりを挟む
体育が終わり、生温い夏風に吹かれながら教室に戻ると、大川がボディシート配布会を行っていた。
「へいどうぞ、まいど!」
「いつもあんがと」
そんなやり取りも聞こえる。俺も大川へ寄っていき、ボディシートをもらう。勢いで、二枚一緒にボディシートが出てきた。
「追加料金な。後払いにしていいぜ」
そう大川が言ったので、
「そうだな、そうしとくわ」
と返した。
体育着から着替えていると、廊下の方から女の人の話し声が聞こえてきた。おそらく、次の授業で国語を担当する奥田先生だろう。教室ではむさくるしい男どもが着替えているのを知っているから、こうやって教室の前で質問対応をしているのだろう。
もっとも、男どもは授業についての質問ではなく、プライベートの質問をデリカシーなくぶち込んでくるのだろうが。
多くが着替えおわり、教室の外のロッカーへ教科書やノートを取りに行く者が出てきたところへ、奥田先生が教室へと入ってきた。
茶髪のボブヘアーで、白く華やかなワンピースを身にまとっている。そのお嬢様的なオーラは、校舎の向かいを歩いても一目でわかるほどにこの学園内では異質である。まだ二十代中頃で若く、その眉目秀麗さで、学園のアイドルとして熱狂的な支持を集めている。
「奥さーん!」
そんなファンコールをしている者もいる。
全くの迷惑である。本当の推しであれば、この俺のように温かく、あたふたしがちなその授業を見守っていればいればいいのだ。
始業を告げるチャイムがなり、号令がかかった。
「最近ゲームってやってますか?」
授業はいつも軽い雑談から入る。この雑談タイムからしか得られないものが絶対にある。知識でも、思考力でもない。ただ漠然と心が落ち着く感じ。
「あっ、授業プリント忘れてきちゃった。ちょっと教員室まで取りに行ってくるから、静かにしててね♡」
♡は、お前らには聞こえないと思うが、俺には確かに奥田先生から聞こえた。
「ねね、野中、カルピスソーダ飲みたいじゃん?」
後ろの席の浜田が意味の分からないことを言ったのは、先生が教室を出てからであった。
浜田は周りの席の奴らも巻き込んで、ジャン負けが自販機まで全員分のカルピスソーダを買ってくるという提案をした。
「正味ばれても、先生そういうの甘いからいけるっしょ」
この浜田の発言に全員が納得して、じゃんけんは執り行われた。
「俺、パー出すわ」
心理戦を持ち掛けたのは浜田。
「じゃあ俺チョキ」
「俺もチョキ」
次々と愚かに心理戦に乗っかる彼ら。
一種の静寂のあと、獅子の咆哮のような掛け声。
「最初はグー!じゃんけん......」
だされた手は、浜田がパー、他が全員チョキ。心理戦はただの手の内明かし大会だった。言いだしっぺが敗者。何とも気の毒である。
浜田が自販機に買い出しに行ってからしばらくして、先生が戻ってきた。
「おまたせー。ごめんね、授業再開するよー」
「待たせたな、お前ら、戦利品だ」
先生の声と浜田の声が重なった。
「どうしたの、浜田くん」
「トイレ行ってました」
バレバレの浜田の嘘に、先生は苦笑せざるを得ない。
授業が再開し、俺はカルピスソーダの缶のプルタブを開ける。缶の中の炭酸の気泡から発せられる音は、真夏の汗ばむ体感気温をマイナス2℃してくれる。
周りに水滴がつくほどに冷たくなっているカルピスソーダを口に運ぶと、爽やかな酸味、甘みと少しやさしい炭酸が飽和して喉を過ぎ去っていく。
教室の窓は開いていて、風は外の木の葉と一緒に教科書のページも揺らしていく。
体育の疲れと、大自然の睡眠導入によってまどろんでいたところで、俺の名前が呼ばれた。何を聞かれたのかは分からない。
「野中くん、ここの空欄何だか分かる?」
「すきです」
教室は、沈黙に包まれた。勢いでとんでもないことを言ってしまった。「野中やべぇぞ」と、聞こえない声が聞こえてきた。
真夏なのに冷や汗をかいていると、後ろの方から囃す声。
「ヒューヒュー!よくやったぜ!」
俺にこんなことを言う奴は、一人決まっている。
それを皮切りに、クラス全員が囃しをつけてきた。
「奥さん顔赤い、いける!」
今更引けないので、俺は追い討ちをかける。
「本気なんで、付き合ってください」
「ごめんね、そういうのはちょっと……」
そこからの授業の記憶は、なかった。
授業が終わると、クラスのみんなは机に倒れ臥している俺にぞろぞろ駆け寄ってくる。
「大丈夫、振られても次あるぜ」
「次は購買のおばちゃんやな」
違うんだよ、そういうことじゃないんだよ。
でも、適当で、馬鹿で、底抜けに優しいお前らが大好きだ。
「そんなんで、傷つく男じゃねぇよ」
俺は、水分で光が乱反射した目でお前らを見ながら、にかっと笑った。
「へいどうぞ、まいど!」
「いつもあんがと」
そんなやり取りも聞こえる。俺も大川へ寄っていき、ボディシートをもらう。勢いで、二枚一緒にボディシートが出てきた。
「追加料金な。後払いにしていいぜ」
そう大川が言ったので、
「そうだな、そうしとくわ」
と返した。
体育着から着替えていると、廊下の方から女の人の話し声が聞こえてきた。おそらく、次の授業で国語を担当する奥田先生だろう。教室ではむさくるしい男どもが着替えているのを知っているから、こうやって教室の前で質問対応をしているのだろう。
もっとも、男どもは授業についての質問ではなく、プライベートの質問をデリカシーなくぶち込んでくるのだろうが。
多くが着替えおわり、教室の外のロッカーへ教科書やノートを取りに行く者が出てきたところへ、奥田先生が教室へと入ってきた。
茶髪のボブヘアーで、白く華やかなワンピースを身にまとっている。そのお嬢様的なオーラは、校舎の向かいを歩いても一目でわかるほどにこの学園内では異質である。まだ二十代中頃で若く、その眉目秀麗さで、学園のアイドルとして熱狂的な支持を集めている。
「奥さーん!」
そんなファンコールをしている者もいる。
全くの迷惑である。本当の推しであれば、この俺のように温かく、あたふたしがちなその授業を見守っていればいればいいのだ。
始業を告げるチャイムがなり、号令がかかった。
「最近ゲームってやってますか?」
授業はいつも軽い雑談から入る。この雑談タイムからしか得られないものが絶対にある。知識でも、思考力でもない。ただ漠然と心が落ち着く感じ。
「あっ、授業プリント忘れてきちゃった。ちょっと教員室まで取りに行ってくるから、静かにしててね♡」
♡は、お前らには聞こえないと思うが、俺には確かに奥田先生から聞こえた。
「ねね、野中、カルピスソーダ飲みたいじゃん?」
後ろの席の浜田が意味の分からないことを言ったのは、先生が教室を出てからであった。
浜田は周りの席の奴らも巻き込んで、ジャン負けが自販機まで全員分のカルピスソーダを買ってくるという提案をした。
「正味ばれても、先生そういうの甘いからいけるっしょ」
この浜田の発言に全員が納得して、じゃんけんは執り行われた。
「俺、パー出すわ」
心理戦を持ち掛けたのは浜田。
「じゃあ俺チョキ」
「俺もチョキ」
次々と愚かに心理戦に乗っかる彼ら。
一種の静寂のあと、獅子の咆哮のような掛け声。
「最初はグー!じゃんけん......」
だされた手は、浜田がパー、他が全員チョキ。心理戦はただの手の内明かし大会だった。言いだしっぺが敗者。何とも気の毒である。
浜田が自販機に買い出しに行ってからしばらくして、先生が戻ってきた。
「おまたせー。ごめんね、授業再開するよー」
「待たせたな、お前ら、戦利品だ」
先生の声と浜田の声が重なった。
「どうしたの、浜田くん」
「トイレ行ってました」
バレバレの浜田の嘘に、先生は苦笑せざるを得ない。
授業が再開し、俺はカルピスソーダの缶のプルタブを開ける。缶の中の炭酸の気泡から発せられる音は、真夏の汗ばむ体感気温をマイナス2℃してくれる。
周りに水滴がつくほどに冷たくなっているカルピスソーダを口に運ぶと、爽やかな酸味、甘みと少しやさしい炭酸が飽和して喉を過ぎ去っていく。
教室の窓は開いていて、風は外の木の葉と一緒に教科書のページも揺らしていく。
体育の疲れと、大自然の睡眠導入によってまどろんでいたところで、俺の名前が呼ばれた。何を聞かれたのかは分からない。
「野中くん、ここの空欄何だか分かる?」
「すきです」
教室は、沈黙に包まれた。勢いでとんでもないことを言ってしまった。「野中やべぇぞ」と、聞こえない声が聞こえてきた。
真夏なのに冷や汗をかいていると、後ろの方から囃す声。
「ヒューヒュー!よくやったぜ!」
俺にこんなことを言う奴は、一人決まっている。
それを皮切りに、クラス全員が囃しをつけてきた。
「奥さん顔赤い、いける!」
今更引けないので、俺は追い討ちをかける。
「本気なんで、付き合ってください」
「ごめんね、そういうのはちょっと……」
そこからの授業の記憶は、なかった。
授業が終わると、クラスのみんなは机に倒れ臥している俺にぞろぞろ駆け寄ってくる。
「大丈夫、振られても次あるぜ」
「次は購買のおばちゃんやな」
違うんだよ、そういうことじゃないんだよ。
でも、適当で、馬鹿で、底抜けに優しいお前らが大好きだ。
「そんなんで、傷つく男じゃねぇよ」
俺は、水分で光が乱反射した目でお前らを見ながら、にかっと笑った。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる