文章練習ノート

クロレキシー

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【描写】野道と敗残者

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 目蓋まぶたに明るさを感じ、私は目を覚ました。
 水の音がしている。
 気が付くと川辺に横たわっていた。

 ……生きたのか
 あの時、次兄が防壁の抜け穴から私を逃がし、私はズストの水流に転げ落ちた。
 勝利者となるはずの、あまりにもあっけない幕切れ……
 私は思い出していた。

 剣士に対する恐怖がざわめく。
 私は初めて恐れというものを感じていた。
 胸の中に暗い川が流れているようだった。


 私は体中に痛みを感じながら、ゆっくりと濡れた体を引きずり起こした。
 周りを見渡す。
 だいぶ下流まで流されたのか……川の流れに勢いはなかった。
 川がゆっくりと流れ 葦あしの林が川辺に沿って広がり、風に揺れている。

 ふと無力感が私を包み込み、しばらく呆然と川を眺めつづけた。

 私の心に形容のし難い混沌が、みの様にこびり付いている。私はこの苦しみから逃れようとうずくまり、しばらくあお向けに胸を押さえていた。

 突然の眩しさに目を薄める。手を目蓋まぶたに重ね、指の間から僅わずかに目を開いた。
 薄い雲の合間から太陽が姿をみせていた。

「戻らなければ・・・」
 広い青さが私をゆっくり立たせた……私は川上に歩き始めた。




 痛む身体でふらふらと川上に沿って進んでいると、マツムシのが聞こえてくる。鈴が細かく鳴り震えるようなソレは、うるさい程響いているのに、寂しい気持ちにさせるのは何故だろう。その音は心に静寂をもたらしたが、それは私を老人のような気持ちにさせる。

 私は陽気な長兄の声や大きな口を空けて笑う親父の顔を思い出し、そして街に来たばかりの頃を思い出し。モザイクの道を走り回るのが好きだった自分を思い出していた。私は今にも親父達の声が聴こてくるような気がして、それとほぼ同時に、父や兄達がいない事を思い出した。

 途中濡れている靴を脱ぎ進む。
 角が取れた石の感触を確かめるように足を置きながら、藪やぶの薄い所を掻き分け、川沿いに進んだ。落ちている太い枝を見つけ杖の代わりにした。藪を掻き分け、空を見上げ、川を見る。繰り返すそれが体を暖め濡れている服を乾かしていた。
 冷たい空気の中を風がゆっくりと流れている。 ……太陽の光が暖かかった。
 私はそれに感謝した。

 しばらくすると藪が途絶え、川原が広がっている。私は轍わだちを見つけた。私は一息つこうと、川辺に生えている葉の薄白いネズの木陰で腰をおろした。
 水を拾い、ゆっくりと飲んだ。
 そして靴を履き、荷馬車の跡だと思うそれを、何も考えずにたどった。轍の跡は増え重なり、道は続いていた。

 頭上に渡り鳥が群れをなして飛んでいる。私はレストリア鳥を探したが、その姿は見当たらない。
 もし此処で山賊と出会ったらどうするのか?と突然不安を感じた。私はとても消耗していたし、また武器を持たず、そして私の中の勇気は殆ど残っていなかったから。

 見上げると、黒い山が周囲から遮るように立ちはだかっている。
 私はバルト人の物語を思い出していた……

  バルト人の息子は山々を越えようと道に迷い、
  山の神が生贄の要求をした。
  彼は要求を飲み、山を越え故郷に帰ったが、
  花嫁が死んでいる姿を見つけ悲嘆にくれる……
  彼は山の神に花嫁を返してもらおうと深い谷へ進んで行く、
  そして彼は黄泉の国で、花嫁と逢い、
  太陽の息子に助けられ故郷に帰った。

 私はどうしてもその話が好きになれなかった。
 生贄を要求する山の神もそれを飲んだバルト人も好きになれなかった。そして後になって助けにくる太陽の息子も、初めから彼を助けていれば良かったのにと……。なにか、すべての順番が逆さまになっているように思えたからだ。

 いつのまにか雲が空を覆い太陽の姿を眩くらましている。道の曲線と疲労で歩いている方向がわからなくなっていた。ススキの様な多年草と たまに枯れた低木が私を囲んでいて、後ろを振り向いたが、川はとっくに見えなくなっていた。
 私は急に(実際私は迷っていたのだけど)迷子の子供のような気分になった。

 しばらくすると遠くに何かまっすぐな一本の木を目にした。
 私はそれを頼もしく感じながらそれを目指した。
 向かっていくうちにそれは列となり それぞれがまっすぐに天を指している。糸杉の間に道は続いていて、ただ杖に体重をかけ、ただ足を動かした。
 その内、それが永遠と続くように感じ、糸杉の列が巨人が行進しているように、または槍のように感じた。
 私は無理やり歩みを早め、何も考えない様に単純なリズムを刻んだ。

 冷たい風が頬を通る。私は空を確かめた。黄昏たそがれが近づいている。
 私は夜をやり過ごせる場所を探しながら進んだ。
 山の影が少しづつ手を延ばしていた。





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