12 / 16
【描写】野道と敗残者
しおりを挟む
目蓋まぶたに明るさを感じ、私は目を覚ました。
水の音がしている。
気が付くと川辺に横たわっていた。
……生きたのか
あの時、次兄が防壁の抜け穴から私を逃がし、私はズストの水流に転げ落ちた。
勝利者となるはずの、あまりにもあっけない幕切れ……
私は思い出していた。
剣士に対する恐怖がざわめく。
私は初めて恐れというものを感じていた。
胸の中に暗い川が流れているようだった。
私は体中に痛みを感じながら、ゆっくりと濡れた体を引きずり起こした。
周りを見渡す。
だいぶ下流まで流されたのか……川の流れに勢いはなかった。
川がゆっくりと流れ 葦あしの林が川辺に沿って広がり、風に揺れている。
ふと無力感が私を包み込み、しばらく呆然と川を眺めつづけた。
私の心に形容のし難い混沌が、滲みの様にこびり付いている。私はこの苦しみから逃れようとうずくまり、しばらくあお向けに胸を押さえていた。
突然の眩しさに目を薄める。手を目蓋まぶたに重ね、指の間から僅わずかに目を開いた。
薄い雲の合間から太陽が姿をみせていた。
「戻らなければ・・・」
広い青さが私をゆっくり立たせた……私は川上に歩き始めた。
■
痛む身体でふらふらと川上に沿って進んでいると、マツムシの音が聞こえてくる。鈴が細かく鳴り震えるようなソレは、うるさい程響いているのに、寂しい気持ちにさせるのは何故だろう。その音は心に静寂をもたらしたが、それは私を老人のような気持ちにさせる。
私は陽気な長兄の声や大きな口を空けて笑う親父の顔を思い出し、そして街に来たばかりの頃を思い出し。モザイクの道を走り回るのが好きだった自分を思い出していた。私は今にも親父達の声が聴こてくるような気がして、それとほぼ同時に、父や兄達がいない事を思い出した。
途中濡れている靴を脱ぎ進む。
角が取れた石の感触を確かめるように足を置きながら、藪やぶの薄い所を掻き分け、川沿いに進んだ。落ちている太い枝を見つけ杖の代わりにした。藪を掻き分け、空を見上げ、川を見る。繰り返すそれが体を暖め濡れている服を乾かしていた。
冷たい空気の中を風がゆっくりと流れている。 ……太陽の光が暖かかった。
私はそれに感謝した。
しばらくすると藪が途絶え、川原が広がっている。私は轍わだちを見つけた。私は一息つこうと、川辺に生えている葉の薄白いネズの木陰で腰をおろした。
水を拾い、ゆっくりと飲んだ。
そして靴を履き、荷馬車の跡だと思うそれを、何も考えずにたどった。轍の跡は増え重なり、道は続いていた。
頭上に渡り鳥が群れをなして飛んでいる。私はレストリア鳥を探したが、その姿は見当たらない。
もし此処で山賊と出会ったらどうするのか?と突然不安を感じた。私はとても消耗していたし、また武器を持たず、そして私の中の勇気は殆ど残っていなかったから。
見上げると、黒い山が周囲から遮るように立ちはだかっている。
私はバルト人の物語を思い出していた……
バルト人の息子は山々を越えようと道に迷い、
山の神が生贄の要求をした。
彼は要求を飲み、山を越え故郷に帰ったが、
花嫁が死んでいる姿を見つけ悲嘆にくれる……
彼は山の神に花嫁を返してもらおうと深い谷へ進んで行く、
そして彼は黄泉の国で、花嫁と逢い、
太陽の息子に助けられ故郷に帰った。
私はどうしてもその話が好きになれなかった。
生贄を要求する山の神もそれを飲んだバルト人も好きになれなかった。そして後になって助けにくる太陽の息子も、初めから彼を助けていれば良かったのにと……。なにか、すべての順番が逆さまになっているように思えたからだ。
いつのまにか雲が空を覆い太陽の姿を眩くらましている。道の曲線と疲労で歩いている方向がわからなくなっていた。ススキの様な多年草と たまに枯れた低木が私を囲んでいて、後ろを振り向いたが、川はとっくに見えなくなっていた。
私は急に(実際私は迷っていたのだけど)迷子の子供のような気分になった。
しばらくすると遠くに何かまっすぐな一本の木を目にした。
私はそれを頼もしく感じながらそれを目指した。
向かっていくうちにそれは列となり それぞれがまっすぐに天を指している。糸杉の間に道は続いていて、ただ杖に体重をかけ、ただ足を動かした。
その内、それが永遠と続くように感じ、糸杉の列が巨人が行進しているように、または槍のように感じた。
私は無理やり歩みを早め、何も考えない様に単純なリズムを刻んだ。
冷たい風が頬を通る。私は空を確かめた。黄昏が近づいている。
私は夜をやり過ごせる場所を探しながら進んだ。
山の影が少しづつ手を延ばしていた。
水の音がしている。
気が付くと川辺に横たわっていた。
……生きたのか
あの時、次兄が防壁の抜け穴から私を逃がし、私はズストの水流に転げ落ちた。
勝利者となるはずの、あまりにもあっけない幕切れ……
私は思い出していた。
剣士に対する恐怖がざわめく。
私は初めて恐れというものを感じていた。
胸の中に暗い川が流れているようだった。
私は体中に痛みを感じながら、ゆっくりと濡れた体を引きずり起こした。
周りを見渡す。
だいぶ下流まで流されたのか……川の流れに勢いはなかった。
川がゆっくりと流れ 葦あしの林が川辺に沿って広がり、風に揺れている。
ふと無力感が私を包み込み、しばらく呆然と川を眺めつづけた。
私の心に形容のし難い混沌が、滲みの様にこびり付いている。私はこの苦しみから逃れようとうずくまり、しばらくあお向けに胸を押さえていた。
突然の眩しさに目を薄める。手を目蓋まぶたに重ね、指の間から僅わずかに目を開いた。
薄い雲の合間から太陽が姿をみせていた。
「戻らなければ・・・」
広い青さが私をゆっくり立たせた……私は川上に歩き始めた。
■
痛む身体でふらふらと川上に沿って進んでいると、マツムシの音が聞こえてくる。鈴が細かく鳴り震えるようなソレは、うるさい程響いているのに、寂しい気持ちにさせるのは何故だろう。その音は心に静寂をもたらしたが、それは私を老人のような気持ちにさせる。
私は陽気な長兄の声や大きな口を空けて笑う親父の顔を思い出し、そして街に来たばかりの頃を思い出し。モザイクの道を走り回るのが好きだった自分を思い出していた。私は今にも親父達の声が聴こてくるような気がして、それとほぼ同時に、父や兄達がいない事を思い出した。
途中濡れている靴を脱ぎ進む。
角が取れた石の感触を確かめるように足を置きながら、藪やぶの薄い所を掻き分け、川沿いに進んだ。落ちている太い枝を見つけ杖の代わりにした。藪を掻き分け、空を見上げ、川を見る。繰り返すそれが体を暖め濡れている服を乾かしていた。
冷たい空気の中を風がゆっくりと流れている。 ……太陽の光が暖かかった。
私はそれに感謝した。
しばらくすると藪が途絶え、川原が広がっている。私は轍わだちを見つけた。私は一息つこうと、川辺に生えている葉の薄白いネズの木陰で腰をおろした。
水を拾い、ゆっくりと飲んだ。
そして靴を履き、荷馬車の跡だと思うそれを、何も考えずにたどった。轍の跡は増え重なり、道は続いていた。
頭上に渡り鳥が群れをなして飛んでいる。私はレストリア鳥を探したが、その姿は見当たらない。
もし此処で山賊と出会ったらどうするのか?と突然不安を感じた。私はとても消耗していたし、また武器を持たず、そして私の中の勇気は殆ど残っていなかったから。
見上げると、黒い山が周囲から遮るように立ちはだかっている。
私はバルト人の物語を思い出していた……
バルト人の息子は山々を越えようと道に迷い、
山の神が生贄の要求をした。
彼は要求を飲み、山を越え故郷に帰ったが、
花嫁が死んでいる姿を見つけ悲嘆にくれる……
彼は山の神に花嫁を返してもらおうと深い谷へ進んで行く、
そして彼は黄泉の国で、花嫁と逢い、
太陽の息子に助けられ故郷に帰った。
私はどうしてもその話が好きになれなかった。
生贄を要求する山の神もそれを飲んだバルト人も好きになれなかった。そして後になって助けにくる太陽の息子も、初めから彼を助けていれば良かったのにと……。なにか、すべての順番が逆さまになっているように思えたからだ。
いつのまにか雲が空を覆い太陽の姿を眩くらましている。道の曲線と疲労で歩いている方向がわからなくなっていた。ススキの様な多年草と たまに枯れた低木が私を囲んでいて、後ろを振り向いたが、川はとっくに見えなくなっていた。
私は急に(実際私は迷っていたのだけど)迷子の子供のような気分になった。
しばらくすると遠くに何かまっすぐな一本の木を目にした。
私はそれを頼もしく感じながらそれを目指した。
向かっていくうちにそれは列となり それぞれがまっすぐに天を指している。糸杉の間に道は続いていて、ただ杖に体重をかけ、ただ足を動かした。
その内、それが永遠と続くように感じ、糸杉の列が巨人が行進しているように、または槍のように感じた。
私は無理やり歩みを早め、何も考えない様に単純なリズムを刻んだ。
冷たい風が頬を通る。私は空を確かめた。黄昏が近づいている。
私は夜をやり過ごせる場所を探しながら進んだ。
山の影が少しづつ手を延ばしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる