清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#4 聖女立ち向かった!③

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「セムはなかなか腕が立つんだな」

 セムの背中に向けてカレンが投げかけるが、セムは少しも反応を返さないまま先ばかり見ている。だからカレンは少しつまらなさそうに息をついた。

 強者ツワモノなのかただのアホなのか、初めこそ無理やり持たされたスライムコーティング魔法石のグロテスクな見た目に声を上げて泣きながらついてきていたカレンだったが、半刻もすればグニグニとその感触を楽しんでいた。

 今はそれにも飽き始めて物珍しそうに森の中や上空の生き物を眺めている。丁度彼女たちの真上を翼の割に体と頭の大きな鳥がだみ声を上げながら群れを成して追い越して行ったので、カレンはまた口を開いた。

「あのデカい鳥は図鑑で見たことがあるな。 モンスターの死骸を食べて体内に魔力を蓄積する習性があるが、生物学上モンスターには分類されない。 なあ、じゃあモンスターと普通の動物の違いってなんなんだ?」

 セムは急にただの投げかけではなく疑問をぶつけられて困る。律儀に返事をしそうになるが、まともに答えると話が長くなりそうなので適当に肩をすくめてみせた。

「そうか。 でも、あの鳥の声はあんな声だったんだな。 知らなかったよ」

 カレンがもう一度空を見上げた。夕刻の森は色んな生き物が鳴いていて、それはカレンのギフトでは知りえないことだった。

 その様子をチラっとうかがったセムはこのお嬢さんが家出してきた理由が多少分かったような気がして、もう少しだけなら付き合ってやろうかという気になる。

 が、次の瞬間には木の根っこにつまずいたカレンがスライムコーティング魔法石をセムの背中にぶち当てたのでそんな気持ちは霧散した。


      ***


 カレンはそう遠くないところに町の一つや二つあるだろうと踏んでいた。しかし川など水辺の近くにはモンスターが集まって来るものだ。だから魔物避けの装置なんて買えない下町は大抵川から離れた場所に作られている。

 セムは早い段階で日が暮れるまでにたどり着けはしないだろうと気が付いていた。セム一人なら夜通し歩くところを、箱入り娘のカレンに合わせて野営の準備をする。

「お、今日はここでキャンプか?」

 セムが適当なところで足を止め、落ち葉を足でよけてそこに木の枝を組み始めたのを見てカレンが目を輝かせた。もちろん、そのカレンを見てセムは嫌な予感に眉をひそめた。

「ここまでセムに世話になりっぱなしだったがな! キャンプの鬼門は火おこしだ。 そこで紹介するのがこちらの魔法石、古き名で太陽石!」

 気にしたら負けだと作業に集中していたセムがやっぱり気になって目をやると、カレンは日が沈んでいった方を向いて高らかに魔法石を両手で掲げている。

「今ではエネルギー源としての役割しか担っていないが、かつては太陽光を集めて火を起こすための道具としても用いられていたと文献に残っているのだ!!」

 へえ。
 セムもその話は初めて聞いたので薪を組み終わって体を起こし、カレンの行く末を見守った。

 確かにまだ空は暗くはなっていないが既に日は沈んでいるし、そもそも周りの木々が高すぎて真昼間でもなければ日は差して来ないだろう。
 この状況でも火を起こせるものだのだろうか。

 全く期待せずに待っていると、火が付きそうな気配がするより前に掲げた魔法石から滴ったスライムがカレンの頭の上に落ちて、彼女の悲鳴で何羽もの鳥が飛び立って行った。
 だからそれにセムが吹き出した声は紛れてバレなかった。

 セムはわざとらしい溜息一つ、転がりまわるカレンを横目に懐からライターを取り出した。
 とても小型化されてはいるがこれも内部に魔法石が組み込まれたタイプのライターであり、木材に簡単に火がつけられる野営必須アイテムだ。

 しかし少し前にこの辺で雨でも降っていたのかこの辺の木片は少し湿っている。セムは何か火種になりそうなものはないかと自分の上着を弄るとあちらこちらから同一人物の名刺が大量に出て来た。

 嫌がらせか。
 セムは顔を一瞬歪ませて次の瞬間にはそれをなんの躊躇もなく燃やした。なんとか木材の方にも火が燃え移っていく。

 頭を振りまくってスライムを必死に落としていたカレンはそれに気づかず、いつの間にか火が燃え盛っているのを見て「ギフトか?」と真顔で言った。

 それがどうにも彼女は真剣に言っているようなので、セムはどうにもカレンのことを嫌いになれなかった。



 薄明の時間はあっという間に過ぎてすぐに森は暗闇に包まれる。一晩分の薪を集め終わったセムは、焚き木の近くでうつ伏せに寝っ転がりながらドロドロの魔法石を眺めていたカレンに自分の厚手の上着を脱いでかけてやった。

 手伝うと言うのに丁重に何度も、身振り手振りで出来る最大限で断られて拗ねていたカレンがそれを目視で確認して、ありがとうと言う。セムはそのままカレンから少し離れたところに戻ろうとしたが、カレンが声で引き留めた。

「これだけじゃなくて。 一日中ありがとうな。 私が巻き込んだ側なのに」

 照れ臭そうにカリカリと頬を掻くカレンの頭の上にはまだ微妙にスライムが付いている。

 セムはその幼い子供のような屈託のない表情に罪悪感がむくむくと顔を出してきて眉を寄せた。
 瞬きと一緒に瞳を動かしながら考えて、何度目か分からない溜め息を吐きながら火のすぐそばに座った。そしてカレンと目を合わせ彼のすぐ隣をタンタンと叩き彼女を呼ぶ。

「なんだ? うわっ」

 カレンが横着して四つ這いでセムの隣まで行くと、彼の手が彼女の首根っこを掴んで火に近づけた。

 スライム状のモンスターは熱に弱く、火に近づけると蒸発して跡形もなくなるのだ。セムはもう一方の手でカレンの髪をわしゃわしゃと揺すってスライムを飛ばしてやった。

「セム?」

 自分の頭にスライムが残っているなんて欠片も思っていないカレンが不思議そうにセムを見上げる。
 セムは腹いせにその状態でずっと放っておいていたバツの悪さに目を逸らして、元の位置に戻れと指で示した。

「お? もういいのか?」

 セムは頷きがてらに目を閉じる。
 早く戻れと思うのにカレンが覗き込んできた気配がして、静かな攻防ののち根負けしたセムが勢いよくカレンと目を合わせた。

「お?」

 カレンが首を傾げる。

 まったく、疑問符をつけたいのはこっちの方だ。セムが薄く唇を開いて何か言おうとしたけれど久しくまともに話していない口はうまく言葉を紡がない。そのうち、声を出してはいけないんだったと軽く唇に歯を当てた。

 余計に不思議そうに瞬きを繰り返すカレンのぐしゃぐしゃの髪が重力に従って流れて、たき火の光で彼女の頬は赤く染まった。琥珀色の瞳にもたき火が映り込んでゆらりと揺れたから、つられてセムの瞳も揺れる。

 カレンが素っ頓狂な顔さえしていなければ目が離せなくなるところだった。

「お前綺麗な顔してるんだな」

 カレンの言葉にセムは目を見開くが、それが自分に対する感想だと気が付いて素早くカレンの顔を掴む。

「んぶっ。 なんでだっ」

 カレンがセムの手から自分の顔を外そうと彼の腕を掴むが全然取れない。
 諦めず全身を使って踏ん張るとタイミングよくセムが手を離したので元の位置までカレンは悲鳴と一緒に転がって行った。騒がしい夜だった。
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