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王城へ
しおりを挟む月が上がりきった時間。足音の一つさえ響くほどに静まり返った首都の西街道に並ぶ建物の上を音もなく私たちは駆けていた。目指す場所は王城である。
首都ノプポラテスは王城を東の山を背にする形で建てられ、その城から北、南、西へ3本の広い街道が敷いてある。
北街道の地区は北門から出入りする人も少ない事もあって、一言でスラム街のような場所になっていた。下流階級などが多く生活しているエリアになる。南街道は西の地区から城壁で分けられており、中流から上流階級の市民たちが家を建てて暮らしているエリア。そして城の正面から真っ直ぐ伸びた西街道の地区には商人が絶え間なく物資を運び、高級なものから一般的な屋台まで乱雑する商用エリアとなっている。私とダーナが泊まっていた宿もそこにある。
首都ノプポラテスの広さは城を起点とし、それぞれの方角の門まで歩けば日の出から日が真上に登る程に距離がある直線街道が広がっている。勿論そこには常時警戒に当たっている王国魔導騎士団の姿があった。
5人1チームの小隊で細かく分けられたエリアを警戒担当しているその者達の屋根上を高速で駆けて行く。しかし誰一人として気付くことはなかった。
ほんの少しチラッと通り過ぎた騎士団を流し見したダーナが平気そうですねと呟いた。
彼女の血筋、リルバーン公爵家しか使うことができない固有魔法【音波魔法】を発動している。この魔法を発動させればたとえ上級以上の魔法を形成し、ぶっ放しても音もなく対象を吹き飛ばすことが出来る隠密にも特攻にも特化した魔法である。固有魔法というのは、簡単に言えばその血筋しか使えない特別な魔法だ。公爵家は皆強力な固有魔法を有していて、例え下級貴族でもこの国では何かしらの固有魔法を有しているのでその点だけでも魔術国として相応しいと言える所だ。因みに私の固有魔法は魔力量から考えればあるはずと言われているけれど分かっていません。
「あわわわ…、大丈夫だと分かってても緊張します」
思わずこぼれた本音。ダーナがこちらをチラッと見たが、わたしが弱音をこぼすのはいつもの事なので無言のまま前を向いた。
前を見直すと王城は目と鼻の先だ。
既に王城に強力な賢者の感知魔法が張られていることは感知魔法で知り得ていた。警戒レベルも想定通りである。
「作戦通り行きましょう。私の魔法と貴方の魔法があれば例え鉢合わせしても相手には見えも聞こえもしないのですから落ち着いて行きますよ」
「そ、そうですね。やっぱりダーナがいてくれて良かった」
一応私も光を屈折させて姿が見えなくなるオリジナル魔法を使っている。開発したばかりなので名前はまだ決めてないが、ネーミングセンスは皆無なのでそのまんま屈折魔法になりそうだ。
因みにダーナは究極の人見知りである私の代わりに人とのコミュニケーションをしてくれるし、魔法にしかのめり込んでこなかった私の代わりに家事などもしてくれる。一応彼女は公爵令嬢なのだが私の時だけ例外にメイドさんみたいになっている。申し訳ないと思っています。本当です。
二人同時に手のひらに小さな魔法陣を展開する。手のひらの魔法陣に紫の魔素が集まり、手のひらに吸収されたかと思うと足が紫色の魔素に包まれた。
無系統魔法の一つ、【重力魔法】。上下左右に自在に重力の方向を向けることが可能で、簡単に言えば前方に重力を向けた状態で走れば馬より早く走る事も可能である。または攻撃対象に直接当てて地面に縛りつけるなど多様性に優れた無系統魔法の中でも使い勝手のいい魔法だ。
王城を囲う城壁の前まで来た瞬間、勢いを緩めずに城壁へと足を走らせた。まるで重力がその城壁に存在しているかのように駆け上がっていく。
城壁を登りきったところに騎士団の見張りがいるのを確認するが、もちろんこちらには気づくことはない。たとえこの時代の賢者であろうが私達の存在を感知魔法で感知するのは至難だろう。時代が進めば魔術も進歩しているのだ。
見張り台からそのまま城内へと飛び降りる。着地の瞬間重力魔法で勢いを殺し着地する。その辺りにも騎士はいたがそよ風が吹いたとしか思わない。
今目の前にある建物は王城の正面に位置する客人等を向かい入れる西館で、ここから右奥を目指せば賢者がいるであろう研究室がある。
「賢者の居所を探ります。警戒を」
「ええ」
西館の中庭にある木の影に隠れた。ダーナが辺りを警戒している中、感知魔法を展開し集中する。
白く淡い極小の魔素が建物の中へと侵入していく。賢者が仕掛けた感知魔法の魔素に当たらないよう一つ一つを針の穴に糸を通すように操っていく。西館の中には王直属部隊である宮廷魔導士が数百人待機しているらしく、初代賢者以外にも複数の感知魔法が展開されていた。魔術師には魔術師を。これも想定内ではあるが、感知魔法をお互いが干渉せずに展開できるのは私たちの時代ならともかく、とても400年前とは思えない練度だ。
しかし私も400年後には誰も並ぶことが出来ないと評価された程に魔素操作には群を抜いていると自負している。驚きはすれどこの程度はまだ余裕だ。
宮廷魔導士がいる西館中央を含めた全部屋を知覚し終えるが、賢者はやはり西館にはいない。そのまま南館の研究室へと魔素を動かすと、そこには厳重な阻害魔法が張られていた。
「…やはり研究室にいますね。敵対者ではない事をわかってくれれば助かるのですが」
会うことはいくらでも可能だ。しかし私たちは友好的に話を進めなければならない。もし顔を合わせた瞬間上級魔法でもぶっ放されたら、最悪だろう。
そう最悪のシナリオを考えているとダーナが隣に身をかがめた。その表情は私を安心させるように微笑んでいた。
「まあ、一撃や二撃は覚悟しましょう。戦闘になっても私の魔法で多少のことではバレませんし」
「…そうですね」
先程とは違ってゆっくりと歩いて南館へと向かう。もはや賢者にはこちらのことは姿は見えずとも侵入している事は違和感としてバレているはず。なら敵対的に見えないよう行動するべきだ。
西館の中庭から南館へと続く外廊下を歩いていく。中庭にはこの土地固有種である【ムーンレイ】という特殊な蒼い薔薇が咲き乱れていた。中庭全体に青い魔素が花から放たれ、月の光で青白く輝いている。この薔薇は夜にしか開花せず、開花と同時に土壌から吸収した魔素を花粉のように飛ばすのだ。理由は400年後でも分かっていないが、歴史書には2000年前から王族の間で愛されてきた薔薇だ。魔素を定期的に与えれば枯れることはないので恐らく目の前の薔薇は400年後のものと同じだろう。
ちなみに一株で庶民が一生遊べるほどの高値がつくので、一般人は見ることすら叶わない場所でしか見られない。この王城もその一つだ。
見たことがない人であれば呑まれて立ち止まっていただろうその光景を横目に外廊下を歩いて行く。400年後には自分達もよく歩く場所なのでどこから行けば警戒が薄いのかも把握している。
流石に警戒体制を敷いている為すれ違う人たちは結構いる。警戒にでている宮廷魔導士や魔術騎士、メイドと言った王城には必ずいる人達が深夜にも関わらずちらほらといる中、気付かれずに南館へと入った。
南館へと入った瞬間、魔素が極端に制限された。術者から条件付きで相手の魔素、魔法を制限する事ができる魔術がある。しかし簡単なものではなく、それこそ400年前なら賢者レベルにならなければ阻害魔術をこのように発動させる事はできないだろう。
足を止めたダーナが落ち着いた表情のままこちらを見た。
「どうします?レジストいたしましょうか?」
「いいえ。そのままいきましょう」
入って吹き抜けになっている玄関から二階へと階段を上がっていく。上がって右側にある扉、そこが普段自分達も入り浸っている研究室である。
扉を目の前にした瞬間、その向こうから攻撃的な魔素が体に当たってくる。魔術師特有の殺気だ。
下級魔術師であれば気絶するそれを深呼吸して私は扉の取っ手を回し中へと入った。
魔導書だらけの研究室の奥。部屋の明かりに照らされたそこに一人の老人が身の丈ほどの杖を構えて待ち構えていた。そこには油断も隙もない。その声は強い警戒心がこもっていた。
「何者じゃ」
被っていたフードを取り、素顔を見せた。女であることに驚きもせず、険しい顔のままの賢者へダーナより一歩前へと踏み出した。生唾を飲み込み極力落ち着いて力のある声で口を動かした。
「初めまして初代賢者クレイ=セロス様。私は400年後の第36代目賢者カリーナ=エヴァットと申します。貴方のお力を借りたくてこの時代に来た者でございます」
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