火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね

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第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る

第五話 新王の思惑

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 声の主を振り向き、しゃがんだまま目線を上げる。
 すぐ後ろにいた男から、鋭い視線で見下ろされた。
 どこかで見た顔だ。

「あれっ、まさかあの時の……?」
「あの時? ……ああ、嵐の日に花緒を助けたお前か。なぜ日紫喜の屋敷にいる?」
「それは、実はですね……」

 久遠はその場で立ち上がる。しかし、しばらくしゃがんでいたせいで両足がひどく痺れている。真っすぐ立つことができず、よろめいて背中から池に落ちそうになったところを、目の前の男に腕を引かれて支えられた。

 男の顔が目の前に迫る。
 間近で見て、やはり嵐の翌朝に会った男に間違いないと確信した。

 彼はきっと、花緒の夫なのであろう。確かさんとかいう名だったはずだ。

「助けてくれてありがとうございます。実は、道に迷ってしまいまして。決して怪しい者ではないのでご容赦ください」
「別にお前を疑っているわけじゃない。今日は客人が多いからな。お前も、どこかの主家の者だったのか?」
「いえ、僕は十六夜家の者です。五主家に覡として仕える家の、ただの小間使いで」

 由緒正しき覡の一族とはいえ、久遠は妾の子。その上、夢見の才もまだまだ未熟である。下手なことを言って、この男に夢見を頼まれたりするのも困る。

(ん? この人も日紫喜家にいる……ということは、五主家の方だったのかな?)

 久遠が目を見開いて見つめると、男は口の端を上げてニヤリと笑った。

「俺か? 俺は日紫喜燦だ。先日は花緒が世話になった」
「日紫喜……燦……?」

 まさか、陽主・日紫喜家の男だったのか。
 前王は日紫喜耀という名だった。どことなく名が似ている。嫌な予感がした。

「もしかして、燦様は……新王となられる、あの燦様で?」
「よく知っているな」

 なんてことだ! と叫びそうになり、久遠は咄嗟に両手で自分の口を押さえた。ああ、泡を吹いて倒れてしまいたい。
 五主家の者でもない、ただの小間使いの久遠が、即位前の新王に会っていたなんて。

(……ということは、花緒様が新王の后? では今回のお后選びはなんのために?)

 絶句したまま立ち尽くしていると、久遠の様子を見て燦が笑った。

「驚きすぎだ。さしずめ、俺が王に見えぬとでも言いたいのだろう? 俺だって、断れるものなら王になどなるものか。后選びも不要だと言っているのに」
「でっ、ですが! 花緒様が燦様の……いえ、燦王のお后なのでは?」
「無理に俺を燦王などと呼ばなくて構わない。それと、花緒は兄の……日紫喜耀の后だ」
「……え?」

(花緒様が、前王の后?)

 胸の奥が、突然ぎゅっと締め付けられるように痛む。

 今、花緒は懐妊しているはずだ。もしも嵐の夜に視た久遠の夢見が正しければ、だが。
 花緒が前王の御子を宿しているなら、その御子は生まれる前に父親を亡くしたということになる。あまりに不憫ではないか。久遠は息苦しくなって胸を押さえた。

「懐妊のことは、誰にも知らせていなかったようだ。お前はどうやって知った?」

 誰にも聞かれたくないのか、燦は久遠の耳元に口を寄せ、低く囁く。
 熱い息が耳をかすめ、久遠は驚いて背筋を伸ばした。

「……夢見です。十六夜家の覡には夢見の才があります。僕はまだ見習いですが、偶然花緒様の夢が見えてしまって……」
「お前は、他人の夢が見えると?」
「はい。ですから、五主家の当主様からは夢見の才を重宝していただいています。占いのようなものとお考えいただければ」

 夢見について素直に真実を告げてから、久遠は「しまった」と思い直した。
 久遠が持つ才は、十六夜家に伝わる夢見の才とは少し質が違う。
 父が兄の才は、「前途みらい」を見るので先視の才ともいえるが、久遠のそれは、他人の夢に入り込んで「過去」を見るような感覚である。

(僕の才は、政にかかわる五主家にとって、あまり良いものとは言えないかもしれない)

 もしも久遠が五主家の夢見をすれば、まだ公になっていない秘密の政の話を知ってしまうことだってあるかもしれない。
 下手なことを言わなければよかった。燦からお咎めを受けることを覚悟しながら、久遠は俯いて返事を待つ。
 しかし、燦は意外にもあっさりと久遠の側から離れた。

「花緒のことは、合議の場で俺から五主家の皆に伝える。お前も十六夜の者なら、合議に同席するのだろう?」
「はい。父と兄に付き添います。もちろん、花緒様のご懐妊については、僕からは誰にも言いません」
「頼む。さあそろそろ行くか。今頃、和暮以外の三主家は、俺の后を誰にしようか戦々恐々としているだろう」

 そういうと、燦は久遠に背を向けて歩き始める。久遠も慌ててその背中を追うが、燦はすぐに立ち止まって振り返った。

「そう言えば、お前の名を聞いていなかった」
「失礼しました。僕は、十六夜久遠と言います」
「久遠……十六夜久遠か」

 何かを思い出そうとするように、燦は天を仰いだ。久遠もつられて空を見上げる。
 今日は久しぶりに晴れている。太陽の光が燦の髪に注ぎ、黒髪を艶やかに照らし出す。嵐の翌日にも見たその髪色があまりにも美しくて、久遠は言葉を失い見惚れていた。


   ◇


 合議は、土壁で囲まれた日紫喜家の屋敷の中央にある、朝堂という建物で行われる。

 父と兄に続いて中に入ると、板張りの床に、美しい装飾が施された敷布が用意されていた。どうやら予め座る位置は決まっているらしく、十六夜家の三人は最も戸に近い下座に着くように案内された。
 前方に目をやると、床が一段高くなっているところがある。あそこに新王・燦が座るのだろう。
 そしてその前には、左右に分かれてずらっと、五主家の面々が向かい合うようにして座っていた。

(兄上が面倒だと言っていた碧李家の輝比佐様というのは、あの方だな)

 長髪を後ろで束ねることが多いこの綺羅ノ国では、短く切りそろえた輝比佐のような髪型は珍しい。こういうところにも、碧李輝比佐が変わり者であるということが容易に窺えた。

(主家は対等と言いつつ、才の強さによって席の序列があるみたいだ)

 主家それぞれの才は、互いの組み合わせによって優劣が決まっている。

 例えば花緒の実家である和暮家の「威風の才」は、久靄家の「霧中の才」を打ち消す力を持っている一方で、烽火家の「雷火の才」には弱い。
 そして烽火家の「雷火の才」は久靄に対しては強くても、碧李家の「水煙の才」には歯が立たない。

 この才の優劣関係が、五主家の権力図にも少なからず影響しているようである。日紫喜を除く四主家の中で最も力の強い碧李家が、上座に陣取っているのがその証だ。

 碧李家の手前には、木主・烽火家。
 反対側、上座に近いのが久靄家、最も下座に着くのが和暮家。

(前王の后を輩出した和暮家も、ここでは下座となるんだな)

 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、朝堂には燦と花緒が入ってきた。
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