火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね

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第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る

第六話 手のひら返し

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燦王さんおう、お待ちしておりましたぞ」

 最長老であろう、烽火のしろ家の当主が重々しく口を開いた。
 燦はそれに返事をしない。集まった面々の顔を見渡し、無言で御座にあぐらをかいて座った。
 その隣に花緒が寄り添うように並ぶ。
 花緒と目が合うと、彼女の口元に小さく笑みが浮かんだ。久遠がこの場にいることを、燦が花緒に伝えたのだろう。

 しばしの沈黙。誰かが息を呑む音があたりに響いた。

 この合議では、燦の后を決めることになる。まだほとんど誰も発言をしていないというのに、その場の空気は既に張りつめていた。主家の当主たちはお互いを牽制し合うように、顔を見合わせる。
 最初に口を開いたのは、久靄くもや家の当主だった。

「燦王。さきの王が崩御したばかりではありますが、燦王には早急に后をお決めいただきたい。毎月の祭祀さいしには王と后が揃って共に臨まねばなりません。そうでなければ、綺羅ノ国は再び天の怒りを買います」

 不安そうに言った久靄家当主も、烽火家当主と同様にかなり年を召している。目が不自由なのか、目隠しのような布を巻き、頭の後ろで結んでいた。
 花緒の実家である和暮わぐれ家は燦の后選びには参加できないので、黙って様子を窺っている。碧李あおい家の輝比佐てるひさも、目を閉じて静かに話を聞いていた。

 燦は四主家当主の顔を舐めるように見たあと、大声を上げて笑い始めた。

「……俺の后になろうという物好きな姫がいるのか?」

 その一言をきっかけに、烽火と久靄の顔色が変わる。

「燦王! 和暮以外の三主家には、それぞれ王と年の近い姫がおりますぞ。特に我が烽火家、私の孫にあたる姫が今年で十九。闊達な性分ゆえ、燦王とも気が合うのではないかと」
「烽火殿。先駆けは見苦しいぞ。我が久靄家にも、器量よしの賢い姫がおります」
「器量よしか。久靄殿は、その目で姫の器量が分かるのか?」

 燦の后の座を巡り、早速、主家同士の攻防が始まった。烽火と久靄はどちらも譲らない。燦は呆れた顔をして、碧李輝比佐に視線を向けた。

「碧李家はどうだ?」
「……はい、燦王。恐れながら――」

 輝比佐がようやく口を開く。その声を聞いた父の肩が、久遠の目の前でぴくりと動いたのが見えた。

「綺羅の五主家のうち、日紫喜家を除けば、我が碧李家が最も強き才を持ちます。前の王が早世され、天が不安定となった今だからこそ、碧李家から后を……と思いましたが、烽火と久靄の姫様も、なかなかの器量をお持ちのご様子。我が家の姫がそれに敵うかどうか。まあ、最後は燦王がお決めになることでございますが」
「なるほど。碧李家にも姫がおるか。俺は后を選び放題というわけだ。迷うな」

 燦はわざとらしく困った顔をした。
 后選びなど不要だと、つい先ほど口にしたばかりではないか。燦の思惑が分からない。五主家の間に、妙な沈黙が流れる。

「……ああ、そうそう。俺の后を決めるその前に、皆に伝えておくべきことがある」

 燦の目が、暗闇で獲物に狙いを定めた狼の目のように、ぎろりと光る。

「伝えておくべきこと……燦王、なんでございましょうか」
「前の王の后である、花緒のことだ」

 燦の口から花緒の名が飛び出すと、それまで黙っていた和暮家の当主も身を乗り出した。この場にいる全員が、燦の言葉を待ち構えている。

「実はこのたび、花緒が懐妊していることが分かった。兄上は子の顔を見ないままとなり、さぞや無念であろうな」

 燦が眉根を寄せて項垂れる。突如、朝堂内の空気が変わった。
 先ほどまで燦の后の座を争っていた烽火と久靄の当主の顔から、みるみる血の気が引いていく。表情が変わらないのは、碧李家の輝比佐のみだった。

(どういうことだ?)

 久遠が状況を読めずにキョロキョロしていると、ふと燦と視線が重なった。燦は久遠の顔を見て、片方の口元をニヤリと上げる。

「燦王。花緒殿がご懐妊……と仰いましたな」
「烽火殿。そんなに困った顔をして、一体どうした? 日紫喜家のめでたい話を祝ってくれないのか?」
「滅相もございませぬ! 花緒殿、和暮の当主殿、このたびはご懐妊おめでとうございます」
「烽火殿、ありがとうございます」

 花緒が小さく頭を下げる。その間に、烽火と久靄は冷や汗を拭った。
 燦はその様子を見て大笑いし、その場で立ち上がる。

「困ったことだ! 花緒が産む子が男児なら、王位を継ぐべきはその赤子。俺は単なる間に合わせ、その場をしのぐためだけの仮初めの王ということになる」

 その言葉で、久遠はようやく状況を理解した。

 綺羅ノ国では、同じ主家から二代続けて后を輩出することはできない。天の怒りを買わぬため、五主家で定めた決まりごとだ。
 だから、先ほどまで燦の后の座を取ろうと必死だった三主家は、急に遠慮がちになったのだ。

 姫を燦に嫁がせたところで、その姫の産んだ子が王になれるとは限らない。年が明けて花緒が男児を産めば、その子に王位が戻ることになるからだ。それが、ここ綺羅ノ国の王位継承順の決まりである。
 外戚として力を強めたい各主家にとっては、燦の后を輩出する意義が薄れた、ということになる。

(女児が生まれることを期待して燦様の后を輩出するか、男児が生まれた時のためにいったん身を引くか――なんという駆け引きだろう)

 十六夜の里で掃除や洗濯に明け暮れていた久遠にとっては、政の場に身を置くこと自体が初めてのこと。これが主家同士の戦いなのだ。
 十六夜家は夢見の才を使って、彼らと共に生きねばならない。自分にもいつか、父と同じような覡の役割が務まるのだろうかと考えると怖くなり、座っているのに眩暈がした。

「それで、肝心の后選びのことだが」

 燦が再び座に着き、三主家当主の顔を眺める。
 しかし、燦と目を合わせる者はいなかった。

「……こういうのを、手のひらを返すというのだ」

 燦の、馬鹿にしたような声が朝堂に響く。烽火は咳払いで誤魔化しながら、渋々返事をした。

「……花緒様の御子が男児ならば、その御子が燦王の次の王となられるわけですな。しかし女児ならば、燦王の后となる姫が産んだ子が、次の王となる」
「そういうことだ。こうなっては、俺のような素行の悪い王にわざわざ自分の家の姫を嫁がせたい者はおるまい。どうだ? ここは、后選びを天に任せるというのは」
「天に任せる? そのようなことができましょうか」
「ああ。そこに控えているのは、各主家に仕える十六夜家の覡だと聞いている。覡には夢見の才があるのだろう? 俺は今夜、十六夜に夢見を頼むことにしよう。そして、夢に出てきた相手を后と定める」

 一同は顔を見合わせ、それからそろって燦に目を向けた。

(燦様は一体、何を考えているんだ!)

 花緒も夢見の話は聞いていなかったようで、驚いて目を丸くしている。
 花緒の子が男児かどうかは、まだ分からない。分かるのは来年のことである。
 もしも生まれるのが女児であったなら、燦は仮初めの王ではなくなる。長く王位に就き、その后が生んだ子が次の王となる。

(その大切な位である后を、夢見で決めるって?)
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