火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね

文字の大きさ
6 / 8
第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る

第五話 新王の思惑

しおりを挟む

 声の主を振り向き、しゃがんだまま目線を上げる。
 すぐ後ろにいた男から、鋭い視線で見下ろされた。
 どこかで見た顔だ。

「あれっ、まさかあの時の……?」
「あの時? ……ああ、嵐の日に花緒を助けたお前か。なぜ日紫喜の屋敷にいる?」
「それは、実はですね……」

 久遠はその場で立ち上がる。しかし、しばらくしゃがんでいたせいで両足がひどく痺れている。真っすぐ立つことができず、よろめいて背中から池に落ちそうになったところを、目の前の男に腕を引かれて支えられた。

 男の顔が目の前に迫る。
 間近で見て、やはり嵐の翌朝に会った男に間違いないと確信した。

 彼はきっと、花緒の夫なのであろう。確かさんとかいう名だったはずだ。

「助けてくれてありがとうございます。実は、道に迷ってしまいまして。決して怪しい者ではないのでご容赦ください」
「別にお前を疑っているわけじゃない。今日は客人が多いからな。お前も、どこかの主家の者だったのか?」
「いえ、僕は十六夜家の者です。五主家に覡として仕える家の、ただの小間使いで」

 由緒正しき覡の一族とはいえ、久遠は妾の子。その上、夢見の才もまだまだ未熟である。下手なことを言って、この男に夢見を頼まれたりするのも困る。

(ん? この人も日紫喜家にいる……ということは、五主家の方だったのかな?)

 久遠が目を見開いて見つめると、男は口の端を上げてニヤリと笑った。

「俺か? 俺は日紫喜燦だ。先日は花緒が世話になった」
「日紫喜……燦……?」

 まさか、陽主・日紫喜家の男だったのか。
 前王は日紫喜耀という名だった。どことなく名が似ている。嫌な予感がした。

「もしかして、燦様は……新王となられる、あの燦様で?」
「よく知っているな」

 なんてことだ! と叫びそうになり、久遠は咄嗟に両手で自分の口を押えた。ああ、泡を吹いて倒れてしまいたい。
 五主家の者でもない、ただの小間使いの久遠が、即位前の新王に会っていたなんて。

(……ということは、花緒様が新王の后? では今回のお后選びはなんのために?)

 絶句したまま立ち尽くしていると、久遠の様子を見て燦が笑った。

「驚きすぎだ。さしずめ、俺が王に見えぬとでも言いたいのだろう? 俺だって、断れるものなら王になどなるものか。后選びも不要だと言っているのに」
「でっ、ですが! 花緒様が燦様の……いえ、燦王のお后なのでは?」
「無理に俺を燦王などと呼ばなくて構わない。それと、花緒は兄の……日紫喜耀の后だ」
「……え?」

(花緒様が、前王の后?)

 胸の奥が、突然ぎゅっと締め付けられるように痛む。

 今、花緒は懐妊しているはずだ。もしも嵐の夜に視た久遠の夢見が正しければ、だが。
 花緒が前王の御子を宿しているなら、その御子は生まれる前に父親を亡くしたということになる。あまりに不憫ではないか。久遠は息苦しくなって胸を押さえた。

「懐妊のことは、誰にも知らせていなかったようだ。お前はどうやって知った?」

 誰にも聞かれたくないのか、燦は久遠の耳元に口を寄せ、低く囁く。
 熱い息が耳をかすめ、久遠は驚いて背筋を伸ばした。

「……夢見です。十六夜家の覡には夢見の才があります。僕はまだ見習いですが、偶然花緒様の夢が見えてしまって……」
「お前は、他人の夢が見えると?」
「はい。ですから、五主家の当主様からは夢見の才を重宝していただいています。占いのようなものとお考えいただければ」

 夢見について素直に真実を告げてから、久遠は「しまった」と思い直した。
 久遠が持つ才は、十六夜家に伝わる夢見の才とは少し質が違う。
 父が兄の才は、「前途みらい」を見るので先視の才ともいえるが、久遠のそれは、他人の夢に入り込んで「過去」を見るような感覚である。

(僕の才は、政にかかわる五主家にとって、あまり良いものとは言えないかもしれない)

 もしも久遠が五主家の夢見をすれば、まだ公になっていない秘密の政の話を知ってしまうことだってあるかもしれない。
 下手なことを言わなければよかった。燦からお咎めを受けることを覚悟しながら、久遠は俯いて返事を待つ。
 しかし、燦は意外にもあっさりと久遠の側から離れた。

「花緒のことは、合議の場で俺から五主家の皆に伝える。お前も十六夜の者なら、合議に同席するのだろう?」
「はい。父と兄に付き添います。もちろん、花緒様のご懐妊については、僕からは誰にも言いません」
「頼む。さあそろそろ行くか。今頃、和暮以外の三主家は、俺の后を誰にしようか戦々恐々としているだろう」

 そういうと、燦は久遠に背を向けて歩き始める。久遠も慌ててその背中を追うが、燦はすぐに立ち止まって振り返った。

「そう言えば、お前の名を聞いていなかった」
「失礼しました。僕は、十六夜久遠と言います」
「久遠……十六夜久遠か」

 何かを思い出そうとするように、燦は天を仰いだ。久遠もつられて空を見上げる。
 今日は久しぶりに晴れている。太陽の光が燦の髪に注ぎ、黒髪を艶やかに照らし出す。嵐の翌日にも見たその髪色があまりにも美しくて、久遠は言葉を失い見惚れていた。


   ◇


 合議は、土壁で囲まれた日紫喜家の屋敷の中央にある、朝堂という建物で行われる。

 父と兄に続いて中に入ると、板張りの床に、美しい装飾が施された敷布が用意されていた。どうやら予め座る位置は決まっているらしく、十六夜家の三人は最も戸に近い下座に着くように案内された。
 前方に目をやると、床が一段高くなっているところがある。あそこに新王・燦が座るのだろう。
 そしてその前には、左右に分かれてずらっと、五主家の面々が向かい合うようにして座っていた。

(兄上が面倒だと言っていた碧李家の輝比佐様というのは、あの方だな)

 長髪を後ろで束ねることが多いこの綺羅ノ国では、短く切りそろえた輝比佐のような髪型は珍しい。こういうところにも、碧李輝比佐が変わり者であるということが容易に窺えた。

(主家は対等と言いつつ、才の強さによって席の序列があるみたいだ)

 主家それぞれの才は、互いの組み合わせによって優劣が決まっている。

 例えば花緒の実家である和暮家の「威風の才」は、久靄家の「霧中の才」を打ち消す力を持っている一方で、烽火家の「雷火の才」には弱い。
 そして烽火家の「雷火の才」は久靄に対しては強くても、碧李家の「水煙の才」には歯が立たない。

 この才の優劣関係が、五主家の権力図にも少なからず影響しているようである。日紫喜を除く四主家の中で最も力の強い碧李家が、上座に陣取っているのがその証だ。

 碧李家の手前には、木主・烽火家。
 反対側、上座に近いのが久靄家、最も下座に着くのが和暮家。

(前王の后を輩出した和暮家も、ここでは下座となるんだな)

 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、朝堂には燦と花緒が入ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

処理中です...